魔法薬を好きなように
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第1話 ちょっとした間違いじゃないんだよな
昼12時にいつものごとくマンティコア、ヒポグリフ、グリフォンの世話をして、自分の昼食後の休憩時間、午後2時より少し前の15分ぐらいから軽く走っている。午後の訓練開始前だが、すでに外へ出ていた隊員から
「よう、ジャック。今日は楽しみだな」
「そうですね。月に1回の魔法衛士隊への編入発表日ですから」
「そろそろ、お前があがってくるんじゃないかって、かけの対象になっているぞ」
「それは、光栄です」
走りながら答えていた俺は、ジャック・ド・アミアン。
アミアン男爵家の次男として生まれた。
今日までのことを思いかえすと10歳の時に、落馬をして怪我をした拍子に、前世を思い出した。前世の最後で記憶があるのは、高速道路を車でとばしているところまでだ。その後の記憶が無いってことは、事故でもおこしたのかだろうが、確認のしようもなかろう。
そこからだが、今の人生って、ものすごく刺激がすくねぇって思うようになったなぁ。
魔法もまだ使えないし、前世でおこなったことのある野球やサッカーもねぇ。
父親であるボリスは、首都トリスタニアで宮廷政治に関心がむいているようだし、母親は2年前に死んでいる。兄であるヨハンは6歳上で、トリステイン魔法学院に行っている。そのために城内をしきっているのは、代官のジョナサンだ。
俺には教育係のメイドであるエヴァがついている。乳母もかねているのだろうか、30歳代くらいの女性だろう。執事のジルダと夫婦だが、子供はいない。
城内に子供は俺しかいなくて、遊び相手もいねぇしな。
城のそばには、小さいながらも町があるから、そこで遊びにでかけることもできるが、かならず衛兵が護衛としてついてくる。こんなんじゃ、子供同士の遊びのふりも、おいおいとできやしない。
そんなところで、勉強をしていったり、今後のことを考えていくと、普通にすごすなら、どこかの入り婿となるか、下級貴族におちるかだが、チャレンジしてみる価値が高そうなのは、法衣貴族の地位を得られる魔法衛士隊だろう。
魔法衛士隊の場合、軍杖による格闘をしながら、魔法を唱えるとのことだ。前世では剣道やフェンシングを、行なったことなどもないが、身体を動かすのは幸いにして、嫌いではない。
魔法が使えるまでは、運動に関して遊び代わりとして、衛兵に剣の基礎を教えてもらいながら、前世の記憶を頼りに身体の運動神経を発達させる方へ努力してみた。
教育の方はというと、メイドのエヴァがみてくれている。しかし、座学でわからないのは、歴史や魔法関係が中心で、実技は貴族としてのマナーだ。うー、こういうのは苦手だ。
ただし、魔法関係でも水系統の魔法では薬学の実験があり、ビーカーやフラスコなどに魔法装置で実験できるのは面白い。特にアミアン男爵家は水の名門と呼ばれているわけではないが、代々水系統のメイジが多いので、その分野の資料や魔法装置などもそろっている。
化学的な実験も、分野によっては水魔法の実験に含まれるので、そういう部分では、色々と前世の知識も役にたち、楽しめる。あとは魔法が使えるようになれば、応用範囲が広がるだろう。
そう思って、研鑽を重ねていったところ、兄は魔法学院を卒業し、父親のもとへ行ったが、俺はめったに自領にもどってこない父や兄とは顔をあわせずにすむ環境で、水系統の魔法薬の実験をすすめながら、身体の鍛錬に、魔法の訓練もしていった。
そうして、15歳になった翌年の春に、父親と兄のいる首都トリスタニアに行き、魔法衛士隊の騎士見習いとして通い続けて、1年ちょっとあまりとなる。今日はこの前、魔法衛士隊隊員である騎士が1名除隊となったので、次の候補として俺の名前があがっているようだ。
そんなことを思って走っていたら、突然目の前に鏡のようなものが出てきたので、急停止をしようと思ったら、その中に入り込んでしまった。
春の使い魔召喚の儀式中、皆が見ている最中にできたばかりの召喚ゲートから一人の男が飛び出してきた。それは、足元からすべるようにでてきたかと思うと、足はすぐにとまり、そこから上半身が前のめりになって、倒れてしまっている。
皆が唖然としている中、召喚ゲートからでてきた男は鼻のあたりを押さえながら、立ち上がりつつ、周りを見回して、すぐ近くにいた髪の毛が薄い中年の男性よりも、同じくらい近くにいる少女へ向かって、
「えーと、ここはどこかな? 美人のお嬢さん」
問われた少女は、唖然としていた様子から気を取り直したようで、
「トリステイン魔法学院よ。それで、貴方はどなたかしら?」
「これは失礼しました。俺の名はジャック・ド・アミアン。魔法衛士隊の騎士見習いをしています。しかし、なんでトリステイン魔法学院なんかにきちまったんだ?」
どちらかというとまだ10台に見える青年とも、少年とも見えるそのジャックという男性が、首をひねりながら考えていたところへ、髪の毛の薄い中年の男性から、
「ミスタ・アミアン。わたしはコルベールと申して、この春の使い魔召喚の儀式を監督している。それで彼女……ミス・モンモランシの使い魔になっていただきたいのだが」
「なに―――! それって、俺が使い魔として召喚されたのか? 自主訓練で走っている最中に突然、鏡のようなものがでてきたから、とまろうとしたらすいこまれちっまたのが、召喚ゲートだったんかい」
周辺にいる魔法学院の生徒たちから「まさか貴族?」とかざわめきつつが出始めていた中で、使い魔召喚で近くにいた縦ロールの美少女が口を開いた。
