カサンドラ
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第七章
第七章
だがかわされたのは事実だ。アキレウスはそれを見て再び矢を出し放とうとする。
「今度は外さんぞ」
「残念だがそれはない」
「残念だと?」
「そうだ。見よ」
ここでパリスは身体を元の体勢に戻しつつアキレウスに言うのだった。
「貴殿の足を」
「足!?」
「そうだ。見ろ」
また彼に告げる。
「その足をな」
「むっ!?」
見れば今そこにパリスの矢が迫っていた。最早かわすことはできない。しかしアキレウスはあえてその矢をかわすことなく再び構えるのだった。
「足を貫こうというのか」
「その通りだ」
パリスは構えない。そのままの姿勢でアキレウスに告げる。
「普通の者でも足を貫かれた程度では死ぬことはない」
「その通りだ」
アキレウスもそれは承知していた。
「そしてこの私は」
「確かに不死身だ」
もうそれは言うまでもないことだったがパリスはあえて言った。
「しかしだ」
「しかし?」
「それは一つだけ違う」
今カサンドラの言葉を彼に告げた。
「そこは」
「そこは!?」
「腱だ」
この言葉と共にパリスの矢がアキレウスの足の腱を前から貫いた。丁度右の足首の前から後ろにだった。パリスはそこを的確に貫いたのである。
「ぐっ・・・・・・」
「こういうことだ」
厳然とした声でアキレウスに告げた。普段の流麗な美声とは違っていた。
「これで。貴殿の最期だ」
「馬鹿な、私が死ぬだと」
「完全に不死身の者なぞいない」
パリスはさらに厳然な言葉を述べた。
「神でない限りな」
「む、無念・・・・・・」
こうしてギリシアの英雄アキレウスは死んだ。トロイアにとっては会心の勝利でありギリシアにとっては痛恨の出来事だった。だが。カサンドラはここでまた予言を聞いたのだった。
「ギリシアは仕掛けてきます」
「ギリシアがか」
「そうです」
こうトロイアの者達に話すのだった。
「木馬で」
「木馬!?」
「そうです」
そこにあるものを見ながら語る。彼女にだけ今目の前に見えるものを。
「オデュッセウスです」
「オデュッセウス!?」
「誰だ?」
トロイアの者達の中には彼のことを知らない者さえいた。するとすぐにこう返ってきた。
「確かギリシアの王の一人だった筈だ」
「ギリシアのか」
「何でも相当知恵の回る男らしいぞ」
「ふむ、知恵者か」
まずそのことはわかった。しかしだった。
「だがどの様な知恵も以ってしてもこのトロイアはな」
「そうだ。陥落させることはできない」
彼等はここでもトロイアの城壁の堅固さを確信していたのであった。それは考えようによっては妄信だったがそれでも信じているのは事実だった。
「何があってもな」
「だから大丈夫だ」
「何をしても落ちはしない」
彼等は口々に言う。そのうえでまたカサンドラに顔を向けて言うのだった。
「姫様、何があろうとも御安心下さい」
「トロイアの城壁は難攻不落です」
「しかも神々の御守護があります」
それも事実だった。彼等に味方する神々も多い。しかしカサンドラはそれも言うのだった。
「馬です」
「馬!?」
「馬でこのトロイアの城壁を!?」
「まさか」
やはり彼等は信じない。
「馬で城を攻めるなぞ」
「まず無理です」
あくまで常識で考える彼等だった。彼等も馬に乗りやって来て戦うスキタイの者達は知っていた。しかしそれでも彼等が城を攻めることができないというのだ。
「あれは平地で使うものです」
「どうして城に?」
「贈り物・・・・・・」
カサンドラは今度はこう呟いた。
「贈り物の中に。彼等がいて」
「贈り物の中に馬が?」
「まさか」
「いえ。木馬です」
次に出た言葉は木馬だった。
「トロイアに贈る巨大な木馬の中に。ギリシアの者達がいて」
「何かよくわからないな」
「巨大な木馬!?」
「何だそれは」
やはり首を傾げる彼等だった。そしてここでも誰もカサンドラの言葉を信じないのであった。
「とにかくだ。アキレウスは倒れた」
「うむ」
このことが彼等に勝利を確信させてもいた。それが驕りにもなっていたのだ。彼等はここで大きく楽観論に傾き言うのであった。
「ギリシアはもう打つ手がない」
「そうだな。講和を提案してみよう」
「我々にとってかなり有利な」
こう言い出したのだった。カサンドラの言葉を聞かずに。
そしてそれを王に進言する。彼もまたカサンドラの言葉を信じておらずトロイアの勝利を確信していた。だからこそ彼も決断を下した。
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