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ストライク・ザ・ブラッド 〜神なる名を持つ吸血鬼〜

作者:カエサル
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錬金術師の帰還篇
  35.水精の剛硬

 
前書き
意識を失った彩斗。
そしてついに復活する“賢者の霊血”!
 

 
 

「彩斗さん! 彩斗さん!」

 夏音が何度も目の前で倒れている少年の名を呼び続ける。
 彩斗の肉体には、致命傷を負うような傷は見当たらない。左胸にメスのようなものが刺さってはいるがそこから血液は一滴も垂れていない。多分、心臓に到達しているわけではない。
 それなのに彼は倒れ、ピクリとも動く気配がない。

「こんなバカみてえなもんを考えるとは、ホントあの女は恐いね」

 金髪の少年が髪をかきあげながら夏音へとゆっくりと歩み寄ってくる。かきあげられた髪から真っ赤に染まる瞳がのぞく。それは恐怖さえも覚えるほどだ。
 その足取りはとてもゆっくりで雪菜と友妃なら軽く止められるであろう。それなのに二人は動かない。
 いや、誰も彼の身体から溢れ出してくる底が知れない魔力に動くことができない。獅子王機関の“剣巫”と“剣帝”も、第四真祖も、大錬金術師も、人の魂を植え付けられた人工生命体(ホムンクルス)も動けなかった。

『カカカカカカ──面白いぞ。不完全なる存在(モノ)よ』

 唯一“賢者の霊血(ワイズマンズ・ブラッド)”だけは彼に怖気ずくことはないようだ。

「人工の“神”だかしらねえけど俺はテメェには用はねえからよ」

 彼は不敵な笑みを浮かべながらもそれでも歩みを止めずに彩斗と夏音の目の前までついに訪れた。
 夏音はとっさに彩斗を護るように身体に覆いかぶさる。

『カカカカカカ──世界よ、完全なる我の一部となれ』

 そのときだった。フェリーの船体を貫いて、海中から巨大な“賢者の霊血(ワイズマンズ・ブラッド)”の塊が浮上する。
 それは甲板に落ちていた黄金の髑髏を呑み込んで、完全なる人の形になる。
 全高六、七メートルにも達する巨人──

「させるか──!」

 古城が叫んだ。黄金の巨人が閃光を放つとほぼ同時──
 そして巻き起こった凄まじい爆発が、フェリーの船体を真っ二つに引き裂いた。




 周囲には粉塵が舞っている。破壊されてからまだ熱が籠っている。
 夏音は、爆発の余韻が残る光景に目を疑う。先ほどとの光景とは、周囲が一変していた。
 フェリーの船体は、船首から四分の一程度から前後に裂けている。船体の後方に避難した生徒たちはおそらく無事だと思う。
 腕の中にはいまだ目を覚まさない彩斗がいるだけで周囲には誰もいない。先ほどまで目の前にいた金髪の少年も最初からいなかったようになにも残っていない。

「夏音ちゃん!」

 周囲を見渡していると粉塵の中から銀色の刀を握った友妃が駆け寄ってくる。

「無事でよかったでした。雪菜ちゃんとお兄さんは?」

「雪菜は向こうで気絶してる。古城君はわかんないけど、無事だと思うよ」

 それを聞いて夏音は胸を撫で下ろした。しかし彩斗はいまだ目を覚まさない。いつ呼吸を止めてもおかしくない。
 彼の胸には先ほどまであったはずの銀の刃がなくなっていた。先ほどの金髪の少年が持っていったのか、それとも爆発で飛ばされたのかはわからない。
 それに夏音と彩斗がなぜ無傷で爆発を凌たのかもわからない。

「せん……ぱい?」

 雪菜の絶望に満ちた声。
 甲板の上。眷獣を放った姿勢のまま古城は動きを止めている。

「お兄さん?」

「うそ……でしょ」

 雪菜が古城のそばに駆け寄ってくる。

「先輩!? しっかりしてください、先輩!」

 そして言葉を失う。
 そこにいたのは古城ではなかった。古城の姿をした鉛色の彫像だ。
 なにが起きたか夏音には理解することはできなかった。それでも雪菜と友妃の表情を見る限り、それがどれほどことなのかは理解できた。

