ウルトラマンゼロ ~絆と零の使い魔~
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過去‐パスト‐part1/少年の悪夢
変な夢を見た。地球の夢だ。自分が生まれ育ち、怪獣や星人の脅威に幾多もさらされてきた世界。サイトはそんな世界でも生きてきた。どんなに嫌なことや辛いことがあっても、彼にとってこの世界は故郷であることに変わりなかった。
目覚まし時計がうるさく鳴り響く。寝起きの人間には時には憎たらしくも思えるその音。サイトはたまらずロボットネコの目覚まし時計の目覚まし停止ボタンを押す。本来ならこの音を聞いて起き上がらないといけないのだが、抜けてるところの多いサイトは簡単には起きない。「あと五分…」とベタでお決まりのセリフをぼやくと同時にばたっと倒れ、また夢の世界へとダイブしようとした。いや、すでに夢の世界なのに夢の中へダイブするのもおかしいが…。
無論、これを許しておけない人はどの家庭にもいるものだ。サイトの部屋に、何者かが無断で入り込んできた。扉から忍び足で入り込んだその人物の両手には、ある凶器が握られていた。
そう、今のサイトのように寝起きの悪い人間にとって最大の凶器が。
「秘技…『死者の目覚め』!」
ガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガン!!!!!
「ぎゃあああああああああああああああ!!!!?」
ご近所に聞かれても仕方ないほどのうるさすぎる轟音に、さすがのサイトも目を覚ました。
「おはよう、サイト。やっと起きたのね?」
ようやく眠気が覚めても、まだ視界がはっきりしていなかったサイトだが、自分が眠っていたベッドのすぐ脇に母…アンヌがいることだけは認知できた。
「んああああ~…母さん、その起こし方はやめてくれよ…心臓に悪い」
おたまでフライパンを叩く音を、耳元で滅茶苦茶聞かされたお蔭で、耳にキーーーンと音が色濃く残っているため、死人のような悲鳴を上げたサイトは耳を押さえながら母を睨むが、対するアンヌはすまし顔だ。
「あら?何度普通に起こしてもすぐに『あと五分』なんてありきたりなこと言って眠る寝坊助さんのために誰が苦労していると思ってるのかしら?」
「でも、さすがにご近所迷惑だろ…」
それに死者の目覚めって昔自分がハマってたゲームにそんなネタがあったような…とちょっとゲームオタなところがあるサイトがそう思ったのは余談である。
「むしろ遅刻対策になるって、お隣さんから感謝されたくらいですけど」
ちっ、とサイトは舌打ちする。お隣さんめ…母ちゃんに何かしら丸め込まれたに違いないな。でなけりゃ半径100m以上の民家にまでうるさく響きそうな今の騒音を肯定するわけがない。
ふと、サイトは母を見て、奇妙なセンチメンタルに駆られた。確かにアンヌは血の繋がった母親じゃないが、元の両親が怪獣災害で亡くなり、中学時代に引き取られてからもう数年は経ったのに…どうしてか目にじんわりときた。
「何じろっと見てるのかしら?もう八時半ですよ」
八時半。窓から後者が見えるくらい家のすぐ近くに学校があるのならまだいいのだが、あいにくサイトにとって学校とはご近所さんではないから時間的に不味い。そうであったら寝坊しても遅刻になりにくくなって望ましいのだが、嫌いな体育の先生の顔を見たくもないサイトとしては少々迷いが生じてしまう。もし学校の近くに家があったら、いつどんな偶然でその先生の顔を拝むことになるのか見当がつかないし、常に先生たちから見られているような落ち着かない気持ちになる。
「やば、また遅刻!!!」
そうだ、今は学校へ行かなくては!
