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剣の丘に花は咲く 

作者:5朗
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第十三章 聖国の世界扉
  第二話 彼の軌跡

 学院の授業が終了した放課後。雲一つなく晴れ渡った空に輝く太陽は、中天から外れた位置にある。しかし、降り注ぐ日の光は未だ健在であり、青い空の下、魔法学院にある四つの中庭を照らしている。その中の一つ、アウストリの広場。そこには授業を終え、それぞれお気に入りの木陰やベンチで今後の予定や旬の話題に花開かせる生徒たちの姿があった。授業が終わった開放感と、親しい友人との会話に明るく暖かな空気が満ちるそんな広場に、何の前触れもなく闖入者が入ってきた。彼らは整然とした行進で広場中心に向かっている。その中には、ガチャガチャと重々しい音を響かせながら、甲冑を着た一目で歴戦の戦士と伺わせる気配を纏う騎士団に交じり、魔法学院の生徒らしい年若い少年の姿も見える。腕の振りどころか指先の動きまで完全に一致した、王宮の近衛隊の手本にでもしたくなる程に完璧なまでの行進を見せつけながら、彼らは広場の中心へと進む。
 集団の先頭に立つ、とある騎士団の隊長であるカイゼル髭が雄々しい壮年の男が広場の中心に辿り着くと、集団の後方から絶叫が響いた。

「ぜんた~いッ! 止まれッ!!」

 ザッザッと、同じ場所一、二と足踏みをした集団が、完璧なまでに統率の取れた動きで停止する。まるで一つの生き物のように動きが一致していた。その芸術的なまでの行進の姿に、おしゃべりを忘れ魅入られたかのように視線を固定している生徒たち。
 彼らの完璧なまでに美しい行進の根底には、互いに対する深い信頼と信用があってこそのものであった。共に戦場を駆け抜け、強固な絆を築いた男たちだからこそ取れた動き。そう、彼らはお互いに理解し合っていた。どんな性格の持ち主で、趣味は何か等と言った底の浅い関係などではない。好みの胸の大きさはミリ単位で、髪型は細かく数十種類まで、責められる際、精神的な方が良いか、それとも物理的なのが良いかまで。更に深い底にいる一部の者まで言えば、ア○ルの皺の数まで知っている輩もいる始末。理解というか、粘つき絡み合い、半ば融合している彼らの関係―――もはや恐怖である。
 広場にいるそんな彼らの実態を知らない生徒達であったが、その一団が漂わせている雰囲気に敏感に感じ取ったのか、怖気付くように一歩、二歩と後ずさる者の姿が見える。生徒たちの注目を浴びる中、先頭に立つカイゼル髭の男が手に持った杖を頭上に掲げる。と、同時に集団の後方にいる小太りの少年が再度声を張り上げた。

空中装甲騎士団(ルフトパンツァーリッター)及び水精霊騎士隊(ウンディーネ)構えッ!!」

 ひぅっ、と引きつった悲鳴があちこちから上がる。
 痙攣のように小さな悲鳴が感染するように広場に広がる中、空中装甲騎士団(ルフトパンツァーリッター)水精霊騎士隊(ウンディーネ)の面々は、背中に背負ったモノを引き抜く。それは杖ではなく箒であった。ベララ羊歯の葉製の大きな箒である。

「いいかぁッ!! 俺たちはゴミ屑だッ! 社会の底辺にこべり付いた汚物にも劣るゴミ屑だッ!!」
「「「サーッ! イエス・サーッ!!」」」
「だがっ! そのゴミ屑にも出来ることがあるっ!! それは同類のゴミ屑を殲滅することだッ!!」
「「「サーッ! イエス・サーッ!!」」」
「貴様らが他のゴミ屑どもよりもましなゴミ屑であることを証明して見せろッ!!」
「「「サーッ! イエス・サーッ!!」」」
「目標! アウストリ広場のゴミ各種ッ!! 一サントのゴミも見落とすな全て殲滅せよっ!!」
「「「サーッ! イエス・サーッ!!」」」

 マリコルヌの大声を上げすぎて割れた酷いダミ声による命令に従い、一斉に男達はアウストリ広場へと散らばっていく。
 彼らは空中装甲騎士団(ルフトパンツァーリッター)水精霊騎士隊(ウンディーネ)の混合部隊。現在魔法学院で最強の戦力と最低の評価を得た騎士たちである。彼らはとある事件を起こした罰として、放課後の学院の中庭掃除を命じられていた。ただの罰掃除と侮るなかれ。魔法学院の敷地は広く、そして、そこに住む生徒たちは、基本的にゴミをそこらに投げ捨てる者が多い。寮塔の窓からゴミを投げ捨てる輩も珍しくもない。そのため、中庭の掃除と簡単に言ってもかなりの重労働になる。普段は、メイドや給仕の仕事であり。彼らの中でもキツイ仕事のワースト十に入る程のものであった。
 罰掃除を黙々とこなす騎士たちを見つめる生徒達の目には、忌避や侮蔑の視線を向ける者が殆んどであったが、中には気まずさ等が戸惑いが混じっている者の姿もちらほらとあった。そのような者たちは、騎士団による事件(理想郷事件)とほぼ同時期に起きた陰惨な事件に係わった者たちである。学院の長い歴史の中でも、悪夢としか言いようのないその事件は、その余りにも深い業や、トラウマ持ちを続出させたことにより、なかった事にされた事件であった。事件自体がなかった事にされたため、その事件に関わった者たちに対するおとがめは一切なかったのだが、やはり、記憶を消した訳ではないため、事件に係わった者たちの内心は複雑なものがあった。
 そんな様々な感情が宿った視線を向けられる中、水精霊騎士隊(ウンディーネ)の一員であるマリコルヌが、そのぽっちゃりとした体型からは考えられない動きでアウストリ広場のゴミを片付けていると、おずおずと後ろから近づいてくる一人の少女の姿があった。

