【IS】何もかも間違ってるかもしれないインフィニット・ストラトス
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闖入劇場
番外編 「リメンバー・ウルフ 後編」
人生のどん底とは、多分今の私が居る場所なのではないか。
そんなことを考えてしまうほどに、私は絶望していた。
戦うために生まれ、ありとあらゆる兵器を使いこなし、さまざまな戦略を体得した、常人よりも圧倒的に優れた兵士。その座から私は蹴落とされた。インフィニット・ストラトスというたった一つの兵器に適合できなかったせいで。
ISの適合性向上のために行われた越界の瞳(ヴォーダン・オージェ)の不適合。ナノマシン制御の失敗により、今まで優秀だった私の評価は一転した。与えられた基準すら超えられず、周囲からは失敗作扱い。
今まで称賛の声を送っていた人たちは手のひらを返し、口々に出来損ないと私の心を抉る。
私は、失敗作?私は、必要のない存在?
ならば私の今までは何だったのだ。遺伝子レベルで強化され、物心がついたころから大人も泣き出すような訓練を受け、何度もナノマシンを注射され、余りの過酷さに嘔吐しながらも必死に歩み続けた私は、いったい、何のために――。
そんな私の下に飛び込んできた指令。それはこれからドイツ軍で教導官として雇われるクラースという男の指揮下に入り、補助することだった。
昔の私ならば、まず間違いなくこの指令に不満を漏らしただろう。選ばれた兵士たる私にこんな雑務を、と。だがこの時の私は、軍にその有用性を認めてもらうことに――存在意義を守るために必死だった。指令をこなさなければ――それで頭がいっぱいになった。
そして私は最初の任務――すなわち、これから私の実質的な上司となる男、Herr(ヘア)・クラースの出迎えに向かう。
今になって思えば、この時こそが私の人生の大きな分岐点だったのだろう。
「そしていつも俺の所に回してきやがる!クソッ、この件が終わったら有給とって南の島でバカンスしてやる!!」
などと一人声を荒げる男と、自分が資料でもらった上司の顔写真を見比べる。特別手入れもしていない短めの金髪。何所か冴えない印象を覚える覇気のない顔。そしてくたびれたトレンチコートに刺繍された狼の頭のマーク。どうやらこの男で間違いないようだ。・・・何やら一人で盛り上がっているが、大丈夫だろうか。
ぶるりと体が震える。もしもこの男がとびっきりの無能だったら、私は今度こそ兵士としての価値を失う可能性もあるのだ。マークウルフは軍部でも名の知れたPMCだからそんなことはないと思うが、絶対とも言い切れない。何にせよ――
「失礼します。民間軍事会社「マークウルフ」所属のクラース・ウル・ダービシェス様で間違いありませんね?」
「・・・ん?」
こちらに気付いたのか、その覇気のない目をこちらに向けてくる。
「本日付で貴方の部下、兼補佐役を務めさせていただきます、ラウラ・ボーデヴィッヒと申します」
「・・・・・・小っちゃいな」
「・・・は?」
初対面にこちらを見ての第一声がこれである。まぁ、確かに私は年齢的には子供だから詮無きことなのかもしれない。じろじろと観察されるのはあまりいい気がしない。
「なるほど、噂の遺伝子強化試験体ってやつか。色々と貴重だろうに、クライアントも思い切ったことをする」
「いえ、私は・・・」
思わず返答に詰まる。私は落ちこぼれですから、などと言いたくはない。だが現に今の私は落ちこぼれだ。変な期待を抱かれる前にそのことを伝えたほうがいいだろうか・・・?だが、言葉を出すまでもなく私の心は見透かされた。
「成績が伸び悩んでいるわけか」
「!!!」
「そう驚かなくてもいいだろ?これでも君の2倍以上は生きているんだから顔を見れば分かるって」
「・・・・・・」
そうはっきりと言われると心臓が締め付けられるような感覚に陥る。返答を返すと自分が出来損ないであることを自身で認めるようなもの。必死に口には出すまいとする意志と、真実を認めるべきという思いの板挟みになる。
そんな私の様子を見てか、彼は後頭部をポリポリと書きながら困った顔をする。
「そんな泣きそうな顔をしてくれるなよ・・・悪かった。ほら、これやるから機嫌を直してくれ」
そういって彼が懐から取り出したのは・・・
「・・・これは、何ですか?」
「何って、チョコバーだけど・・・チョコ嫌い?」
「いえ、初めて見るもので・・・」
「・・・・・・ま、携帯食料みたいなものだ。食べてみな」
チョコという単語は知っている。が、ずっと兵士としての教育を受けてきた私は、そのチョコという食べ物を見る機会も手に入れる機会もなかったし、興味もなかった。
外見は確かに非常用の携帯食料に似ている。少なくとも軍用レーションよりは味に期待できるだろう。言われるがままに袋を破り、中身を取り出す。
(甘い香り・・・嗅いだことのない香りだ)
今までは食事もすべて軍に管理されたものだった。そしてそれは効率重視でお世辞にもおいしいと言えるものではない。それはラウラが人生初の「食欲をそそる匂い」というものに対面した瞬間であった。
口に運んでみる。ざくり、という小気味のいい音がし、次の瞬間ラウラの口の中に未だかつてない至福の味が広がる。かつてない甘さ、心地よい歯ごたえ、口内でチョコレートがとろける感触、どろりと濃厚な舌触りとカカオの香り。
本当においしいものを食べた人間は言葉を発することさえしなくなるというが、今のラウラはまさにそんな感じだろう。
無言でチョコレートを頬張り、幸せそうに眼をとろんとさせているラウラを見ながら、クラースは思考を巡らせる。
(なるほど、さては軍より外に出たことがないな?)