すぐさまサイトは学校支給のワイシャツを着てその上にネクタイを締め、そして学ランを羽織った。ちなみにサイトは、地球にいた頃は遅刻の常習犯で教師一同の悩みの種だったりした。
「じゃあ母さん、行って来まーーす!!」
二人目の母の家である友里家から飛び出したサイトは、遅刻確定とはいえ、一分でも早く行くために全速力で駆けだした。隣の家の柿木、電柱の脇の自販機。生まれ故郷だからもうとっくになれたのに、とても懐かしくていとおしい。どうしてこんなふうに思えるのだろう。そう思っていると、予想もしなかった声が彼の耳に届く。
「平賀君!!」
振り返ると、見覚えのある少女がそこに立っていた。サイトの学校の女子生徒用制服を着ている、艶のある長い黒髪とルイズたちにも負けないあどけない可愛らしさを持つ同級生、高凪春奈だ。
「あれ、高凪さん!?なんでここに?」
そうだ、どうして彼女がここにいるのだろう。自分が最後に記憶していた限りでは、彼女は自分の家の住所なんて知らないはずだ…とサイトは認知していた。
「え、なんでって…」
思わずそれを聞かれてハルナは頬を染めて困りだした。何やら頭の中でとにかく誤魔化そうと謀っているのが目に見えるが、サイトはそれを察するほど鋭くはない。まさか、夢の中とはいえハルナが自分を迎えに来てくれたとは夢にも思わなかっただろう。
とりあえずハルナは脳内で見つけたサイトへの言い訳を告げた。
「だ、…だって平賀君いっつも学校に遅刻するでしょ!先生たちから何枚切符切られたと思ってるの!?担任の先生もあまりにも困ってるから私に『何とか平賀の遅刻癖を治してくれ』だなんて頼んできたんだから!次からはちゃんと『時間通りに自力で』!起きてよね!?」
『時間通りに自力で』のあたりをやたら強調し、まるで息子を叱る母親のように説教するハルナ。サイトはまさかクラスメートにまで自分の迷惑が及んでいたとは思わず、「す、すみませんでした…」と謝るしかなかった。
「ほら、早くいかないと私まで遅刻扱いになっちゃうから!」
「ちょ…高凪さん、そんなに引っ張ったら…!!」
強引にサイトの手を引っ張って学校に連れて行こうとするハルナと、連れていかれようとするサイト。
「待ってくださあああああい!!!」
しかし、そこへ誰かが二人の道を阻むかのように、二人の前に現れた。
「サイトさんを学校へお連れするのは、私の役目です!!」
それはなんと、ハルナと同じ学校の制服を着たシエスタだった。確かにこれは、思わずアニオタが俺の嫁!と言いたくなりそうなほど可愛らしい着こなしだったが…
「どうしてシエスタが学校の制服を!?」
「そんなの当り前じゃないですか!私とサイトさんは同じ学校に通っているんですから!」
いや、それはおかしい、そもそも異世界人である彼女がサイトと同じ学校の制服を着ているとは思えない。
が、シエスタにとって聞きたいのはそんなことじゃない。
「それよりサイトさん、この方は誰なんですか!?」
シエスタはサイトの手を引っ張っているハルナを指さす。その目に宿る炎は、男にとってこれほど恐ろしいものはないほど燃え盛っていた。しかし、それはハルナも同様だった。
「平賀君、誰なの事人!?やたら平賀君に馴れ馴れしくない!?」
「え…いや…その…えっと…」
なんて説明したらいいんだろう…。実は異世界からやってきた留学生です、なんて言っても言い訳にもなりそうにない。
「一人恋色沙汰に明け暮れているとは、ずいぶんと幸せそうだな、ガンダールヴ」
その声は、今の情けないプライベート満喫状態のサイトを、意識だけでも戦闘態勢へ切り替えるには十分だった。言い争いを続けているハルナとシエスタを放って後ろを振り返ると、今のサイトにとって許し難い男の姿が目に家った。
「いや…『ウルトラマンゼロ』」
「ワルド!」
なぜワルドが、自分のことをウルトラマンゼロと呼んでいたのかは、おそらくここが夢の中だからなのだろう。それでもサイトは、ワルドに気を許す気にはなれなかった。たった今の奴の言い回しからして、仲良くしましょうなんて言いに来たなんて雰囲気でさえもないのだから。そして何より、今の奴の腕の中には、彼女が捕まっていたのだ。
「た、助けて…サイト…!!」
「ルイズ!」
「くっくっく…さてガンダールヴ。迂闊に手を出そうとするなよ?でなければ、貴様の大事な主の首が我が魔法で刎ね飛ぶぞ?」
「てめえ…!!」
こいつ、ウェールズ皇太子だけに飽き足らず、ルイズにまでこんな真似を…!サイトの怒りのボルテージが上がっていく。そうだ、こいつのせいでウェールズ皇太子は…!!
