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ソードアート・オンラインー神速の剣士

作者:秋馬
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第一話

敵の繰り出すオレンジ色の軌跡を紙一重で見切る私は、《デモニッシュ・サーバント》という骸骨の剣士の懐に飛び込んだ。

「っせぁ!」

掛け声と同時に左手に持つ剣を真横に切り、返す刀で骸骨の首を水平に切り払う。そして敵の頭上に表示されたHPバーが完全に消え去り

「ふぐるるああぁ!!」

という雄叫びを残してポリゴンの欠片となっていく。
加算経験値とドロップアイテムを一瞥し、剣を収めた私は体に残る疲労を吐き出すように一息をついた。
時刻は午後三時を過ぎ、そろそろ帰らないと暗くなる前に街に戻れないだろう。

「………ウチに帰ろっと」

小さく呟き、私は七十四層の主街区に向かって歩き出した。
歩いているとふと親友であり、幼馴染のアイツのことが頭をよぎる。

「キリト…生きてるかな…」

兄弟同然に育ってきたあのバカは簡単には死なないような奴だと知っているから大丈夫だと思うのだが。
またそれとは別に思い出したくないことも思い出してしまう。
そう、このデスゲームの始まりであるあの瞬間の事だ。

◇◆◇◆◇

二年前に桐ヶ谷和人―アバターネーム《キリト》―とヘッドギア型マシン《ナーウギア》による《仮想現実完全ダイブ》型のVRMMOゲームによるたった千人のβテスターに当選した私は自分の幸運に喜び、二ヶ月のテスト期間を存分に楽しんだ。
現実とほぼ変わらない空間が目の前には存在し、思うように全身が動く。まさにゲームの世界に入り込んだという最高の感覚、楽しくないわけがなかった。
学校でも二人でスキルの構成やアイテムについて話し合い、家に帰れば家事以外の自由な時間はひたすらダイブという日々を過ごした。
気が付けばテスト期間は終わり、キャラをリセットするときは大切なものを失ったような気がしたほどだ。
そして二〇ニニ年十一月六日の午後一時に、キリトの部屋で一緒にログインをし、《始まりの街》の広場で私は一先ず色々楽しむため別行動をとることになった。

「じゃあ一時間後にまたここで」
「あぁ、わかってるよ」

私はβプレイ中にキリトと見つけた秘密の穴場の一つに向けて走って行った。目的地は草原の道をそれて、腰ほどにある草や花の生い茂る場所だ。
案の定人の姿は見当たらないので、私は遠慮なく敵を倒すためまた一歩前へと進む。

「ほっと!」

襲いくる動物型のモンスターたちを避け反撃のソードスキルを使って倒す。際限なくあらわれ続ける敵を倒し続け、β時代の感覚を取り戻すころには待ち合わせ時間ギリギリだった。
急いで広場に戻るとそこにはキリトの他にもう一人、いっしょにいたクラインという男がいた。
話を聞くとキリトと別れてすぐにクラインと出会い、話しているうちに仲良くなってパーティーを組むことになったそうだ。キリトはクラインの指導役も兼ねているらしい。…なるほどね。
私も話してみると思っていた以上に気が合い、そのまま狩りに付き合うことになった。
そうしてクラインがある程度このゲームに慣れて一度落ちると言った時に…事件は起きた。

「なんだこりゃ。……ログアウトボタンがねぇよ」
「えっ?本当に?」

私も《メインメニューウィンドウ》を開くが確かに一番下にあるはずのログアウトが消えていた。
隣のキリトも自分のウィンドウを開いて驚いているようだ。

「……ねぇだろ?」
「うん、ない」
「こっちも」

私はクラインの言葉に頷く。キリトも頷くのだが少し納得していないがという嫌々とした顔をしている。

「まあ今回が正式サービス初日だし、こういうこともあるんじゃない?」
「だな。今頃GMコールが殺到して、運営は半泣きだろうなぁ」

私とクラインがそう言ったら

「そんな余裕かましてていいのか?さっき、五時半にピザの配達頼んであるとか言ってなかったか。ブラウものんびりしてたら晩御飯作るのが遅くてまた愚痴を言われるかもな」
「うおっ、そうだった」
「……確かにそれは勘弁してほしいなぁ。拗ねると長いしね」

