ストライク・ザ・ブラッド 〜神なる名を持つ吸血鬼〜
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神意の休息篇
30.神意の思い出
前書き
今回は彩斗の吸血鬼になる前の話です。
「ねぇ……彩斗君?」
スプーンに乗せたオムライスを口にして逢崎友妃が、ちょっと首を傾げている。
「ん、なんだ?」
今は昼休みの学生食堂。腹を空かせた生徒たちでぎっしり混み合う中の一角の狭いテーブルの向かいに彼女は座っている。
「彩斗君って絃神島にいつから来たの?」
「いつ頃だったっけなー」
テーブルに肘をついて若干冷めかけている学食のラーメンの麺を箸で挟みながら考える。
彩斗の記憶がその答えを出す前に隣から柔らかな声が答えた。
「たしか一年と少し前でした」
友妃と同じオムライスを食べている叶瀬夏音が少し自信なさげな表情をみせる。
自分の中で忘れかけていた記憶にアクセスする。たしか彩斗が絃神島に来たのは一年と少し前くらいだ。
「もうそんなの経つのか……」
彩斗はここまでの出来事を思い出すように空を仰いだ。
獅子王機関の剣巫、姫柊雪菜が第四真祖の暁古城の監視役についてからまるで数年は立った気がしていた。それほどこの二人と一緒にいる時間が多かったせいなのか。
いや、違うな。
この二人と一緒に色々な事件に巻き込まれたことがこの感覚の原因だろう。さらにそれは友妃が来たことで彩斗の感覚はさらに長く感じている。しかし彩斗はそんな関係を心地いいと感じていた。
「彩斗君?」
「ああ、悪い。ちょっと思い出に浸ってた」
考え込んでいたせいで少しボーッとしていたようだ。
「そういえば彩斗君ってここに来る前のことってどこまで覚えてるの?」
友妃の唐突な質問に彩斗は困惑する。どこまで、というその言葉には、『“神意の暁”になる前』というが文が隠されているのが一瞬でわかった。
「どこまでか……」
再び、空を仰いだ。
記憶の奥地で消えかかっていた情報を探しだす。
だが、ここ一年の情報が強すぎてそれ以前の記憶が霞んでしか思い出せない。そもそも、緒河彩斗は自分がいつから“神意の暁”になったのかは正確な時期はわからないのだ。
彩斗の中では、一年と少し前……この絃神島に来るほんの少し前だった気がする。
つまりは、中学三年の九月の頭ぐらいだろう。そのときの記憶を思い出そうとすれば、誰かがそれを拒むように頭に激痛が走る。誰かといってもそれは多分、自分なのだろう。
それらの記憶の情報に触れないように彩斗はさらに奥地へと目指した。
カチャ……
どこかの鍵が開く音がした。
それは多分、彩斗の記憶を封印していた扉の鍵が開いた音であろう。とはいってもそんな扉など実際は存在しない。ただの彩斗のイメージでしかないのだ。
それでもその扉は彩斗を過去の世界へと誘うためには十分だ。
純白の陽光が容赦なく緒河彩斗の全身を包み込んだ。
陽射しを遮断するために設けられたカーテンは開け放たれており、そこから強烈な紫外線を撒き散らしてくる。
それさえも遮るように再び彩斗は頭から毛布を被り、陽射しを遮断する。
「彩斗くん、もう朝だよ」
意識がはっきりしていない状態で彩斗に語りかけてくる人物がいた。
しかし、朝の陽光に勝てるほどの語りかけではなかった。
よって彩斗は再び、瞼を閉じ、意識をもう一つの世界へと飛ばした。
「彩斗くん……起きろ!!」
「ぐぉっ!?」
巨大な鉄球を落とされたかのような衝撃が腹部を襲い短い言葉にならない言葉が口から洩れた。
「お……おまえ……起こすなら、もう少し……優しく……おねが、いします」
