ロード・オブ・白御前
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ビートライダーズ編
第13話 巴と初瀬 ②
ドラゴンインベスの口には、例の“森”で見た毒々しい紫の果実が引っかかっている。まさかあれを食べたからパワーアップしたのか。そもそもあれは“森”にしか生らない植物ではないのか。
初瀬の中で疑問がいくつも湧く間にも、ドラゴンインベスは大きく首を振って駅舎を破壊しようとしていた。
初瀬はとっさに巴を抱えてドラゴンインベスの首振りを避けて跳んだ。ホームの床に二人して転がる。
だがこれ以上の抵抗は思いつかない。逃げ出せば街にこの怪物を放ってしまう。
すると巴が起き上がり、学生鞄をひっくり返した。落ちる教科書やノートには目もくれず、巴は鞄の底から何かを取り出そうとしている。
(戦極ドライバーだ)
直感した。巴はアーマードライダーとして戦おうとしている。
だがそんな巴を意に介さず、ドラゴンインベスは巴の胴を、ぱくりと、咥えた。
「ひゃ、ああ!?」
「な…!」
某恐竜映画のように脇を咥えられ、宙吊りになる巴。初瀬の腕が届く高さではない。食われるにせよ落とされるにせよ、関口巴の生存は絶望的と思われた。
翡翠色と金色を振り撒きながら、一本の光矢がドラゴンインベスの喉を貫いた。
巴を咥えていた口が開いたことで、巴が宙に投げ出される。
「きゃっ」
「ともっ…!」
初瀬が声を発するより速く、ドラゴンインベスの口から落ちた巴を受け止めた者があった。あの“森”で出会った、初瀬とは正反対の白をまとうアーマードライダーだった。
『怪我はないか』
「は、い。貴と……」
『斬月だ』
「……そうでした。すみません」
斬月は抱えていた巴を下ろした。
「巴!」
初瀬は駆け寄って巴を引っ張り、自分の背中に隠した。巴も軽く初瀬の背中に身を寄せた。
「知り合いなのか」
敵意を剥き出しにする。この男のせいで初瀬は戦極ドライバーを失ったのだ。平静に相対していられなかった。
「――碧沙のお兄さんなんです」
「ヘキサって、相方か」
斬月がドラゴンインベスに向かい、アーチェリーの弓のような武器で次々とソニックアローを放つ。さらには、斬月自らが跳び、弓での一撃と蹴りを同時にくり出した。ドラゴンインベスの口から放たれる青い火球も、斬月は物ともしない。
攻防のどちらも、初瀬が“森”で戦った時から段違いに進化していた。
斬月はロックシードを弓にセットした。
《 ロック・オン 》
『――終わりだ』
それがトドメだと初瀬にも分かった。見ていて内臓が冷えるほどの巨大なエネルギーが、弓に番えられていくのだ。分からないはずがない。
《 メロンエナジー 》
翡翠と金の混じる矢が放たれた。矢はドラゴンインベスの巨体をあっさり貫き、ソニックブームでバラバラに爆散させた。
初瀬は終始、圧倒されるだけだった。巴を救うこともできず、木偶の坊のように立ち尽くしていた。
(俺が強くないから? 俺に力がないから? 違う。俺はさっき諦めた。インベスに食われそうになった巴を見て、俺じゃ助けらんねえ、無理だ、って。だから俺じゃ巴を救えなかった)
悔しい。
戦極ドライバーを失って初めての感情だった。
悔しい。悔しい。何より自分自身が悔しい。
『現場の処理をする。一旦ここから出ていてくれ』
「はい。――亮二さん、行きましょう?」
巴に背中を軽く押され、初瀬は歩き出した。
頭の中には、斬月が鮮やかに、力強く、インベスを討ち取った場面がリフレインする。
インベスが出現した現場から充分離れたところで、初瀬は感情に任せて手近な壁を殴りつけた。客が逃げた今、見咎めるのは巴だけだ。
「亮二さん!?」
最初に止めたように巴は初瀬の腕を掴む。だが初瀬のほうは、もう片方の手で壁を殴りつけた。彼女の気遣いより、己の中に渦巻くものを吐き出すことで頭が一杯だった。
「…っくそ、くそ…何なんだよ、何なんだよあいつ…! あんなん敵うわけねえじゃねえかよ…!!」
「亮二さん、やめて!」
背中から巴が抱きついた。
初瀬はようやく壁を殴るのをやめ、ずるずると崩れ落ちた。
「ち…くしょ…ちくしょぉ…!」
コドモのように泣きじゃくる初瀬に、巴は無言で寄り添い、背中を撫でてくれた。
無人の構内に、一人の男の慟哭だけが反響していた。
「――落ち着きました?」
「ああ…その、ワリ…変なとこ、見せて」
駅構内から場を移し、初瀬は巴と並んで駅へ登る階段の隅に腰を下ろしていた。外に出たのはもちろん初瀬が泣き止んでからだ。
彼らは電車の復旧を待っているが、インベスがあれだけ騒ぎを起こした後で、それは難しい。別の駅から出発することも考えねばならない。
空を見上げれば、とっぷりと藍色に満ちた天球に星々の光。
「なあ」
「はい」
「お前、俺と一緒に来たら、いつまで帰らないつもりだったんだ」
巴のような一女子学生には、この時間まで遊び歩く自体が問題のはずだ。加えて男の家に(実家で家族はいるとはいえ)無断外泊。立派に家出として成立する行為だ。
彼女が家に帰りたくない気持ちはイヤというほど理解してやれるが、その気持ちを利用して彼女を自分の逃避行に利用しただけではないか。今の初瀬にはそれがよく分かっていた。
「あなたも、わたしのこと、イヤになったんですか」
むしろ逆だと、伝えたくても伝えられない。
「そーじゃねえよ。お前は俺と違って未成年だろ。親とちゃんと話したほうがいいんじゃねえかって思っただけだ」
巴が初瀬を見る目つきが変わった。苛烈に初瀬を「裏切り者」と責め立てる目。
「あなたもですか。二言目には親、親、親。しかも、希望をチラつかせた上で突き放すなんて、ほんっとサイテー」
「いーよ、サイテーで。んで、俺みたいなサイテーなオトナになりたくなかったら、ここまでにしとけって言ってんだ。俺と来たら、本当に取り返しつかなくなるぞ」
不本意ながらも軽く凄みつつ、スカート下の太腿に触れた。巴は飛びずさった。
「ほら、こういうことになる」
男の悪意は何も妙齢の女にばかり向けられるものではない。初瀬自身がいい例だ。彼女の共感に付け込んで、連れ回して攫おうとした。
それでも巴は、逃げるまではしなかったから。
「ケータイ出せ」
「――――」
「盗りゃしねえから。ほら」
巴が出したスマホと自分のスマホを突き合わせ、赤外線通信でアドレスを巴と交換する。
「好きな時にかけて来いよ。グチ聞くくらいならできるからよ」
それでも巴の表情は晴れない。
初瀬はそんな巴に手を伸ばし――――巴にデコピンを食らわせた。
「っ、たぁっ……何するんです!」
「別に。これに懲りたら悪いオトコに付いてくんじゃねーぞ」
弱い自分では彼女に触れられない。斬月のように巴を守るだけの強さは、今の初瀬にはないから。
巴はしばらく階段に佇んでいた。やがて学生鞄と汚れたぬいぐるみを持って、階段を降りて行った。
路上に着いてこちらを見上げた巴に、初瀬は手を軽く挙げた。
「じゃあな、巴」
さびしくて、それでも笑って、初瀬亮二は初めて恋した相手を送り出した。
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