相棒は妹
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志乃「私がしたいのは、兄貴と一緒に一つの動画を作ること」
「じゃあ、俺はこのまま警察署行ってくるから」
「うん」
警察署へ向かう道路といつもの通学路に分かれる十字路で、俺と志乃は互いに挨拶を交わしてから別れた。俺はこれから署に向かってこの間の事件の表彰状を受け取るのだ。
目的地に向かうまでの道のりを歩きながら、俺は学校での出来事について考える。
俺と志乃が事件に巻き込まれ、俺が敵と相対した事が、五十嵐の口からクラスメイトに知られてしまったのだ。あの野郎、口が軽すぎだろ。
それを知った時、最初は全身を弄られているような冷たい悪寒を感じた俺だったが、クラスの奴らからの質問攻め及び会話で、そこまで面倒な事にはなっていない事が分かった。
あいつらが知りたいのは俺と志乃の関係とか俺自身についてであって、俺が事件時に発したと思われる言動や敵との攻防にはほとんど興味を示さなかったのだ。まぁ、俺と志乃の関係って言っても兄妹なだけなんだけどな。
結果として、俺は予想よりも精神的負担を感じる事無く学校を出る事が出来た。……志乃の奴はほとんどと言っていいほど何も話さなかったけど。
やがて、道路の先に周囲に比べてやたらと目立つ建物が見えてくる。警察署だ。
一階から三階までは整った直方体の形をしていて、ちょっと高級なマンションのような雰囲気を醸し出しているが、そこから上が少し異端している。
四階の形は、これまでの直方体の建物の印象をぶち壊すようにそれぞれの四辺が突出しており、全体的に緑の生い茂った巨木のようなものを連想させる。
だが、この警察署の全体像は最後まで予想を裏切ってくれる。
最後の階――五階はなぜか縦長に伸びていて、まるで東京のタワーを意識しているかのような構造をしていた。一体、あそこは何のために用意されたんだろう。というか、あれって本当に階に含めていいのか?
これまでの警察署のイメージを塗り替えるような構造をした俺の住む街の警察署は、住宅の並ぶ区域の中に作られているのだが――当然目立っている。初めてこの街を訪れた者が見た時の反応が見てみたいぐらいだ。
そんな異質すぎる形の建物に向かうべく、道路をのんびり歩いていると、突然後ろから声を掛けられた。
「葉山君、葉山君」
その声に振り返ってみると、そこには青の半袖シャツを着た川島さんがいた。手には近くにあるコンビニの袋を持っており、その帰りだと思われる。
「こんにちは」
「やぁ。ああそっか、今日だったね。君の表彰式は」
「ええ」
「それにしても今日は暑いね~。とても四月の上旬とは思えないや」
「え?そんなに暑いですか?」
「あれ、葉山君は暑くないの?やっぱ俺って暑がりな体質なのかな」
その後他愛の無い話を続けながら、俺は警察署へと足を進めていった。やがて警察署入口までやって来たのだが、間近で見る警察署の全体像は、やはりこれまでの建築物とは一線を越えた物だった。これを設計した人はよほど個性を持っているんだろう。
そんな事を思いながら、川島さんと一緒に署内に入る。そして川島さんが俺を説明し、予定通りに表彰式が行われる事になった。
俺は川島さん含めた合計5人の警察官(男)と共にエレベーターに乗り込み、五階へと向かう事となった。やっぱり、あの細長い部分は飾りじゃなかったのか。
……にしても暑い。暑苦しい。四月の上旬とはいえ、もともと狭かったエレベーター内に俺含めた六人の男が一気に入り込んだんだ、これで涼しい顔していられる方がおかしい。
中でも川島さんの『暑苦しいぜ』オーラがハンパじゃない。他の警察の人は少し額に汗を滲ませている程度なのに、川島さんだけ猛烈に汗を流してる。やっぱこの人暑がりなんだ。
やがて俺と警察官五人を乗せたエレベーターは五階まで到達し、俺達はそこでようやく暑苦しい空間から解放され各々が安堵の息を吐いていた。……川島さん、団扇二つ煽ぐの止めようや。これでもまだ四月なんだからさ。