ベッドの上で悶えながら、彩斗は上半身を起こす。
涙で霞む視界の映ったのは、小柄な人影だった。
見慣れない制服を着た女子中学生。
黒に少しだけ茶色の髪が混ざっているショートの活発なイメージの少女だ。
「だって、彩斗くんが早く起きないのが悪いんだよ」
あからさまに機嫌の悪い顔でそっぽを向いて、妹の緒河唯は言った。
ここまでされて彩斗はもう観念して弱々しく溜息をついて、ベッドから起き上がる。
寝癖のついた髪をかき上げる。
時計を確認する。時刻は午前六時過ぎごろ。
「って、まだ寝られるじゃねぇかよ」
彩斗が通う学校へは自転車で大体十五分くらいの距離なのだが、本気で飛ばせば十分未満で到着することが出来る。八時半までに登校していればいいので、大体八時十分までは夢の世界にいることが出来る。
なのに唯は二時間前に強制的に彩斗を叩き起こしたのだ。
なんて妹なんだ、と思いながらも唯の格好を見てその考えは否定された。
「そうか……今日から唯も俺と同じ学校だったな」
「やっと思い出したんだ」
呆れた顔をしながら唯はこちらを向いた。
改めて彼女を見た。紺色のブレザーに無地のグレーのスカート。首元に小さな赤いリボンを着けている。
活発なイメージの唯には少し、大人しめに感じる。
彩斗としては見慣れた制服だが、彼女が着ているのを見るのはかなり新鮮だ。
「って、スカート短すぎないか?」
「え? このぐらい普通でしょ?」
唯はその場で一回転してみせる。スカートの裾がヒラリと舞うが下着が見えることはなかった。
「大丈夫でしょ」
「おまえ、学校ではそんなことするなよ」
大きなあくびをしながら頭を掻いた。
「ちょっと彩斗くんをからかっただけだからするわけないよ」
無邪気な笑みを浮かべる。
「美鈴ちゃんが朝ごはん作ってるから早く降りてきてね」
「りょーかい」
再び、大きなあくびが出た。
少しテンションの高くなっていた少女は、勢い良く彩斗の部屋から出て行くのだった。
「さて、もう一眠りするか」
彩斗は再び、ベッドに倒れこむのだった。
「痛ぇ……唯の野郎」
教室の机の上に突っ伏して腹部の痛みを堪え続けている。
二度目の眠りについてすぐに妹からの制裁が下ったのだ。そのせいで彩斗は夢の世界どころか死の世界が一瞬見えたぐらいだった。
「いやいや、彩斗。話を聞く限りおまえが悪いだろ」
少しだけ顔を上げると前の席で呆れた顔をした少年が呟いた。
「うるせぇな、綾。仕方ねぇだろが。そもそも、人間の三大欲求である睡眠を阻害するなんてそれは神に背く行為だ」
「また屁理屈を……」
再び、少年は呆れた顔をする。
彼は同じクラスで彩斗の親友といってもいい倉野木 綾だ。かなり整った顔立ちをしており、茶色く髪を染めている。学年でもかなりのモテる方だが、彼は付き合ってるという話は聞かない。
「というわけで俺は眠る。それでは……」
彩斗は再び眠りにつくのだった。
「また彩斗は寝てるんだ」
聞き覚えのある声に彩斗はわずかに耳を傾けた。
「ほら、もうすぐSTが始まるから起きなよ」
少女の声とともに彩斗の身体が左右に揺らされる。
それでも頑固としてその体勢を崩そうとはしない。しかし左右の揺れは激しくなる一方だ。
「ギブギブギブ!」
彩斗は叫んだ。
「やっと目、覚ました?」
先ほどの揺れに酔って吐き気が襲ってくる。目が回っている視界に少女の顔が映る。
「もう少し手加減してやれよ。こいつ今日朝から二発妹の制裁を受けてきてるんだから」
「どうせまた二度寝でもしたんでしょ」
「おまえは俺の心でも見えてんのかよ」
