機動戦士ガンダム0087/ティターンズロア
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第一部 刻の鼓動
第四章 エマ・シーン
第一節 追撃 第二話 (通算第62話)
「出撃ですか」
フランクリン・ビダンがバスクに書類を差し出しながら話し掛けた。バスクは書類を一瞥すると散らかったデスクの中央に放り投げる。書類を目で追いながら、フランクリンは眉をひそめた。
「そうだ。奪われた《ガンダム》は必ずや取り戻さねばならん」
「たかが、訓練用の機体です。装甲も旧い……あんなものくれてやっても構わないでしょう」
デスクの上に無造作に置かれた書類とバスクを交互に見ながら言い放つ。その書類は、《ガンダムマークⅡ》が奪われたために急遽、試作が繰り上げされた《バーザム》の開発申請書と仕様書である。認可をスムーズに貰って早々に退散したい気持ちがフランクリンをいつもより饒舌にしていた。
「フランクリン大尉はそういうが、《ガンダム》という名前の持つ重みを、理解してもらいたい」
ジャマイカンが横から口を挟んだ。その言葉にバスクが大きく頷く。ティターンズの試作MSにガンダムの名を冠するには連邦中央の強い反発があり、ジャミトフの政治力で強引に捩じ伏せた経緯があった。それを奪われたとなればジャミトフは面目を失う。そのため、バスク自らが奪還の指揮を採らねばならなかった。
ジャマイカンはフランクリンの発言に対する不愉快さを隠さなかった。『あんなもの』というのが気に入らないのだ。多大な開発費を掛け、ようやく受領した機体が『あんなもの』と切り捨てられるのではたまらない。それに《ガンダム》はパイロットの評価も高く、生産性も《クゥエル》の生産ラインが流用できるため申し分ない。兵器は性能だけではない。整備性やコストパフォーマンスも重要だ。どこまでも性能を追求すればいいというものではないのだ。
(だから技術屋というのは度しがたい)
その不快さを心の中で吐き捨てた。
ただし、これはジャマイカンの穿ち過ぎというものである。《マークⅡ》はあくまで次世代量産機として設計された機体のプロトタイプであり、奪われた機体は、本来のガンダリウム(ルナ・チタニウム)合金製の複合装甲ではなく、チタン複合材製であり、パイロットの操縦訓練用だった。フランクリンが『あんなもの』というには、訓練用の試作機が奪われても量産に差し支えないという理由もある。研究者特有の悁介さがあるため誤解されてしまうが、仕事に対しては一途で真面目であった。
そんな、仕事が命のフランクリンにとっても、ティターンズは決して居心地のよい場所ではなかった。機械工学のオーソリティーにして開発責任者とはいえ、自由に開発ができる訳ではない。
フランクリンにしてみれば、単に『ティターンズほど潤沢な開発費を使わせて貰える研究所が他になかった』からこそ、『軍の招聘に応じた』だけという意識が強かった。彼はコロラドサーボ社からの出向であり、帰れば研究所の所長か開発局長の席は用意されるであろうという目論見もある。
「それよりも、敵――エゥーゴの新型の方が気になります」
「あの赤い機体か……ならば貴官にも《アレキサンドリア》に同乗してもらおう」
バスクがジャマイカンに指示するのを遮るようにフランクリンが抗議の意を表した。
「わ、私は……」
「大尉には間近で見て、機械工学の第一人者としてのアドバイスを我々無学な軍人にしていただきたい」
とりなすように、ジャマイカンが割って入る。先ほどの不快さを何処かに忘れてきたかのような態度の豹変だ。フランクリンとしては困惑するばかりであった。彼は技術者であり、軍属であっても軍人ではない。第一、拳銃すら撃ったことがない。だが、今は新型への興味が僅かに勝っていた。
コロラドサーボ社ではなかなかジオンの技術に触れる機会がない。パドライト社がジオン系の技術を取り入れ斬新なMS――NRX―004《アッシマー》を完成させたのを臍を噛んで見守った記憶は新しい。しかもRAS―85《アトーシャ》として空軍の制式採用が決まった時には『言わんことはない』と言い放ったものだった。ジオンの技術は未だに飛び抜けており、連邦のMSに流用するだけで今までとは違うMSの形が模索できるのだ。
彼の見る限りエゥーゴの新型はジオン系の技術をベースに連邦系の外装で括んだような感じがしていた。それを自分の目で見、手で触れたい――その好奇心が己を殺す。しかし、全く意に介さない。それは研究家の悪癖であった。
「そういうことであれば……」
不承不承という態で同意して見せる。幾ら技術屋でも、それぐらいの腹芸はできなければ、今の地位に座ることはできない。だが、聞いて置かなければならないことがあった。
「エゥーゴとは戦争になりますか」
「いや、戦争にはならんだろう。エゥーゴといっても一部の跳ねっ返りどものしたことだ。月面派も一枚板ではない。そいつらを殲滅さえしてしまえば、連邦中央が隠蔽しようとするだろう」
「しかも、先に手を出したのはエゥーゴだ。どうとでも利用できる」
フランクリンは吐き気がした。ジャマイカンは姑息であり、バスクは陰険である。自分たちのしたことを忘れられる人種というのは都合が自分たちだけのものだと思っている。スペースノイドがどうなろうと、フランクリンの知ったことではなかったが、自分が戦争に巻き込まれるのはゴメンだった。
「ヒルダ中尉もお連れしろ」
「家内は関係ないだろう」
フランクリンは狼狽した。いくら家庭を顧みない夫といっても、妻は妻。抵抗が虚しいと解っていても、守ろうとするのは、男の性であると言える。
「戦場で敵の装甲が手に入れば、いち早く材質を調べてもらうこともできる」
そう言われては頷くしかなかった。
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