| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

一人だけのアイドル

しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
< 前ページ 目次
 

第一章


第一章

                   一人だけのアイドル
 中根孝司にはずっと応援しているアイドルがいる。それは子供の頃からであり大学生になった今でも変わりはしない。彼にとっては永遠のアイドルである。
 しかしそのアイドルのことを言うと皆は笑う。それにははっきりとした理由があった。
「もう引退しているじゃないか」
「なあ」
 理由はそこであった。既に彼が応援しているそのアイドルはもう引退しているのだ。しかも彼がその子供であった頃にである。
「それに子供だったし」
「少しだけ活動しただけだろ?」
「それでもだよ」
 だが彼はここで皆に対して反論するのだった。それは常だった。
「俺は彼女が一番なんだよ」
「一番なのかよ」
「そうさ、一番さ」
 それをまた言う。あまり大きくない身体を無意識のうちに背伸びさせてそのうえで赤い顔をさらに赤く、大きい目をさらに大きくさせて主張するのである。
「俺にとってはだけれどな」
「一途だねえ」
「けれど彼女ってあの頃はまだ」
 ここでアイドルに詳しい友人が言うのであった。
「子供だったじゃないか。年齢的には御前と同じ位だろう?」
「ああ、同じ歳だよ」
 そうその友人にも答える。
「それがどうかしたのか?」
「いや、何ていうかな」
 ここでその友人は微妙な顔になって腕を組んでからまた述べてきた。
「あれだろ。やっぱりアイドルにしろ女優さんにしろ年上に限るよ」
「御前年上の人ばかり見るな」
 孝司も彼の趣味は知っているので少し呆れた顔を見せた。
「好きだよな、本当に」
「年上の人ってのは優しいんだよ。それにリードしてくれるし」
 案外甘えん坊のようである。楽しげな笑顔がそれを教えていた。
「だからいいんだよ。御前にはそれがわからないみたいだな」
「悪いけれどな。俺はあの娘だけさ」
 そう答えるのであった。
「今でもな」
「これからもか?」
「ああ、これからもさ」
 またはっきりと答えてみせた。
「だからな。他のアイドルも嫌いじゃないけれど」
「本命じゃないってか」
「本命はいつも一人さ」
 続いてこう述べてみせた。
「何時だってな」
「俺だってそうだぜ」
 その年上好みの友人も孝司に言ってきた。
「いつも見ているのは一人さ」
「あれか?吉川先輩」
「そうさ、あの人さ」
 水泳部の先輩である。彼はその先輩に入学の時から参っているのである。
「俺はあの人と一緒にいられるから今最高に幸せさ」
「まあそれならそれでいいけれどな。じゃあ今日は御前は先輩とデートか」
「そうのつもりさ。御前はどうするんだ?」
「俺は。そうだなあ」
 彼に問われて孝司は少し考える顔になった。それからまた言うのであった。
「とりあえず何もすることがないし」
「ゲーセンか本屋でも行くのか?」
「それもいいな。ただ、暇だしなあ」
 その暇にかまけてふと考えることは。
「渋谷にでも行くかな」
「渋谷かよ」
「ああ。何か面白いものがあるかも知れないしな」
 首を回して考える顔をしていた。
「とりあえず行ってきてみるよ」
「原宿はどうだよ」
「あそこでも最近何かあるか?」
「あることにはあるんじゃないのか?」
 少しあやふやな返答であった。
「あそこはいつも何かやってるしな」
「それはそうだけれどな。けれどな、何かな」
 ここで孝司は微妙な顔を彼に見せるのであった。
「今は渋谷に行ってみたいな」
「そうか。まあそこんところは好きにするんだな」
 彼の返事は素っ気無いものであった。
「俺が行くわけじゃないしな」
「結局それかよ」
「まあ渋谷も悪くはないな」
 しかし一応はこうも述べてみせてきた。
「変な奴も多いけれどな」
「まあそうした奴には関わらないようにしてるさ」
 これは心得ていた。東京にも色々な人間がいる。それはわかっているから彼も用心はしているのだ。さもないと東京は結構危ない街になってしまうのだ。彼等にとって。
「そういうことでな。それじゃあな」
「ああ。何かあったら教えてくれよ」
 そう言葉を交えさせてから孝司は渋谷に寄るのであった。渋谷はいつも通りで何の変わりもない。さしあたってこれといった目立つものを見つけないまま彼は時間を潰した。その中でふと立ち寄ったゲームソフトショップに入った時であった。
 
< 前ページ 目次
ページ上へ戻る
ツイートする
 

全て感想を見る:感想一覧