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SAO編
見慣れた血飛沫
ぶん、と丸太ほどの大きさの足が鞭のように振り回される。わずかに上体を反らして大振りのそれをかわすと、隣で固まったままのだーさんを掴む。弾かれたように俺を見た彼に、心の中で謝りつつも圏内へ向けてぶん投げた。それなりのスピードが出てたと思うが、落下の前に圏内に入れればHPが減ることもないだろう。
「……ったく。タコは専門外だっての」
ひとりごちながら、とりあえずベルトにかけてあったピックを二本同時に投げる。紅いエフェクトを纏って飛んでいったそれは、寸分違わずそいつの金色に輝く瞳に刺さった。投剣スキルの基本技のひとつである《コンティシュート》。上限は五本までだが、複数のピックを時間差なしに投げることのできる利便性の高い技だ。
視界を潰された青いタコが、足を暴れさせて桟橋に何度も体をぶつける。がんがんと伝わる振動に、桟橋の耐久値が心配になるが、決着にそう時間はかからないだろう。
「……ごめんな」
腰の鞘から抜いた愛剣が、月の光を受けて鈍色に染まる。剣を逆手に持ったまま、刃を向けることはなく拳を握る。水色のライトエフェクトに染まったそれを重そうな頭に叩きつける。想像以上に柔らかいそれはいくらか衝撃を吸収してしまったようで、思ったほどHPバーは減らなかったが、これで終わりではない。そのまま自分の拳を支点として、手首を捻ると逆手に持ったままの刃がずぶりとその軟質な皮を切り裂いて深く沈んだ。ダメージが入ったことを示すポリゴンの破片が飛び散って、光の残滓を引いて消えていく。そのまま紺色に光り始めた刃を左から右へ滑らせた。現実のタコとはまったく違う手ごたえ。滑らかなシリコンを切り裂くような感触を覚えながら、顔目がけて振りかぶられた足をかわして着地した。
体術スキルの初級突進技《ミュートイラー》と短剣スキルの単発中攻撃技《パーチェイズ》。上位スキルで無いが故の硬直時間の短さが利点の攻撃技。いくら裏フィールドのモンスターといっても、俺は仮にも攻略組だ。大技を出さなくても攻撃は十分通るし、逆にわざわざ硬直時間の長い上位スキルを出す利点が無い。ましてやここは言葉は悪いが低層だ。苦戦する相手ではない。
タコのHPバーはもう危険域を示す赤色にまで減っている。けれどまだ負けていないと言わんばかりに足を振り上げたタコの動きが、びしりと固まった。瞬間、ポリゴンが飛散していた箇所から盛大な血飛沫が上がった。青色のそれは、本来ならばモンスターから出るはずの無いもの。通常ポリゴンを飛散させるだけのそいつは、俺の持つ《ブラッドリーパー》の特殊効果である《出血》によって、本来仕様ではないはずの血飛沫をあげる。そしてそれは、同時にそいつが命を散らしていくことを示していた。
特殊効果《出血》。相手の被ダメージ値や、防御力などによってそれが与えるダメージは大きく変動するが、攻撃を加えるたびにそのダメージ値が上乗せされる。さらにその《出血》は状態異常として数分間継続し、攻撃を加えるたびにモンスターはそのHPをがりがりと減らしていく。散らした飛沫は、そのモンスターが削った命の量。俺はおそらくこのSAOで唯一、モンスターに血を流させることのできる人間であると同時に唯一、純粋な剣技では戦えないプレイヤーだった。
暴れるタコが、血を流す。その度に俺のコートを汚していく青いそれを、どこか他人事のように眺めていた。風をきって真横から足が迫る。HPバーは、もう色が分からないほどにわずかな点にまで落ちていた。
「ポートさん!」
よけない俺に慌てたようなだーさんの声が聞こえる。ぎらりとピックが刺さったままの双眸と目が合った。まだ生きている、まだ死んでいないと言っているかのようなそれは、顔を出した朝日を反射する。俺の視界が、完全に迫る足を捉えた。
「……悪い」
呟きに応えた訳ではないのだろう。ぎゅん、と速度を上げたそれは俺の命を少しでも食らおうと迫る。同時に振り上げた足は、黄色の軌跡をひいて迫ったそれを蹴りあげた。同時に傷口から、また血を流したタコが断末魔を残してポリゴン片になる。きらきらと光を散らしたそれが海に消えていくと、俺のコートに残っていたそいつの血もすう、と沈むように消えていく。それを見る度にまるで染み込んでいるような気がして、複雑な気持ちになる。ぱんぱんと軽くコートをはたいて、愛剣を鞘にしまうと、隣に駆けてきただーさんがねぎらいの言葉をくれた。
「いやー、すごいですな。あんな巨大なモンスター、私は動けませんわ」
「ははっ……慣れってやつだよ!それより、わりぃな。だーさん投げちまった」
「いえいえ、気にせんでください。こんな年寄りをかばってくださってお礼を言いたいくらいですわ」
「ま、どうせなら可愛い女の子のほうが良かったかもな!」
「ポートさんらしい」
「んじゃ、続きやろうぜ、続き!」
モンスターを倒すたびに、どことなく感じる命の重み。実際にあいつらが生きている訳がないことぐらい、分かってはいるけれど、それでもそいつらが流す血が偽物だと割り切ることは、俺にはまだできそうになかった。
「……なんて、またあいつに笑われちまうかもな」
「ん?なんか言いましたか?ポートさん」
「いや、なんでもない!それより見てくれよ、これ!さっきタコからドロップしたあたりめ!せっかくだから食おうぜ」
甘さだと、あいつは笑うだろうか。
考えたところで出るはずの無い答えに、思考はすこしずつ沈んでいく。釣糸を垂らした橙色の水面は、爽やかな風をはこんで、潮の匂いを肺に送り込む。懐かしい匂いにノスタルジックになりそうな思考を止めて、あたりめをほおばった。ただじっと、だーさんと他愛もない話をしながら動かない水面を見つめる。約束の時間までに大物は、かかるだろうか。
後書き
前回「食いたくねえ」とか抜かしやがったくせに、何事もなくあたりめを頬張る主人公。
そもそもなぜタコからあたりめがドロップするのかという疑問は果てしなく残りますが、そこはきっとあれです。タコさんが酒豪だったんです。それでコンビニに寄った帰りに主人公に釣り上げられて、怒り狂っていたものの倒されてしまって、コンビニの戦利品であるあたりめがドロップしたんです。きっとそうです。軟体動物のよしみです。ええ。
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