「そん……な……先輩……」

 雪菜は古城の足元にへたりこむ。

「そんなこと──」

 雪菜が唇を噛みながら、銀色の槍を握りしめる。

「どうして!?」

 光り輝く槍の穂先を押し付ける。しかし変化は起きない。
 力を失った雪菜の手から、銀色の槍が滑り落ちて足元に転がった。

「……ひとたび物質変成によって金属に変えられたものには、もはや魔力は働いておらぬ。たとえその槍が魔力を無効化するとしても、元の姿に戻ることはできぬ。そこにいる古城は、吸血鬼ではなく、古城の形をしたただの金属(モノ)だ。それに殺されなければ、生き返ることもない」

 放心する雪菜に、途切れ途切れの小さな声が聞こえる。雪菜がのろのろと振り返る。
 そこには上半身だけになったニーナの姿があった。

「……一瞬だったが、古城が船を霧にして粒子砲の直撃から救ったのだ。(ヌシ)の友人たちを護るために。だが、おかげで古城自身は、直後の天塚の攻撃から逃れられなかった」

 そこまで告げたところで、ニーナの身体は砕けた。

「……(ワシ)の力では、(ヌシ)を護るので精一杯であった。すまぬ……」

 その言葉を残し、ニーナの言葉が途切れた。
 夏音は徐々に呼吸の音が薄れていく彩斗へと視線を落とす。このままでは彼が死んでしまう。それでも夏音に助けられる術はない。
 なにもできない夏音はただ祈ることしかできなかった。
 友妃にもなにもすることはできない。それにこのままではフェリーも沈んでしまう。
 夏音が無力さに涙を浮かべる。

『彩斗を助けたい?』

「え……?」

 頭に直接流れてくるような澄んだ少女の声が響く。辺りを見渡すがその声の主はどこにもいない。

「どうしたの、夏音ちゃん?」

「いえ、声が……」

「声……?」

 どうやら夏音にしかこの声は聞こえていないようだ。

『彩斗を助けたい?』

 再び、少女の声が訊いてくる。

「はい。助けたい、でした。私にできることがあるならなんでもします!」

『あり……とう。あなたの血を……彩斗に……えて……」

 少女の声が途切れていき、もう聞こえなくなった。
 その言葉が真実かどうかはわからないのだ。
 それでも彩斗を助けることができるなら夏音はなんでもする覚悟だ。彼は夏音を何度も助けてくれた。今度は自分が彩斗を助ける番だ。

「……血を」

「……血?」

 友妃が予想外の言葉に声を洩らした。
 夏音は記憶のどこかで彩斗を救う方法がわかっていた。
 甲板に落ちていた銀色に輝く刃に目線を落とす。それは雪菜が先ほどまで持っていたナイフだ。
 それを握りしめ、夏音は銀色に輝く刃を腕に当てる。

「夏音ちゃん!?」

 友妃が驚愕の声を漏らし、止めようとするが、制止を振り切って刃を横に動かした。
 わずかな痛みが夏音を襲う。透き通るような白い肌に赤い線が浮かび上がる。そこから鮮血が滴ってくる。
 夏音はそれを口へと含んだ。口内に鉄の味が広がる。

「彩斗さん……」

 夏音の頬が紅潮していく。
 そして自らの唇を意識を失っている彩斗の唇へと押し当てる。そこから彼の口内へと鮮血を流しこんだ。
 それは人工の天使“模造天使(エンジェル・フォウ)”に夏音がなり、古城と彩斗を傷つけてしまったときに雪菜とラ・フォリアが助けた方法だ。
 自らの血を口に含み、それを相手の口内に流し込む。それが彩斗を助ける方法だ。