「デルフ!」
自分でもどんな方法でやってのけたかはわからない。ただ夢の世界だからこそこのように都合のいいことが可能だったのか、サイトの手には相棒のデルフが握り締められていた。
「ガンダールヴの素早さで突っ込めば、ルイズを助けられるかもしれない。力を…!」
ワルドの魔法は鋭くて威力が強い。でも、攻撃に徹さず素早い動きで翻弄しながら突っ込めばルイズを助けられるかもしれない。だが、サイトに握られているデルフは、はぁ?とため息を漏らした。
「何言ってやがんだよ相棒。あの娘っ子を助けるだ?寝ぼけてんのか?」
「寝ぼけてるって…ルイズが危ないんだぞ!!なにやる気のない声出してやがんだ!」
デルフは普段はいい加減だったり調子のいいことを言ったりするタイプの人格なのだが、戦闘態勢時にはちゃんとその事態に対応した態度をとる奴だ。けど、こんな時に限って…デルフの様子がサイトが考えているものとは違っていた。
「お前さんは皇太子を助けられる力を持っていたにもかかわらず、それを使おうともしなかったんだぜ」
「…!!」
デルフの声が、冷たくて重苦しかった。そのプレシャーにサイトは言い返せなかった。すると、いつの間にかサイトを見ていたシエスタとハルナまで、冷たい視線で射抜くようにサイトを見ていた。
「そうですね。あなたにはあの時、王党派のみなさんを守れるだけの力があったはずですよ?だって、サイトさんはウルトラマンですからね」
「でも、平賀君はそれを使おうとしなかった。ゼロの力も存在も疎ましかったから」
あの時、それはルイズとワルドの結婚式が総崩れとなった時だ。ワルドが操る謎の飛行兵器ジャンバード。ウェールズによると、あれは始祖ブリミルが乗ってきたとされる伝説の秘宝とされていた。なぜ地球の科学力でも分析が難しそうなほど精巧な機械が、科学が存在しないこの世界に神の残した宝物として存在しているのかはわからない。
だが今、デルフたちが言いたかったのは、あれの脅威から王党派の皆を守るためには、自分がどうかしているウルトラマン…ゼロの力を借りなければならなかったということ。だが、サイトはゼロとの深い亀裂が走っていた以上、それは無理があった。
「だったら、恥を忍んで頼むまでだ!」
その声を聴いて思わず振り返ったサイトは目を疑った。目の前に、容姿も服装も顔も、自分と全く同じ姿をした少年が経っていて、ワルドと自分の間に立って叫んでいた。
「ゼロ、俺に力を貸してくれ!ルイズたちを助けるには、お前の力が必要なんだ!」
頭上を見上げ、自分と同じ姿をした彼は、どこかで見ているであろう、ウルトラマンゼロに頼み込む。が…その返答は当然と言えば当然の答えだった。
「はぁ?さんざん俺のことを否定しやがったくせに、今更何言ってやがんだ?」
サイトも頭上を見上げ、その返事をした人物の姿を目にした。今の自分…平賀才人のもう一つの姿でもあるM78星雲光の国からの宇宙人『テクターギア・ゼロ』である。
「星人共の噂通りだな。地球人ってのは、ずいぶん自分に都合よく考えやがるんだな。どうせこう思ってんだろ?『ウルトラマンなんざ、地球の味方をして当然』だってな」
見下すような声を挙げながら、自分と目の前のにいる、もう一人の平賀才人を見下ろしながらゼロは言った。
「いいから力を貸してくれよ!このままじゃルイズは!!」
「ざけんじゃねえよ!俺たちウルトラマンはてめえらのおもちゃじゃねえ!都合がいい時だけ力を貸せだなんて、生意気なんだよ!」
目の前のもう一人の自分は、言い返そうにも何も言い返すことができずに絶句した。
「大体よ、お前みたいに愚図でのろまで鈍くて、おまけにガンダールヴや俺が一体化してなきゃ何にもできない役立たずの癖に、俺を無能扱いだなんておかしくね?
