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機動戦士ガンダム0087/ティターンズロア

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第一部 刻の鼓動
第二章 クワトロ・バジーナ
  第三節 過去 第五話 (通算第35話)

「よく来たな!」
エルンストらが艦橋に入ると、ヘンケンは作戦間際だというのにノーマルスーツも着用せず、待ちかねたという顔で、エルンストらを歓迎した。大きく両手を広げてエルンストにハグをしようとするヘンケンに対し、エルンストは邪険にして握手で返す。
「ラテン風の挨拶は苦手なのを忘れたか?」
エルンストは口の端に苦笑いを乗せて、ヘンケンは豪快な笑いで堅い握手を交わした。ヘンケンとエルンストは旧い知り合いである。ジオン共和国にまだ連邦軍が駐留していた頃、派遣艦隊の新米士官として赴任したヘンケンは、エルンストと共にサイド3のガーディアンバンチでとある事件に巻き込まれ、互いに背を任せたことがあった。
「貴様と轡を列べて戦う日が再び来ようとは…な」
「俺は必ずくると思っていたさ」
互いに懐かしむように笑ってみせる。これは二人の芝居でもあった。ジオン側の警戒心を解くために打ったのである。が、二人の心に嘘はない。
 もともとエゥーゴは過激派の集団ではなかった。エレズムを根本とし、主義・民族・国家・人種――そうした人のシガラミを超えて、人類を真の意味で解放することを目的として掲げ――実質的には尖鋭化するティターンズへの対抗手段として、三年前、ブレックス・フォーラ准将によって秘密裏に結成された反地球主義組織連合である。ただし、現実的には全地球圏連合宇宙軍を隠れ蓑にしていることもあり、武断傾向が強い。
 エレズム――地球聖地主義が、地球に帰ることのできないスペースノイドに自然発生したのは至極当然である。エレズムが民間レベルの宗教観とでもいうべき思想であったのに対し、コントリズム――サイド国家主義は具体的かつ政治的な運動であり、共にスペースノイドの自立を主旨としていながら手段を違えていた。旧世紀に例をとると、エレズムはダイサク・イケダの人間革命に、コントリズムはマーティン・ルーサー・キングJr.の公民権運動に似ている。
 エレズムとコントリズムはジオン・ダイクンという旗頭を得て融合し、ジオニズムとなって、ジオン共和国という結実をみせた。これはジオン・ダイクンの現実的な限界とも言えるが、それだけ抑圧されていたスペースノイドの憤懣が捌け口を求めて、受け皿を求めていたとも言える。ダイクンはその受け皿を理想の具現化の道具と考え、独立を人類全体に拡大しようとして失敗し、暗殺された。目的と手段の順序が逆転したことで理想が政治の腐臭に敗れたと言える。
 旗頭を喪ったジオニズムは暴走を始め、軍事国家という奇形児を生み、一年戦争という悲劇を引き起こした。その結果、スペースノイドとアースノイドの間に埋めがたい溝を穿った。インド独立の父マハトマ・ガンジーのような独立方法もないではなかったが、連邦はガンジーらが相手にした英国と比較にならぬほど巨きく圧倒的であった。
 エレズムからコントリズム、さらにジオニズムという流れは時代を逆行したかのような印象を受ける。ガンジー・キング・イケダは先達の思想を昇華させ、その平和活動を発展進化させたが、スペースノイドの支持はそれとは逆行しており、スペースノイドの懐古主義的な思想が見え隠れするのも特徴的であった。だからこそエゥーゴはジオニズムではなく、エレズムを根本とした組織連合であったのだろう。原点回帰である。
