ロード・オブ・白御前
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ビートライダーズ編
第7話 聖なる祝日の迷子 ①
来たる12月24日。
ビートライダーズのトップランカーが、とある工場地帯に集結していた。
そして、そのトップランカーたちを、建物の陰に隠れて覗くのは、関口巴と呉島碧沙。
「(碧沙、体の具合は? 息苦しかったり痛かったりしない?)」
「(大丈夫よ。まだ来たばっかりじゃない)」
「(あなたを心配するのがわたしの役目だもの)」
「(……ごめんね)」
への字眉の憂い顔。ああ、そんな顔をさせたいわけではないのに。
今日とて、彼女の次兄の光実が、かたくなに隠しゲームをするのを見たいと碧沙が言ったから、巴は碧沙と一緒に光実を尾けて来たのだ。
「全員揃ったようですね。それではゲームを開始します」
光実の言葉に合わせ、場の全員が戦極ドライバーを出した。いざ変身――という時だった。
「Attends! ちょおっとお待ちなさい!」
高架橋の上から凰蓮・ピエール・アルフォンゾが、やたらとアクロバティックなジャンプをかまし、光実らの前に飛び降りた。凰蓮が光実と何やら言い合っている。ここからではよく聞こえない。
注意が前方に向いた少女たちの内、異変に気づいたのは碧沙のほうだった。
碧沙は急に巴の腕を掴み、資材の間を隠れるように走って別の建物の陰に駆け込んだ。
物陰に連れ込まれて、巴もようやく気づいた。
「あの裂け目、インベスゲームの……え!?」
裂け目から飛び出したのは、アーマードライダーが召喚するような、実体のあるインベスだった。それも1体や2体ではない。10体は確実にいる。
ビートライダーズの青年ら(+オネエ一人)はそれぞれにインベスに応戦しながら、次々とアーマードライダーに変身していく。
その中で一番に変身したバロンが、何かのロックシードを投げた。ロックシードがバイクへと変形する。初めて見るタイプのロックシードに、巴は碧沙と顔を見合わせて驚いた。
バロンはバイクになったロックシードに跨った。すると、バイクが進む先にチャック状の裂け目が開いた。バロンはその裂け目を通って、消えた。
「もしかして、ゲームの会場って、この中なのかしら」
「多分……」
巴は自信がないながらも答えた。
その間にも、ブラーボが、黒影とグリドンが、バイクを駆ってあのチャック状の裂け目に突入し消えていく。
巴と碧沙が視線を交わす。二人は肯き合って裂け目の前まで行った。
「「せーのっ」」
少女たちは手を繋ぎ、裂け目を飛び越えた。
そこは“森”だった。森としか形容のしようがないのに、草木は見たことのないものばかりで、輪郭を薄く光がなぞっている。
巴が内心不安に思いながら森を見回していると、横にいた碧沙が急にふらついた。
「碧沙!?」
巴は慌てて碧沙を支え、二人してその場に膝を突く。
「ごめん、なさい……何だかここ、気持ち悪くて……甘い香りでいっぱいで……」
「甘い香り?」
鼻から息を吸い込む。碧沙の言う通り、甘い――芳しい香りがする。その源を、どうしてか巴は必死になって探した。
そして、すぐ近くの、否、そこら中の木に生った赤紫の果実が香りの源だと気づいた。
碧沙を支えてなかったら、すぐにでも手を伸ばして果実をもぎ取り、むしゃぶりつきたいくらいの、食欲をそそる香り。
手を伸ばせない代わりに、碧沙の肩を抱く手に力を込めた。
巴は碧沙を支え、碧沙は巴に支えられ、動かずにいた。
すると周囲の茂みがざわめいた。少女たちは身を固く寄せ合った。
茂みを越えて現れたのは、実体化したインベスの群れだった。
(逃げなきゃ)
自分たちはアーマードライダーではない。インベスと戦う力を持たない。どこまで逃げればいいか、そもそも逃げられるか、分からない。それでも死にたくないなら逃げるしかない。
巴は碧沙と一緒にどうにか立ち上がり、少しずつ後退を始めた。だが、それを図ったようにインベスは凄まじい勢いで彼女らに迫り、爪を振り上げた。
「きゃあ!」
碧沙が悲鳴を上げて尻餅を突いた。勢いで巴と碧沙は離れ離れになる。碧沙の手の甲には、インベスの爪につけられたらしき一条の傷。