「んっ……!?」

 今まで意識がなかった彩斗の身体が動き出した。
 夏音の身体を荒々しく抱きしめ、無抵抗になった夏音の唇へと強く重ねてくる。夏音の口内の血を一滴残らず味わい尽くすような、長い長いキスだ。初めてのキスとしては刺激的すぎる。
 強張っていた夏音の全身の力が抜けていく。
 夏音の匂いに惹かれるように、彩斗が彼女の白い首筋へと牙を突き立てた。

「あ……」

 夏音の声が震える。背中に手を回し、痛みと恐怖、そしてわずかな快楽のような複雑な気持ちのままそれでも微笑みかける。

「彩斗さん……」

 きつく目を閉じて夏音の唇から、かすかに吐息が洩れる。




 緒河彩斗が叶瀬夏音の首筋に牙を突き立てた。
 その光景を見て不愉快な気持ちになってしまう逢崎友妃がいた。
 夏音の首筋から牙を抜いた彩斗。しかし彼は目を覚まさない。強力な霊媒である夏音の血を吸っても彼が負った負傷は深いのだろうか。

「彩斗君……」

 それはまるで彩斗自身が目を覚ますことを拒んでいるかのようにも見える。

「え……?」

 そこで友妃はなにかがおかしいことに気づいた。
 このフェリーは先ほどの粒子砲で真っ二つに引き裂かれた。それなのにいまだ沈んでいない。

「氷!? 海が凍りついて船を支えて……!?」

 立ち上がった雪菜の言葉に友妃も周囲をのぞいて絶句した。フェリー周囲の海面が、半径数百メートルほどにわたって氷結している。
 凍結魔法──だが、これほどの範囲を一瞬で凍結させることができる存在など彼らの眷獣しかない。
 世界最強の吸血鬼と伝説の吸血鬼、第四真祖と“神意の暁(オリスブラッド)”の眷獣だ。

「……錬金術師どもが創り出した屑鉄を相手に無様な姿だな、少年」

 呆然と立ち竦んでいる雪菜と友妃は、聞き慣れた少女の声に反応する。
 声の主は暁凪沙だ、しかし、その口調は明らかに別人のものだった。
 どこからともなく現れた凪沙が、金属化した古城の方へと近づいてくる。
 髪を解いた彼女は普段よりもずいぶん大人びてみえる。

「だが、最後までこの娘を護ろうとしたことは褒めてやろう」

 凪沙の指先が、古城の頬をなでる。

「それに免じて少しだけ力を貸してやる。目を覚ますがいい、水精(サダルメリク)──」

 そう言って凪沙は古城の唇に、自分自身の唇を重ねる。
 驚きに二人は瞬きさえも忘れるほどだった。

「え!?」

 すると金属化していた古城の肉体が瞬時に生身を取り戻す。
 そうなることをわかっていたように凪沙は古城に背を向け去っていく。それを止めようとする雪菜だったが、凄まじい魔力がフェリーを揺らし出した。

「せ、先輩!?」

 魔力の源は古城だった。眷獣が覚醒しようとしているのだ。しかし無理やり叩き起こされたことで、眷獣が怒り狂っている。
 このままではフェリーが沈む。

「駄目です、先輩! 目を覚まして!」

 爆発的な魔力に圧倒されながらも、雪菜が叫んだ。このままの状態で“賢者(ワイズマン)”と激突すれば確実にフェリーは消滅する。
 暴走する古城を止めたいが、友妃は気を失っている彩斗と夏音を護るので精一杯だ。

「くっ……!」

 雪菜が“雪霞狼”を握りしめて古城へと突進する。

「──先輩!」

 雪菜の槍が一閃する。
 巨大な魔力の波動が一瞬途絶える。その刹那、雪菜が古城の懐へと飛びこんで、無防備に立っている古城の背中に腕を回して、唇を重ねる。
 吸血鬼の暴走を止めるには、吸血衝動で書き換えることだ。眷獣に意識が乗っ取られた古城を覚醒させるために雪菜は、血を捧げるつもりなのだろう。
 すると古城は荒々しく雪菜を抱きしめた。そして無抵抗な雪菜の唇を強く重ねる。本能のままに血を欲している。