クラインは目を丸くして飛び上がり、私は憂鬱な気持ちになった。その姿にキリトは少し楽しそうに笑ったのでイラッとした私はデコピンをしてやる。ホントは殴ろうとしたんだけど、ダメージ有効圏内だからやめておく。
一先ず待っているこの時間を有効に使うため、重量過多で赤くなったアイテム欄の不用品を消す。これ最初のころは全部が貴重に思えてなかなか捨てられなかったんだよねぇ。
隣で喚いているクラインを横目で見ると、整理を終わらせたらしいキリトがクラインの傍による。

「とりあえずお前もGMコールしてみろよ。システム側で落としてくれるかも
「試したけど、反応ねえんだよ。あぁっ、もう五時二十五分じゃん!おいブラウよう、他にログアウトする方法ってなかったっけ?」

傍にいるキリトではなく私の方に声をかけてきた。なんでなのと聞きたい。

「なんで傍にいる俺に聞かずに離れて作業しているブラウに聞くんだよ」

と突っ込んだ。どうやら同じことを思っていたみたいだ、さすが幼馴染。

「だってブラウの方がしっかりしてそうな顔してるし性格も優しいからな」
「顔はキャラメイクで作ったもので本物の顔じゃないだろ」

くだらない話にツボった私が笑いをこらえつつ、作業を終わらせた私はクラインの質問に対しての回答に記憶をたどってみた。
が、クラインの求める答えは特に思いつかなかい。

「残念だけどβ時代も今なくなってるログアウトボタンだけだったし、追加されてたとしても説明書にはなかったかな。…役に立たなくてごめん」
「いや、いいよいいよ。お前が悪いんじゃねぇんだから」

頼ってくれた彼に対し答えれなかった私に明るく励ましてくれる。…やっぱクラインっていい人だなぁ。
そして彼は頭からマシンを取ればいいのだと言ってバンダナしか巻いていない頭から帽子を取るような仕草をするがもちろんそんなことで《ナーウギア》が外れるわけがなく、冷静なキリトに淡々と言われて落ち込んだ。
不謹慎だとわかってるけど、すごく面白い。負けるな私の腹筋、堪えるんだ。

「じゃあ、結局のとこ、このバグが直るか、向こうで誰かが外してくれるまで待つしかねぇってことか。でも、俺、一人暮らしだぜ。おめぇらは?」

少し悩むキリトに軽く頷くことで言っていいよと伝えた。そのままキリトに伝えてもらおう。

「母親と妹の三人暮らし。こいつは家が隣で母親とブラウの二人暮らしだな」
「おぉ!?キ、キリトの妹さんていくつ?」
「この状況で余裕だなお前。(あいつ)、運動部だしゲーム大嫌いだし、俺らみたいな人種とは接点皆無だよ」

元気を取り戻したくラインがキリトに詰め寄ってキリトがそれを押し戻しながら言い合う。
この関係最高だね、そんなことを思いつつ私は二人を眺めている時にふと思ったことを口にする。

「ちょっといい?私たちがバグに気づいてもう十五分はたってるのに《アーガス》がノータッチっておかしくない」
「む、言われてみりゃ確かに」
「あ、それ俺も今思った」
「でしょ、ユーザー重視のゲーム会社がこんなに仕事が遅いなんてありえないと思うんだけど」

それがキーワードだったのか偶然かはわからないけれど、言い終わった瞬間に鐘のような大きなサウンドが辺りに流れ、私たちを眩しいほどの青い光が覆った。

◇◆◇◆◇

光が消えた時、目に映ったのは中世風の町並みと巨大な宮殿、さらに周囲にいる数千、数万の人の姿だった。

「《始まりの街》…だよね」
「あ、あぁ。それにさっきのは転移アイテムを使用した時の光だった」

呟く私の言葉に頷いて答えるキリトと大きく口を開けているクラインが傍にいた。
周囲の声が不安から怒りに変わり次第に大きくなっていく。やがて誰が言ったのかはわからないが

「あっ、上を見ろ!」

と叫んだ。不気味なほど真っ赤なフォントで綴られた【Warning】【System Announcment】と読めた。
周囲が安堵の表情を見せる中、私は妙な胸騒ぎを感じた。すると空から巨大な血のような雫が垂れてくる。雫は巨大なローブの男に姿を変え、顔の部分には暗い闇しか見えなかった。
その姿はGMが纏う姿で説明が始まるはずだと安心していいはずなのに、私の頭には警鐘のような音が鳴り響いていた。
ロ―ブから白い手袋が現れ両手を広げて声を出した。