出してもらえなかったというのが正しいのかもしれないが、とにかくそういうことだろう。先ほど口ごもったのは大方自分の存在価値がどうたらという小難しい事を考えていたに違いない。それにしても彼女はすっかりチョコバーに夢中のようだ。余程まずい飯を食べてきたと見える。まぁドイツのレーションなんかは比較的美味い部類に入るんだが、アドヴァンスドが一般兵と同じ食事をとっていたかは分からない。
クラースは仕事柄いろんな国に行く。そして行く先々で、大人に虐げられる子供たちを見てきた。子供は本来様々なことを学んで成長していくべき存在だ。そしてそれを邪魔するのは、大抵が大人。彼女の場合は自身の出自と洗脳教育によって世界がごく小さなところで完結しているのだろう。そして・・・そんな奴ほど“外”を知ってからの変化は凄まじい。
(考えてみればISの指導方法について特に“制限”はされてない・・・これは、思った以上に面白い仕事になりそうだな)
人知れず、狼は口角を吊り上げる。それが彼の生きがいであり、彼が唯一人より秀でていると感があえている取り柄だった。
「・・・それにしても本当に幸せそうに食べるな。リスみたいで可愛らしくはあるが」
「・・・はっ!?も、申し訳ありません!」
「もう一本食べる?」
「い、いえ!流石にこれ以上貰うのは・・・」
(・・・と言いつつ目がバーを捉えて離さないぞ、フロイライン)
= = =
懐かしいもんだ、と呟いた。同時にとても感慨深いものを感じる。
思えばあの頃はそこまで際の事を見越しておらず、ただ生徒達の行く末というとても限定的な範囲しか視野に入れていなかった。ISによって世界の軍事バランスは崩壊したが、値崩れした武器は次々に紛争地域に流れ込む結果になったために仕事は減らなかった。だからIS分野などどうなって模様と考えていたのだ。
今になって思えばわが社の親愛なる社長殿はこれをも見越して俺をドイツ軍に提供したのではないかとさえ思えてくる。ドイツ軍が名指しで俺を読んだと口では言っていたが、実際の所あいつがドイツ軍に提供する人材は俺が最適だのと吹き込んだ可能性だってある訳だ。
そんな疑惑は露も知らず、ラウラが眼帯を外しこちらを見上げる。邪気のない澄んだ瞳だ。当初は嫌っていた黄金の瞳を晒し、何所までも迷いなく真っ直ぐにクラースという存在を見つめていた。あの出会いから2年経ったが、邪気を孕まないこの瞳に見つめられると、もう引退してゆっくり余生を過ごしてもいい気がしてくるのだから不思議なものだ。
「あの時の教官は、我々アドヴァンスドの落ちこぼれ達にとっては希望の光でした。今は空から見守る太陽の光・・・」
「何だそりゃ。軍人を辞めて詩人にでもなるのか?」
「それも魅力的ですが、拳銃を握る手をほどいては教官と同じ世界で過ごせなくなるので」
「まるで俺がお前を戦わせてるみたいじゃないか・・・因果だな。本物の戦争屋にでもなる気か?」
「教官がそこにいるのならば」
そう迷いなく言い切ったラウラは、こちらを向いて微笑を浮かべた。その顔に、独特の覚悟が滲み出ている。ドラマにあるロマンチックな覚悟ではなく、自己満足で血の池に足を突っ込んで、その結果死んでしまっても「それはそれでいい」と笑える確信がある、という顔だ。
これは困った。人を父親呼ばわりする子供に戦場をうろつかれては「マーク・ウルフ」の幹部(社長に押し付けられたものだが)の名が泣くではないか。さりとてここでラウラを娘と認めては、俺の子供の数が1000人を優に超えてしまう。
(いい加減、こいつを納得させる言い訳を本格的に考えなければならんか)
いつまでも甘えさせておくわけにもいかないのだから、適当な手を打って引き下がってもらうしかない。いや、若しくは――もう一つ方法が無いでもない。それに思い至った俺は名刺入れから一枚の名刺を取り出し、ラウラの手に握らせる。
「教官、これは?」
正直に言って、これは出来れば切りたくなかった手なのだが・・・戦場で自分以上の碌でなしとつるんで妙な損をして欲しくないと願うのは親馬鹿だろうか。食い入る様に名刺を見つめるラウラに苦笑した。
「ICチップ入りの特別名刺。それ持ってウチの本社に行けば採用試験してくれる優れものだから無くすなよ?職にあぶれるか我慢できなくなったら、軍を抜けて受けに来い。そこで俺の背中を任せるに相応しいか見極めてやるよ」
