日向の兎
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1部
4話
ふむ……アカデミーとはなんというか退屈だ。体術などは教師が手本を見せるのでそれを模倣すればいい。忍術、幻術に関しては殆どが基礎知識を学ぶ座学が殆どで味気ない。
……正直、今すぐに教室から抜け出してヒナタの教室へ行ってやろうかとも考えたが、面倒なお目付役がいるのでそれも無理か。
「ヒジリ様、抜け出そうなんて考えないでくださいよ」
「そうは言うが、ネジよ。一体何を学べというのだ?大抵が蔵書にあった知識ばかりで、退屈どころか苛立ちすら感じているのだぞ?」
「一年間は我慢してください。そうすれば幾らか自由が許されますから」
「……まったく人の世とはままならんものだ」
そんな愚痴を零しつつ授業は終わる。せめて里を彷徨いてこの不満を解消させてもらおう……
「言うまでもありませんが」
「分かっている。お前の監視付きだろう、その位は言わずとも理解しているからそう念押しする必要はない」
そうさな……たまには里の周りを彷徨いてみるとしよう。街中での言葉通りの人間観察も悪くはないが、ただ意味もなくふらふらと歩き回るというのもそれはそれで楽しいものだ。
帰りしなに温泉に寄るというのもいいかもしれんな。私とて女だ、人よりは関心が薄いとはいえ美容に全く興味がないわけではない。
「という訳で、道中肌着を買って行くぞ」
「何が、という訳で、ですか。ちゃんと説明してください」
「説明が面倒だ、察しろ」
「無茶を言わないでください」
不満気にこちらを睨むが、わざわざ説明してやる必要はないだろう。
で、里の端にある演習場のような場所に来た。ふむ……誰だか知らん男がいるな。あれは……誰だ?体の具合からして私と年は同じのようだがな。
「ネジ、あれは誰だか知っているか?」
私が一人隠れて腕立てを続ける少年を指差して聞くと、ネジは少し思い出す素振りを見せた。そして、すぐに思い出したらしく私の方を向く。
「確かにロック リーという俺とは別のクラスの奴です。やる気はあるが才能がこれっぽっちもないともっぱらの噂の男です」
「才能がない?あれが?」
……本当にアカデミーは大丈夫なのか?まともな教師がいないじゃないか。
「どうかしましたか?」
「はぁ……ネジ、いくら日向が柔拳の家とは言え剛拳を学ばないというのは愚かだぞ?」
「剛拳ですか?」
「そうだ、剛拳とは極論すれば如何に身体の筋力を上げて、それで相手に打撃を当てるということを目標とする拳法だ。
無論、そこには基礎的な訓練を欠かさないというのもあるが、それだけでは忍術やらと並ぶ武器にはならない。忍術、幻術に並ぶ為には通常では辿り着かないレベルへの身体強化。有り体に言えば、身体強化の忍術に特化した拳法と言えるのだ。
そこまでは分かるな?」
「はい」
「で、そこにはある種奥義とも言うべきものがある。
私もどこまでの性能を発揮できるのかは詳しくは知らんが、八門遁甲と言って、経絡にある八門を開放していく事により身体への莫大な負担と引き換えに尋常ならざる力を得られるという術のような物がある。
流石に八門は知っているな?」
「ええ、体を流れるチャクラの量に制限をかけている経絡系上にあるチャクラ穴の密集した八つの体内門の事ですが……」
「そう、とはいえ誰でもが開ける物ではない。そこには才能、お前の大好きな生まれながらの運命が関係してくる」
「……それをあいつが持っていると言うんですか、ヒジリ様?」
「お前の白眼は飾りか?私の眼で見える物がどうしてお前に見えないんだ?」
「そう言われても、八門が何処かなんて俺は知りませんよ」
「戯け、チャクラの流れで人と違う箇所を見分けろ。個人レベルでの識別の可能なお前の眼なら簡単だ、特に頭の辺りのチャクラの流れを見るんだぞ。
僅かだがおかしな流れがあるはずだ」
ネジは私の言われた通りにリーを白眼で見ると、眉間に皺を寄せながら呟くように言った。
「経絡から少しズレた場所にほんの僅かですけどチャクラが漏れている?」
「正解、それが八門のうちの最初の開門だ。それを開ける権利をあの男は持っているということだ、この才を持って尚且つあの様に体を酷使する事を厭わぬ男を才能が無いとはアカデミーの底が知れるな」
「いえ、それ以前に貴女の眼は一体どうなっているんですか?前に貴女はチャクラの認識能力は低いと言っていましたが、あれっぽっちのチャクラの異常を感知するなんて本当に認識能力が低いんですか?」
「ああ、単純に私は普段から人の経絡を見慣れているからな。常人との異常に気付くのじゃそれ程おかしな話ではあるまいよ。
こう見えても私はどちらかと言えば努力家なのだぞ?日頃からこの眼の訓練は怠っていないのだ」
「……貴女が努力家ですか?」
「その疑いの視線は何だ?まぁ、確かに体術や身のこなしについては甘んじて批判は受けるがな……お前はどう思う、リー」
先ほどからこちらを見ていたリーに話を振ると、彼は驚いた様な表情を浮かべて私を見た。
「いえ、僕に聞かれても……その前にあなた達は一体?」
「ネジ、面倒だ」
「貴女は……俺は日向ネジ、この人はヒジリ様だ」
「自己紹介で様をつけるな、様を。私の事はヒジリで構わん、私も君の事はリーと呼ぶからそれでいいだろう?」
「あ、はい……あのところでどうして僕の名前を?」
「ネジが知っていた、それだけだ。で、どうした?さっきからやたらと私を見ているが……」
「す、すみません、一つお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「答えるとは限らんが、それでもというなら」
「あの、僕に才能があるっていうのは本当になんですか?」
……ふむ、聞こえていたのか。聞かれて困る内容でもないので、別段困ることもないか。
「ないわけではないというだけだ。君がここで才能があるからといって今の努力を怠れば全てが水泡に帰す、そういう類の儚い才能だがな。
だが、この言い方では君の向上心を削いでしまうな……そうさな、こういうべきだな」
私はリーに一歩近づきその頭を両手で挟み、強引に視線を合わせる。そして、ゆっくりと静かにこう言った。
「君の努力は報われる、歩みを止めるなよ、少年」
呆然とするリーを離し、そのまま私は彼に背を向けて歩き出す。あとは彼次第だ、これ以上私がどうこう言う義理はあるまいよ。
「ネジ、行くぞ」
「はい」
あとは温泉に寄って汗を流してから、軽く何かを口にしてから帰るとしよう。ああ、そうだ。
「替えの肌着を買ってきてくれないか、ネジ?」
「断固として拒否させてもらいます」
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