| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

機動戦士ガンダム0087/ティターンズロア

しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

第一部 刻の鼓動
第二章 クワトロ・バジーナ
  第三節 過去 第二話 (通算第32話)

「クワトロ大尉!いるかっ」
 ガンルームでシャアがレコアとくつろいでいるところに、ヘンケンが血相を変えて入ってきた。変事であることは間違いない。ティターンズの奇襲作戦があるという情報はなかったはずだ。だとすれば、グラナダの問題であろうか。シャアの空想が拡がる。
「はっ。何事でしょうか?」
 落ち着き払って、返してみせる。レコアもシャアに従って立ち上がった。駆け込んできたヘンケンは、テーブルを思い切り叩いて、叫んだ。
「アイリッシュ級の受領ができなくなった!」
「それは……?」
 今回の奇襲作戦は《アーガマ》を旗艦とし、アイリッシュ級戦艦四隻の受領を以て開始する手筈になっていた。しかし、それができないとなると、大幅な作戦変更をしなければならない。展開可能なモビルスーツの数も段違いに減少する。ティターンズの追撃にルナツーの部隊が合流した場合を想定して、新型艦で一個分艦隊を構成し、衛星軌道上で迎撃を行う予定であったのだ。《アーガマ》はペガサス級の設計思想を受け継いでいるだけあって、モビルスーツ搭載数は十二機──一個中隊である。その設計を流用したアイリッシュ級宇宙戦艦は《アーガマ》を上回るモビルスーツ搭載数を誇っていた。
「それでは、迎撃体制が取れない……ということになりますね」
 レコアも落ち着いている。シャアにせよ、レコアにせよ、中隊単位でも行動に慣れているため、連邦的な大兵力による戦闘回避という戦い方よりも、機動戦による戦域離脱を行えばよいという判断が先行する。
「では、作戦は中止に?」
「いや、アナハイムはどうしても新型の奪取にこだわっているらしい」
 握った拳が震えている。状況は芳しくないようだった。そもそも、今回の作戦そのものが、アナハイムの立案であり、それはあくまで『政治的』なものであり、純軍事的行動としては意味がないわけではないが、危険度が高く、スタンドプレーと言われる類のものである。戦場において敵の大将を襲撃するのは常道であるが、敵が開発しているモビルスーツを奪取するというのは、どちらかというと、アナハイムの都合である。それが断れないブレックスの立場の弱さというものが浮き彫りになる。
「准将は《アーガマ》単独でやれるか──と訊いてきている」
 つまり、受領は絶望的であるということだ。
 既に作戦の準備は着々と進んでいる。アイリッシュ級の受領と、ブレックスのグラナダ説得を待つだけだったのだ。
「グラナダの説得はクリアしている。しかし、メルホート市の造船ドックが受け渡しを渋っているらしい」
「ということは、やはり《アーガマ》一隻で強行偵察をするしかないということですか」
「アナハイムは何を考えているんだ!敵の本拠地に乗り込むのに《アーガマ》一隻で行かれる訳がないだろう!」
 ヘンケンが怒鳴り声を挙げた。レコアがシャアと目を合わせる。肯くレコアにシャアはヘンケンを会議室に誘った。ガンルームでこれ以上話すのは危険だと感じたからだ。
「ヘンケン艦長……よろしいですか?」
「あ、あぁ……」
 バツの悪そうな表情を引き締めて、真剣な眼差しでシャアに相対する。すれ違う女性士官などに愛想のいい笑みを返しながら、シャアに続く。レコアはガンルームに残った。
「後方支援でかまわないんだが、ジオン共和国軍に動いてはもらえないだろうか?」
 ヘンケンが切り出す。シャアもそれを考えないではなかったが、連邦との条約によって戦争協力は可能ではあるが、万が一のことを考えると、それは国際問題に発展しかねかった。
 そもそも、共和国政府は全地球圏連合防衛宇宙軍への参加はしたものの、ブレックスの唱える自治権拡大運動への参加にあまり積極的ではない。ブレックスの目的が、スペースノイドの自治独立ではなく、地球連邦政府内における自治権拡大と政治機構の是正にあるとの見方からである。逆に言えば、だからこそブレックスはクワトロに協力を仰いでいるのかもしれない。
「准将が?」
「あぁ、あくまで後詰めとして、L3宙域のセンサーレンジ外ギリギリのところまででいいということなんだが……」
「直通回線開けますか?」
「いや、ここからでは難しいだろう」
「では、准将に暗号通信を送ってください」
 シャアはエゥーゴとしてであっても、ジオン共和国軍を出動させてしまえば、共和国政府とて、エゥーゴへの参加を否定しないであろうと考えていた。状況の趨勢的にはもっと先に考えていたことではある。それと、政府が自分を見捨てようとしても、ダルシアがダイクンの息子を見捨てられないと確信していた。
「内容は?」
「グラナダ司令として、エルンスト・ミューラ先任大佐に協力要請を出していただきたい」
「ブレックス准将の名で?」
 怪訝な表情を浮かべる。確かにブレックスは形式上エルンストの上官ということにはなっているが、ジオン共和国軍派遣艦隊の指揮権は持っていない。だが、ここは実質よりも形式が大事だった。
「そうか…正規の命令ではないということにするのか」
「えぇ。それと、最後に自分の署名を添えていただきたい」
 実際にはブレックスの協力要請は名目だけのことであり、実際にはクワトロ・バジーナの名が添えられていることに意味がある。エルンスト大佐はクワトロがシャアであることを知っている数少ない分艦隊首脳部の一人である。そして、シャアこそが、派遣艦隊が所属するジオン共和国軍第一宇宙艦隊の第一分艦隊司令官なのである。形式が必要ならば、クワトロ・バジーナの署名は不要だ。だからこそ、そこが二重の暗号となるのだ。
「解った。ブレックス准将にはその様に伝える」
 慌ただしくヘンケンが会議室を出て行った。シャアは無重力に漂いながら、ガンルームへと流れていく。
(エルンストなら、やってくれるさ……)
 心配そうなレコアに笑顔を向けながら、心の中でそう呟いた。 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

感想を書く

この話の感想を書きましょう!




 
 
全て感想を見る:感想一覧