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ローダンテとムナティウス

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第三章


第三章

 扉を見る。もう弓はない。それを見てさらに沈んでしまった。
 そして俯く。そこにムナティウスがやって来た。
「ローダンテ」
 彼は何とか勇気を奮い起こして彼女に声をかける。
「何かしら」
 ローダンテは青い顔を彼に向けた。今にも倒れそうな顔であった。
「聞いて欲しいことがあるんだけれど」
「悪いけれど」
 だが彼女はまた俯いてそれを聞こうとはしなかった。
「今は」
「聞いて欲しいんだ」
 また勇気を振り絞った。そして言う。
「僕は君を愛しているんだ」
「えっ」
 ローダンテはそれを聞いてその青い顔を強張らせた。
「今何て」
「愛しているんだ、一緒になって欲しい」
 彼はまた言った。
「お願いだよ。僕には君が必要なんだ」
「駄目よ、私はアルテミス様に」
「けれどもう巫女じゃない」
「・・・・・・・・・」
 そう言われては黙るしかなかった。
「だから。いいだろう?」
「駄目」
 だがローダンテはその細い首を横に振った。
「私にはできないの」
「どうしてなんだい?」
「私はアルテミス様に全てを捧げたから。操も何もかも」
「けれど君は」
「それでも駄目なの」
 彼女はどうしても首を縦に振ろうとしなかった。
「私は清らかなままでいたいから」
「僕が嫌なのかい?」
「違うわ」
 だがそうではなかった。
「そういうことじゃないの」
 半ば叫ぶようにして言った。
「私はまだ」
「好きなんだ、ローダンテ」
 しかしそれはもう耳には入らなかった。ムナティウスは言う。
「一緒になろう、そして」
「私はまだ駄目なの」
 彼女はムナティウスのその想いを受け入れようとしない。
「まだ。私には」
「こんなに好きなのに」
「気持ちはわかるわ。けれど」
 彼女は必死に拒む。
「今の私は」
「理由を言ってくれないか」
 もう耐えられなかった。拒む理由が彼にはわからなかったのだ。
「そうでないと」
「私はアルテミス様にお仕えしているから」 
 ローダンテは答えた。
「だから」
「けれどもう巫女じゃないじゃないか」
「巫女じゃなくても心は」
 そう、心であった。アルテミスは彼女の心のことに気付いてはいなかった。ただムナティウスの心だけを見ていたのであった。それが間違いであった。
「アルテミス様の下にあるから」
「それじゃあ僕の気持ちは受け取れないの?」
「御免なさい」
 俯いて答える。
「だから」
「そんなのは嫌だ」
 だが彼はそれを認めようとはしなかった。その声が強いものとなる。
「こんなに好きなのに。絶対に一緒になりたい」
「だからそれはできないのよ」
 ムナティウスが求めれば求める程ローダンテは拒んだ。
「貴方のことは嫌いじゃないの。だけれど」
 そう言ってその場を後にした。
「どうしても無理だから。諦めて」
「ローダンテ、何処に」
 見ればアルテミスの神殿の方へ駆けて行く。ムナティウスもそれを追った。
「来ないで」
「嫌だ、絶対に嫌だ」
 彼は言う。
「君と一緒にならなければ。僕は死ぬ」
「そんな」
 ローダンテは後ろを振り向いた。そこにはムナティウスがいる。彼は追って来ていた。それを見てもう泣きそうになっていた。
「私はどうしても駄目なのよ」
「僕は君以外の人は目に入らない」
 二人は言う。
「アルテミス様にお仕えしているから」
「一緒になりたいんだ」
 ローダンテの足は速かった。猟師であるムナティウスのそれと同じ位だった。
 それでも次第に疲れが見えてきた。徐々にその距離が狭まる。
「何でこんなことに」
 それを神殿から見ている少女がいた。アルテミスであった。
「一緒になれる筈だったのに」
「アルテミス様」
 ローダンテは神殿の入口に立つアルテミスに気付いた。そして彼女に乞う。
「私はアルテミス様のお側にいたいのです」
「ローダンテ」
 それはアルテミスにも聞こえていた。その言葉が女神の心を打つ。
 しかし心を打つのは彼女の言葉だけではなかった。ムナティウスの言葉も彼女の心に響いていた。
「僕には君しかいないんだ!」
 ムナティウスは一途にローダンテだけを見ていた。
「だから、だから一緒に」
「私はアルテミスの側から」
「側にいたいのね」
 アルテミスは苦しい顔でローダンテに問うた。
「私の側に」
「はい」
 ローダンテは答えた。彼女の前に身を投げ出す。
「ずっと貴女のお側に」
「わかったわ」
 こくりと頷いた。そして今度はムナティウスに問う。
「ムナティウス」
「はい」
 彼もまたアルテミスの前に来た。そして畏まる。
「貴方は。ローダンテの側にいたいのね」
「その通りです」
 彼は答えた。
「その他には。何もいりません」
「わかったわ」
 アルテミスは二人の言葉を聞いたうえでまた言った。
「それなら。ずっと一緒に。そして」
 言葉を続ける。
「私の側に。永遠に」
 右手をゆっくりと上げた。自身の手の平から白銀色の光を放つ。それは月の光の様に優しく二人を包み込んだ。
 二人はその中で姿を変えていった。そして徐々に姿を重ね合わせていく。
 そこには一本の薔薇があった。ローダンテの髪の色の花とその瞳の色の茎が。だがその茎も枝もムナティウスの身体の様に強く逞しかった。
「これならいいのかしら」
 花は何も語らない。ただじっとアルテミスを見ているように思えた。
「私の側にいて。一緒に」
 女神は呟いた。
「これでいいのなら」
 他にどうしたらいいのかわからなかった。ローダンテの気持ちまで読めず、こんな結末になってしまったことを後悔していた。本来ならば人として結ばれることができた筈なのに。それは適わなかった。ムナティウスに対しては申し訳ない気持ちで一杯だった。
「ムナティウス。貴方はこれでいいのかしら」
 薔薇になったムナティウスに問う。
「一緒になれたけれど。けど」
 いいとは思えなかった。彼も本当は人の姿でローダンテと結ばれたかった筈なのだから。
「ローダンテも。人として私の側にいたかったでしょうに」
 花に手をやる。だがやはり花は何も語りはしない。ただアルテミスを見ているだけであった。
「御免なさい」
 一言しか言えなかった。その目から零れた涙が薔薇に落ちる。それは床に弾けて落ちる。床に落ちると銀の粒になった。
 女神はその場に泣き崩れた。二人に対して何と言っていいのかわからなかった。言えないかわりに泣いた。そして銀の水が彼女の周りを覆うのであった。それでも花は何も語らなかった。ローダンテもムナティウスも。


ローダンテとムナティウス   完


                         2006・2・10


 
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