「プレイヤーの諸君、私の世界へようこそ。私の名は茅場晶彦。今やこの世界をコントロールできる唯一の人間だ」
「「な…………」」

キリトと同時に驚愕の声を出す私。彼の名前を私たちは知っている。
茅場晶彦は弱小会社だったアーガスを最大手に成長させた天才ゲームデザイナーであり、ナーウギアの基本設計者だ。しかしこの世界をコントロールできる唯一の人間とはどういうことなのか。
プレイヤーたちは彼の言葉に耳を傾けて状況を整理しようとする。そんな皆をあざ笑うように彼はとんでもない爆弾を落としてきた。

「プレイヤー諸君は、すでにメインメニューからログアウトボタンが消失していることに気づいていると思う。しかしゲームの不具合ではない。繰り返す。これは不具合ではなく、《ソードアート・オンライン》本来の仕様である」
「し……、仕様、だと」

クラインが割れた声で囁いた。その語尾にかぶさるように、悪夢は続いた。

「諸君は今後、この城の頂を極めるまで、ゲームから自発的にログアウトすることはできない……また、外部の人間の手による、ナーウギアの停止あるいは解除もあり得ない。もしそれが試みられた場合―――ナーウギアの信号素子が発する高出力マイクロウェーブが、諸君の脳を破壊し、生命活動を停止させる」

私は彼が何を言っているのか理解できなかった。いや、脳が理解することを拒絶したのかも知れない。
辺りがざわつき、クラインが右手で今はないヘッドギアを掴もうとし、それと同時に乾いた笑交じりの声が漏れる。

「はは……何言ってんだアイツ、おかしいんじゃねえのか。んなことできるわけがねェ、ナーウギアは……ただのゲーム機じゃねえか。脳を破壊するなんて……んな真似ができるわけねぇだろ。そうだろキリト!ブラウ!!」

後半はかすれたその叫び声が私を呆然とした状況から復活させた。食い入るように凝視されるが私たちは頷けなかった。
なーうぎはは、ヘルメット内部に埋め込まれた無数の信号素子から微弱な電磁波を発生させ、脳細胞そのものに擬似的感覚信号を与えるとキリトに聞いたことがある。この原理は昔からも電子レンジという形で使われていた。
出力があれば脳細胞中の水分を高速振動させ、摩擦熱で蒸し焼きになるだろう。
言葉の出ない私の代わりにキリトは言った。

「…………原理的には、あり得なくもないけど……でも、はったりに決まってる。だって、いきなりナーウギアの電源コードを引っこ抜けば、とてもそんな高出力の電磁波は発生させられないはずだ。大容量のバッテリでも内蔵されてない……限り……」

そこまで口にしたところでキリトが絶句したが、理由は私やクラインも察してしまった。

「内臓……してるよ。ギアの重さの三割がバッテリセルだ。でも無茶苦茶だよこんなの!もし瞬間停電でもあればみんな死んじゃうってことじゃん!!」

私の叫び声に答えるかのように茅場がアナウンスを再開した。

「より具体的には、十分間の外部電源切断、二時間のネットワーク回線切断、ナーウギア本体のロック解除または分解の試み――以上のいずれかの条件によって脳破壊シークエンスが実行される。ちなみに現時点で、プレイヤーの家族友人などが警告を無視してナーウギアの強制解除を試みた例が少なからずあり、その結果―――残念ながら、すでに二百十三名のプレイヤーが、アインクラッド及び現実世界からも永久退場している」

私が頭では茅場の言葉を無視しようとするのに反し、体は恐怖で震えるのを止められない。キリトが私の方にによろめき、とっさに肩を貸して倒れるのを支えた。

「サンキュ」
「いいよ、気にしないで」

するとキリトは私が震えているのに気づき、優しく手を握ってくれた。普段なら男同士だろと殴ってやるのだが、今はそれだけで力が湧いてくる気がした。
本当に百人以上が死んだのだろうかは知ることが出来ない。怖いけど知りたい、でも知りたくない。複雑な感情が私の中で暴れていた。

「信じねぇ……信じねぇぞオレは、ただの脅しだろ。できるわけねぇよそんなこと。くだらねぇことぐだぐだ言ってねえでとっとと出しやがれってんだ。いつまでもこんなイベントに付き合ってられるほど暇じゃねぇんだ。そうだよ……イベントだろ全部。オープニングの演出なんだろ。そうだろ」