ばっかじゃねえの?人のことどうこう言う前に、てめえが有能になってみろってんだよ!よく言うだろ?『他人の力を頼りにしないこと!』ってよ」
「………!!」
「てめえみたいな役立たずは、跡形もなく消されちまった方がいいのさ!」
見捨てるかのように、ゼロはサイトたちの前から姿を消した。同時に目の前のもう一人の自分も消え去り、サイトはその場に膝を着いていた。
すると、今度はサイトの周りを取り囲むようにハルナ・ギーシュ・キュルケ・タバサ…そしてルイズが立っていた。ルイズの表情には、善の心の欠片を見受けられない邪悪な笑みや、完全に汚らわしいものを見下ろすような表情が現れていた。
「結局平賀君には誰も救えないんだよね」
「こんな情けない男に負けていたとは」
「サイトはまた何もできないまま失っちゃうのよね。いえ…『何もしない』ままね」
「あんたこそが、本当に『ゼロ』ね」
ルイズは最初に会った日からあまり穏やかな言葉を投げつけては来なかった。けど、ここまで心の底からひとのことを見下したような言い方はしてこなかったはずだ。少なくとも今のルイズは最初に会った時と比べて大分まともに見えるし、フーケとの戦いの後は寧ろ可愛らしい女の子だとも思えるようになった。なのに…。
すると、サイトの肩をガシッと掴む者がいた。あまりにも力強く突然に握ってきてサイトは身を震えさせる。恐る恐る振り返ると、そこには身の毛もよだつ光景が広がっていた。
「君が…あの時変身していれば…僕も彼らも…死なずに済んだんだ…」
「我らの未来を返せ…」
「返せ…かえせ…カエセ…!!」
肉体が崩れ落ち、眼球が飛び出し、中には白骨化した人間たち…それは、サイトがあの時助けられたかもしれない、ウェールズを含めた王党派の勇士たちだった。なんとも悍ましく変わり果てた姿なのだろうか。だが、もしあの時サイトが拘らずにゼロに変身していたら、一人でも多く救えたのかもしれない。しかし…。
「だったら俺の力を借りようと?しつけえな。都合のいい時だけ手のひらを返すような下種に力貸してやるほど暇じゃねえんだよ」
―――だったら…俺にどうしろって言うんだ…!
これまでのゼロの行動は、あれもこれも正直褒められたことなんて一つもなかった。だからゼロの力を借りようにもそれができなかった。ガンダールヴの力でもできなかったし、それ以前に俺はただの地球の一般人だ。
「こんな俺が…いったいどうやって…!」
「そうだよね。結局あなたはガンダールヴの力を持っていても、ウルトラの力を持っていても役に立たない、取り柄『ゼロ』の平賀才人君だもんね」
「あははははははははは!!!!」
「くはははははははは!!!!」
「あはははははははは!!!!」
「きゃはははははははは!!!!」
まだ会って間もないが、これまで人間味にあふれ、共に生き、笑いあった仲間たちの、自分を嘲笑う声を一体どんなに長く聞き続けたことか。サイトの精神は追い詰められていた。
「俺は…ダメだ……………俺は…ダメトラマンだ……」
膝を着き、頭を抱え込んで、サイトは無力な自分を嘆きながらうずくまった。
ワルドを裏切者だと見抜けず、ウェールズたち王党派を守れなかった、ダメな俺。ゼロと違って何か強大な敵を倒せたわけでもない。
もとより、俺にはどんな選択を選ぼうにも選べない。どのみち、俺なんかじゃ皇太子様たち王党派を助け出すだなんて夢のまた夢だったのだ。
―――役立たずの『ゼロ』。それが俺…平賀才人…。
すると、サイトの目の前にいつの間にかワルドが現れていた。ボーっと見上げるサイトを冷笑しながら見下ろすワルドは、レイピア型の杖の先をサイトの喉に突き付ける。
「苦しいか?なら、一思いに楽にしてやろう!」
瞬間、サイトの首が…ワルドの魔法によって跳ね飛ばされた。
「うああああああああああああああああ!!!!」
サイトはガバッと起き上がった。最初まではよかったが、なんて嫌な夢だったことか。汗で額がべっとりと塗りたくられている。