「あ……」

 雪菜から吐息が洩れる。
 古城が彼女の首筋に牙を埋めたのだ。
 その直後だった。古城たちの頭上に黄金の光が飛来する。再生を終えた“賢者(ワイズマン)”の重金属粒子砲だ。

「古城君!? 雪菜!?」

 友妃が銀色の刀を持って駆けた。あの攻撃は第四真祖の眷獣をもってようやく防ぐことのできた攻撃だ。
 友妃の力では完璧に防ぐことはできない。それでもあと少し時間を稼げれば古城が復活する。それまでの時間を稼げればそれでいいのだ。
 死を覚悟しながら友妃が古城と雪菜を護るように立つ。

「……バカ野郎」

 小さく聞こえた声に友妃は胸の奥がじんわりと熱くなるのを感じた。
 黄金の光が友妃たちに激突する前になにかでかき消される。
 神々しい光を放つ黄金の翼だ。それは“神意の暁(オリスブラッド)”が従える全ての魔力を無力化する梟の翼だ。

「……悪いな、逢崎。迷惑かけた」

 上空の“賢者(ワイズマン)”を睨む彩斗がそこに立っていた。




 “賢者(ワイズマン)”の身長は、数十メートルに達していた。
 形は人間のようだが、目も耳もない。滑らかな曲線に覆われた全身に、ニーナの“錬核(ハードコア)”によく似た球体が埋め込まれている。

「彩斗君……それ……」

 腕の中にいる友妃が不思議そうにつぶやく。彼女が言っている“それ”とは考えるまでもなくわかった。
 “賢者(ワイズマン)”の粒子砲を一瞬で無へと返した黄金の翼膜。それは、三番目の眷獣である“真実を語る梟(アテーネ・オウル)”の翼に酷似していた。しかしその大きさはわずかに小さい。それに黄金の翼は彩斗の背中から生えている。
 その感覚は、武器化したときに似ていた。しかし“真実を語る梟(アテーネ・オウル)”の武器はマントだ。

「……わかんねぇ」

 彩斗は困ったように笑う。
 意識を失ってから彩斗は、あの少女と再び会話した。もう彼女とどのような会話をしたかは覚えていない。
 それでも最後の言葉だけはしっかりと記憶の中に残っている。

『行ってこい、彩斗!』

 その言葉はどこか懐かしい響きだった。
 過去に誰かに言われた気がする。
 背中を押してもらった気がする。
 でも、いまは思い出を振り返る時ではない。目の前の黄金の巨人を倒すだけだ。
 覚悟とともに役目を終えたように翼が消失する。

「とりあえず、そこのバカも目を覚ましたことだしな」

「誰がバカだ」

 後方からいつもの気怠そうな少年の声がする。
 彩斗が意識を失ってる間にこの船を護ってくれた第四真祖の暁古城だ。

「そうだ……叶瀬は!?」

 古城が、腕の中に雪菜を抱いたまま訊いた。

「あの……私はここでした」

 彩斗たちが振り返る。そこにはなぜか正座している夏音がいた。真っ赤に頬が染まっていた。

夏音(カノ)ちゃん……!?」

「か、叶瀬!? み、見てた……のか?」

 雪菜と古城が、上擦った声で夏音に訊いた。

「凄かった……です。雪菜ちゃんは大人な感じ、でした」

 雪菜が、ええっ、と表情を強張らせる。

「ち、違うの。さっきのはそういうことではなくて」

「大丈夫です。私も彩斗さんに──」

「えっ!?」

 夏音が恥じらうように彩斗を見る。
 彩斗には彼女の言っている意味がわからなかった。たしかに意識を失った彩斗がどうやって目を覚ますまで至ったのかがよくわからない。
 喉の奥には今もわずかに誰かの体液の余韻が残っている。
 それが意味するのは、夏音の血を吸ったということだろう。
 今になって酷い後悔が襲ってくる。

