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愛の証

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第三章

 特に逆らわず部屋を後にした、そしてだった。
 遠山は娘と二人だけになった、彼はその娘にこう言った。
「実は今だ」
「今ってどうしたのよ」
「わしの携帯に連絡があったが」
 こう言いながら自分の携帯をズボンのポケットから取り出して話を続けた。
「貴明君と貴博がだ」
「二人がどうしたのよ」
「一つ聞く、御前携帯は持っているか」
「?下に置いてきたみたい」
 真希絵はジーンズのポケットを調べた、しかしそれはなかったのでこう答えた。
「どうやらね」
「そうか、それでなのだが」
「それでどうしたのよ」
「貴明君と貴博がだ」
「ええ、二人がどうしたのよ」
「今さっき交通事故に遭ったと連絡があってだ」
 こう厳しい顔で言うのだった。
「死んだらしい」
「えっ、嘘でしょ」
「嘘だと思うか」
「ちょ、ちょっと待ってくれるかしら」
 急に狼狽しだしてだ、真希絵は父に言った。
「今調べてくるから」
「いや、待て」
 実はここで娘が夫と子供の死を聞いて嘆き悲しむと思った、だがだった。
 真希絵は自分の携帯で確かめに向かった、それでだった。
 部屋に残ったのは彼一人になった、慌てている顔だったが嘆き悲しむものではなかった。彼はこのことにおかしいことになったと思った。
 それでだ、すぐにだった。
 階段を物凄い勢いで駆け上がる音が聞こえてきた、そして。
 娘が母親と同じ髪型で長くしている黒髪を振り乱して戻ってきた、真希絵は憤怒の形相で彼に言ってきた。
「お父さん、そんな話ないわよ!」
「悲しまないか」
「驚いたわよ!」
 目を怒らせての言葉である。
「本当かって思って!」
「確かめてきたのか」
「貴明さんに連絡してね!」
 自分の携帯を取りに行ってそうしたというのだ。
「無事だったわよ!家で博ちゃんと一緒にいたわよ!」
「ふむ、今だとそうなるか」
「というかね、何でそんな嘘吐くのよ」
 全身に怒りのオーラを纏わせて問うてきた娘だった。
「訳を聞かせてもらおうかしら」
「実はな」
「実は!?」
「今少女が恋人の死で嘆き悲しむ絵を描いているのだが」
 それで、とだ。彼は真希絵に話した。
「しかしどういったものかわからないでな」
「私に二人が死んだって嘘言ってだったの」
「その顔が見られると思ったが違ったな」
「思いきり焦ったわよ」
「そうなったな、目論見が外れたな」
 遠山は他人事の様にして述べた。
「驚いて焦りはしたがな」
「ええ、そうなったわよ」
「そうだな、これは困ったな」
「困ったって?」
「そうだ、折角嘆き悲しむ顔が見られると思ったがな」
「そんなに知りたいの?」
 真希絵はまだ完全に怒っている、オーラは弱まるどころかさらに強まっている。その顔でこう言うのである。
「嘆き悲しむってのがどういうことか」
「ああ、是非な」
「じゃあ教えてあげるわ、どんなものか」
 こう言ってだ、真希絵は遂に爆発した。そのうえで怒りをまだ収まらせないまま大地を両足でガニ股口調で踏みしめつつ夫と息子のところに帰った、そしてだった。
 妻はその娘を見送ってから夫のいるアトリエに行った、そこにあったものは。
 ズタズタになった絵だった、十の爪でまるで虎が暴れた様に引き裂かれている。妻はその絵と絵の前に無言で座っている夫を見て言った。
「真希絵帰ったわよ」
「わかっている」
「さっきここから凄い叫び声が二つ聞こえてきたけれど」
「一つはあいつでな」
「もう一つはあなたのものね」
「そうだ」 
 その引き裂かれた絵と正対して座って妻に背を向けたまま答えた彼だった。 
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