クズノハ提督録
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クズノハ提督切迫
その時、鎮守府には二人の男が真剣な面持ちで向かい合っていた。一人は後ろに兵器であった少女を庇い、もう一人は後ろに兵器を持った男達を率いて。追われる者と追う者、その両者が睨み合っていた。
「さぁ、その艦娘……Верный(ヴェールヌイ)を引き渡してもらおうか。彼女には元いた場所に帰ってもらう必要があるんでね」
追う男が口を開いた。余裕さえも感じさせる表情で詰め寄る。
「……」
追われる男は閉口した。目の前の男が近づくのを見ながら。
「まぁ、君の表情から察するに素直に渡す気はないんだろうけど……」
「倉岡さん……」
大本営の倉岡は眉を寄せてスーツを整えながら溜息を一つついた。
「でもね、僕らにも事情ってものがあるんだよ……分かってくれないかな」
葛葉は何も言わず眉をしかめた。
「やっぱりか……」
「倉岡さん、なんでこいつを連れて帰ろうとするんですか?」
葛葉が深呼吸をし、話を切り出す。
「今までロシアの海に沈んでいたのは確かにこいつです。でも、今こいつは人の姿をしています」
葛葉は隠れるように自分の後ろに立つ響を見ながら続けた。
「こういうのはどうでしょう? 沈んでいたひび……Верный(ヴェールヌイ)とそっくりな船を作るんです。そしてその作った 船をロシアに送れば、船を返すこともできるし戦力を増やすこともできます」
葛葉は自信を持って提案した。
「妖精さん達の力を借りれば作れないものではありません。資材も新しく船を一隻作るよりは少なく済みますし……」
倉岡は少しの間考えた後、苦笑いしながら言った。
「もし実現可能なら、それは確かにいい案だ。恥ずかしながら我々にはそのような案は出てこなかった」
「それでは!」
「でもね、もしバレたときのことを考えると所有権とか外交とか問題が次々と出てくるんだよ。仮にその案を実行したとして、Верный(ヴェールヌイ)が深海棲艦と戦っているところを彼の国に見られでもしたら……」
倉岡はなだめる様な口調で更に付け加えた。
「しかも今、深海棲艦に苦しんでいるのは日本だけじゃない。彼の国だって」
「じゃあ、大本営はそうやって深海棲艦に対抗できる貴重な戦力をみすみす見逃すって言うんですか?」
葛葉は畳み掛けるように問う。彼の目には
「あなた達はこの国よりも他国の戦力を優先するんですか!」
叫ぶ葛葉に倉岡が困り顔で反論する。
「おいおい、そんな……駆逐艦一隻のことで……」
「こいつだけじゃなく、戦艦長門達だってーー」
「!?」
倉岡の目が大きく見開かれた。それと同時に、今まで沈黙を保っていた後ろの武装集団も驚いたように顔を見合わせる。
「君、何故それを知ってるんだい?」
倉岡の表情が今までとは一転、厳しいものへと変わった。そのせいか、雰囲気も張り詰めはじめる。
「え……な、何で」
「何故君がそれを知っているか、と聞いてるんだ!」
今度は葛葉が迫る倉岡に圧倒される。
「え、そんな……皆知ってることじゃ……」
理由も分からずに責められ言い淀む葛葉に苛立ち、倉岡が右手で頭をかきながら説明する。
「……戦艦長門の消失……いや、失踪は重要機密事項。大本営の中でも僕を含めたごく一部の人間しか知らないはずだ」
「なっ!?」
「だから……君のような新人提督が、この事実を知っているわけがないのさ。さぁ、どこでそれを聞いたのか教えてもらおうか!」
倉岡の声に葛葉が気圧される。
「そ、それは……」
「心配することはない。ここで素直に教えてくれれば君を咎めることはしないよ」
「……」
葛葉は歯を噛み締めて黙り込んだ。鎮守府に沈黙が訪れる。