「いえ、私は……その……嬉しかったでした」

「え!? い、いや……そ、その……あ……」

 彩斗が激しく動揺する。

「──細かい話はあとにせよ! 時間がない。“賢者(ワイズマン)”が動き出すぞ」

 ニーナ・アデラートが叫ぶ声がした。肉体の一部を再生させたニーナだ。

「夏音、ニーナを任せていいか?」

 夏音はわずかに頬を赤らめながら微笑んでうなずいて、再生途中のニーナを膝に抱き上げた。

「……彩斗、古城……」

 ニーナが二人の吸血鬼の背中に不安げな声を出す。

「大丈夫だ。二百七十年続いたあんたの悪夢は、あの金ピカをぶっ壊して、ここで終わらせてやるよ。ここから先は、第四真祖(オレ)戦争(ケンカ)だ──!」

 そんな古城と彩斗の隣に寄り添うように、二人の影が歩み出た。
 銀色の槍を構えた雪菜と銀色の刀を構えた友妃だ。

「──いいえ、先輩。わたしたちの、です」

 彼女たちが睨みつける先には、天塚汞が立っていた。すべての目的を失った彼の瞳には、ただ彩斗たちと対する憎悪だけが浮かんでいる。
 空中に浮かぶ黄金の巨人が、カカ……と嘲笑う。
 それが戦いの始まりだ。




「……自分が利用されているだけだと知って、まだ戦うのですか?」

 雪菜が静かに彼に問いかける。
 凍った海の上で獅子王機関の二人の少女と天塚が睨み合う。
 天塚汞は金属生命体(モノ)は、虚ろな笑みを浮かべてみせた。

「悪いね。ほかになにをすればいいのか、わからなくてさ」

「天塚汞……」

 友妃が哀れむように呟いた。天塚の胸に埋めこまれた黒い宝石は、激しく損傷して、ほとんど原形を留めていない。

「恐いんだ……僕が、僕でなくなるのが……僕はいったい誰なんだ? なんのために生まれて、なにをすればいい!?」

 天塚が激しく吼えながら、自らの右腕を爆散させた。弾け飛んだ無数の破片をかいくぐりながら、友妃と雪菜が、首を横に振る。

「たぶん……その答えを探し続けるのが、人間(ヒト)として生きるということです!」

「そうだね……ニーナさんも言ってた。人間(ヒト)であるかを決めるのは肉体のじゃないよ。今のあなたならわかるでしょ!」

「……っ!」

 絶え間ない天塚の攻撃が途絶えた。その瞬間を見逃すことなく、二つの祝詞が紡がれる。

「獅子の神子たる高神の剣巫が願い奉る──」

「獅子の御門たる高神の剣帝が崇め奉る──」

 “雪霞狼”と“夢幻龍”の刃が眩い輝きを放つ。

「そうか……僕は……」

 その光に包まれながら、どこか柔らかな表情で天塚が呟いた。
 彼は“賢者(ワイズマン)”のために働く必要などなかった。大勢の人々を傷つけ、犠牲にしてまで、人間の肉体を求める必要などなかったのだ。人間でありたいと願った瞬間から、彼は人間でいられるのだから、彼自身はそのことに気づいてさえいれば──

「破魔の曙光、雪霞の神狼、鋼の神威をもちて我に悪神百鬼を討たせ給え!」

「虚栄の魔刀、夢幻の真龍、遠矢(とうや)(やまい)を断ちて破滅せし未来を救い給え!」

 天塚の最後の攻撃をすり抜けて、雪菜と友妃の攻撃が彼の胸を貫いた。傷ついた宝石が、光に包まれて消滅する。かつて天塚だったものは、その瞬間、形を失ってる崩れ落ちた。




『カ……カカ……カカカカ……愚か……抵抗するか、不完全なる存在(モノ)たちよ』

 荷電粒子の輝きが、哄笑する彼の口から放たれる。
 それを彩斗の身体から溢れ出てきた爆炎が消滅させる。

「──黙れよ」

 “賢者(ワイズマン)”は自らの腕を巨大な刃へと変形させて、半壊したフェリーの船体へと叩きつける。それを受付止めたのは、緋色に輝く双角獣(バイコーン)だ。

「おまえには同情してやるよ。わけもわからないまま、完全な存在として創り出されて、その挙句に全身の血を抜かれて封印されちまったんだもんな。勘違いしたまま育つのも無理はねーよ。普通ならもっと早く気づくはずのことに二百七十年も気づかないままなんて」