それにしても妙な夢を見ていた気がする。自分の知らない女の子たちやそのうちの一人を人質にとる髭男。そして、青い体のウルトラマン。それから…。
夢の中で、桃色の髪の女の子に召喚されていきなり唇奪われたかと思ったら、いつの間にかウルトラマンに変身して戦ったり、見たこともない銀色の奴まで出てきたりとか…あと…あれ?サイトは夢の内容をよく思い出せなくなっていた。まあ、夢を夢だから別にいいか。
それにしても、ずいぶんと長い夢を見ていたような気がする。夢の中で大冒険でも繰り広げたかのような気分だ。
「…起きよう」
ま、そんなことありえないだろうな。寝ぼけ眼のままサイトはベッドから起き上がって制服に着替え、リビングに向かって行った。
「ほらサイト、さっさと食べて学校へ行きなさい」
サイトの母がせかす。しかし、さっきと異なり…母は『アンヌ』とは別人の女性が彼の母としてそこにいた。
「んああ…」
「今日は母さんもいつものところでバーゲンセール品を買いに家を空けるから、あんたも寝ぼけてばっかいないで」
「へいへい…」
この時のサイトは義母ではなく、実の父と母の元で暮らしていた。抜けた性格を表すように寝ぼけ眼のサイトはあくびをしながら適当な返事をした。
「何間抜けな返事してんだい。その調子だと、また夜遅くまでゲームやらかしてたんだろ。宿題そっちのけで」
それを言われてサイトはギクッと身をこわばらせた。
「いい。ただでさえあんたは成績が下がってばっかなんだ。また同じ事やったら、ゲームは没収するし、二度と買いに行かせないからね」
「ええ~?」
「ええ~、じゃない!!ただでさえ今の時代は大変なことになってんだから…。ほら、わかったら真面目に学校へ行きなさい!」
飯を食いながら、サイトは朝食を平らげ、学生服に着替えて学校へ向かった。直後に、彼の母も買い物袋と鞄を持って直ちに外出した。
サイトは母のいない時間の方が自由になれた感覚があって好きだった。一緒にいるとすぐに小言を並べてくるものだから耳障りで仕方がなかった。そんな小言が飛んでくるだけ幸せであったことに、まだ子供だったサイトは気づかない。
ましてや、その時の会話が自分の母との最期の対面だったとは思いもしなかった。
その日は中間テスト期間で、授業時間は昼までとなっていた。当日はサイトが日直だったため、適当に日誌をかき上げて職員室へ教室の鍵と日誌を提出しにやってきた。
「失礼します、一年B組の平賀才人です。大河先生に用があってきました」
「どうぞ」
入室を許可され、職員室へ入ったサイトは、教師の一人がテレビでニュースを見ているのを見かけた。
『臨時ニュースをお伝えします。現在暁市にてGUYSの作戦行動が開始されました!』
「暁市…!!」
サイトはその街のことを知っていた。母がよくバーゲン品を買うために訪れる街、そして実の父の職場がある街の名前…なにより、彼のいる学校のすぐ近辺の街だ。
「暁市って…すぐ近くじゃないか!すぐに生徒職員に避難を呼びかけないと!」
これには職員室内の教師たちもあわただしくなった。後者のすぐ近くで事件発生ともなると当然のリアクション。すぐさま緊急放送で学校に残っていた生徒たちや職員に校舎から出て直ちに避難先へ向かうように伝わった。
父と母は、無事なのだろうか。不安を募らせるサイト。…いや、GUYSやウルトラマンがいる。きっと大丈夫だ。そう言い聞かせながら自分を落ち着かせようとした。
だが、ニュースのライブ映像に映された、街の中央で巨大な肉の塊が肥大していく姿を見た途端、サイトは抑えきれない感情に駆られた。
「あ、おい平賀!」
日誌を担任の先生の机の上に置いた途端、担任の先生の引き留める声を無視し、鞄を背負って直ちに学校を飛び出していった。