「あ、あの……」

 不安に震える声で呼びかけられたマリコルヌは、肩越しに振り返った背後に立つ少女を見た。

「んん? ブリジッタじゃないか。どうしたんだい?」
「ま、マリコルヌさま……」

 マリコルヌに声を掛けた少女。その少女は、“女風呂覗き事件(理想郷事件)”が起きる前、今では朋友であり戦友でもある空中装甲騎士団(ルフトパンツァーリッター)との争いが切っ掛けで親しくなった黒髪清楚系一年生のブリジッタであった。
 顔を伏せながら、ブリジッタはスカートの端を掴み、子犬のように身体を小刻みに震わせている。

「そ、その、な、何故、どうして覗きなんて……」

 ブリジッタが顔を上げると、その大きな瞳は潤み、今にも涙がこぼれ落ちそうになっていた。苦しげにブリジッタの顔が歪むのを見たマリコルヌは、目を伏せると顔を前に戻す。ブリジッタに背中を向け、マリコルヌは青く晴れ渡った空を見上げた。

「……ブリジッタ、覚えておくといい……男、いや、漢とは、時としてどうしようもない程馬鹿になってしまうものなのさ」

 バッ、と勢い良く箒を振り上げ肩に担いだマリコルヌは、呆然と立ち尽くすブリジッタを置いて去っていく。その背には男の哀愁が漂い、容易に呼び止める事が出来ない雰囲気を醸し出していた。そんな漢の背中に、気弱な一年生女子が声を掛けることなど―――。

「単に人としてダメなだけじゃないですか!」
「おうふっ!」

 顔面から地面に倒れ込むマリコルヌ。鯱のように海老反り姿で地面に転がるマリコルヌの身体は、ピクピクと痙攣している。
 顔面から落ちたダメージがそれ程までに重かったのか? 
 否―――否である。
 マリコルヌ―――この漢、明らかに―――。

「ほ、ほお、ほおおぉぉぉ~~~」
 
 悦んでいた。
 気味の悪い蟲のように蠢くマリコルヌを文字通り虫けらのように見下ろしながら、ブリジッタは吐き捨てるように言う。

「同じ人間だとも思いたくありません」
「ふおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉ!!」

 どこぞの変態な仮面になりそうな勢いで叫ぶマリコルヌは、誰がどう見ても、どこに出しても恥ずかしい変態である。その余りの気色の悪さに、周囲で伺っていた他の生徒たちは誰もが動けずにいた。悲鳴さえ上げる事さえ出来ず、ただ呆然と見ているしかない中、そんな変態を―――。

「―――おおおぉぉぉッぶっ?!」
「やめんかこの馬鹿が」

 ―――止める者がいた。
 後頭部を踏みつけ強制的にマリコルヌ(変態)を停止させたのは、漆黒の鎧に赤い外套、浅黒い肌に白髪を持つ鋭い眼付きの男であった。水精霊騎士隊(ウンディーネ)隊長衛宮士郎である。

「貴様は掃除の一つも満足に出来んのか?」

 呆れた声で足元で蠢くマリコルヌに言い放った士郎は、後頭部に乗せていた足を外すとぽっこりとした腹を蹴り上げ仰向けに転がすと、その丸っこいお腹の上に手に持った拾い集めたゴミの塊を放り捨てた。
 
「ごみ捨てくらいは出来るだろ。ほら、さっさと行ってこい」

 マリコルヌを蹴り転がし追い払うと、士郎は傍で立ち尽くすブリジッタに顔を向けた。

「あの馬鹿が怖がらせたみたいですまないな。だが、あんな奴でも悪い奴じゃないんだ。出来れば見限らずに、長い目で見てやってくれないか?」
「っ! あ、は、はい……」
「ありがとう。君は優しいな」
「そっ! そ、そそ、そんな、ことは……」
 
 首まで赤く染め上げ、恥ずかしげに顔を伏せたブリジッタの頭にぽんっ、と手を置いた士郎は、そのまま優しく手を動かした。手櫛で髪を梳くような優しい感触に、ブリジッタは猫のように目を細める。その様子を見ていた周囲の女子生徒たちは、マリコルヌの姿が視界から消えると一斉に士郎に向かって駆け寄っていく。