ーーRRRRR……
「……っと、電話だ」
倉岡がポケットから電話を取り出し、話を始めた。態度から察するに倉岡の上司であろうか、背筋を伸ばし壁の一点を見つめながら、やたらとはっきりした口調で応答している。
「……そうだ、この隙に」
葛葉もポケットに手を入れ、中のスマートフォンを操作する。気付かれぬよう、視線をできる限り倉岡達に向けながら慣れた手付きでメールを送る。
「司令官さん? 一体何を……?」
「今、安藤にメールを送った。重要機密事項とかいう噂の戦艦長門の件はどこで聞いたんだ? とか、今ここで起きてる事とかな。少しでも情報や策が得られればいいんだが……」
いまだ直立不動で見えない相手と話す倉岡から視線を外さぬまま、葛葉は答えた。
すると、間髪入れずに葛葉のポケットが震える。
「相変わらず早いな」
すぐ様メールを見た。
『随分大変そうなことになってるな。まぁ、頑張れ。』
「……」
「……」
「……」
「……大丈夫?」
響の不安気な声が葛葉に突き刺さる。
「……嗚呼、もう駄目かもしれない。こんな無能な提督でごめんよ……」
葛葉は頭を抱えて項垂れた。
「司令官さん! 諦めたらそこで色々終了なのです!」
「大丈夫よ! 司令官、私がいるじゃない!」
「お前ら……こんな状況でも俺について来てくれるのか」
「はわわ……」
「えへへ……もーっと撫でてもいいのよ」
葛葉は元気のない笑顔で二人の頭を撫でた。
「……私のせいで……」
「俺が勝手に言い出しただけだ。お前のせいなんかじゃないさ。それに……」
葛葉は目の前の通話中の男を見据えて呟いた。
「このまま機密事項の問題だけで済ませることが出来れば……」
そうこうしているうちに、倉岡が携帯電話をポケットに入れて話しかける。
「いやぁ、すまない。電話が長引いてしまって」
「ずっと話しててくださってもよかったんですよ?」
葛葉はわざとらしい皮肉で返した。
「そういう訳にも行かないさ。君がどこで長門について聞いたか教えてもらわないと……」
倉岡の表情が再び険しくなる。
「実は大学の教室で聞きました」
葛葉が素直に口を開いた。予想外に軽い告白に戸惑いながらも、倉岡は続けた。
「え、じゃあ誰からーー」
「偶然です」
「……え?」
「誰かから聞いたのではなく、偶然俺の耳に入って来ただけです」
怪訝な顔で倉岡が聞き返す。
「偶然……? 大本営の重要機密が君達の通う大学の教室で偶然聞こえてきたというのか?」
「ええ、そうです。(偶然どっかの誰かが教室内で言ってたのが聞こえただけ。嘘は言ってない筈……)」
葛葉は心の中で言い訳しつつ、毅然と答えた。
「では既に情報が漏洩していた……ということか」
倉岡は一人納得した様に頷いた。
「まぁ、この件については後から考えるか……」
倉岡はネクタイを整えて、葛葉の腕にしがみつくВерный(ヴェールヌイ)に視線を移した。
「話を戻そう。……その子を引き渡してくれ」
「!?」
葛葉の袖を掴む力が強くなる。
「む、無理矢理戻しますね……」
「元々はこちらが本件だったからね」
葛葉の望みが絶たれた。
「……嫌だって言ったらどうします?」
「悪いがこれは上が決めたことなんだ。何が何でも従ってもらう」
倉岡が歩き出す。葛葉が少女を腕から背中へと庇う。
「強引なのは嫌われますよ?」
「生憎、嫌われ役は慣れていてね」
目と鼻の先。倉岡が手を伸ばせば、葛葉の胸ぐらを掴める程の距離。
「邪魔だ。そこをどいてくれ」
倉岡の手が迫る。葛葉をねじ伏せるかの様に大きな手。体格では明らかに不利。葛葉が拳を握る。
(答えを間違えたか……? あれだけ大口を叩いたのに……あれだけこいつらを信用させたくせに……結局俺は守れないのか?)
