仮面の下の恋路
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第三章
第三章
「それでですね」
まず口を開いたのは伯爵であった。
「どうして私のことを御存知だったのでしょうか」
「あら、それはさっき言いましたわ」
彼女はまた声を笑わせて答えた。
「見ていましたと」
「私をですか」
「そうです。ソワソン伯爵を」
彼女はまた言う。
「ずっと前から」
「ずっと前から。それでは」
「貴方もそうでしたわね」
今度はこう言ってきた。
「私のことを見ていた。違いますか?」
「それは」
また取り繕うとする。だがやはりそれは適わなかった。
「違いませんね」
「全て。おわかりなのですか」
「ええ。気付いていましたから」
逃げ道は防がれた。こうなってはどうしようもない。
「貴方の視線を」
「全て御存知なのですね」
「そうですわね。その仮面の下も」
今度は彼が今着けている仮面を見てきた。その銀色の仮面の奥の光が見えた。それは明らかに笑っていた。それと同時に誘ってもいた。
「知っているつもりですわ」
「私の素顔を」
「ですから。もう仮面は意味のないこと」
言葉が彼をまた導いて誘っていた。
「外して頂けませんか」
「いや、それは」
ここで伯爵は反撃に出た。
「お互い様ではありませんか」
「お互い様?」
「確かに貴女は私の素顔を知っておられます」
まずはそれを述べてきた。
「しかし私は貴女の仮面の下を知りません」
「ではお互い様ではないではありませんか」
「いえ、それでもお互い様なのです」
一見して詭弁のようにして述べるのだった。そのうえで言葉を続ける。
「何故なら愛しているのですから」
「そう考えられるのですね。私が貴女を」
「それはもう貴女が言っておられます」
彼はこうも述べた。今度は彼が反撃に転じていた。
「貴女御自身が」
「では。私にこの仮面を外せと」
「貴女が私にそう仰ったように」
また言う。
「私達はそうした意味で同じなのですから。ですからお互い様なのです」
「ふふふ、面白いことを仰いますわ」
その言葉は悪いものを感じている響きではなかった。むしろその逆であった。そうした響きの言葉の次に来るものはもう決まっていた。
「それではですね」
「はい」
「お互い。素顔を出しますか」
「ええ、是非共」
伯爵はその言葉に頷いた。これは当然の流れであった。
同時に仮面を外す。すると。
「貴女が」
「ええ」
素顔の彼女がそこにいた。やや切れ長の澄んだ緑の瞳に白と薔薇に見事に彩られた肌、小さく紅に輝く唇、白く染められた豊かな髪。この時流行だったロココの絵画からそのまま出て来たような美しさがそこにあった。
「アドリアーナと申します」
「アドリアーナといえば」
伯爵は記憶を辿る。彼女は。
「ロクサーヌ侯爵家の」
「娘です」
ロクサーヌ侯爵家はフランスでも屈指の名門である。貴族達の中で知らない者はなく今の主は多くの娘を持っていることでも有名である。
「末の」
「そうでしたか。貴女が」
「ですが。それはどうでもいいことですね」
アドリアーナはにこりと笑って伯爵に言った。
「もうそんなものはいらなくなったのですから」
「いらなくなりましたか」
「ええ。何故なら」
自分が今まで着けていた仮面をここで見る。仮面は表情を消していて何も語ろうとはしないがそれでも彼女はその仮面を見ていた。
「今私達は素顔ですから」
「素顔で」
「仮面の下の素顔は何よりも真実を語ります」
アドリアーナは言う。
「ですから」
「ではアドリアーナさん」
伯爵は今のアドリアーナの言葉に問うた。
「今の私は何を語っていますか」
「私と同じことです」
それが彼女の返答だった。濃紫の帳の中に輝いている白銀の月よりも優しく眩い穏やかな笑顔で。
「貴方もまた。それでおわかりですね」
「ええ」
伯爵はその言葉の意味がわかった。それで応えた。
「私は。貴女を心から」
「私は以前からでした」
「以前から」
これはもうわかっていた。伯爵は想い人に想われていたことを心から感じて深く温かい喜びを今心から楽しんでいたのである。
「そう。そしてこの時を待っていました」
また言うのだった。
「貴方とこうしてお話する時を」
「それでは」
「はい」
その白銀の笑みを以って応える。
「これからも」
「永遠にですね」
アドリアーナがそっと差し出した手を受け取る。それで全ては決まった。
「何があろうとも」
「私達は永遠に」
「仮面の下にあるものは真実と言われています」
アドリアーナはまた言う。
「その真実を見たならば」
「そしてそれを確かめ合ったなら」
二人は共に語る。それはまるでモーツァルトの二重唱の様に華麗で美しい響きがあった。二人はその中で恍惚としていた。
「もう何もいりません」
「愛の他には何も」
二人は紫の優しい中で見詰め合う。仮面を外した素顔はそのまま永遠の愛を確かめ合い穏やかな恍惚の中に浸るのであった。
仮面の下の恋路 完
2007・9・13
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