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ロード・オブ・白御前

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オーバーロード編
  第10話 探しに行く

 
 「待合室Ⅰ」のプレートがかかった部屋の中。光実は碧沙と楽しく、ただのおしゃべりに興じていた。
 ――碧沙が体調を損ねた日から、光実は頻繁に碧沙の部屋に足を運び、他愛もない話をするようになった。今まで感じていた溝を埋めるように。


 ドアが開いた。入ってきたのは裕也だった。
 腹には量産型ドライバーを着けたまま、その手にはゲネシスドライバー。

 それだけでもおかしいのに、裕也は今までにない暗い表情をしていた。

「あ、の、裕也さ」
「貴虎さんが死んだ」

 何を言われたか分からず、分かってからは疑う気持ちのほうが先んじた。

「裕也さん。悪い冗談はやめてくださいよ。兄さんがそう簡単にやられるわけないじゃないですか」
「インベスじゃない。オーバーロードを探してる途中で、崖から落ちたんだ。助かる高さじゃなかった。こいつは」

 裕也は光実の手を取ると、無理やりゲネシスドライバーを握らせた。

「貴虎さんが落ちた現場に落ちてたもんだ。お前らが持ってるのが一番いいと思って、持って帰った」

 光実の手を掴む裕也の手は、震えていた。あの、裕也が。どんな時でも飄々として余裕を崩さない裕也が。

「うそ」

 碧沙が呟いた。

「嘘ですよね、角居さん。貴虎兄さんが死んだなんて、そんなの、嘘ですよね。ねえ? 裕也さん。だって貴虎兄さん、あんなに強くて、どんな時でも勝ってきて、」
「碧沙」

 光実は、引き攣った笑顔でなおも裕也に迫ろうとした碧沙を、制した。これ以上を裕也に言わせるのは酷だ。

「本当に、本当なんですね。兄さんが、死んだ、って」
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「分かりました。すいません。辛いことを言わせて」

 裕也は首を振ってから、無言で部屋を出て行った。


「貴虎兄さんが、そんな……兄さん?」

 光実は腕組みして頭をフル回転させていた。
 多くのことが引っかかる。その引っかかりをほどけば、真実は必ず見えてくる。光実の経験則だ。

「――やっぱりおかしい」
「なに、が?」
「裕也さん、言ったろ? 『俺が言えるのはそれだけ』って」

 碧沙も気づいたように口元を押さえた。

「言動を制限されてる――?」
「うん。裕也さんがあんなことを言うからには、本当のことか、あるいは」

 ちらりと見上げたのは、天井の、剥がされた監視カメラの跡。

 血清完成後、碧沙の部屋からは監視が劇的に減らされた。しかし、インベスに変貌する危険がある裕也は、碧沙の血清の投与を受けてからも監視が続けられている。

「兄さんは本当は生きてるけど、死んだことにしておきたいか、だと思う」
「死んだ――この世からいなくなったことになってのメリットは」
「安全が図れる。特に自分を狙う人たちから逃れる意味での安全」
「じゃあ貴虎兄さんは…!」

 光実は肯いた。――生きている。裕也が何らかの手助けをして生き延びさせた。その可能性が高い。

「こうしちゃいられないわ。すぐにでも貴虎兄さんを迎えに行ってあげなきゃ」

 ベッドを降りようとした碧沙を、光実は両肩を掴んで慌てて止めた。

「待って待って。すぐに動いたらプロフェッサー凌馬たちに嗅ぎつけられる。あの人たちだって馬鹿じゃないんだ」
「あ……ご、ごめんなさい。でも、戦極さん?」
「うん。オーバーロード捜索1回目で兄さんの訃報だよ? 何かあったなら絶対一緒にいたあの人たちが怪しい。裕也さんも多分、口止めされたか脅されたか」
「貴虎兄さんが……あの人たち、そんなに……」

 しゅんとしていた碧沙だったが、ふいに光実の肩に頭を預けた。
 本当に小さな声に続いて、堪えきれない嗚咽が聴こえた。

「貴虎兄さん、生きててよかった……っ」

 光実は狼狽えたが、意を決して碧沙の背中を撫でてみた。すると碧沙も光実の胴に両腕を回し、一層強くしがみついて来た。

(一人占め――したいけど、ダメだよね。『たか兄さんに何かあったら、ヘキサとぼくで助けてあげる』って母さんのお墓で約束したんだから)