 鮮血の霧を全身にまとわりつかせて、古城が荒々しく吐き捨てた。

『カ……カ……理解(わか)らぬ。不完全なる存在(モノ)の不完全な理屈を我は理解できぬ』

「簡単なことだろ。オメェは、完全でもなければ、“神”でもねぇっつうことだ」

 ハッ、と“賢者(ワイズマン)”が哀れむように笑う。

「いくら口からビーム吐こうが、不滅の肉体を持ってようが、その力でおまえがなにをした? 誰がおまえの存在を認めてくれたんだ? どうしてその“完全”な力を、ほかの誰かのために使おうとしなかった? そんな簡単なことも理解(わか)らない“不完全”な存在だから、おまえは封印されたんだろうが──!」

『カカ……理解(わか)らぬ。理解(わか)る必要も認めぬ。我は唯一完全なる存在であるがゆえに』

 “賢者(ワイズマン)”が、激しく首を振る。

「それならこれからその“不完全”な俺たちに負けるテメェはそれ以下ってことだ!」

 彩斗の瞳が真紅に染まり、黄金の巨人を睨みつける。

「古城。あいつの動きは俺が止める。トドメは頼むぞ」

「ああ、頼んだぜ、相棒!」

 わずかに古城の前に立ち、右腕を黄金の巨人へと突き出した。
 その腕から噴き出した鮮血が、爆炎をまとって現出する。

「“神意の暁(オリスブラッド)”の血脈を継ぎし者、緒河彩斗が、ここに汝の枷を解く──!」

 爆炎を巻き上げて顕現したのは、金属質の硬化な毛並みをもつ新たな眷獣だ。紅の炎を纏う角を持つ闘牛だ。

「降臨しろ、十一番目の眷獣、“剛硬なる闘牛(ヘパイストス・バイソン)”──!」

 紅蓮の牛が爆炎を纏いながら“賢者(ワイズマン)”へと突進する。爆炎が大気を熱しながら、“賢者(ワイズマン)”の肉体を溶解していく。

『カ……カカ……なぜ逆らう、不完全な存在(モノ)よ』

 彩斗は黄金の巨人を無視して再び右腕を突き出した。

「──来い、“剛硬なる闘牛(ヘパイストス・バイソン)”!」

 紅蓮の牛が爆炎を纏いながら彩斗の身体めがけて激突し、爆発的な魔力の波動が右手の中へと凝縮していく。
 紅蓮に染まる鮮やかな石。その姿は、鉛を金へと変え、不老不死の永遠の命を与える錬金術師の産物──賢者の石のようだ。
 その石を無言のまま“賢者(ワイズマン)”へと掲げた。
 紅蓮の石が激しく輝く。

「あり得ぬ……なぜ不完全な存在(モノ)がその力を……!』

 黄金の巨人の形が徐々に変化していく。先ほどまで人間の形をしていた彼の両腕がただの金属の塊へと変化する。
 それは錬金術。金属の形を変化させる別の物質に変貌させる技だ。

「テメェらごときの技術を神意の暁(オレ)が使えねぇと思ってる時点でテメェは完全じゃねぇよ」

 不敵な笑みを浮かべながら相棒の名を叫ぶ。

「古城! 行けぇ!」

「おう!」

 古城が左腕を突き上げて、その腕から鮮血を噴き出し、爆発的な魔力を帯びた青白く発光した。

「“焔光の夜伯(カレイドブラッド)”の血脈を継ぎし者、暁古城が、汝の枷を解き放つ──!」

 閃光の中から出現したのは、水流のように透きとおった肉体を持つ新たな眷獣だった。美しい女性の上半身と、巨大な蛇の下半身。流れ落ちる髪も無数の蛇。
 青白き水の精霊(ウンディーネ)──水妖だ。

