機動戦士ガンダム0087/ティターンズロア
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第一部 刻の鼓動
第二章 クワトロ・バジーナ
第三節 過去 第三話 (通算第33話)
地球を中心に月が周回する衛星軌道を管轄とする地球連邦軍は戦後再建された地球軌道艦隊である。彼らは宇宙軍ではあるが、極めて地球主義に偏ったものたちで占められていた。ティターンズの母体となった第一地球軌道艦隊は言うに及ばず、第二、第三地球軌道艦隊もかなりの数が地球主義者である。第四艦隊はエゥーゴとの関係もあり、割合リベラルな雰囲気があった。元々が空軍出身者が多いこともあるだろう。
ブレックスの尽力もあり、《アーガマ》は二隻のサラミス改級宇宙巡洋艦を随えている。二隻の任務は《アーガマ》の護衛だ。最新鋭機が回されている地球軌道艦隊とはいえ、月方面管区のためか搭載モビルスーツは《ジムⅡ》が二個小隊である。
「チベは見えたか?」
艦長席からヘンケンががなる。普通なら副長を兼ねた航術長が応える所だが、《アーガマ》は人員不足もあり、副長がいない。
「まだです!」
応えたのは索敵担当のトーレスだ。若いながらパイロット受けがよい青年である。年上からも年下からも好かれていた。
「《チバーヌス》なら間に合わないことはないかと」
「だが、合流時刻はとっくに過ぎている……」
ノーマルスーツに着替えたシャアが、不安を微塵も見せずにいるのを見たヘンケンが、腕を組んで唸る。宇宙では不測の事態が起こらない限りは定刻に着く。しかし、今回は隠密行動である。その限りではなかった。
連邦のレーダー警戒網に掛からない様に細心の注意を払わなければならない。ミノフスキー粒子を撒布ぜずにそれを行うということは、迂路を取ることになる。
月からルナツーまでは巡航速度で5日。第一戦闘速度なら3日という所だろうか。〈ルナツー〉要塞のセンサー有効圏外ギリギリのところをランデブーポイントとしていた。白亜の艦体が漆黒の宇宙に浮かんでいる。ミノフスキー粒子濃度は極めて薄い。
「あと三○分待って来なかったら、こっちの戦力のみで出るしかない」
「ヘンケン艦長……私は組んだことのない人間といきなりチームを組んでこの作戦をこなす自信はない…が、そんな事態にはならないと信じたい」
シャアの言は尤もだ。現在《アーガマ》にはシャアとレコア以外、新兵しかいない。本来であれば、〈グラナダ〉に戻り、乗組員やパイロットを乗艦させてから出港する予定であった。しかし、事態はそれが不可能な状況に陥っている。アイリッシュ級宇宙戦艦の受領ができないだけでなく、再び〈グリプス〉にシャトルが向かったという報告が入ったからだ。
「以前艦影見えず……あ、いえ、チベです!識別信号受信。《チバーヌス》と確認。相対速度合わせ」
「間に合ったか…」
ほっとした態のヘンケンを余所にシャアは満足気な笑みを浮かべる。《チバーヌス》が間に合うことを些かも疑わなかったからか、それとも、信頼に足るパイロットたちが来たからか…その表情はサングラスに遮られ、ヘンケンには窺うことができなかった。
「トーレス、通信回線を開け」
「了解!」
ほどなく、メインスクリーンに《チバーヌス》の艦長エルンスト・ミューラ大佐が映し出された。如何にも職業軍人というストイックな雰囲気と生真面目さを滲ませつつ、鋭すぎぬ眼光は多くの乗組員の信頼を得ているだろうことが判る。
「エルンスト!」
「ヘンケン中佐――いや、昇進されたのだったな。ヘンケン艦長。すまないが、大尉はいるか?」
旧知の間柄であるからだろうか。ヘンケンを無視した形でクワトロに話を向けた。表情に訳ありの感がなければ、いくらヘンケンといえども不快に思ったことは疑うべくもない。
「なにか?」
「大尉には急ぎこちらに戻ってもらいたいのだが……」
シャアとヘンケンが顔を見合わせた。予定ではブリーフィングを《アーガマ》で行った後、《チバーヌス》に宙域警戒を任せ、単艦で潜入を図る手はずである。そして、シャアはその潜入部隊の隊長であった。エルンストがそれを知らぬ筈がない。知っていてそういう事は、予期せぬ事態が起こっているということに他ならない。
「ブリーフィングの後……ということではいけませんか?」
シャアの言い様は上官に対してのものというより、年上の部下に対するようにも聞こえる。この差し迫った時間のない中では上位者としてエルンストの言い分を通させない方が良いと判断したのだろうか。
「それでも構わないが、必ず艦に戻ってもらいたい」
「時間がないぞ?」
ヘンケンが口を挟む。
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