 親の顔も覚えてない光実の中にある、唯一の「親」に関係する思い出。
 苦笑し、光実は優しく妹を抱き締めていた。





 貴虎の死を兄妹が知らされてから、1週間後。光実と碧沙は決行した。


 ラボのクラック維持装置をあらかた破壊したところで、光実は変身を解いた。

 これで、いずれはこの大クラックは閉じ、ユグドラシルの人々はヘルヘイムに自由に入れなくなる。自分と碧沙の行動にある程度の自由が約束されたことになる。

 避難を告げるアラームに反し、ラボに人が駆け込んで来た。
 戦極凌馬と湊耀子だった。

「これは何の真似だ? 光実君」
「兄さんを探しに行きます」
「別に探しに行くのは自由だ。問題は二つ。君が碧沙君を連れていること。そして、クラック維持装置を破壊したことだ」

 もくもくと煙と火を上げる、装置だったものの残骸。
 光実の後ろには隠れるように碧沙が立っている。

(だからどうした)

 龍玄に変身してブドウ龍砲を連射すれば、こんな機械のカタマリなど簡単に壊せる。
 ユグドラシル内では、主任の弟で凌馬の部下である光実なら、碧沙を連れ出した口実など簡単にでっち上げられる。

「妹が兄を探しに行きたいと思うのは当然の心理でしょう? それに、これは壊しておかないと、あなたたちに邪魔されかねない」

 光実はふり返り、舞踏にでも誘うように碧沙に手を差し出した。
 碧沙は笑って光実の掌に手を預けた。――まるで聖書の失楽園だ。

「それじゃあお世話になりました。さようなら」
「ごきげんよう」

 光実と碧沙は呆気なく大クラックを潜り越えた。

 兄妹に天が味方したようなタイミングで、大クラックは消滅した。

 …

 ……

 …………

 ある日。ドルーパーズでバイトしていた紘汰は、ユグドラシルの湊耀子から呼び出しを受けた。
 無視したかったが、そういう部分で律儀に顔を出してしまうのが葛葉紘汰である。

 ユグドラシル・タワーの赤いラボには、駆紋戒斗もいた。彼も耀子に呼び出されたという。

「呉島光実が妹の呉島碧沙を攫って逃亡した」

 凌馬は大仰に、焼け焦げた跡と壊れた機械の部品が散らばるラボを示した。

「どうやらヘルヘイムで行方知れずになった長兄を探す気らしくてね。我らがラプンツェルまで掻っ攫われてしまった」
「天下のユグドラシルの警備も高が知れるな」

 さすが戒斗。怖いもの知らずの発言だ。

「どうして俺たちを? そいつらを追う人材なら、シドと角居裕也がいるだろうが」

 ここで紘汰は目を横に流した。親友を敵側として語られたことが悔しかった。

「二人とも今は別件にかかりきりでね。加えて、事前に細工してたらしく、我が社のロックビークルは全て壊されていた。光実君に手が出せなかったロックビークルを持つキミたちが、最後の希望というわけだ」

 紘汰は低い声で凌馬に問うた。

「……ミッチとその長兄とやらは、ユグドラシルの関係者なのか?」
「ああ。我々のチームのリーダーとメンバーの一人だ。いや、だった、と言うべきかな」

 紘汰は理由もなく確信していた。例の白いアーマードライダー。あれが光実の長兄だと。光実がクリスマスゲームで白いライダーを探りたいと執拗に訴えたのも、だから。

 光実は知られまいと隠していた。
 ビートライダーズである自分の兄が、敵対するユグドラシルの幹部だと知られて、仲間から弾き出されるのを恐れた。

(隠し事されて悔しいよ。悔しいけどさ。そんなんで嫌うほど、俺、ミッチのこと軽く思ってねえのに)


「碧沙君は無傷で連れ帰ってほしい。光実君は、まあ任せるよ。ユグドラシルからはクビで出禁ってとこだけ伝えといて」
「分かった。――戒斗、行こう」

 戒斗は紘汰より先にコートを翻して歩き出した。紘汰はそれに続く形で、赤いラボを出た。 
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