「え、エミヤさまっ! わ、わたしもちゃんとあの変た―――ゴミく―――馬―――……あ、あの人たちを見限ったりしませんわ」
「わた、わたくしもっ! エミヤさま、わたくしも彼らの事を―――」
「あたしもあたしも―――」

 遠巻きに罰掃除をする騎士団を見ていた女生徒たちが士郎へと群がっていく。それはまるで砂糖に集まる蟻の如く、蟻団子ならぬ士郎団子であった。そんな、瞬く間に自分を取り囲んだ少女達に戸惑いながらも、邪険にすることなく相手をしていたためか、士郎の周囲の人だかりは時間が経つ毎に大きくなっていた。そんな様子を罰掃除をする空中装甲騎士団(ルフトパンツァーリッター)水精霊騎士隊(ウンディーネ)は嫉妬と憎しみの篭った視線で睨みつけていたが、士郎を取り囲む女の集団にちょっかいを掛けられる訳もなく、食いしばった口元から血を流しながらも、黙々と掃除に励んでいた。
 そんないじらしくも罰掃除に励む彼らの中で、唐突に女性の甲高い声が上がる。場所はアウストリ広場の端の方。『何だ何だ何事か?』と、空中装甲騎士団(ルフトパンツァーリッター)水精霊騎士隊(ウンディーネ)の視線が向けられる。そこには新たな人団子が出来上がりつつあった。その中心にいるのは、

「み、ミス・アルトリア、そ、そそ、その、わ、わたくし、あな、あな、あなたの事が―――」
「アルトリア様、この後、少しお時間よろしいでしょうか?」
「わた、わたし、アルトリア様のために、ケーキを焼いたんですっ! ど、どうか―――」

 アルトリア・ペンドラゴンことセイバーである。
 魔法学院の女子生徒の制服を着たセイバーの周りには、下級生を中心に群がる女子の姿があった。そんな群がる女子の足元には、ワインに身体を濡らしたギーシュと何故か半裸の姿のレイナールの姿が。何故彼らがそんな場所に転がっているのかというと、つい先程の話であるが。ギーシュはたまたまアウストリ広場にいたモンモランシーに、覗きの弁解をしようと迫るがあえなく一蹴、彼女の持っていたワイン瓶に入っていた中身をぶちまけられた。そのショック故か、突如奇声を上げたギーシュは近くにいた使い魔のヴェルダンデに泣き付き、その様子を見て怯える一年生の姿を見たセイバーが、何時までたっても泣き止まない彼の頭頂部に殴りつけ(手甲有)強制停止させたのだった。
 レイナールの方もほぼ同様である。周囲からの非難の視線に耐え切れなくなった彼は、おもむろに服を脱ぎだし諸肌を見せつけると、杖の先に空気のムチを作り出し、突然それで自分の背中を叩き出したのだ。突如と始まった変態的行為に怯える少女たち。結果として、これを見たセイバーがレイナールを強制停止させたのであった。そんな颯爽と現れ、怪人(変態)をやっつけたセイバーの姿に、元々憧れを抱いていた少女たちは、辛抱たまらないとばかりにヒーローに群がる子供のように群がったのだった。
 そうして、士郎とセイバーが女子の集団に取り囲まれちやほやされる中、空中装甲騎士団(ルフトパンツァーリッター)水精霊騎士隊(ウンディーネ)は、その周りで血の涙を流しながら黙々と掃除をするという奇妙で混沌とした現状が出来上がったのである。





