101番目の哿物語
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第0章 プロローグ
プロローグ3。ヤシロ
「どうしたの、モンジ君?」
俺の席の真ん前に立つ女の子が、爽やかに明るい声で心配そうに告げた。
愛くるしい瞳は猫を思わせるようなクリクリっとした輝きを放っており、やや洋風っぽく、整った顔立ちは、多少高貴な面影すら感じさせる。短いスカートを履いているので綺麗な脚線美が男心をくすぐる。そんな可憐な可愛らしい少女が、俺の親友の、仁藤キリカだ。
キリカの胸元を見たせいで、高まった血流を鎮めようと素数を数えている俺を心配そうな、不思議そうな、そんな感じの困ったような顔で見つめてきた。
「1、2、3 、5、 7 、11、13 、17 、19 、23、29、31、37、41、43、47、53……」
「えっと……モンジ君。1は素数じゃないよ?」
「な、なんだと⁉︎」
(いや、まぁ、知っていたけど……東池袋高とかで結構レベルの高い授業受けたからな……)
「んー。なんか今日のモンジ君、いつもと違うような……」
……ギクぅ……。
鋭いな、記憶の中にある彼女の姿を思い出して思った。昔からキリカは人の事をよく観察しているんだよなー、と。
「そ、そんなことない……ゾ?」
俺の馬鹿。疑問系に言ってどうする。
「ふーん……まぁ、いいや。それよりモンジ君って都市伝説って知ってる?」
「都市伝説?」
「そう、都市伝説!」
目の前に立ち明るい声でキリカは得意げに告げた。
「今日の話題はそれにしようと思うの」
キリカは得意げに都市伝説について語った。
俺が知ってる都市伝説についての知識はこんな程度だ。
都市伝説。
アーバンレジェンド。
現代の怪談。
有名どころからマイナーまで幅広く噂されている怪談話で『赤マント』とか『花子さん』とか、『死ねばよかったのに……』などホラーからコミカルな話までその幅は多岐に広がる。
アリア対策に昔、怖がらせてやろうと思い覚えた知識なんだがな。
「モンジ君は知ってる?」
「俺の名前は一文字疾風。疾風と書いてハヤテと読む名前があるんだから、そっちで覚えようなキリカ」
前世でも、同じ学科の峰理子に『キーくん』などと呼ばれてたなーと思いながらキリカに告げた。
「あははっ!可愛いと思うのになあ、モンジ君って名前」
まったく、何たって女子は他人に変なアダ名つけようとするんだ?
理子といい、キリカといい、ちゃんと名前で呼んでやれよ。
「都市伝説って、あのホラーちっくな話の事だろ?現代の怪談、みたいな」
「そうそう。さっきまであっちで三枝さん達と話してたんだけどね?」
キリカが見た視線の先には、クラスメイトで委員長のメガネをかけた女子がいた。
その女子、三枝さんは俺を見てメガネの奥で目礼してくれた。
俺も彼女に習って軽く会釈しておく。
女子は苦手だが、こういった礼儀作法をちゃんとしないとじいちゃんや兄さんにボコられるからな。
もっとも、もう会えないが。
「『赤マント』とか『花子さん』とかは怪談なんだろ」
「そうそう、それも都市伝説だね。後は『口裂け女』とか、あるハンバーガーショップはミミズを使っている、とかそういう社会的な噂も都市伝説だよ」
「昔そんな噂があったなあ。『本当は食用ミミズを入れた方がコストが上がる』とかそんな話で、そんな事はしてませんって発表したとかなんとか」
「そうやって消えちゃう都市伝説もあるよね。後は定番だと『リコちゃん電話』をかけるとリコちゃんが電話をかけてきて、殺しに来るー、みたいなヤツ」
「あったか?」
リコちゃん電話?
理子が電話をかけてくんのか?
実際、理子にはハイジャックとかスカイツリーで殺されそうにはなったけどな……。
「知らないの?
