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軽い男 堅い女

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第七章


第七章

「絶対に成功するんだね」
「ええ」
 洋子のことなら何でもわかっている。あの様子からして間違いはなかった。そしてそれをどうにかするには揺さぶるのが一番だ。そう判断したうえでのことだった。絶対の自信があった。
「それは任せて」
「それじゃあ」
「やるのね」
「うん」
 彼はまた頷いた。
「それで洋子君が振り向いてくれるのなら。やるよ」
「わかったわ」
 それを聞いて早苗も頷いた。
「それじゃあ今はもう帰って。そして私がいいって言うまで彼女の側には近寄らないこと。いいわね」
「うん」
「これで決まりね。それじゃあ今からはじめるわよ」
「わかったよ。じゃあね」
「ええ」
 それから暫く経った。早苗は友一をこっそりと学校の屋上に呼んだ。
「その暫くなんだね」
「そうよ」
 早苗はそれに答えた。何もない学校の屋上では二人の他には誰もいなかった。その二人だけの間で話をした。見ているのは空にある雲、そして二人の周りを吹く風だけであった。
「明日の朝にね。いいわね」
「うん」
 彼は力強く頷いた。
「これでなんだね。待ったかいがあったよ」
「まさか待てるとは思わなかったわ」
 早苗は一目見ただけで露骨に嬉しそうな様子の友一に対してそう述べた。
「それはね」
 友一は彼女に対して答えた。
「洋子君が僕を好きになってくれるのなら。我慢したんだよ」
「そうだったの」
「本当にこれでいいんだね」
「ええ」
 早苗は頷いた。
「洋子君が僕と一緒に。何か夢みたいだよ」
「夢じゃないわ、本当のことよ」
 早苗は舞い上がらんばかりの様子の友一に対してそう答えた。
「だからそれは安心していいわ」
「本当に本当のことなんだね」
「だからそうだって」
 何度も言われて苦笑せざるをえなかった。
「そんなに信じられないの?」
「そりゃまあ。だってね」
「わかるわよ。すぐにね」
「そうかな。何か不安だよ」
「私だって不安よ」
「何で!?」
「貴方のことがよ」
 そう言って友一を見上げた。女の子としては背が高いがそれでも友一よりは低かったのである。
「確かに今の貴方は今までの貴方とは違うみたいだけれど」
「うん」
「大丈夫なの?何か凄く不安なのよ」
「不安?」
「そうよ。浮気なんかしないでしょうね」
 そう言ってその細い眉を顰めさせた。
「もしそんなことしたら許さないからね、絶対に」
「許さないって」
「私がよ。洋子を悲しませたり泣かしたりしたら唯じゃおかないから。それはわかってるんでしょうね」
「それはわかってるつもりだけれど」
「だったらいいわ。じゃあ信用していいわね」
「うん」
 彼は頷いた。
「任せてよ。洋子君から絶対に離れたくはないから」
「わかったわ。じゃあ信じてあげる」
「有り難う」
「けれど洋子を裏切った時は」
 その首筋を掴んだ。そして下から見上げる。
「わかってるでしょうね」
「う、うん」
 そんなやりとりがあったのだ。早苗は今その時のことも思い出していた。
「幸せになりなさいね、洋子」
 優しい顔で洋子に対してそう声を送った。だがそれは洋子本人には全く届いていなかった。
「待ちなさいよ!」
「待ったら何かくれるの?」
「拳骨あげるわよ!だから待ちなさい!」
「拳骨なんかいらないな」
「じゃあ何が欲しいのよ」
「洋子君の日記が欲しいな。毎日交換してよ」
「それじゃあそこになおりなさい!」
「うん」
「覚悟!」
 そこに洋子の鞄が飛んで来た。しかしそれは友一に受け止められてしまった。
「なっ」
「洋子君の癖はもうわかってるから。これ位はね」
 彼はにこやかに笑ってそう言葉を返した。
「もう何でもないさ」
「は、離してよ!」
 逆に捕まってしまった洋子は必死に鞄を取り返そうとする。しかしそれはかなわなかった。友一はその長身を生かして小柄な洋子の手の届かない場所に鞄を持ち上げていたのだ。
「返して欲しい?」
「それがないと何にもできないじゃない!その日記だって・・・・・・あ」
 ここで取り返しのつかないことを言ってしまったのがわかった。
「しまった・・・・・・」
 顔がまた赤くなっていく。そして動きも止まってしまった。
「それじゃあ毎日つけてくれるんだね」
「え、ええ」
 彼女は頷くしかなかった。自滅してしまったのを認めざるを得なかったからだ。
「よかった。それを待ってたんだよ」
「仕方ないわ」
 洋子は憮然としてそう返した。
「こうなったら。毎日よね」
「うん。交代でね」
「いいわ。じゃあそれで」
「もう一つお願いがあるんだけれど」
 友一は洋子に鞄を返しながら言った。
「何かしら」
「デートしてもいいかな、これから登下校の間」
「何で?ずっと前からつきまとってたじゃない」
「そうじゃなくてさ。今度は二人で」
「・・・・・・もうしてるじゃない」
「じゃあいいんだね」
「ええ」
 彼女はそれに頷いた。
「仕方ないわ。ただし」
「ただし?」
「あまりベタベタしないでよね。私だって恥ずかしいんだから」
 少し友一から間を置いた。そして腕を組んで無理に照れを隠しながらそう言った。
「わかってよね、それは」
「僕は恥ずかしくはないよ」
「私は違うのよ」
「いいじゃない。今までもそうだったんだし」
「あれはあんたが」
「駄目かな、やっぱり」
「え・・・・・・」
 友一は洋子の否定的な様子に少し寂しい気持ちになったようであった。
「僕、洋子君と一緒には歩いちゃ駄目なのかな、やっぱり」
「そ、そんなこと言ってないじゃない」
 洋子は慌ててそれを否定した。
「だからね、節度を持って欲しいのよ」
「節度を」
「あんまりベタベタしなかったらそれでいいから。ね、それでいいでしょ」
「じゃあ一緒にいていいんだね」
「だから仕方無いじゃない、こうなったら」
 また仕方無いと言った。
「あんたと付き合うってことになったんだから。覚悟を決めたわ」
「覚悟を?」
「ええ。はっきり言うわ、こうなったら」
 そう言って友一に向き直った。
「付き合ってあげるわ。感謝しなさい」
「有り難う、洋子君」
「本当に。負けたわよ」
 苦笑してそう言う。
「こうまで押しが強いと。それで急にいなくなっちゃうし。そんなことされたら困っちゃうじゃない」
「恋は焦らず」
「焦らず?」
「あるドラマの題名だけれどね」
「古いわね」
 早苗はそれを聞いてそう呟いた。
「そう思ったから。離れたんだよ」
「嘘仰い」
 だが早苗の言葉は二人には届かない。ましてや友一の耳には。
「私のアドバイスじゃない」
「そして私はそれに釣られたのね」
「けれど本当に嫌だったらそれで終わりだったよね」
「まあね」
 それも認めざるを得なかった。
「本当に。それで終わりだったのに」
「終わらなかったね」
「そうね」
 嫌そうに言うがその顔は笑っていた。
「それじゃあこれからはじめようよ」
「気が乗らないけれどね」
「まあまあ」
「やっとね」
 早苗はそんな二人を見てさらに言う。
「世話が焼ける二人だこと」
 そこまで言うと窓から姿を消した。そして彼女もふとと思うことがあった。それは何か。本音である。
「私も何時か」
 彼女は思った。
「洋子みたいになりたいな」
 これが本音であった。


軽い男 堅い女   完


               2005・10・9


 
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