Ball Driver
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第二十三話 大人の気持ち?
第二十三話
「え?私が都大会の一回戦からスタメンですか?」
「うん。そのつもりでしっかり準備しといてね。」
練習後、ジャガーと権城は紗理奈に呼び出された。ブロック予選を勝ち上がった都大会のスタメンを告げられたジャガーは、突然の事に困惑顔だった。それもそのはず、ジャガーのポジションはキャッチャーだが、南十字学園のキャッチャーのポジションには、1年から5番キャッチャーで、4番ピッチャーの紅緒と常に双璧を成してきた紗理奈が君臨していた。それが今、紗理奈本人の口から捕手のポジションをジャガーに明け渡すというのだから、任されたジャガーとしても困惑するのは当たり前である。
「……本当によろしいのですか?キャッチングもスローイングもリードも打撃も、私などが紗理奈キャプテンに勝っている所は一つもありませんが……」
「でも、それほど見劣りもしていないはずだよ。大丈夫、必ずやっていけるよ。何せ私が君に任せるんだから。」
紗理奈は自信満々に微笑んでいた。
その笑顔に、ジャガーも納得したようである。
「で、俺にはどういう話が……」
しかし、この話だけならば権城は呼ばれる必要がない。権城がそう思って尋ねると、紗理奈はにっこり笑って言った。
「うん、権城君には、私にライトの守備を教えて欲しいと思ってね」
「って事は……」
「ジャガーがキャッチャーをして、私がライトを守る。コンバートだよ。」
「……と言いますと…………」
「権城君、無念は分かる。でも次の試合からはリリーフ兼代打として、いつでも行けるように準備しといてね」
「はい。……はぃぃいーーー!?」
権城の哀れな叫びが響き渡るが、紗理奈の表情は全く、良い笑顔のままで崩れなかった。
ーーーーーーーーーーーーーーー
バシィ!
「気合い入ってますねー、権城さん」
都大会の一回戦、権城はブルペンで渾身の力を込めて投げ込んでいた。そうでもしないと、いきなりのレギュラー陥落の鬱憤のやり場が無かった。いつもブルペンで受けてくれていたジャガーは、今はフィールドで捕手のポジションに就いている。代わりにブルペン捕手をしているのは、一年生の姿目タイガー。ジャガーと同じく新道家のメイドをしている、ショートカットで眼鏡をかけた、まるでジャガーの妹のような少女である。性格といい、見た目といい、よく似ている。
「はぁ〜〜」
「ダメですよ権城さん、試合中ため息ついてちゃ」
つまらなさそうにため息をついた権城を、苦笑いしながら諌めるその態度も実に柔らかい。
実年齢より上に見えるのはやはり、人の世話を仕事にしているからだろうか。
「これがため息つかずに居られるかって。3割5分打ってダメって言われたら、これが腐らずに居れるかよ」
「まぁお気持ちは理解できますけどねぇ……」
2人の視線の先には、快調なピッチングを続ける紅緒と、そのボールを受け止め続けるジャガー。アウトをとる度、ジャガーは実に良い笑顔でバックに声をかけ続ける。2年生ながら、まるで野手陣の面倒を見るお母さんのようであった。
「でも、ジャガーがキャッチャーになって、明らかに良くなりましたよ」
「え?普通じゃね?」
「品田さんが、ちゃんと緩急使って、柔軟な配球をするようになってますよ。あの球速がありますから、こういう織り交ぜるピッチングをすると、そうそう打たれないですよね。」
「……確かに。今日はキャッチャーのサインに素直だな。」
「私の勝手な想像ですけど、品田さんがこれまで強気一辺倒な投球だったのは、紗理奈キャプテンがキャッチャーだったからじゃないかと思うんです。1年の時から4番と5番、地元出身と都内出身。品田さんの事だから紗理奈キャプテンとも張り合う気持ちが強くて、紗理奈キャプテンの出す変化球のサインに素直になれなかったんじゃないですか。」
「ああ。それがジャガーだったら」
「変化球のサインも受け入れられるんですよ。ジャガーは品田さんも古くから知ってますし、ああやって下手に出る相手の方が品田さんは言うことをよく聞くんです」
「……やっぱ紅緒ちゃんマジでめんどくせーなぁ……」
三者凡退に切ってとり、紅緒はジャガーに駆け寄って「ナイスリード!」と言って頭を撫でていた。自分より立場が下の者に対しての方が優しく素直になれるらしい。全く困った、女版ガキ大将である。だからいつまでもチビでロリなんだ、多少ケツはデカくなったけど、と権城は内心でつぶやいた。
「ここから先を勝ち上がる為には、品田さんの力をできる限り引き出すのが大事だと判断したんでしょう。紗理奈キャプテンは自分のキャッチャーへの拘りもあったでしょうに、チームの為に自分が折れる事ができるんだから、やはり立派な方だと思いませんか?紗理奈キャプテン、これまで10年キャッチャー一筋だったはずですよ」
「ま、子どもと大人がカチ合ったら、大人が折れないとなぁ……」
「権城さんは大人の気持ち、分かる人でしょう?だったら、大人になって下さいな。」
眼鏡の奥の目がキラキラと輝きながら権城を見てくる。権城はまたため息をついた。女ってズルいよなぁ。特に可愛い奴は。
「権城、次代打!」
そうこうしているうちに、ベンチから声が飛んでくる。紗理奈采配はここで勝負をかけるつもりらしい。
「頑張って下さいね!」
「ああ、一発かましてくるよ」
タイガーに見送られて、権城はブルペンから打席へと向かった。
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