おそらく前プレイヤーがそうであれと思ったろう。実務的な茅場のアナウンスが再開された。

「諸君が、向こう側に置いてきた肉体の心配をする必要はない。現在、あらゆるテレビ、ラジオ、ネットメディアはこの状況を、多数の死者が出てきていることも含め、繰り返し報道している。諸君のナーウギアが強引に徐装される危険はすでに低くなっているといってよかろう。今後諸君の現実の体は、ナーウギアを装着したまま二時間の回線猶予期間のうちに病院その他の施設へと搬送され、厳重な介護姿勢のもとに置かれるはずだ。諸君は、あんしんして……ゲーム攻略に励んでほしい」

その言葉にキリトの口から鋭い叫び声が迸った。 

「何を言ってるんだ!ゲームを攻略しろだと!?ログアウト不能の状況で、呑気に遊べってのか!?」

私もキリトに続いて叫ぶようにして声を出す。

「そうだ!こんなのは、もうゲームでも何でもないよ!!」

そして私たちの声が聞こえたかのように茅場晶彦が穏やかに告げる。

「しかし、充分に注意してもらいたい。諸君にとって、《ソードアート・オンライン》は、すでにただのゲームではない。もう一つの現実と言うべき存在だ。……今後、ゲームにおいて、あらゆる蘇生手段は機能しない。ヒットポイントがゼロになった瞬間、諸君のアバターは永久に消滅し、同時に諸君らの脳は、ナーウギアによって破壊される」

私の眼が自然とに視界左上の青いゲージを見る。茅場の話が全て真実ならこれは私の命の残量なんだと。

「……馬鹿馬鹿しい」

私の横でキリトは低く呻いた。そして茅場が

「諸君がこのゲームから解放される条件は、たった一つ。先に述べたとおり、アインクラッド最上部、第百層まで辿り着き、そこに待つ最終ボスを倒してゲームをクリアすればよい。その瞬間、生き残ったプレイヤー全員が安全にログアウトされることを保証しよう」

と唯一の解放される方法を語る。
クラインは立ち上がり右拳を空に向かい振り上げる。

「クリア……第百層だとぉ!?で、できるわきゃねぇだろうが!!ベータじゃろくに上がれなかったって聞いたぞ!!」

クラインの言った通り、ベータテストのときは二ヶ月の期間に千人のプレイヤーでたったの第六層までしか行けなかった。たとえ今回の正式サービスに一万人がダイブしていても百層クリアはどれほど月日のかかるのだろう。
私が思考している間に茅場が右の手袋を動かし感情の感じられない声で告げた。

「それでは、最後に諸君にとってこの世界が唯一の現実であるという証拠を見せよう。諸君のアイテムストレージに、私からプレゼントが用意してある。確認してくれ給え」

それを聞き、私の体が自然にメニュー画面を開き、右手の指二本を使い真下に向けて降った。
アイテム欄のタブを叩き、所持品リストの一番新しいアイテムを見る。
《手鏡》――
なぜ手鏡と思いつつ、アイテムをオブジェクト化して手に取る。
映っているのは、私が作ったマンガなどに出るような爽やかな美少年という感じのアバターだ。
クラインやキリトをみたが特になんともないようだ。そう考えた瞬間周りのアバターたちが白い光が包み視界が真っ白に塗りつぶされた。
光はすぐに消えた。だが目の前にあるのは山賊のような男と現実世界のキリト―――桐ヶ谷和人だ。

「お前……誰?」
「おい……誰だよおめぇ」

キリトが山賊男に聞くのと同じく、山賊男もキリトに向かって声を出した
私は最悪の可能性を否定するために手鏡を再び見る。
映っているのは艶やかな黒く長い髪と紅く輝く瞳に長い睫毛。どう見ても少女としか見えないような線の細い顔に透き通るような肌。すれ違えば十人中七、八人くらい振り向くだろうその容姿は現実世界で嫌悪する私自身の姿だ。