その日、『健啖宇宙人ファントン星人』が食料不足解消のために開発した食品『肥大糧食シーピン929』を地球に落としてしまったとして、GUYSは彼らから回収を依頼された。ファントン星人の宇宙船は、ボガールの攻撃を受けてしまったことで撃墜こそされなかったものの、地球へ降りることができなくなったために自分たちの力でシーピンを回収できなくなってしまったためGUYSに助力を申し入れたのだ。しかもシーピンは地球の酸素を吸って肥大化してしまったのである。
ちなみに長らく宇宙人からの侵略を受け続けてきた地球としては、宇宙人からの依頼を受けると言うことに世間からの衝撃があったが、今回の件でウルトラマン以外の異星人が敵だけと言う認識が僅かながらも薄れたと言われている。
GUYSによって用意された高度気球に吊るされた重力変更盤によってシーピンは宇宙へ飛ばすことになったが、ここにきてファントン星人の宇宙船を襲った犯人であるボガールが現れ、シーピンを食らおうとした。
映像にボガールが現れたと同時に、サイトにとって初めて生で見たウルトラマン…メビウスもボガールの暴威を阻止すべく出現したのである。
『メビウスです!ウルトラマンメビウスも出現しました!やっぱり我々の願い通り来てくれたようです!』
この時各地のテレビニュース映像には、メビウスとボガールの交戦の場となった暁市にやってきたレポーターが、背後のメビウスととボガールを見ながら熱くレポータリングをしている姿が映されていた。
『ハ!テヤ!!』
ボガールのジャブに怯まず、自分もまた蹴りや手刀を用いて反撃に出るウルトラマンメビウス。映像越しに展開されるメビウスの戦う姿に、誰もがいつの間にか見とれていた。
メビウスの奮闘もあり、重力変更盤から発せられたビームがシーピンを包み込み、大気圏外へシーピンを運び始めた。せっかくの得物が逃げられてしまう。逃がすまいと自らの尾を伸ばしてシーピンを捕えようとするボガールだったが、メビウスが左腕の装備『メビウスブレス』から光刃〈メビュームスラッシュ〉を一発発射しボガールの尾を切り落として阻止した。待ってくれと懇願するようにの手を伸ばしたボガールだが、結局シーピンを手に入れることは叶わず、シーピンは地球外の宇宙空間へ飛ばされた。
GUYSとメビウスの共同戦線によってシーピンは無事ファントン星人たちの宇宙船に送られ、ボガールに食われてしまうことはなくなった。逆上したボガールは、意地汚くも今度はメビウスを食らおうと襲い掛かった。
『キエアアアアアアアア!!』
『テヤ!!』
飛びかかってきたボガールをメビウスは押し倒して、奴の腹に拳を叩き込み続けた。いつまでも殴られてたまるかと、メビウスを食らうために両翼でメビウスを包み込もうとする。ボガールは、翼に着けられているいくつもの牙で得物をかみ砕くのだ。この戦いの後で再び姿を現した際は、グドンとツインテールをあっさりと一度の戦闘で食らってしまったほど。メビウスも危険だ。メビウスはボガールの腹に蹴りを叩き込んで怯ませ、直ちにボガールから距離を置いた。
この時のサイトはと言うと、ボガールがメビウスに飛びかかった拍子にビルが破壊されたタイミングで、ボガールの出現場所の近辺にやってきていた。
「はあ…はあ…」
バスもタクシーも住民の避難の関係でほとんど使い物になっておらず、サイトはほぼ自分の足だけで暁市に来ていたために体力切れを引き起こし、ぜーぜーと荒い息を吐き続けていた。バテてる場合じゃない。早く父さんと母さんを見つけ出さなくては…。
一方でメビウスはボガールによって苦戦を強いられている。ボガールは強すぎる捕食本能に比例しているためか、個体の強さもとてつもない。しかも後に進化を遂げてメビウスたちをさんざん苦しめたほどだから厄介極まりない。このままではメビウスが危ない。
瓦礫の中心で、サイトは無性に、本能的に叫んだ。
「ウルトラマン、早く来てくれえええ!!」
聞いたことがある。怪獣頻出期の際は主に新しいウルトラマンが一年おきに現れ、その新米のウルトラマンが危機に陥った時は、稀に先代のウルトラマンが駆けつけて地球の危機を共に救ったとある。なら、今度のメビウスのピンチにも来てくれるはず…いや、来てくれないと困る。このままでは両親やこの街の人々がボガールの餌にされるだけだ。どうか、この危機を脱してくれる存在に来てほしい。サイトはとにかく叫んだ。