巴は適当な果実をもぎ取ると、碧沙を囲むインベスに投げつけた。インベスが果実に興味を示す。
使える。巴はさらに果実をもいだ。
「こっちよ! 来なさい!」
インベスが碧沙ではなく巴に狙いを定めた。巴はそれを認め、果実を持って走り出した。碧沙が悲鳴のように自分を呼んでいたが、停まることはできなかった。
インベスを碧沙からなるべく引き離す。それが関口巴にできるせめてもの抵抗。
インベスを引きつけて走っていく巴を、碧沙は転んだまま呆然と見送るしかできなかった。
「ともえ……巴!」
ようやく事態を受け止め、碧沙は立ち上がり、歩き出した。巴一人にインベスが集中しては、巴の身が危うい。
(わたしが来たいって言ったから。このままじゃわたしのせいで巴が傷つく)
歩みは次第に走りに変わる。気づけば碧沙は、とろいながらも、全力疾走していた。追いついてどうするかなど考えられなかった。
文字通り脇目も振らず走っていたから、脇から飛び出した影と大きな勢いでぶつかった。
『わっ』
「た、ぁ!?」
地面に尻餅を突く。今日何度目か。情けない気持ちにさえなり、碧沙はやつあたり気味にぶつかった影を見上げた。
影は、紫翠のアーマードライダーだった。彼はとっさのように銃を構えていた。
「光実兄さん?」
龍玄は驚いたようにブドウ龍砲を下ろした。
『碧、沙? 碧沙が何でこんなとこに』
とりあえず妹を助け起こしながら、光実は尋ねてみた。
「だ、だって、兄さんが教えてくれないからっ。クリスマスに新しいゲームをやるっていうのに、内容はちっとも分からない。兄さん、聞いても『秘密』って、そればっかりで」
言葉を重ねるごとに碧沙は勢いをしぼめていった。
「ごめんなさい。怒ってる……?」
碧沙は胸に両手を当て、上目遣いに龍玄を見上げた。これだ。――碧沙は、あざとい。
『はぁ……来ちゃったものはしかたないから、僕から離れないでよ。ここのインベスは普通のより強いから。いいね?』
「! うん!」
満面の笑顔を浮かべる碧沙。龍玄はこっそり二度目の溜息をついた。――兄の貴虎を碧沙に甘いと言う自分も、大概、この妹には弱い。
「でね、兄さん、その……お願いがあるの」
『お願い?』
「わたし、友達と一緒に来たの。関口巴、分かる?」
『ああ。いつも休みの日にプリント届けに来てくれる子?』
「そう。その子が……インベスに襲われて、わたし……巴、オトリになって。探してるの。一緒に探させて。兄さんの邪魔はしないから」
龍玄――光実は頭を抱えたくなった。
妹がいるだけでも非常事態なのに、さらに無関係の一般人の少女が“森”に迷い込んでいる。これはもはや、白いアーマードライダーどころではないかもしれない。
『分かった。どっちに行ったか分かる?』
「あっち」
『じゃあそっちに進もう』
龍玄は後ろに碧沙を連れて森を進み始めた。
「ねえ兄さん。結局兄さんは何がしたくてこのゲームを開いたの?」
斜め下から自分を見上げてきた碧沙。その動きでさらさらの直毛がひらめいた。
『僕がベルトを手に入れる少し前、白いアーマードライダーが現れた。そのアーマードライダーは、僕の仲間を殺そうとした』
「ころ…っ」
碧沙が蒼白になる。こういう反応をさせたくないから隠して黙っていたのに。好奇心は猫を殺す、とはまさにこのことか。
『その後で貴虎兄さんの荷物から戦極ドライバーとロックシードを偶然見つけた。その白いライダーが着けてたベルトと同じ物だった』
「貴虎兄さんが、その白いアーマードライダーかもしれないってこと?」
『うん。何度もカマかけてみたんだけど全然引っかかってくれない。だからどうしても確かめたくて、このゲームを提案した』
「要するに、貴虎兄さんなのかが分かればいいのね」
『そうだけど……また何か悪いこと考えてるだろ』
「べ、べつにっ? そんなこと、全然」
じと目で睨んでも仮面があるから碧沙には分かるまい。だが碧沙は実際に睨まれたように気まずげな笑みを作っている。
(昔っからこういうところで碧沙は敏感だからなあ――)
思っていると、前方に、鬱蒼とした森に似つかわしくない白が現れた。
龍玄はとっさに背に碧沙を隠して、その白と対峙した。
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