 そんなアウストリ広場の様子を、とある塔の一室の中から見下ろす者たちがいた。

「全くシロウも大変だね。これはまた、後で追い掛け回されたりするんじゃないかい?」
「それは大変ですわ。もしそうなったら、また助けてあげないと」   
「またって……あ~……って言うか、前にあんなんなったのはあんたと……そこのジェシカが原因じゃなかったかい? あっ、そうそう確かあの時あんたシロウと一緒に物置で隠れてたって聞いたけど、一体何してたんだい? 男らに見つかって……結果として更に追っ手を凶暴化させただけらしいけど……」
「あらあら? そんな事あったかしら?」
「いやいや、そんな可愛らしく小首傾げても誤魔化せないからね。シロウを物置に引っ張り込んで隠れて……シロウ一人隠しときゃいいのに、一緒になって隠れてたなんて……ほんと中でナニしてたんだい?」
「あらあらうふふ」
「…………話す気はないと。はいはい了解したよ。全く油断も隙もないねぇ……。あんたも大変だねルイズ。こんな姉を持ってさ」
「……最近ちい姉さまが遠くに感じるんだけど。どうしてこうなったんだろ」
「は~い。お茶とお菓子を持ってきました。お菓子は何やら料理長秘蔵のお酒で作ったケーキらしいですよ。楽しみですね。あ~、えっと、どうしましょう? テーブルに全部乗せられませんが……」
「シエスタ。あたしたちの分はこっちに持ってきて。あたしはタバサとここで食べるから」
「ちょっ、なに勝手に人のベッドの上で飲み食いしようとしてんのよっ!?」
「あっ、分かりました。はい、どうぞ」
「シエスタぁっ?!」
「ありがと。ほらタバサ。ここに置いとくからね、本ぶつけてこぼさないようにしなさいよ」
「……ん」
「ちょっとっ! 無視しないでよっ!!」
「五月蝿いわね。少しは静かにしなさいよ」
「あんたが勝手に人のベッドの上で飲み食いしようとしてるからでしょっ!」
「いいじゃない。減るもんじゃないでしょ」
「減るのッ! わたしの機嫌がっ!!」
「あたしには関係ないわね」
「―――こっ、この」
「ふふ、以前まではあなたにちょっと遠慮してたとこがあったけど、もう前までのあたしじゃないわ。もうあなたのアドバンテージは無い言ってもいい事だし。これからはガンガン攻めさせてもらうわよ」
「……いい気にならないで。昨日今日のあんたとは違って、こちらには積み重ねた時間があるのよっ!」
「はんっ! こっちにはタバサがいるのよっ!! 高身長と低身長! 巨乳と貧乳! 冷静沈着な責めと情熱的な責め! このコントラストに勝てると思ってるわけっ!?」
「ふ、二人掛りなんて卑怯よっ! ~~~ッこ、こっちにだって―――シエスタッ!?」
「は、はえ?」
「なに一人勝手にケーキを食べてんのよっ!? ほらこっちに来なさいっ! そっちにタバサがいるって言うのなら。わたしにだってシエスタがいるのよっ! あんたとタバサ。わたしとシエスタ。条件は五分五分よ―――っ!! ………………っ」
「……自分で言っててダメージ受けるなんて……馬鹿じゃないの?」
「うるさいわね」
「でも、まあ、ん、ちょっと言い過ぎたと思うし。ごめんなさい、ね」
「う……べ、別にいいわよ。あんたがちょっとからかっただけって……分かってるし」
「そ、そう」
「―――『そ、そう』、じゃ、なああああああああああああああああああいッ!!」
「「「「「「―――!?」」」」」」

 一瞬静まった部屋の中に、少女の苛立ちに満ちた叫びが響き、部屋にいる女たちの視線が一斉に声を上げた人物へと集中する。ルイズたちの視線を一身に受け止めたジェシカは、息を荒げながらも部屋を見渡すと苛立たしげに床を足で蹴りながら再度叫んだ。

「シロウのことで相談したい事があるって言ってんでしょ。何無視してほのぼのと話してんのよっ!?」

 ドンッ、とジェシカが拳を叩きつけ、テーブルの上に置かれたお菓子とコップがガチャリと音を立てた。

「って言われても。その肝心の話とやらを聞かせてもらわないとどうとも言えないわよ」
「そうよ。シロウの事で話をしたいって言うからわざわざわたしの部屋を貸してあげたっていうのに、皆集まった後も全然話を始めないあんたが悪いんでしょ」

 ベッドの上に寝転がりながらキュルケが文句を言うと、続けてルイズが眉根に皺を寄せながらテーブルに拳を叩きつけた姿のジェシカに指をつきつけた。

「何よ仕方ないじゃない。こっちにも理由があるのよ理由が」
「理由?」
「そうそう。こう言った機会じゃないと……」

 キュルケとルイズの訝しげな視線を向けられたジェシカは、テーブルの上に置かれたケーキを一つを手で摘むと口の中に放り込んだ。

「んぐんぐ……ん……流石料理長秘蔵のブランデーを材料にしたと言うケーキ。ブランデーの良い香りにこの深い味わい……んん~期待してただけはあるわ」
「っくくく、何だい何だい。もしかして、あんたの言う理由ってのは」 

 ロングビルが何やらニヤニヤと笑いながら視線を向けると、ジェシカはもぐもぐと口を動かしながらこくこくと頷いてみせた。

「―――ん、んぐ。んん。ふっふっふっ。いや~実は料理長がシロウからお酒を使ったケーキの作り方を習ってるって噂を聞いてね。それで何やらその完成品とやらが今日出来上がると聞いたら、やっぱりどうしたって食べてみたいものが人情じゃない? 出来上がった直後に大事な会議のお茶請けに必要だと言えば、それも、シロウに係わる会議だと言えば、あの人情に厚い料理長のことよ。手に出来上がったばかりのケーキがあれば、内心はどうあれ渡してくれる可能性が高いでしょ。ま、賭けの要素が大きい大雑把な作戦とも言えないものだったけど、どうやらわたしはその賭けに勝ったらしいわね」
「ああ、道理で……マルトーさん泣いてるように見えたけど、あれ、本当に泣いてたんじゃ……」

