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戦国異伝

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第百七十三話 信行の疑念その六

「それを公方様が乱されては」
「大義名分も何もありませんな」
「そうじゃ、乱させはせぬ」
 決してと言う信行だった。
「だからよいな」
「はい、公方様からは目を離しませぬ」
「決して」
 家臣達も約束する、信行は都にあって義昭から目を離さなかった。そのうえで彼の周りに人を置いていた。
 だが義昭は彼等には気付いていない、そしてだった。
 御所で酒を飲みつつだ、天海と崇伝に言うのだった。
「折角徳川が敗れたのにのう」
「はい、右大臣殿はですな」
「あの方は」
「引き分けたか、武田は自分の領国に帰ったな」
「信濃から甲斐に」
「そちらに戻られました」
「仕方ないのう、生き残ったか」
 酒を飲みつつだ、義昭は苦い顔でこうも述べた。
「上杉に期待するか」
「ですな、上杉謙信殿に」
「あの方に」
「上杉ならやってくれよう」
 期待を込めた言葉だった。
「武田はあっさりと退いたがな」
「はい、そして上杉殿が都に来られれば」
「その時は」
「副将軍でも何でもやろう」
 幕府の役職、それをだというのだ。
「そのうえで余の助けとなってもらう」
「ですな、それでは」
「あの方に頼みましょうぞ」
「そうじゃ。ただな」
 ここでだ、義昭はこうも言った。
「本願寺、毛利にはじゃ」
「これまで通りですな」
「文を送りますな」
「そして織田家を西から討伐する様にさせるのじゃ」
「それがよいかと」
「ここは」
 二人も義昭に述べる。
「織田家がこれ以上強くなっては困ります」
「ですから」
「全く、右大臣は何なのじゃ」
 信長については忌々しげに言う義昭だった、口も歪めさせたうえで。
「武士だというのに余をないがしろにするとは」
「武門の棟梁は公方様です」
「そうだというのに」
「確かに許されることではありませぬ」
「それも到底」
「全くじゃ、許してはおけぬ」
 こう思う言うのだった、彼は。
「だからな」
「何とか罰してですな」
「そのうえで」
「武田でも上杉でも毛利でもよい」
 こうも言うのだった。
「余の助けとなる者ならな」
「徳川殿はです」
 天海は家康のことをここで言った。
「副将軍はどうかとこちらから言いましても」
「それでもじゃったな」
「はい、右大臣殿につかれたままで」
「あれは天罰じゃ」 
 三方ヶ原で武田に敗れたそれはというのだ。
「余に逆らうからそうなったのじゃ」
「ですな、全く」
「その通りです」
 二人も義昭の言葉にそうだと答える、まるで太鼓持ちの様に彼の言葉に息を完全に合わせたうえで、である。
「あの御仁も」
「そこがわかっておられませぬな」
「全くじゃ、あ奴への義理立てよりも余への忠義じゃ」
 そちらの方が、というのだ。
「それがわからぬからじゃ」
「三方ヶ原で敗れた」
「左様ですな」
「そうじゃ、愚か者が」
 その家康をこうまで言う。 
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