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ミッション=トラップ

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第一章


第一章

                  ミッション=トラップ
 その学校は女子校だった。何でも明治からある由緒正しいお嬢様学校であるという。
 従って校則も非常に厳しい。それは日本軍の軍律の如き厳しさであった。
 男女交際についても厳しい。それは誰もが知っていることなのでどの学校の生徒も声をかけようとしない。本当にお嬢様学校で高嶺の花だった。誰もどうにもこうにも声をかけることができないというのが現状であった。
 そんなわけでこの学校の生徒にはまず誰も声をかけたりはしなかった。彼女がいない可哀想な男達ですらである。そこまでの勇気はないということだった。
「なあ」
 近所の一條高校。この学校は至って普通の公立高校である。どれだけ普通かと言うとどの中学校からも受験先としてはまあいいか、普通だし、と言われて受験される程なのだ。マークもされはしない本当に何処にでもある学校であった。
 その一條高校の一年のある教室。ここで今男子生徒達が一人の机にだべって話をしていた。
「なあ古室」
 仲間達がその中にいる髪の毛を薄く茶色に伸ばしている男に声をかけた。顔は細長めでわりかし男前といっていい顔であった。黙っていればその男前で通るだろうが雰囲気は何処か馬鹿っぽい感じのする男であった。ブレザーの着こなしも何処かラフでそれが余計に馬鹿っぽい感じを与えていた。
「御前最近ナンパとかしないのか?」
「ナンパってよ」
 その古室信次は仲間達に言われ当惑した顔を見せてきた。心外といった感じである。
「俺はそんなのしねえよ」
「何だ?じゃあ彼女はいまだになしか」
「ああ」
 仲間達にそう答える。
「だろうな」
 その中の一人である背の高い黒い髪を少し立たせた男が笑ってきた。
「こいつはそういうのは苦手だからな」
「わかってるのかよ、聯」
 信次はその工藤聯に顔を向けて言ってきた。
「わかるさ。御前はすぐ顔とかに出るからな」
「まあな」
 信次もそれを否定しない。憮然とした感じの顔ながらそれを自分でも認める。
「欲しいんだよ、俺も」
 自分でもそれを言う。
「けれどよ、相手がいなくて」
「そうか」
 蓮はそれを聞いて述べる。
「しかし彼女がいた方が何かと面白いぞ」
「だな」
 仲間うちの一人が笑ってきた。彼等の中でもとりわけ背の大きいスマートな感じの男だった。涼しげな顔でブレザーをきちんと着こなしていた。
「その通りだ。なあ古室」
 彼は信次に声をかける。
「御前も彼女を持て。いいな」
「わかったよ。つってもよお」
 信次はまた述べる。
「いないんだよ」
「相手がか」
「ああ。いたらこんなにあれこれ言ってねえだろ」
 そう背の高い仲間に言い返す。
「大体よお、南平」
 その南平修一に言葉を返す。
「御前だってずっとあの先輩に振られてばかりじゃねえか」
「俺は何度でもアタックするさ」
 しかし修一はめげない。そんな調子だ。
「一回や二回じゃ諦めないよ。何度でもな」
「脈はないな」
 横から聯が言ってきた。
「あの素っ気無い様子じゃな」
「そうだな」
 もう一人の仲間、黒髪で表情を変えない男が言ってきた。彼の名は佐倉生樹という。彼は部活で有名で占い研究会に所属している。
「占ったが。駄目だ」
「駄目なのかよ」
「脈はないな」
 生樹はそう修一に語る。
「それでもだ。御前が彼女にアタックするのには反対はしない。好きにしろ」
「わかったぜ。俺は占いなんか信じないしな。何度でもやってやるさ」
「それはそれでいいな」
 聯はそんな彼に対して述べる。それからまた信次に顔を向けてきた。
「御前もそうしたらどうだ。とりあえずは相手を見つけてな」
「相手か」
「まずはそれだな」
 語った後ですっと笑った。
「相手を見つけることだ」
「誰もいねえんだよな、本当に」
 それがまず大変であった。恋愛をしようにもそれにはまず相手を見つけることが肝心なのだ。相手がいないとどうしようもない。今彼は相手が見つからないで困っているのであった。
 その日は相手を見つけようとか考えながら一日を過ごした。サッカー部の部活を終えて下校している時である。そこに友人の一人浜崎彰がやって来た。
「おい」
 彼もまた背が高い。少し柄の悪い感じの男で短気なことで知られている。金色に近い茶色の髪で服も信次のそれよりラフな感じであった。
「今帰りか」
「ああ」
 信次はそれに応えた。彰はすぐに彼の横にやって来た。
「そういえば御前昼に工藤や南平と何か話をしていたよな」
「見ていたのか」
「少しだがな」
 威はそう彼に応えた。
「別に覗き見していたわけじゃないがな。見ていた」
「じゃあ何の話していたかもわかるよな」
「勿論な」
 威は彼に言葉を返した。
「彼女か。悪くはないんじゃないのか」
「やっぱりそうか」
「男でも女でも近くに誰かいるのといないのとじゃ全然違うもんだ」
 信次に語る言葉はやけに説得力があった。それもかなり。
「全然か」
「御前兄弟とかいないだろ」
「ああ、俺だけ」
 信次は答える。
「一人っ子なんだよ」
「俺はまあ弟がいる。何かわからないが全然似ていないがな」
 彼は空手部に所属していて運動神経はかなりいい。彼の弟は学業優秀なのだ。兄弟で個性はかなり違っているのである。
「それでも隣に誰かいるといないじゃ全然違うもんだ。いてはじめてわかる」
「はじめてか」
 それを聞いてさらにわからなくなった。彰と並んで歩きながらもあれこれ考えていた。そこに前から彼等とは別の学校の制服の女の子達がやって来た。
「あれは」
 最初に彼女達に気付いたのは威であった。彼女達を見て述べる。
「清心の制服だな」
「そうだな」
 信次もそれに応える。その細かい部分の贅沢さと完璧なまでの着こなしが印象的だった。黒いブレザーに赤いタートンチェックのスカートとリボン、ソックスは規定の黒のものだった。
 二人いて一人は黒髪をボブにした背の高い女の子だ。もう一人は少し赤がかった長い髪を左右で二つに分けている。顔は童顔で可愛い感じだ。こちらはかなり小柄である。
「どうだ?古室」
「どうだって何がだよ」
「どっちかで」
「馬鹿言うなよ」
 すぐにこう返した。
「相手はあのお嬢様学校だぞ。それに俺は」
「どっちがいいんだ?」
 しかし彰は信次の否定の返事に構わず問う。
「俺の好みはあのボブの女の子だな」
「じゃあ御前が声をかけろよ」
「いや」
 しかし彼はそれを受けようとしない。手を横に振って笑って断るのであった。
「俺はいい。問題は御前だ」
「俺か」
「そうだろ。それでどっちなんだ?」
「どっちだって言われてもな」
 信次はその問いに困った顔を見せる。そのうえで彰を見上げる。見上げてみればかなり大きい。彼も決して小さくはないのだがそれでも彼の友人達はどうも背の高い人間が多いのである。
「俺は。まあ」
「どっちにしろ目立つ感じだな」
「どっちもか?」
「そうだ。学校はわかったな」
「まあな」
 信次は答える。答えながらまた二人を見る。
「どっちかっていうと。そうだなあ」
「もうすぐだぞ」
 擦れ違いそうになる。しかし信次は声をかけなかった。擦れ違ったところで彰はまた信次に声をかけてきた。
「何だ。面白くないな」
「面白い面白くないの問題じゃないだろ」
 そう彰に言い返す。

 
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