「うおっ…………オレじゃん」

キリトとクラインが鏡をのぞき次にお互いの顔を見合わせ叫ぶ。

「お前がクラインか!?」
「おめぇがキリトか!?」

声が変化していた。おそらくボイスエフェクタが停止したのだ。
驚きに二人が手に持っていた鏡を落とし、破壊音と共に消滅した。

「ってことはおめぇはブラウか!それよりお、女だったのかよ!?」

クラインが私を指さし叫び、私はつい我を忘れてクラインに大声で怒鳴る。

「私は、男だよ!!」

キリトは私を見て何かを諦めたように額に手を当てている。

「何でみんな私を見ると女だ女だと言うのさ!いきなり校舎裏に呼び出して告白して来たり、街を歩けばナンパしてくるし、電車に乗ったらおっさんに痴漢されるとかもう、私は男なのにっ!!」
「だっておめぇ、自分を私って言ってるし、そんなナリを見たらそう思うだろ」
「好き好んでこんな姿をしてるんじゃないよ!!」
「まぁまぁ取りあえず落ち着けって。今は何でリアルの姿になったか、だろ」

私が少し暴走しかけたときにキリトが仲裁に入る。

「あぁ、そう言えば何でだろなぁ」

私も一度深呼吸をしつつ、頭を働かせてみる。
周りをみれば、少し前まではまさにゲームキャラクターのような美男美女が、現実のゲームショウの会場の客を集めて鎧を装備させたというような感じになっている。
まず、なぜリアルの顔になったのだろうか。まぁ質感はポリゴンで、細部はやや違和感が残るものの、驚異的な再現度であることは間違いない。

「そうか!スキャンだ!」

私が頭を悩ませてる間にキリトは、答えを見つけたようだ。

「ナーウギアは、高密度の信号素子で顔全面をすっぽり覆っている。つまり、脳だけじゃなくて、顔の表面の形も精細に把握できるんだ」

キリトの答えに納得しつつも私は疑問を投げかける。

「でもそれじゃあ、身長や体格はどうして変化するの?」

私たちは現実の体と同視点にするため身長を同じにしたが、他の人は上積みしてるのではないだろうか。だがそれはナーウギアだけでは対応できないはずだ。
ここで答えを見つけたのはクラインだった。

「あ……待てよ。おりゃ、ナーウギア本体も昨日買ったばっかだから覚えてるけどよ。初回に装着したときのセットアップステージで、なんだっけ……キャリブレーション?とかで、自分の体をあちこち自分で触らされたじゃねぇか。もしかしてアレか……?」
「あ、……そうか、そういうことか……」

確かキャリブレーションは装着者の体表面感覚を再現するために、《手をどれだけ動かしたら自分の体に触れるか》の基準値を測る作業だった。
つまり自分の体格をナーウギア内にデータ化していたということだ。
これらのデータを使うことにより現実の顔や体をSAO世界に再現するのは可能ということになる。

「……現実」
「現実がどうしたの?」

キリトがぽつりと呟きそれに反応する私はキリトに聞き返す。

「アイツはさっきそう言った。これは現実だと。このポリゴンのアバターと……数値化されたヒットポイントは、両方本物であり、命なんだと。それを強制的に認知させるために茅場は俺たちの現実そのままの顔と体を再現したんだ……」
「強制的に認知させるために……か」
「でも……でもよぉ、キリトなんでだ!?そもそも、何でこんなことを……!?」

頭をかくクラインにキリトは指先で真上を示した。

「もう少し待てよ。どうせ、すぐにそれも答えてくれる」

キリトの言うとおり茅場は声を降り注いだ。

「諸君は今、なぜ、と思っているだろう。なぜ私は――SAO及びナーウギア開発者の茅場晶彦はこんなことをしたのか?これは大規模なテロなのか?あるいは身代金目的の誘拐事件なのか?と」

ぴくりとキリトが反応を示す。
私はキリトの反応からふと意識して聞くと、茅場の言葉に今まで無かった事務的ではない、感情のこもったような言葉が聞こえた気がした。
茅場は続ける。

「私の目的は、そのどちらでもない。それどころか、今の私は、すでに一切の目的も、理由も持たない。なぜなら……この状況こそが、私にとっての最終的な目的だからだ。この世界を創り出し、観賞するためにのみ私はナーウギアを、SAOを造った。そして今、すべては達成せしめられた。
……以上で《ソードアート・オンライン》正式サービスのチュートリアルを終了する。プレイヤー諸君の――健闘を祈る」

その言葉を伝えた巨大なローブは上昇し、空に溶けていく。最後に足が沈むように消え波紋が広がり、空に残ったメッセージもまた消滅した。
一拍をおき、一万人のプレイヤーは皆、大音量のボリュームと多重の音声で広場を包み込む。
悲鳴を上げるものや、怒号を出すもの。絶叫に罵声に懇願など無数の叫び声が聞こえる。
キリトが言うとおりの人物なら茅場はこれくらいのことをしてもおかしくはない。
そうこれは現実なのだろう。
ならば、私のすることは決まっている。安全にかつ、迅速にここから脱出することだ。
私は落ちつくために深く息を吸い、吐いて、と二度繰り返す。
隣のキリトを見ると私と同じことを考えてたようだ。私たちは同時に頷くとクラインに声をかける。