疾く在れ(きやがれ)、十一番目の眷獣、“水精の白鋼(サダルメリク・アルバス)”──!」

 水妖の巨大な蛇身が、爆発的な激流となって加速した。鋭い鉤爪が抵抗できなくなった“賢者(ワイズマン)”の頭部を鷲掴みに握りつぶし、そのまま海中へと引き摺りこむ。
 第四真祖の十一番目の眷獣は水の眷獣。この莫大な海水すべてが彼女の肉体なのだ。

『カカカ……カ……カ……馬鹿な……馬鹿な……我が消える……完全な我の肉体が!」

 “賢者(ワイズマン)”の身体が徐々に溶けていく。それは破壊ではない。錬金術のように物質を変えているわけでもない。錬金術によって生み出された肉体を元の金属へと戻している。
 第四真祖の十一番目の眷獣、“水精の白鋼(サダルメリク・アルバス)”は再生と回復の眷獣だ。ありとあらゆる存在を癒して、本来あるべき姿に戻していく。それは“神意の暁(オリスブラッド)”の七番目の眷獣、“神光の狗(アポロ・ガン)”の再生とは違う。
 時の逆行という言葉がその光景にはふさわしい。
 やはり第四真祖の眷獣なのだ。すべてを癒し、無へと帰す破壊の力だ。

『カ……カカ……理解……理解した……』

 ついに髑髏だけになった“賢者(ワイズマン)”が最後に呟く。

『……その力……カ……と戦うための……』

 彼の最後の言葉は声になることなく、消滅した。




 戦闘を終えた彩斗は、フェリーの船体に背をあずけた。そんな彼に、刀を提げた友妃が近づいてくる。
 “賢者(ワイズマン)”との戦いで凍りついた海面は無事だったようだ。爆炎の眷獣のせいで海面が溶けたのではないかと少し心配だったのだ。

「彩斗君」

 友妃の呼びかけに彩斗は気怠そうに顔を上げる。疲労でもうなにもしたくない。

「逢崎か。怪我はなかったか?」

「うん。ボクは大丈夫だよ」

 その言葉を聞いて安心したのか彩斗の身体に力が抜けて倒れていく。
 友妃が慌てて隣に駆け寄ってくる。

「大丈夫、彩斗君!?」

「ああ、多分大丈夫だ。少し疲れただけだから」

 不器用に彩斗が微笑みかける。
 友妃は小さく溜息をついて、彩斗の頭を膝の上に抱きかかえた。それは膝枕の姿勢になる。

「あ、逢崎さん?」

 不穏な空気を感じてそこから逃げようとするが身体が疲労で動かない。
 友妃はにっこり微笑みかける。

「彩斗君。さっき夏音ちゃんの血、吸ってたよね」

「い、いや、それは……」

 彩斗の身体から汗が吹き出てくる。必死で目を逸らすが、顔をがっちりと固定して目を逸らさせないようにしてくる。

「それは、わたくしが気を失っている最中に行なった行動なので、これは睡眠中に行った行動と同じことでありまして、結論を申しますとわたくしは悪くないことを主張したいです」