 マルトーにお茶菓子が無いか訪ねた時、完成したばかりのケーキと自分を何度も見比べた後、震える手でケーキを差し出す彼が見せた表情を思いだし頬を引き吊らせるシエスタの手には、しかしちゃっかりと、マルトーから奪い取った彼渾身のケーキの欠片が突き刺さったフォークの姿があった。
 そんなメイド二人が滅多に食べれないご馳走を貪る姿をベッドの上で見ていたキュルケが、頭痛を堪えるように眉間を揉みほぐしながら呆れたような声を上げた。

「ねえ、ちょっともしかして、あんたただそのケーキとやらが食べたいからあたしたちを呼び出したわけじゃ……」
「……てへ」
「そう言えば、最近魔法の練習してなかったわね。わたしの魔法って、命中率が悪いのよ。せっかくだし、動く的でも使って練習しようかしら」
「ッッ?! ちょっ、ちょちょちょ―――ちょっと待って!? うそっ! うそですごめんなさいっ! 今のは冗談っ! ちょっとお茶目な冗談だから! 本当にシロウの事で相談したい事があるのよっ!」

 おもむろに杖を握り締めたルイズが、ゆらゆらと物騒なオーラを纏いながらゆっくりと近づいて来るのを見たジェシカは、両手と顔を高速に左右に振って見せた。

「―――相談事の内容は?」

 部屋に入ってからずっと本から目を離さなかったタバサが、パタンと本を閉じるとジェシカに問い掛けた。質問を投げかけられたジェシカは、予想外の人物からの問いかけに一瞬呆けるも、直ぐに我に返りいそいそと懐の中から小さな紙を取り出した。
 それは掌程度の大きさであり、窓から差し込む光を受け微かに光沢を見せる奇妙な紙であった。手に持ったそれを頭上に掲げると同時、ジェシカはそれをテーブルの上に叩きつけた。
 バンっ! と、部屋全体が震えるような勢いでテーブルに叩きつけられた紙にルイズたちの視線が集中する。

「……」
「あらあらまあまあ」
「わ~凄い。まるで生きてるみたい」
「……え? これって」
「何だいこりゃ? うわ凄い細かい絵だねぇ。睫毛の一本一本まで描かれているじゃないかい?」
「絵? ふ~ん、ま、確かにこれだけ細かい絵は見たことないけど、で、これが一体何?」

 ルイズたちがテーブルの周り囲み、置かれた絵を見下ろしながらそれぞれ感想を漏らす。全員がその絵のあまりの精緻さに驚きを顕にする中、キュルケが顔を上げジェシカに視線を向けた。キュルケの問いに、ジェシカは手を差し伸ばし、全員の注目を浴びている絵をこんこんと指先でつついた。

「いや~それがね。これってシロウの部屋を掃除してたら床に落ちてるのも見つけて拾ってきたものなんだけど。何か所々違うけど、真ん中にいるのってシロウでしょ」

 ジェシカが指差す先には、複数の女性の描かれた絵―――写真の中に映る唯一の男性の姿があった。写真の丁度真ん中に立つ男の両腕には、それぞれ十歳から十二歳頃の少女二人が抱きついていた。左腕は銀髪の美少女から、右腕は黒髪の美少女に抱きつかれ動きが封じられる立ち尽くす男の周りには、それぞれ趣の異なる美女が映っている。
 テーブルの周りに集まったルイズたちは、顔を突き出し写真に映る困ったような引きつった笑顔を浮かべる男をじっと見つめていた。彼女たちの知る士郎とは、髪の色や肌の色以外にも細々とした点で相違が見られたが、写真越しからでも感じられるまとう雰囲気や浮かべている笑顔から、これは自分たちの知るエミヤシロウだと確信していた。

「まあ、確かに色々と違うわね。肌もそんなに黒くないし、髪も……赤みがかってるけど、ま、顔が一緒だし、直ぐにシロウだって分かるわね。なに? もしかして、それを確認したかっただけなの?」

 キュルケが写真から顔を上げ、ジェシカに視線を投げる。ジェシカは軽く肩を竦めると、部屋をぐるりと見回し、丁度写真から顔を離したルイズで視線を止めた。

「違うわよ。わたしも直ぐにこれがシロウだって気付いたわよ。わたしが相談―――って言うか、聞きたいことって言うのは……シロウの過去のことよ」
「シロウの―――」
「―――過去?」

 ジェシカの言葉を、ルイズたちの口からポロリと溢れる。零れ落ちた言葉を耳にしたジェシカが大きく頷く。

「その通り、シロウの過去よ。ねえ、素朴な疑問なんだけど、ここにいる人の中で、シロウが何処で生まれたとか知ってる人っている?」
「「「…………」」」

 人差し指を立て、ぐるりとルイズたちを見回すが、誰からも何の反応もない。
 ジェシカは立てていた指を折ると、力なく溜め息を吐き、

「そ……か、やっぱり知らないか―――なんて気付かないと思ったかこの馬鹿ッ!?」

 目線を一瞬逸らしたルイズへと素早く手を伸ばした。

「きゃんっ?!」

 首根っこを掴まれたルイズが甲高い声を上げる。

「今一瞬目を逸らしたのを気付かないと思った?」
「なっ?! なな、な、何言ってんのよっ!? い、言いがかりも甚だしいわっ!」
「へぇ~……言いがかり、ね」
「そ、そうよっ! 何でわたしがシロウの過去を知ってるって言えるのよっ!」