リコちゃん人形の呪いの話。
あれって、玩具会社の電話サービスから出た都市伝説なんだけどね」
「へー。さすがは情報通のキリカだなあ」
俺の記憶にはキリカは、話し上手で聞き上手。
『物知りキリカ』として有名とある。
情報通と言われて気を良くしたのか、キリカは胸を張って人差し指を立てて語り出した。
キリカの胸に視線がいかないようにビクビクしながら俺は彼女の話を聞いていく。
「一昔前、自動応答の電話番号があってね。雑誌の広告とかに番号が書いてあって、その番号にかけると『もしもし、私リコちゃん、お電話ありがとう!』ってサービスだね」
「あー。なんか小話が聞けるってヤツか」
「で、『リコちゃん人形』を捨てた女の子がある日電話に出たら、『もしもし、私リコちゃん。どうして捨てたの?今から貴女のお家に行くわね』みたいに言われて、ガンガン家に近づかれていっちゃう、っていうお話」
「ベタだな……結局どうなるんだ?」
「最期は不明だね」
キリカは立ててた人差し指を自分のほっぺに当てて、思い出すように首を傾げた。
「えーっと、順番に言うと、その後は『リコちゃん』から電話が一方的にかかってきまくって。『もしもし、私リコちゃん。今から貴女の家に行くわ』『もしもし、私リコちゃん。今、貴女の家の前にいるの』『もしもし、私リコちゃん。今、貴女の部屋の前にいるの』って続いていく感じ」
あ〜なるほどな……オチがわかったぜ。
「最後は、『貴女の後ろにいるの』か?」
「そうそう。そして振り向いたら……キャー!みたいな?」
キリカは、キャーに、合わせて大きくバンザイする。
あまりにも笑顔でかたるものだから、恐怖より微笑ましく感じてしまった。
元々キリカの方にも俺を怖がらせるつもりなんてないんだろう。
クスクスと笑ながら机の上で足をバタバタと降っている。
ヒス的に困る。揺れる太ももに視線がいかないようにしないといけないからな。
「で、その都市伝説がどうしたんだ?」
「それが出たの」
「……出た?」
「そ。隣の市に、すっごい進学校あるでしょ?」
「ああ。私立蒼青学園だな」
蒼青学園は隣の『月隠市』にある。
飛び抜けて頭のいい共学の進学校だ。
このあたりでは月隠市は都会にあたる。
学力も高ければ、学費も高い。
頭の良い金持ちが通う学校だ。
「あそこの女の子が、おっかない目に遭ったんだって」
「へぇ……実体験なのか」
まぁ、おっかない目に遇うこともあるかもな。
俺も吸血鬼やら人狼やら鬼やらと出会ったことあるし。
「三枝ちゃんのお友達が、実際に怖い電話口に追いかけられたらしいよ」
ふーん。
俺も昔、武偵高で強襲科の教師、蘭豹から電話がかかってきた時には恐怖を感じたなあ。
「元々、この『リコちゃん電話』っていうのは、別の話から派生したものでね」
派生か。
俺の体質の、あのモードも派生するんだけどな。
まあ、今は関係ないけどな。
「もしかして『メリーさん電話』か?」
それなら俺も知っている。
全国的にメジャーな都市伝説だからな。
「そうそう。本来この手の話の原典、元ネタっていうのはないんだけどね。
人から人へ噂されて発展して有名になるものだから」
「元ネタみたいなものがいくつかある、って事か」
「そ。んで、この『リコちゃん電話』の場合、有名な『メリーさん電話』が元ネタじゃないかって言われているの」
「なるほどなあ」
「『リコちゃん電話』とほとんど変わらないんだけどね、最後は殺しちゃう……みたいなお話」
「そっちは完全に殺しちゃうのか……」
「うん。『最後どうなったか解らない』っていうのは、その方が怖くなるからっていう創作だと思う。そもそも『メリーさん電話』自身も創作だろうし。