 自分でもなにをいっているのか分からない。

「いや、それよりも……ニーナと夏音は……!?」

 強引に話題を変えようと大声を出す。

「ここだ。大儀であったな、彩斗、古城。それに雪菜と友妃もな」

 点検用のハシゴを使って、夏音が危なっかしくフェリーから降りてくる。その彼女の制服の胸元に、人形のような小さな影が乗っていた。

「礼を言う。おかげでようやく二百七十年の重荷から解放されたわ」

 そう言って胸を貼るニーナの身長は三十センチ足らず。妖精のようなサイズのオリエンタルな美貌の、見知らぬ女性だが、どことなく浅葱の面影がある。

「ニーナ……その格好は……」

 近くにいた古城が訊く。

「うむ。気にするな。残った“霊血”をかき集めてみたが、人型を保つにはこのサイズが限界であったわ。生活するのに特に不都合はないがな」

 そう言ってニーナは、胸に埋め込まれた深紅の宝石を撫でてみせた。

「叶瀬のところで世話するつもりなのか?」

「はい。いいですよね、彩斗?」

「あ、ああ。別に俺は構わねぇよ」

 ペット扱いするな、と古の錬金術師が、むくれたように腕を組む。

「ええっ!?」

 船体の裂け目から顔を出して、叫んでいたのは凪沙だった。髪はほどけており、少し大人びた印象ではあったが、いつもどおりの騒々少女だ。

「なにこれ!? 古城君!? どうして古城君がここにいるの!? って、彩斗君と友妃ちゃんも!? この船いったいどうなってるの!? もしかして氷山にぶつかっちゃった!? ていうか、雪菜ちゃんも友妃ちゃん、膝枕!」

 その声に友妃が慌てて立ち上がる。支えを失った彩斗の後頭部は打ち付けられて涙目になる。
 隣を見ると古城も同じように悶えている。

「わ、なにあれ、飛行船!? おっきい!」

 凪沙が空を見上げて言う。水平線に浮かんでいたのはアルディギアの騎士団の装甲飛行船だ。救助に来たえあしい。

「残念だったな、姫柊。せっかくの休暇がこんなことになって」

 後頭部を押さえたまま古城が、雪菜を気遣うように言う。
 はい、と雪菜は微笑み混じりにうなずく。

「でも、今回のことでよくわかりました」

 そう言って小さな拳を強く握りしめる。

「やっぱりわたしが少しでも目を離すと、先輩はすぐに危険なことに首を突っ込んで、知らない女の人と仲良くなるみたいですね」

「いや、待て。その理屈はおかしいだろ!?」

 なんでそうなる、と反論して首を振る。
 彩斗がその光景に爆笑していると、友妃がする。

「彩斗君も反省してよね」

 その声に彩斗の笑いが途絶える。

「わたし、反省しました。これからはもっと監視を強化しないと」

「ボクも強化することにするからね」

 きっぱりと言い切る雪菜と友妃の言葉に、彩斗と古城が弱々しく空を見上げた。

「「……勘弁してくれ」」




 海面が凍りついている光景を見て金髪の吸血鬼は愉しそう笑みを浮かべる。

「立上さん、終わったんですか」

 茶髪の少女がこちらに駆け寄ってくる。

「ああ、終わった。いや、始まるのか」

 胸ポケットから銀色に輝く刃物を取り出しながらこれから始まる出来事に興奮を隠せない。
 銀に輝くメスからは禍々しい魔力の波動のようなものが大気に溢れ出てくる。それは先ほど“神意の暁(オリスブラッド)”から奪いとった力だ。

「さあ、それじゃあ始めようか」

 メスを自らの胸へと突き刺した。
 痛みが走る。それ以上になにかが少年の中に流れ込んでくる。血が昂り熱くなる。身体が崩壊するかと思うくらいの激痛が走る。
 力を拒んでいるようだ。それでも無理やりにでもその衝撃を抑え込む。

「はあはあ……」

 肩で息をしているが顔は笑っている。そんな複雑な表情に茶髪の少女は心配そうに見つめている。
 それでも少年は笑っている。これから始まることが愉しみでしょうがないのだ。

「これで俺も参加権を得た。覚悟していろ、緒河彩斗」

 これから始まる宴をまだ彩斗は知る余地もなかった。 
 

 
後書き
いつもなら次回予告なのですが、まだ過去篇をするか暁の帝国篇をするか考えていません。
まだ、どちらをやるか意見をお待ちしております。
他にも気軽に気になったことや誤字脱字などがありましたら感想で教えてください。
 
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