 唐突に宙吊りにされた猫のように髪の毛を逆立て怒りを顕にして非難してくるルイズに、ジェシカは不敵な笑みを返す。その笑みに何かを感じたのか、ルイズが思わず口をつぐんだ瞬間、

「あなたが彼の過去を知っているとは誰も言っていない」
「え?」

 予想外の方向から声が掛けられた。その場にいる者たちの視線が一斉に声が上がった方向へと向けられる。そこには、何時もの感情が見られない蒼い瞳でルイズをじっと見つめていた。予想外の人物の反応に戸惑うルイズに、平坦な声でタバサは言葉を続ける。

「目を逸らしたとしか言っていない」
「……あ」

 タバサの言っていることの意味を理解したルイズが、『しまった』と書いているかのような顔で大口を開けて固まると、音もなくルイズを取り囲んだ女集がずいっと詰め寄ってきた。

「その慌てよう……やっぱり何か知ってるでしょ」
「―――そ、そんな、こと、ないわ」
「その絵の事も、あなたは事前に知っていた」
「―――ッ!? な、何で?!」
「あなただけその絵に驚いていなかった」

 ぎこちなく首を振るルイズに、淡々と機械のようにタバサは迫る。獲物を追い詰める狩人の如く。誤魔化しは全く意味がなく、追い詰められたルイズはとうとう自白してしまう。

「―――ッ!? ま、まあ……少しは知ってるわよ。だって、わたしはシロウの主なんだし……でも、本当に少しだけよ……」
「そう言えば、シロウってルイズの使い魔だったわね。すっかり忘れてたわ」
「っく、くくく……ま、確かに最近じゃ、どっちが主か分からないしねぇ」
「なっ、何よッ!?」

 記憶から忘れ去られていた設定を思い出し、キュルケやロングビルが『そう言えば』と手を叩くと、ルイズは顔を真っ赤に染め上げ、怒りを示すかのように身体をぷるぷると震わせた。

「へ~~、わたしがシロウたちと知り合いになった時にはもうこんな感じだったけど、最初は違ったの?」

 ルイズと士郎が出会った頃を知らないジェシカが興味深そうにキュルケに尋ねる。

「ま、最初の頃はね。あの子ったら、事あるごとにシロウに噛み付いてたわよ。今思えばあれって、ただ甘えてただけよね」
「―――ッッ! うるさいわねっ!」
「恥ずかしがらないでもいいじゃない」
「―――ッ!!? もう良いわよッ!! で、なに? つまりあんたはわたしの知っているシロウの過去を教えろって? ふんっ! そんなのおこ―――」

 これ以上話を続けられては困ると、怒りか羞恥によるものか? 真っ赤に顔を染め上げたルイズが腕を組んで鼻を鳴らしてそっぽを向く。

「え? そんな気ないわよ」

 そんなルイズに対し、事の発端であるジェシカは小首を傾げて見せた。

「―――とわり……へ?」

 予想外の返答に、肩透かしを食らったルイズはそっぽを向けていた顔を慌ててジェシカに向けた。大きく見開かれた目で見つめられたジェシカは、人差し指を立てるとルイズの目の前でゆらゆらと揺らした。

「別にルイズにわざわざ聞かなくても、本当に聞きたいことがあれば直接本人に聞くわよ。シロウなら聞けば応えてくれると思うし……それに、多分だけど、時期が来ればちゃんと教えてくれるかなって思ってるし……ね」
「なら、何で……だって、シロウの過去を聞きたいんでしょ?」
「わたしそんなこと言ったっけ?」

 腕を組んで小首を傾げるジェシカに、指を突きつけルイズは叫ぶ。

「い、言ったじゃない。シロウの過去のことで相談したいって」
「そうよ。シロウの過去のことで相談(・・)したいのよ。シロウの過去を知り(・・)たいわけじゃないのよ」
「……あ」

 根本的な勘違いに気付いたルイズの身体がカチリと固まると、周囲からヒソヒソと話し声が上がる。

「早とちり」
「条件反射で答えすぎよ」
「っ、っ、っ、くく、も、もうちょっと周りを良く見な」
「ふふ、ルイズは変わらないわね」
「昔からああなんですか?」
「そうなのよ。ルイズが八歳の頃の話なんだけど、お父様の大切な壷を割った時、まだ何も聞かれていないのに、自分から『壷を割ったのはわたしじゃない』何て言い出したのよ。それも、まだお父様以外に壷が割れている事を知らない時によ」
「それは、もう、何と言うか、可愛いですね」
「ええ。とっても可愛かったわ」
「ちい姉さまっ?! シエスタっ?!」