人が噂するごとに進化して、より怖くしていくっていうのが都市伝説の醍醐味なの」
「伝説もレベルアップする、ってわけか」
「そういう事。で、その被害者が蒼青学園にいた、ってわけ」
「ふーん。で、その子はどうやって、切り抜けたんだ?」
「なんかね……」
キリカが対処方を語り、その後はチャイムが鳴った為、HRになった。
席が近い友人のアランにしつこく絡まれたりした。
お前は武藤か。
思わずツッコミたくなるほど話す内容とかも武藤が好きそうな巫女さん物のエロ雑誌やらナンパをしたいとか奴を思い出すくらい同じだった。
さすがに乗り物オタクではなさそうだが……。
んで、放課後になり、一文字疾風が所属していた陸上部で軽く汗を流そうと思い走ったが驚いた。
普通の状態でも、通常時の俺でもそこそこ速く走れたからな。
六時半頃。
校門付近で一文字疾風が憧れていた先輩に会ってしまった。
「モンジくーん!」
背中側から爽やかで甘い声が聞こえた。
先輩にまでそのアダ名で呼ばれてんのかよ!と本来の自分(一文字疾風)にツッコミつつ、振り返ってその先輩を見た。
パッチリとした瞳、小さな鼻と口、ふわふわの柔らかそうな髪の毛、制服の上からでもわかる豊かな胸、頭の上にはオシャレな帽子をかぶるヒス的に大変危険なこれまた美少女。
彼女は生徒会長を務める、七里詩穂先輩だ。
俺の幼馴染だった武偵高の生徒会長で、武装巫女だった白雪とは違い、正真正銘の普通の生徒会長だ……多分。
彼女と何故か一緒に帰る事になったが、その彼女との会話の中で過去の話題を聞いて、彼女から聞く昔の俺、一文字疾風は本当アホな奴だと思ってしまった。
先輩と校門を出ると……。
先輩が何かに気づいた。
視線の先には……。
「あれ?」
そこには……ビスクドールの、人の膝丈くらいの大きさをした人形が寂しそうに柱にもたれかかるように佇んでいた。
薄い金色の髪、真紅の目、ボロボロのドレス。
元々は綺麗であった人形が、まるで世界を恨むかのように薄汚れていて、いかにも怖い気配を漂わせている。
「こんな所に……?」
俺は朝の会話で話題となった、『捨てられた人形』が追いかけてくるという話を思い出す。
________その時だった。
「お兄さん」
突然女の子の声に呼び止められた俺は、振り向いた瞬間心臓が口から飛び出るんじゃないかと思うほど驚いた。
俺の真後ろ、1mも離れていない場所にピッタリと、小さな女の子が立っていたからだ。
その子は真っ白いワンピースに身を包んでいて、真っ白なつばの広い帽子を目深にかぶっている。顔は帽子に隠れて見えないが、唯一見える口元には柔らかな笑みを浮かべていた。
その笑みがまた、何か深い意味がありそうでなんとなくゾッとしてしまう。
背丈からして小学生高学年に入るくらいだ。
あまりの驚愕と恐怖で頭の中が真っ白になった。
どこからか甘い……花の香りのようなものも感じた。
意識もぼんやりしてきた。
「これ。お兄さんの」
両手に一つずつ、握りしめた何かを差し出す少女。
その何かはよく見ると漆黒の携帯電話だった。
黒い不思議な光沢を持った、中々デザインのかっこいい携帯電話。
艶やかなその表面を見ていると、どこか吸い寄せられるような気分になる。
「俺の……ではないな」
休み時間に確認したが、一文字疾風が使う携帯電話は制服の内ポケットにちゃんと入っている。
そう告げたが、白い少女は首を振って、さらに高く差し出してきた。
「ふふっ、はい。これはお兄さんの『Dフォン』だよ」
「ディー……フォン?」
「そう。運命を導く為の。そして運命から身を守る為のお兄さんだけの端末。だから……持っておいた方がいいよ」
「いや、それが本当でも一台で十分だろ?」