彩斗の前で若干ドヤ顔気味な表情を浮かべる少女。彩斗の小学生の頃からの付き合い。世にゆう腐れ縁みたいなものだ。
黒髪でもみあげだけ少し長くなっている少女。彩斗の幼馴染の神崎 志乃だ。
「そういえば、今日転校生が来るらしいな」
「へぇー、そうなんだ」
全く興味がなかったが綾の言葉に相槌を打つ。
「俺の情報によると女らしいぞ。しかもかなりの美人」
「おまえの情報はどこから仕入れて来るんだよ」
「でも、それがあながち間違ってないのがすごいんだよね」
綾は不敵な笑みを浮かべる。
すると教室の前の扉が開き、三十代後半くらいの女性が入ってくる。
「ホラ、おまえら早く席つけ」
彩斗のクラスの担任教師だ。
教師が教卓に着くと生徒たちは各々の席に着く。
朝の挨拶もせずに担任教師が話を始める。
「まぁ、少しは耳に入ってると思うが、今日このクラスに転校生が来る」
生徒たちがざわつき出す。
「ホラ、静かにしろ。とりあえずもう入ってもらうか」
この教師はかなりの面倒く下がりやさのだ。
だが、その性格は彩斗と似ているところがあるのでこの教師のことは、他の教師に比べれば好印象だ。
「それじゃあ、入ってこい」
教師の合図で開け放たれた扉から人影が入ってくる。
その瞬間だった。
……ノイズが走った。
「……えら、紹……。転、校……だ」
教師の言葉が激しいノイズに邪魔されて聞こえない。世界の色が奪われる。視界にもノイズが走っていく。
そして記憶の扉は閉ざされていった。
「ん……ぐっ!」
激しい頭痛に襲われ、頭を押さえる。
「大丈夫、彩斗君!?」
「彩斗さん!」
向かいの席に座っていた友妃が身を乗り出して慌てる。夏音も普段では聞かないような慌てた声を上げる。
「だ、大丈夫だ」
頭を押さえながら彩斗は先ほどの記憶がいつ頃のことだったか思い出す。
あの記憶は本土にいた頃のものだ。
中学二年の春のこと。多分だが、始業式のことなのだろう。
なぜそんな記憶の扉が強制的に閉められたのだろうか。あの頭の痛みは、過去の“神意の暁”に触れたときに起きる症状だ。
だが、彩斗が吸血鬼の力を手に入れたのは、一年と少し前のことだ。
それなのにあのときの記憶は彩斗に思い出させることを拒んだ。
つまりそれは、あのときに彩斗は“神意の暁”に関する何かに触れたことになる。
あのときが本当の初まりだったのかもしれない。
「ごめんなさい。ボクのせいで変なこと思い出させちゃったみたいで……」
友妃はうつむき、落ち込んでいる。
「別に逢崎のせいじゃねぇよ。それに……」
一呼吸おいて口を開く。
「これはいつか絶対に思い出さなきゃいけないことだ。何があっても」
どうして自分がこんな力を手にしたのか。
それは思い出さなければならない彩斗の義務だ。
「そのとき俺だけの力じゃ無理だってときは、二人とも協力してくれよな」
彩斗なりに不器用に笑みを浮かべる。
「うん。絶対協力するよ」
「私も彩斗さんの力になりたい、でした」
二人は笑顔でそう言ってくれた。
それだけで彩斗は安心する。こんな平和な日々がいつまでも続けばいいと思い、彩斗は目の前の汁を吸って伸びきったラーメンを啜るのだった。
後書き
やっぱり話が短くなる。
そしてタイトルが思いつかないです。
彩斗の過去を一気に解決して行くとゴタゴタすると思ったので徐々に真相に近づけていっているつもりです。
それでもやはりおかしなところがあると思うのでそのときは感想でお教えください。
どんな些細な気になったことでもいいので気軽に感想してください。
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