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一人だけのアイドル

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第二章


第二章

「いらっしゃいませ」
 店員の声が聞こえてきた。その声は女の子の声だった。
「あれ、アルバイトの娘かな」
 孝司はその声を聞いてふと視線をあげた。するとそこには。
「えっ、嘘だろ!?」
「どうもおかいあげ有り難うございました」
 明るい笑顔で客に応対している女の子を見て驚いた顔と声になっていた。何とそこにいるのは。
「まさかな。いや」
 しかし彼は自分の記憶を疑うことはできなかった。それに考えも。そう、目の前にいる彼女は間違いなく。それを悟って彼はカウンターに立っている女の子のところに向かった。周りの棚にはゲームソフトが並べられカウンターの後ろには広告やポスター、ゲーム機等が置かれている。渋谷にあるのが相応しい店の雰囲気であった。
「あの」
「はい」
 女の子は彼に顔を向けてきた。その顔はやはり彼の知っている顔であった。丸くて大きな目に白い明るい笑顔。赤くて薄い唇に黒くお団子にした髪。髪型だけは記憶とは違うがそこにある顔は間違いなく彼がいつも知っている顔であった。
「霧生奈月さんですか?」
「えっ!?」
 彼女もその名前を聞いて驚いた顔を見せてきた。
「どうしてその名前を知っているんですか?」
「やっぱり」
 彼は彼女のその驚いた顔を見て確信した。やはり彼女だったのだ。
「まさかとは思ったけれど」
「あの」
 彼女は驚きを隠せないまま彼に言葉を返した。
「今バイト中ですので」
「あっ、そうですね」
 言われてそのことを思い出した孝司であった。
「すいません。それじゃあ」
「お話は後で」
 そう言って話を中断するのであった。
「二時間したら終わりますから。その時に」
「その時にって」
「お話あるんですよね」
 その彼女の方から言ってきたのであった。
「それじゃあその時に。それでいいですよね」
「はい。それじゃあ」
 何が何だかわからないまま話は動き孝司は彼女と話をすることになった。二時間後に彼が店に行くと制服姿の彼女がそこにいるのであった。
 その制服はグレーを貴重として赤いリボンと白、黒が目立つ可愛らしいデザインの制服であった。特にスカートのふわふわした感じが彼女に似合っていた。少なくとも彼から見ればそうであった。
「お待たせしました」
「はい。それでですね」
「あの」
 また彼女の方から言ってきた。
「お店じゃ何ですから。歩きながらでよかったら」
「ええ、こちらこそ」
 また彼女の言葉に応える。話は完全に彼女のペースで進んでいた。
 お店を出て渋谷を歩きながら話をする。二人共制服姿ですので渋谷にいても全然おかしくはない格好だった。しかし彼にとっては今は説得別だった。何故なら彼女は。
「あのですね」
「何でしょうか」
 また彼女の言葉に応える。
「私は。霧生奈月じゃなくて」
「そうでしたよね。山田奈月でしたよね」
 彼はそれもわかっていたのだ。
「そちらが本名でしたよね」
「はい、そうです」
 彼女、奈月も孝司のその言葉に頷くのであった。
「それも御存知なんですか」
「だからファンなんですよ」
 孝司はまた笑って彼女に言うのだった。
「霧生奈月さん、いえ山田奈月さんの」
「けれど私はもう芸能界にはいないんですよ」
 彼女は断るようにして彼に告げた。
「それでファンなんて」
「どうして引退されたんですか?」
 彼は不意にそれを問うのだった。それもかなりダイレクトに。
「これからどんどん人気が出た筈なのに」
「中学校に入学するんで」
 孝司のその問いに対してこう答えてきたのだった。
「それでなんです」
「中学校に入学するから?」
「入学する中学校が厳しい学校でして」
 それもまた孝司に告げた。確かにそうした学校もある。理由としては充分なものであった。
「だからだったんです」
「それで引退されたんですか」
「正直引退しても未練はないです」
 彼女はこうも言った。
「芸能界には憧れていましたし今も嫌いではないですけれど」
「あれですか?もっと好きなものがあるとか」
「そうです。それが今です」
 今いる時間がそうだと。言うのであった。
「今は充分楽しいですから。それで」
「いいんですね」
「すいません。だから」
「だったらそれでいいです」
 ここでの孝司の言葉は奈月にとっては思いも寄らないものであった。ここで是非復帰してくれと言ってくるものだと思っていたのだ。だがそうではなかったのだ。
「それでいいです」
「いいんですか」
 奈月は意外といったその感情を隠せないまま応えた。
「それで」
「だって。芸能界にはもう興味がないんですよね」
「はい」
 それをまた告げるのであった。
「そうです。小学校の時だけでもう」
「だったらいいです。もうそれでいいじゃないですか」
 孝司の顔が穏やかな笑みになっていた。その笑みで奈月に対してまた言うのであった。
「それはそれで」
「ですか」
「僕はそうなんですけれどね」
「もう私はチャイドルじゃないのに」
 古い言葉だがそれでもあえてこれを使うのであった。これは奈月が実際にこう呼ばれていたからである。それを使ったのである。
「それでも」
「僕がファンだったのはアイドルだったからじゃないんですよ」
 孝司の言葉はこうであった。
「アイドルだったからじゃなくて」
「そうなんですよ。ほら」
 渋谷の街には多くの制服の女の子達がいる。日本にいていいことはかなりの割合でその制服の女の子達が可愛いということである。奈月もまたその一人である。
「アイドルっていっても色々いるじゃないですか」
「ええ」
 これは本当にその通りだ。アイドルと言っても様々で一人だけではなくそれこそアイドルの数だけいるのだ。それは奈月もわかっていた。
「だったら」
「だったら?」
「僕はそれでいいんですよ」
「何かよくわからないんですけれど」 
 奈月は歩きながら首を傾げた。首を傾げるその姿が左手にある店のショーウィンドゥーのガラスに映っている。その首を傾げる姿が。
 
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