 不意打ち過ぎる自分の過去の暴露に対し、ルイズは悲鳴混じりの抗議の声を上げる。そんな涙目どころか完泣きで抗議の声を上げるルイズをよそに、ズレまくる話の筋を戻すためジェシカが手を叩き自分に視線を集めだす。

「はいはいはいはい。ちょっと注目。気付いてる? 何か話が思いっきりズレてるわよ。いい? ちょっと仕切り直すわよ」
「仕切り直すって……」
「はいそこ愚痴らない。ルイズを揶揄うのは良いけど」
「良くないわよっ?!」
「そろそろ本題に入るわ」
「なら最初っからそうしなさいっ!」
「はいはい、っと。えっと、つまるところ、わたしが相談したいシロウの過去と言うのは、この絵に描かれている―――」

 宣言通りルイズを揶揄いつつ、ジェシカは再び写真に指を突きつけ。

「―――女たちの事よ」

 静かに呟いた。

「「「「「―――ッ!!」」」」」

 ジェシカの言葉を耳にした女たちの身に緊張が走る。
 各々無言で瞳の中に様々な感情を宿す横で、ジェシカは写真に突きつけていた指を動かしていく。

「えっと、色々いるわね。黒髪ツインテールに金髪ぐるぐるヘアー。紫ロングヘアーに茶髪ショート。こっちの幼女組みは、銀髪に黒髪か……いや~色調豊かね」

 うんうんと頷きながら周囲を見渡したジェシカだが、再度写真に目を落とすと呆れたような声を上げた。

「もしかして、これ全部シロウの女と言う可能性は……」
「あるわね。大いにある。可能性は極大よ」

 確信した声でキュルケが頭を一度上下に動かした。

「え? で、でも、シロウさんの両脇にいるこの子達って、どう見ても……」
「そうね。でも、可能性は高いわ」

 シエスタの視線の先には、写真に映る士郎の両脇にいるどう見ても十二歳以下に見える少女の姿が……。震える声で驚愕を顕にするシエスタの横で、キュルケは確信に満ちた顔で頷く。

「そんな」
「だって、ねぇ」

 信じられぬとばかりに恐る恐ると横に顔を振るシエスタに、溜め息をつきながらキュルケの視線が一人テーブルの上に置かれた料理長秘蔵の酒を使ったブランデーケーキを興味深そうに見つめていたタバサに向けられる。その身長や顔立ちからどう見ても十代前半―――それもかなり前半だろう姿形を持つタバサを視線に収めたシエスタは、瞬時にキュルケの意図を読み取った。
 そう、このどう見ても十さ―――十代前半にしか見えない少女を、彼は……。

「なに?」
「い、いえ、何でもありません」
「そう」

 向けられた視線に気付き顔を上げたタバサにシエスタが慌てて首を横に振ると、タバサは興味無さげに視線を逸らしそのまま顔を下に向けた。じ~と微動だにせず向けられる視線の先にはケーキの姿が。食べたいのかしら? と、未知の食べ物を目にした猫のような姿に胸の奥をほっこりとさせていたシエスタだったが、先程から一人士郎の過去の女(だと思われる)に関する話に興味を示さないタバサを見てふと疑問が浮かんだ。

「えっと、ミス・タバサは―――」
「タバサでいい」

 只者ではない雰囲気を纏うタバサに若干ビビっていたシエスタだったが、あっさりと呼び捨てでいいとの返事に頬を微かに緩ませる。

「あっ……はい。ありがとうございます。えっと、タバサさんは、その、気にならないんですか?」
「気にならないわけではない」
「なら―――」
「―――束縛する気はない」
「「「―――うっ」」」

 タバサの言葉に、女たちの中から数人鈍いくぐもった声が上がる。
 ……誰とは言わないが、小さいのと中くらいのと大きいのである。

「……えっと、その、カトレアさんはどう思います? その、この人たちのこと」

 ちょっと空気やら雰囲気がおかしくなったことから、シエスタがこの集団で一番頼りになると思われる女性へと声を向ける。

「そう、ですね」

 口元に指先を当てながら、小首を傾げたカトレアが『ん~』と小さく唸り声を上げ。

「とても素敵な人たちだと思います」

 ニコリと笑いながら答えた。

「はぁ……素敵な人たち、ですか?」

 当たり障りのないというか、面白みのないというか……ある意味予想通りの返事に対し、シエスタは力ない声で応える。

「この人たちがいたからこそ、シロウさんはここにいる事が出来たんだと思いますから」
「そう、なんでしょうか?」
「ええ」

 首を傾げるシエスタに、微笑みを絶やさずカトレアはこくりと頷いた。

「……そうですか」
「何故かカトレアさんにそう言われたらそう思ってしまう……でも、まあ、多分そうなんでしょうね」
「ま、そうね」
「……ん」

 カトレアの持つ不思議な説得力に、シエスタを始めジェシカやらロングビルやらが狐につつまれたような顔をしながらも各々納得を見せる。

「この人たちがいたから、今シロウさんはここにいる事が出来る……ですか」
「……ちい姉さまの言う通りだと思う。うん。わたしも、そんな気がする」
「……そっか」












「しかしまぁ、やっぱりと言うか予想通りと言うか、シロウの周りは昔からこんな感じだったのね」

 何やら一段落し、各々お茶やらケーキやらを楽しんでいると、不意にポツリとキュルケが写真に映った士郎をつつきながら言葉を漏らした。

「はぁ……本当にみんな綺麗ですよね」
「ええ、そうね。特にこの二人なんて、十から十二というところかしら? 銀髪と黒髪の女の子」
「いや~これほんと人間? ティファニアみたいになんかのハーフってことないの?」

