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ショートヘア×ロングヘア

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第三章


第三章

「そんなふうには」
 一見するとショートヘアの長さだ。
「ならないのに。それで違うだなんて」
「だから。よく見て」
 恵理子はまた言うのだった。
「よくね。そうしたらわかるから」
「わかったよ。それじゃあ」
 ここまで言われてようやく彼をじっと見るのだった。見ればその秘密。
「あれ、そうなっていたんだ」
「そうよ、こうしたのよ」
 後ろを見てやっとわかった。何と髪の毛を上でまとめて束ねていたのだ。こうして髪型を短くしていたのである。
「こうしたら短いわよね」
「成程、切るだけじゃないんだ」
「私も最初はわからなかったわ」
 自分でもそれを認める恵理子であった。
「どうすればいいか。正直どうしようかって」
「それでそうしたんだ」
「街の中でね。見たのよ」
 ここで彼女は種明かしをした。ここまでの話で当然の流れとして。
「これと全く同じ髪型の女の子にね。それを真似たのよ」
「へえ、そんな髪型もあるんだ」
 案外女の子の髪型のことは知らない文哉だった。しかしこれは男なら大抵そうである。男はそうしたところは案外見ないものなのだ。
「はじめて知ったよ」
「色々あるのよ。髪型はね」
「成程」
 またこの言葉を出すのだった。
「切るだけじゃないんだ。工夫も」
「大切ってことね。これだと好きな時に長くしたり短くしたりできるわよ」
「そうだよね。下ろせばいいんだし」
 これは文哉にもわかった。好みが変わってもだ。
「どうしたってできるよね」
「だから。これでいいわよね」
「うん」
 満面の笑みになる。その笑みに弱い恵理子だ。
「有り難う。髪の短い恵理子ちゃん見られてよかったよ」
「満足してくれたのね」
「とてもね」
 ここでも素直に答える文哉であった。その顔は子供の純粋な笑顔そのままである。
「いつもいつも僕の我儘を聞いてくれて。本当に」
「それはいいのよ」
 恵理子も優しい笑顔になって彼に言葉を返すのだった。
「私も好きで合わせてるんだし」
「そうなの?」
「そうじゃなきゃ」
 またにこりと笑って言ってみせてきた。
「一緒にいないじゃない」
「僕みたいな我儘ばかり言っていても」
 実は自覚はあるのだ。しかしそれでもであったのだ。
「いいの。だってそれ以上に文哉君はいいものを持ってるんだから」
「そうなの?」
「そうよ」
 自分ではその自覚のない文哉であった。その言葉を聞いても今一つわからないといった顔をしたままだ。ぽかんとした感じになっている。
「私はわかっているからね」
「有り難う。そう言ってもらえると嬉しいよ」
「髪型はこれでいいわよね」
「うん、勿論だよ」
 それはもう彼にとっては決まっていたことだった。
「似合ってるよ」
「有り難う。じゃあ今日はちょっと楽しい場所に行かない?」
「楽しい場所って?」
「私の家よ」
 そのにこりとした笑みのままでの言葉であった。
「お母さんに紹介したいの。いいかしら」
「恵理子ちゃんのお母さんって?それじゃあ」
「これ以上は言う必要はないわよね」
「うん、わかるよ」
 もうこれ以上は言うまでもなかった。文哉もわかったのだ。
「前から話はしていたけれどね」
「どんな話なのかなあ」
 それを考えるだけで気恥ずかしい。不安でもあるがそれと共に期待もあった。
「悪いことは言っていないから。いいわよね」
「喜んで」
 こうして恵理子と共に彼女の家に向かう文哉であった。彼はこの時も恵理子の家でも無邪気なその心と笑顔を見せるのだった。そこでも。
 恵理子とその母との顔合わせも心地よく終わった。それは文哉にとっても恵理子にとっても満足のいく結果であった。ところが話では終わりであった。
「えっ、今度はそれ!?」
「うん、絶対に似合うよ」
 また恵理子にそんな話をしている文哉であった。
「眼鏡も。恵理子ちゃん目も奇麗だし」
「奇麗かしら」
 自分ではそんなに自信はないのだ。だが客観的に見て恵理子の目は奇麗であると言えるものである。彼女が自覚していないだけなのだ。
「奇麗だって。だから眼鏡も似合うよ」
「眼鏡をかけたらかえって目立たないんじゃないかしら」
「それが違うんだよ」
 文哉はあくまでそう主張するのだった。
「眼鏡をしているからこそ目立つし」
「そうなの」
「そうだよ。だからね」
 また恵理子に言う。積極的に。
「明日かけてきてよ。持ってるんだよね」
「一応はね」
 持ってはいる。しかしそれこそもう何年もかけてはいない。だからどんなふうなのかは自分でもわからなくなってしまっているのだ。
「じゃあ御願いね」
「わかったわよ。それにしても」
 この言葉の後半からは恵理子の独り言であった。
「私にだけ浮気して。変な浮気ね」
 苦笑いを浮かべつつの独り言であった。あくまで彼女だけの。その苦笑いと独り言の中でやはり彼の浮気を受け入れるのであった。自分に対しての本気と浮気を。



ショートヘア×ロングヘア   完



                2008・2・11
 
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