ーーRRRRR……
その瞬間、二度目の機会音が鳴り響いた。
「……っ!」
「……こんな時に一体……? ちょっと失礼」
倉岡はズボンのポケットから携帯電話を取り出し、会話を始めた。
「あ、もしもし倉岡です。あ、はい!」
再び壁を見つめながら直立不動した辺り、相手は先程の電話相手と同じなのだろう。
「え? 了解しました……葛葉君、君にも聞かせろと」
「え?」
倉岡がスピーカー機能を付けて、皆に聞こえる様にする。
『えーと、くずのはクンかな? 初めまして』
「あ、はい初めまして。葛葉です」
『そちらにいる倉岡の上司の安藤と言います。よろしく』
「……安藤?」
「あ、こら呼び捨てなんて失礼だぞ」
『良いんだよ倉岡。彼には多分、思い当たる人がいるんじゃないかな?』
葛葉にとって何度も聞き憶えのある名前。昨日一昨日だけでなく、つい先ほどにもメール越しに。
「まさか!」
『娘が世話になってるよ。今後とも良き友人としてよろしくね』
葛葉は、まさか自分が上司の娘と友人だったとは、とただ驚くばかりであった。
『……今回はまぁその……娘の不祥事と我々の浅慮について謝罪したいが為に失礼ながらもこうやって話してーー』
「え、え? どういうことですか?」
思わず倉岡に視線を移すが、倉岡もただ首を傾げるのみであった。
『何? 順を追って説明するべき? 分かった。では簡単に説明して行こう、まずは重要機密である戦艦長門の件について……』
受話器の向こうで誰かと話しながらも、安藤の父親らしき上司は説明を始めた。
『あれは娘が重要機密と知らずに君たちに話したのだよ……。簡単に喋ってしまうのもどうかと思うが、こちらの情報伝達に不手際があったことも反省せねばならない。迷惑をかけたね……』
「え、じゃあさっき君が話していたのは?」
「う……嘘じゃないデスよ一応?」
葛葉は目を泳がせた。
『それでもうひとつВерный(ヴェールヌイ)の件だが、これは娘づてに君の案を聞いたよ。是非とも詳しく聞かせて欲しいのだが』
「そ、そんな簡単に方針を変えて良いのですか?」
驚いた倉岡が思わず反論した。
『倉岡、我々が最も重要視するべきものが何か忘れてはいないか?』
電話からの声が少しだけ低くなる。
「それは……この国の海の安寧と秩序です」
『Верный(ヴェールヌイ)がそれに必要だ、というだけで十分な理由にならないか?』
倉岡は静かに肯定した。
『というわけでだ葛葉クン……。散々君達を追い詰めた挙句、非常に身勝手で虫のいい話だとは思うだろうが……』
「構いません。ただし、一つ条件を提示してもいいですか?」
葛葉は知らぬ間に笑みを浮かべていた。
『非礼の詫びとして、出来ることならば最善を尽くそう』
葛葉は強く、そして声高らかに言った。
「響……Верный(ヴェールヌイ)は俺が貰う! 異論は認めない!!」
後書き
どうもKUJOです。お久しぶりです……はい、本当に。
上旬終わりに書き始めて二週間ほどかかってしまいました。
間が空いたので違和感を感じるところもあるかもですが……そこの所は目を瞑ってくださると幸いです。
私情ではありますが、多忙の為なかなか原稿が進みませんでした……。
ひと段落しましたので、また暫くは通常営業できそうです。
それとこれからは、もうちょっと更新ペースを上げようと思ってはいます。
それでは季節の変わり目につきお体を崩しにならないことを祈ります。
皆様ご機嫌よろしゅう。
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