 キュルケの言葉にシエスタやジェシカもティーカップから口を離して写真に視線を落とし、改めて写真に映った女性たちの姿を見て感嘆の声を漏らした。そして、写真を見る女たちの視線は中央に映った士郎の両脇に立つ少女―――特に黒髪の少女に集中していた。
 様々なタイプの美女、美少女が映った写真の中でも、特に目が惹かれるのは黒髪の少女。幼くも非常に整った清楚な顔立ちをした少女で、子供らしい無邪気な笑みを浮かべ士郎の腕に抱きついている。その姿だけとらえれば、微笑ましい光景なのだが、何故かどうしても何か如何わしい雰囲気が感じ取れてしまう。

「さあ? ま、確かに二人ともとんでもなく綺麗だけど、種類は大分違うわね。この銀髪の子の方は、何だか妖精みたいな儚げな美しさって感じだけど、こっちの黒髪の子は……う~ん、何と言うか……蠱惑的、かしら?」
「蠱惑的って……でもそんな感じよね……だけど、この年頃の子の第一印象がそんなのって流石に……。確かにこの子、この年頃にしてみれば発育は良いみたいだけど、こっちの紫の髪の女性の方が、遥かに色っぽくて体付きも過ごのに……この子と比べると一歩劣るって感じがするのよね。なんでかしら?」

 キュルケとジェシカが黒髪の少女から感じる年に合わない妖艶な雰囲気に対し、ああでもないこうでもないと言い合っていると、チラリと写真を一瞥したタバサが一言呟く。 

「目」
「タバサ? なに? 目って」

 耳ざとくタバサの声を拾ったキュルケが顔を向けると、タバサは再度写真へと視線を向ける。

「……目が違う」
「あの、それってどう言う―――」

 端的過ぎる言葉に答えが分からずシエスタが困ったように眉根を寄せ、更に詳しくとタバサに説明を求めようとしたが、それを遮るようにキュルケたちの声が上がった。

「ああそう言うこと。この子、もう完全に女の目をしているわね」
「……それも相当やばい奴の目よこれ」

 キュルケとジェシカが若干引きつった声で黒髪の少女の瞳を見た感想を上げる。
 そして両者の見解は一致していた。
 詰まるところ、『この黒髪の少女はなんかヤバイ』、である。
 写真越しからでも『女』を感じさせる士郎を見る少女の目。無邪気に抱きついて見せているようで、その実ふくらみかけの胸をしっかりと押し付けている計算高さ。浮かべる笑みも何処か男を誘うような濡れた気配を漂わせている。
 何の悪意も汚れも知らない清らかな乙女に見えるからこそ感じる異常。
 しかしキュルケたちの意見に、少女の年齢からしてやはり納得がいかないのかシエスタは未だ納得できていなかった。

「えっと、やばい、ですか?」

 奥歯にものが挟まったようなシエスタの物言いに、少女の目を見た事で、とある赤黒いトラウマじみた過去を思い出したジェシカが、眉間を強めに揉みほぐしながら苦々しい声を零す。

「……昔こんな目をした人を店で雇ってた事があるのよ。その経験から言わしてもらえば、こんな目をした女に禄な女はいないわ。これは男を破滅させる女の目よ」

 その人もこの少女程ではなかったが十分以上に美人であった。女の職場である以上、美しさと言うのは武器にもなるが害を成すこともある。しかし三日もたたずその人は、客だけでなく従業員の女の子たちからも慕われるようになった。実際そう悪い人ではなかったのだ。ただその人は、自分の欲望に正直な人であり、忠実に過ぎていた。その事に気付いた時には既にもう手遅れだった。気付いた時には、女に溺れた男の結末を幾通りも見せられた後であった。
 ……犠牲者は十六人。その内自殺者した人が二人いた。

「そ、そう」

 初めて見る自分の従姉妹の苦味切った顔に、シエスタが怯えの色が混じらせながら頷く。何とも言えない空気が辺りに漂う中、色々と性に奔放な親戚関係を持っているからこそ、こんな目をする女の危険性を良く知るキュルケは疲れたように大きく溜め息を吐くと、髪をかき上げながら窓から見える空を見上げ、女たちの胸中にあるだろう思いをボヤくようにして呟いた。



「……はあ、全く本当に何ていうか……シロウって昔から色んな女に縁があるみたいね……」





 
 

 
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