「ミスタ・コルベール!」
「なんだね。ミス・モンモランシ?」
「あの! さすがに魔法衛士隊に席をおく貴族を使い魔にするのは、なんですから、もう一回召喚させてもらえませんか」
モンモランシーの内心としては、貴族を召喚したというよりも『コントラクト・サーヴァント』によるファースト・キスを、恋人のギーシュにささげておかなかったんだろうかとの後悔でいっぱいだったのだが、それはおくびにもださずに質問をしてみたのだ。
しかしながら返ってきたきたのは、
「それはダメだ。ミス・モンモランシ。春の使い魔召喚は神聖な儀式だ。好むと好まざるにかかわらず、彼を使い魔にするしかない。それに『サモン・サーヴァント』で呼び出された使い魔は、死さなければ新たな使い魔を召喚することはできない」
「ちょっとまってください! ミスタ・コルベール。ミス・モンモランシ」
ここまでだまっていた、ジャック・ド・アミアンが問いかける。
「使い魔召喚に関して多少の知識はありますが、人間を召喚したという前例はあるのですか?」
「……いや、わたしの知っている限り無いはず」
「いかに春の使い魔召喚が重要といっても、前例がないのなら、宗教庁に問い合わせをしていただけないですか?」
それと、ひと呼吸をおいてから
「それとすみませんが、魔法衛士隊の宿舎にも連絡をいれていただきたいのですが。脱走したとみなされたくないですからね」
「ミス・モンモランシの使い魔召喚の続きは、あとにしよう。他の生徒の儀式を続けるので、そのあとに学院長室へ行くこととする」
「それまで、俺は、どうするといいですか?」
「ミス・モンモランシと一緒にいてもらいたい。それでよいかね? ミス・モンモランシ」
「はい」
モンモランシーとしては『コントラクト・サーヴァント』をさけるのは、これを選ぶしかないので、素直に返事をした。
モンモランシが声もかけずに、生徒たちの方へ向かうので、俺は一緒に向かって、立ち止まった場所の横に並ぶが、気まずい雰囲気だ。
それでも、次々と召喚されてくる使い魔を見ていたが、髪色がピンクブロンドの少女が使い魔召喚に所定の位置につこうとすると、周りの雰囲気がいっせいにかわりだした。何か身構えている感じはするが、使い魔召喚で、それだけ大物を呼び出すメイジとしての力があるのか?
こころなしか、コルベールも先の場所より下がっているな。って、普通生徒を護るほうにまわるんじゃないのか?
そんな疑問の中で、髪色がピンクブロンドの少女は『サモン・サーヴァント』の呪文を唱えて、杖を振ったところで、爆発がした。
こんな時に、どこから、攻撃がきたかと思い、軍杖を抜いて身構えると、隣にいたモンモランシーが、
「ミスタ・アミアン。何も心配することないわよ。あれが彼女の魔法の失敗した結果だから」
「はい? それって本当?」
「そうよ」
それだけ、声をかけるとモンモランシーは、また髪色がピンクブロンドの少女、先ほどの詠唱からいうとヴァリエールだったかの方に向いている。
ヴァリエールって、いったら、名門中の名門じゃないか。家での教育体制もしっかりしているはずだろうから、魔法を失敗するとしてもそれほどじゃなかろうが、って思っていると、また爆発音がする。
まわりでは、よびだした使い魔たちをおとなしくさせようとしているが、この爆発音ではおどろくのも無理はなかろうな。それで何十回かの失敗のあとに、今度は召喚ゲートが現れた。
さて何が現れるかなと思って2分ほど待つと、なにやら人型の姿が現れて、数歩ばかり歩いたところで、後ろ向きに倒れてしまった。
人型だから、亜人の可能性もあるが、あの服装って、ここらでは見たことはないが、前世の記憶に残っている服装だ。俺の前世の世界からきたのか?
ヴァリエールが何やら、「モンモランシーも人間を召喚したでしょう」とか言ってたが、結局は相手が平民とのことで、この世界での貴族と平民の差は大きく、不承不承ながらも『コントラクト・サーヴァント』をおこなっていた。
そっちも興味はあったが、俺の身も心配だ。使い魔なんてものになったら、まず魔法衛士隊に入れないだろうし、このあと、モンモランシーの付き添いなんかしなきゃならないだろうしなぁ。ってことで、ヴァリエールの使い魔召喚の儀式が終わったあとには、魔法学院学院長のオールド・オスマンと顔をあわせている。
オールド・オスマンとは少々話したが結局は、首都トリスタニアの宗教庁へ伝書ふくろうをとばして、返答待ちとのことだ。実務は緑色の髪が特徴なミス・ロングビルということで、結果がでるまでは来客用の部屋にてまっていたが、わずか3時間あまりで宗教庁からの返答はもどってきた。しかも『春の使い魔召喚の儀式は続けるべし』とのことだ。泣けるなぁ。
とりあえず、先のことは考えるのは後となって、モンモランシーと使い魔召喚の儀式を続けることになった。
俺の目の前で、
「我が名はモンモランシー・マルガリタ・ラ・フェール・ド・モンモランシ。五つの力を司るペンタゴン。この者に祝福を与え、我の使い魔となせ」
と呪文をとなえてから、軽くキスをしてくる。無事に『コントラクト・サーヴァント』をなしとげやがった。こっちの方を失敗しやがれよ。
左上腕に刻まれたルーンは『ウンディーネ』で、ミスタ・コルベールからの説明では、今は伝説となっている水の妖精を示しているとのことで、モンモランシーは水の系統に確定したというか、俺って水のスクウェアだしな。
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