この辺が妥協点だ。本気の本気で追い掛け回す気があるのなら、然るべき力を見せて見ろ。「マークウルフ」の名を任されるだけの牙があるのか示してみろ。生半可な実力は御呼びではない。今のラウラが挑んだところで本社採用には至らないだろう。お前はまだ半人前のヒヨッコだ。だから確り実力をつけて、それでも来たけりゃ挑んでみろ。言っておくがこれは逃げ道じゃない、お前にとってはむしろ挑戦の道だ。
そう、これは挑戦状。師として、教え子への挑戦状だラウラ。お前は馬鹿だが聡い子だ。その名刺が意味する事を全て把握できたはずだ。俺はこう言っているのだ―――お前にはまだ早い、背中はまだ任せられないと。
例えドイツ軍人としての地位と代表候補という立場、そして専用ISまでお前は自力で得た。それでもなお、お前は足りないのだ。及第点にはあっても、飢狼の巣食う「マーク・ウルフ」にあってその身を保てる力は持っていない。そして付いて来れないのならお前はそれまでなのだ。これは、現時点でのお前に対する戦力外通告だ。
さあ、返答や如何に――。
「・・・よしっ!アタックチャーンスゲッツ!」
「あー・・・まぁそう言う奴だよな、お前はさ・・・」
グッとガッツポーズしたら飢狼が呆れた。あからさまな、そして力強いガッツポーズである。
確かに、難易度や実力の話を除けば公式についていけるチャンスである。しかもそのカードを切るタイミングはとっくにラウラに譲渡した。後はじっくりたっぷり人生設計と相談しながら力をつけ、万全の態勢で突進すればいい。・・・・・・無論コイツの事だから、裏道を探しながらだろうか。
左右に体を揺らして嬉しそうに鼻歌で軍歌を歌う上機嫌な兎の頭を撫でてやりながら、狼は何度も繰り返した溜息をもう一度吐くのだった。
ラウラはこの時、名刺を受取った瞬間に、頭の片隅でとある推論を立てていた。
この名刺を出して自分を社に誘った理由を。
ラウラは確かに兵士として優秀ではある。だが、「マークウルフ」という会社は化物染みた傭兵がごろごろいる場所である。現代の英傑ともなれる圧倒的な才能を有した会社は新入社員を雇う必要もないほど人材が足りている。事実、ここ数年は事務の人間以外は一人も採用を行っていない。それを、敢えて誘った。
つまり、マーク・ウルフは近々人手不足になる。
或いは、マークウルフは今までになかった人材を求めているかもしれない。現在のマークウルフに足りない人材とは何か。現代から過去に到るまでありとあらゆる戦争の手段を模索した、人類の闘争の粋を集めたあの化物の群れが唯一持っていないものは何か。
――ISしか思いつかない。そして人材確保に乗り出すという事は、「企業が使えるISコア」が近々生まれる状況が出来ると踏んでいる。
つまり、コアの流出若しくはアラスカ条約の破綻が起こる。
それとも、ラウラという一個人に対してこのスカウトを仕掛けたのにはラウラ自身の将来に関して何かの推論を立てているのかもしれない。マークウルフの庇護を受けなければいけない、そうしなければラウラがラウラとして生きていけないほどの差し迫った危機が、ドイツ絡みかIS絡みか遺伝子絡みか、兎に角何らかの形で迫っているのかもしれない。
つまり、近い未来に自分は追い詰められる。
ラウラは笑いながら、歌を歌いながら、考える。
自分の敬愛する教官から出された密かな宿題の、その答えを。
(さしあたっては思考するための糖分を補給しなければな!チョコバーが最適だろう!)
(・・・とか考えてやがるな、これは。ま、提出期限は敢えて定めずに行くか)
宿題の答えが分かるまでにはまだまだ時間がかかりそうである。
それまで運命が待ってくれれば、の話だが。
後書き
過去話をちょこっと出しました。実は2人の出会いはこの連載を始める前には既に書いてたんですが、出すタイミングを逸しまして・・・この師弟は絡ませるタイミングに悩む・・・
それはそれとして臨海学校編ですが、ちょっと時間をください。思いのほか舞台(これからキャラが暴れるためのあれこれ)の下準備に時間を食っていまして・・・なんだか最近謝ってばかりですね。
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