すると、映像から青い光が瞬く。光が晴れると、そこにはメビウスとは別の、青い体の巨人が現れたかつてのウルトラマンヒカリ…『ハンターナイト・ツルギ』である。
「青い、ウルトラマン…なのか…?」
これまでのウルトラマンは銀や赤い体を持つ者しかいなかった。まさか、青い体のウルトラマンが出てくるとは思いもしなかった。
当時、青い体のウルトラマンは彼…ツルギが初めてだった。だが、初めての青いウルトラマンということ、鎧を纏っていたために素顔が隠れてしまいウルトラマンかどうかさえも定かでなかったこと、そして何より…次にとったツルギの行動が、地球人の彼に対する不信感を根付かせるに十分すぎた。
『ヌゥウゥウゥ…!!!!』
天に掲げられた右腕の装備『ナイトブレス』に青い電撃がほとばしり、両腕を十字型に組んだツルギの必殺光線が放たれた。
〈ナイトシュート!〉
『ダア!!』
放たれた光線は、すさまじいが単調だった。周囲を顧みないあまりの単調な攻撃は、食うことしか頭にないようなボガールだって甘んじて受けるはずもなく、あっさりと姿を消したことで避けられてしまう。結果…。
ズドオオオオオオオオオオオオオン!!!!!!
「!!?」
その時のサイトは、目の前の現実が夢のように思えてならなかった。あの光線の構え、あれはどう見ても歴代のウルトラ戦士のそれと全く同じものだ。その光線が…こともあろうに父の仕事場である街に、母の買い物用のお出かけ先であった街を、無情にも破壊したのだ。
変わり果てた暁市を見て、サイトは呆然と突っ立っていた。一体どれだけの時間の間突っ立っていたのかサイト本人にはわからないまま、ただその場に立ち尽くしていた。
暁市は酷いありさまとなっていた。さっきまで空を覆ってしまうほど高くそびえていたビルも、戦時中の爆撃機によって破壊されたかのようにボロボロになってしまい、とても原型をとどめていなかった。
「父さん!!母さああああん!!」
お願いだ、お願いだから無事でいてほしい。
サイトは暁市に設けられた応急救護所に急いだ。
応急救護所は酷いことになっていた。ボガールの暴威によって住み慣れた場所を破壊され傷ついた人たちが大勢いた。体中包帯まみれにされて腐臭が漂っていたり…まるで第二次世界大戦の時代にいつの間にか飛んでしまっているのではとすら思えた。
「父さん、母さん!!」
サイトは周囲をかき分けながら両親を探した。自分でも訳が分からないくらい、自分と同じように家族や恋人…大切な人を探し続けている人々をかいくぐりながら、両親を探し続けていた。
耳を澄ませると聞こえてくる。大切な人を失って嘆き悲しむ人々の声が。サイトは耳をふさぎたかった。聞こえると、両親がもうここにはいないのではという不安ばかりが募りそうで嫌だった。でも、そんなことよりも両親を探さなければならない。だから不安を無理やり押し殺して両親を探し続けた。
だが、いつまで探し続けても、生まれたときからずっと一緒だった親の姿は見当たらない。
「どこなんだ、父さん!返事をしてくれ、母さん!!」
必死に呼びかけても返事はない。サイトは周囲を見渡して父と母を探し続けていると、壁に貼られた大きな張り紙を見つけた。
『死亡者名簿』。その通り、死亡した人間の名前を公表するためのもの。サイトは、見たくなかった。でも、その視界にその張り紙を見つけたとき、同時に信じられない名前がそこに記されていた。
平賀義人
平賀夏樹
その二つの名前は、サイトの父と母の名前だった。
瞬間、周囲の音が聞こえなくなった。
サイトは、膝を着いた。つい昨日まで何の変哲もない平和な日常が、一機に脆く崩れ去ったのを思い知った。
「う、うう……うぐ…」
うああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!