「クライン、ブラウ、ちょっと来い」

人の輪を抜け街路の一つに入り再び話し合う。

「……クライン」

真剣な声音のキリトに呼ばれ放心状態だったクラインが耳を傾けた。

「いいか、よく聞け。俺たちはすぐにこの街を出て、次の村に向かう。おまうも一緒に来い」

こちらを向いたクラインに私はキリトに続く。

「茅場の話がすべて本当だとしたら、私たちはひたすら自分を強くしなきゃいけない。MMORPGはプレイヤー達のリソースの奪い合い、つまり限られたお金とアイテムと経験値をより多く獲得した人のみが強くなれる」
「この《始まりの街》周辺のフィールドは、同じことを考える連中に狩りつくされて、すぐに枯渇するだろう。モンスターの再湧出をひたすら探し回るはめになる。今のうちに次の村を拠点にしたほうがいい。俺たちは道も危険なポイントも全部知ってるから、レベル1の今でも安全に辿り着ける」
「それに私はレベル3だから万が一のフォローもできるし」

私たちの台詞にクラインは身動き一つしなかった。
少ししてクラインが顔を上げる。

「でも……でもよ。前に言ったろ。おりゃ、ほかのゲームでダチだった奴らと一緒に徹夜で並んでソフト買ったんだ。そいつらももうログインして、さっきの広場にいるはずだ。置いて……いけねぇ」
「「…………」」

私たちは息を詰めた。この優しいクラインは友達全員一緒であることが望み。
しかし私たちはそれに頷くことができなかった。彼と頑張って後一人くらいなら私たちで守りながら次の村つれていけるだろうが、クラインは「奴ら」と言っている。つまり友人は一人ではないのだ。
二人以上はさすがの私たちでも危険だ。
もし万が一その仲間を守りきれず、死なせてしまったらと思うとどうしても頷けなかった。ここでは簡単に命を失ってしまうがだからと言って命が軽いわけではないのだから。
そんな私たちの思いを読みとったのだろうクラインは無精ひげの浮く頬に、強張っているが笑みを見せ首を左右に振った。

「いや……、おめぇらにこれ以上世話になるわけにゃいかねぇよな。オレだって、前のゲームじゃギルドの頭張ってたんだしよ。大丈夫、今まで教わったテクで何とかしてみせら」

そう言ったクライン言葉に、安堵してしまった自分の醜さに嫌悪を覚えた。

「それに……これが全部悪趣味なイベントの演出で、すぐログアウトできるっつう可能性だってまだあるしな。だから、おめぇらは気にしねぇで、次の村に行ってくれ」

私たちは黙り込むまま、激しい葛藤に見舞われる。
私とキリトはお互いの顔を見て結論を出した。

「……そっか。なら、ここで別れよう。何かあったらメッセージ飛ばしてくれ。……じゃあ、またな、クライン」
「ばいばい。無理はしちゃだめだからね」

そう言って振り向こうとした私たちにクラインは短く叫んだ。

「キリト!ブラウ!」
「……」

私たちは視線で問いかけたが、続きの言葉はなかった。
私は少し大きく、キリトがひらりと手を振り次の拠点にする予定の村がある北西に向かった。
五、六歩歩いたところで、もう一度声をかけられた。

「おい、おめぇらよぅ!本物は案外カワイイ顔してやがるな!結構好みだぜオレ!!とくにブラウ!本当におめえが女なら意地でも傍にいたいくらいな!!」

私たちはつい笑い、クラインに向かって叫んだ。

「お前もその野武士ヅラのほうが十倍似合ってるよ!」
「そんな台詞言われあきてるよ!そんなんだから彼女ができないんじゃないのー!!」

後ろから

「ウルセェ!ほっとけ」

と声が聞こえたが、私たちはこの世界で初めてできた友人に背を向けたまま、先に進んだ。
胸に残ったグチャグチャした気持ちを呑み下して私たちは駆け出した。この最高に最低なデスゲームを生き残るための強さを手に入れるために。
私はまだ、死ぬ訳にはいかないのだから。
 
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