 だが、エゥーゴには人民の思想と行動を収束し、精神的支柱となるべき指導者が不在だ。喪われていると言ってもいい。故ジオン・ズム・ダイクンを超える者が現れぬ限り、その結末には輝かしい未来を描きえない。政治的後継者だったデギンも、カリスマ的後継者だったギレンも既に居らず、エレズムは思想的な――魂の継承者がいないのが現状である。
 現在、エゥーゴの主導的立場にあるブレックスはあくまでも軍事的指導者でしかなく、彼自身、己の力不足を知っており、ティターンズの跳梁に対して反政府運動の横の繋がりを取り持った調停者でしかなかった。そういう意味でも、エゥーゴは反地球連邦政府運動組織連合(Anti Earth Federation United Group)と言える。また、経済界を束ねるメラニー・ヒュー・カーバインは単なるスポンサーの一人に過ぎず、地球偏重の軍需の壁を廃するためにエゥーゴを利用しているに過ぎない。
 指導者の不在。
 魂の継承者の欠如。
 それは、安易に暴走する危険を伴う。特に相対する相手が選民思想に凝り固まった地球至上主義の軍隊であれば、なおさらである。エゥーゴの構成員は現地徴用兵人として登録されており、それが組織を整然とする一方、平和運動へのシフトを不可能にしている。
「とにかく、先ずは作戦会議だ」
 エルンストらを促し、艦橋を出る。ブリーフィングルームに入ると士官の主だった者は既に集っていた。
 部隊編成は既に決まっている。
「強行偵察隊の隊司令はクワトロ・バジーナ大尉が就く。指揮下にアポリー・ベイ中尉、ロベルト・フォス中尉」
 ヘンケンがおもむろに発表する。あくまでも確認のためだ。
 三人の乗機は共にMSA-000《リックディアス》である。アポリー、ロベルトは本来《チバーヌス》所属の攻撃小隊の長であるが、今作戦においてジオン共和国軍のMSを使うわけにはいかないこと、《アーガマ》に搭載している《リックディアス》が五機しかないこと、そして何より少数精鋭で臨むべきとの判断からシャアと小隊を組むことになった。
 後衛の小隊長はレコアが指名された。《リックディアス》との親和性が買われての抜擢である。《ジムⅡ》のカミーユ・ビダン少尉とランバン・スクワーム少尉が随伴する。残る《リックディアス》二機のバッチ中尉とバリス中尉は《アーガマ》の直掩だ。
 母艦たる《アーガマ》はダミーを展開し〈グリプス〉に接近、MS隊出撃後、外縁部にて待機する。《チバーヌス》は〈ルナツー〉外縁で帰路の確保というオーダーを再確認した。二隻のサラミス改は訓練を装い、ルナツー宙域に進入しミノフスキー粒子の撒布を行うことになっており、既に進発している。
「クワトロ大尉への負担が大きいな…」
 エルンストが懸念を示す。シャアであることを知る彼はこんな些末な戦いでシャアを喪う訳にはいかないのだ。
 それはシャアにも解る。しかし、ここは自分が行かねばならないと感じていた。七年前の因縁すら感じていた。まして、この作戦の指揮を取れるパイロットはそう居るものではない。この作戦が成功さえすれば良い。
「大佐、私にできねば、スポンサーにも言い訳が立つでしょう」
「鎖に繋がれた猟犬は鎖から解き放たれるまで吠えぬという。無茶な作戦ではいくら努力しても報われぬ。が、大尉の行動については私の管轄外だ。大尉が行くと言うのであれば、否はない」
 エルンストが肯首した。
 ダイクンを嗣ぐものが必ずしも継ぐものではないことをエルンストとて知らぬ訳ではない。だが、今、ダイクンを継ぐ資格があるのはシャア以外にいない。生粋のダイクン派ならば無制限にシャアを信じればよい。だがエルンストは共和派に属する。シャアという人間に惹かれてはいても、自分の立場を忘れる訳にはいかない。それが、自分の気持ちにそぐわなかったとしても。
「それでは解散!総員第一種戦闘配置!」
 この言葉こそ、のちにグリプス戦役と呼ばれる連邦最大の内乱の幕開けであった。 
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