「だってお兄さん、一人じゃないでしょ?」
驚愕する俺を見つめ、言葉を続ける白い少女。
「きっとお兄さんを助けてくれるよ。多分だけどね」
「……わ、解った」
有無を言わせないほどの強い言葉に、俺は少女の手から二台の『Dフォン』を受け取った。
手に馴染む質感と、見ているだけで心惹かれるようなデザイン。
持っているだけで落ち着いてくる感触に、不思議と違和感は感じなかった。
確かにこれらは『俺達の』だと思えてくる。
「そのDフォンは、お兄さんと因果……縁みたいなものが繋がっているロアを探してくれるから。大事にしないとダメだよ?」
「……因果?ロア?」
聞き覚えがない言葉に首を傾げると彼女は説明してくれた。
「そう。コードを読み取る事でお兄さんを助けてくれるの。……試しに、そのDフォンのカメラで、あっちの人形を見てみて?」
少女の示す先には、さっきの人形があった。
俺は携帯のカメラを言われるまま、その人形に向けた。
直後。
ピロリロリーン♪
何かを読み取ったかのような音が鳴って、ハッと我に返る。
「な、なんだよ。今のは⁉︎」
「ふふふ。きっとお兄さんを助けてくれるロアだよ。もっとも……」
「もっとも?」
嫌な予感がして聞き返すと……。
「殺されなければだけど」
殺される……殺される?
少女の表情を見てわかった。
脅しや忠告じゃない。この少女は本当にただ純粋に、「殺されなければ助けてくれるかもね」と言っているだけなんだ。
「ど、どういう意味だ⁉︎」
「そのままの意味だよ。じゃあね?」
「待て!」
少女の手を掴もうとしたがするりとすり抜けてしまった。
「お前は一体……」
何者なんだ、と聞く前に彼女は笑ながら告げた。
「私の名はヤシロ。生きていたら『また』ね、お兄さん『達』っ」
「ヤシロ、ちゃん……か」
Dフォンを握りしめて呟くと、クスクスと笑って。
「ばいばい」
と小さく手を振り……
「モンジくん、モンジくーん?」
気づけば目の前に、七里先輩の顔が至近距離にあった。
どれくらい至近距離かと言うと、おでこで体温を測るくらいの距離くらいだ。
ちょっと顔を突き出せば「ちゅっ」とできてしまいそうだ。
マ、マズイ。
近い。
離れようとしたが先輩から何かいい香りがしている。
ヤバイ。このままではマズイ。
そう思ったが血流は止まらなかった。
トク、トクン……ドクン。ドクン。
なる。なってしまった。
ヒステリアモード、に……!
「やれやれ、こんな可愛らしいお嬢様に寄られるのは大変光栄だね。
だが気をつけた方がいい。君みたいな可愛いらしい人は狼に狙われやすいからね」
「んにゃ⁉︎か、かか、かかか可愛らしい⁉︎」
顔を赤く染めた先輩にさらに近づき、その手を握る。
「さあ、狼が現れる前にお姫様はお城に帰らないと。
騎士役をやらせてもらおう」
「おおお、お姫様⁉︎」
「ああ、ちょっとだけ____お姫様にしてあげよう」
そう言って彼女を抱き上げた。
お姫様だっこで。
顔を真っ赤にさせた先輩を抱き上げて校門前を歩く俺。
周囲に人は少ないとはいえ、通りすぎる男子生徒からは嫉妬と増悪の目を向けられ、女子生徒からは黄色歓声と驚きの声があがった。
明日、俺死ぬかもな……。
「それにしても……」
……さっきのは白昼夢だったのか?
そう思い直そうとしたが、自分の制服の外ポケットに入っている物に気がついてその考えを捨てた。
何故ならしっかりと二台の『Dフォン』は制服の外ポケットに入っていたからだ。
周囲に視線を向けたが、ヤシロという少女や人形はどこにも見当たらなかった。
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