サイトは、膝を着いてうずくまり、ただ泣き続けた。
彼はその後、両親がちょうど死亡した場所が、ツルギの光線によって破壊された市街地内だと知り、それ以降……ツルギを憎んだ。サイトは今も昔も、肉体と精神共に人間として未熟すぎた。そんな彼にとって両親の死…つまり生活を支えてくれる存在の抹消は、彼の生活を変えてしまうには十分だった。帰ってきても、夕食の調理中だった母の姿はなく、仕事で疲れて帰ってきた父の姿もなく、真っ暗な家が静まり返った空気を出しながら迎えてくるだけ。
引き取ってくれるような親戚もおらず、サイトは孤独だった。彼を憐れんだクラスメートや教師たちは、まるでサイトを壊れ物のように扱う者ばかりで、全く持って学校生活にも充実感が沸かない。
サイトはついに一人ぼっちのまま日々を過ごしていた。保護者がおらず、進学先の高校も決まらず、将来の夢もなく、頑張る気力が何も起きない。そのため、成績も自然とガタ落ちしていった。
しかし、サイトへ手を差し伸べるように一つの光が差し込んできた。
家のインターホンが鳴り、サイトは玄関の扉を開けて訪ねてきた二人を見ると、街の役所の職員ともう一人、若き頃の麗しさを保っていた壮年の女性が底に立っていた。
「平賀、サイト君かしら?」
「えっと…どなた…ですか?」
「私は、『友里アンヌ』。今日からあなたの保護者になる人よ」
女性の名は、『友里アンヌ』。なんでも、サイトの両親が死んだ、ボガール・ツルギ・メビウス&GUYSの三つ巴の戦いで被害にあった人々のための応急救護所で、親を失って悲しむサイトを見かけ、しかも保護者となる人物がいないまま日々を過ごしていると聞いてやってきたと言う。メビウスが現れて以降の事件、サイトのように身よりのない子供たちを保護者がいない子供たちを、特に深い関係でもなかった一家が引き取るということは、かの有名なウルトラ兄弟たちが活躍した昭和時代の怪獣頻出期でよくあったことだった。
義母のアンヌは、とても優しくて慈愛に満ちた人だった。だが、急に現れた新しい母の存在に、サイトは戸惑いを覚えていたために、本来の順応性がなりを潜めてしまい、すぐに打ち解けることができなかった。
「…ありがとうございます、アンヌさん」
アンヌが毎日食事を作っても、他人行儀姿勢を崩さず…。
「何か欲しいものはないかしら?」
「…別に」
欲しいものがないか尋ねても、特に答えず…。
「あら、サイト。あなた怪我をしてるじゃない。傷を見せなさい」
「…いいよ。別に」
「いいわけないわ。ほら、私の言うことを聞いて…」
「勝手に押しかけてきておいて…ほっといてくれ!」
「サイト!!」
サイトの周囲の環境が変貌したために友人関係にもヒビが入ったことでクラスメートと喧嘩し、怪我を負った時も母親の手慣れた治療を受けようともせず、アンヌを突き飛ばして部屋に閉じこもるようになった。
優しい義母という新しい家族を受け入れきれずにいたサイトは、新しい日常を得たと同時に憎んだ。両親の仇…『ハンターナイト・ツルギ』を。
後書き
追記:サイトの両親の名前は僕が勝手に考えたものです。公式ではありません。
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