そんな川島さんを放っておくように、他の警察の人達が俺を目的地に促してくる。俺も断る必要が無いので素直について行く。
縦長に伸びている異質な五階は、外部の光を完全にシャットアウトしており、天井の電気だけが俺達の視界を確保させてくれていた。まるでドラマの研究室のような奇妙な薄暗さで、自然と暑さも和らいでいく。
縦長という事で通路は曲線になっていて、内側には先ほどからいくつかのドアを確認している。きっとその中のどれかで俺は表彰されるんだろう。
改めて気を引きしめ、俺は少し先を行く男たちの後ろを緊張した面持ちで歩き続ける。
だが、いつになっても眼前の男達がドアに入ろうとせず、俺は声を掛けようか迷っていた。もちろん、相手に対してこう問うつもりだ。
『もしかして、迷子ですか?』
と。
もしそうだったとしたら、俺は笑う以前に呆れに呆れることだろう。だって、自分の所属してる署内を把握していないんだぜ?そんなのあり得ない以上にバカらしいだろ。
そんな自分の常識を必死に押し込み、俺はあえてその言葉を発さず淡々と歩き続けた。すぐ隣には川島さんがいるのだが、この人はさっきから団扇を煽いでばかりで正直意味が無い。
そして、俺達は歩き続けて歩き続けて歩き続けて――
「あっれ、表彰に使う場所ってどこだっけ」「知らねえよ、俺何も聞かされてないし」「じゃあ何で五人も来てるわけよ」「……さぁ?」
――五階を一周していた。
呆れて物も言えない俺の隣で、我関せずといった顔をしている川島さんが団扇を煽ぎながら、重大な呟きを漏らした。
「表彰って、四階じゃね?」
……それ先に言えよ。
*****
結局、俺と警察官五人は川島さんの言葉通りに四階へと向かったのだが、当の川島さんは肝心の場所を知らず、仕方なく室内を散策する事となった。だが、建物の中で一番大きい室内を誇る四階には無数のドアが存在し、どこを行っても同じような景色ばかりだった。本当に性質の悪い迷路としか言いようが無い。
だがしかし、川島さんの電話から、表彰は三階で行われるという事実が判明。俺達は急いで三階の教えられた室内へと向かったのだが――そこには苛立たしげに中央に座る白髪の男やその他関係者が一斉にジト目攻撃を開始。俺はともかく、五人の警察官は一気にシュンとなり、それ以降口を開く事は無かった。
表彰は驚くほど簡単に終わった。おそらく、皆忙しいんだろう。そんな中でも俺のために時間を割いてくれたという事には感謝しなければならない。
白髪の男――署長さんには「これからも精進するように」と力強い笑みで言われ、とても励みになった。自然と力が漲ってくるような感じがした。
その後川島さんを含めた五人の警察の人達に謝られたり、上司に怒られているところを見ちゃったりしながら、約一時間ぐらいで警察署を後にした。こうしてみると意外と短かったと思う。ま、警察署の無料探検とでも考えればいいか。
そうして、のんびりと帰宅しようと携帯音楽プレイヤーをバッグから取り出そうとした時、視界の先に見慣れた姿があるのを確認した。
白の体操服に紺のハーフパンツ、おさげにまとめた髪にヘッドフォンを首に提げた、あの特徴的な姿。一見大人しそうに見えるが、実際は毒舌で泰然自若とした、俺より胆の据わった奴。
「兄貴、遅かったね」
「まさか妹に警察署までお出迎えしてもらうとはな」
そこにいたのは紛れも無く俺の妹、志乃だった。
あまりに個性的すぎるその姿だが、もう一緒にいるのは慣れた。最初は抵抗めっちゃあったけど、これはもう時間の問題だ。まぁ、それに慣れずに私服を着る事を伝えなきゃならないんだろうが、どうせ俺が言っても私服着ないだろうし。
「表彰状見せて」
「おう」
そう言って輪ゴムで丸めた表彰状を志乃に見せる。俺はてっきり額に入った豪華なやつなのかと思ったんだけど、実際は大会とかでよく見かける紙のやつだった。でも、俺の名前がガチで書いたやつだったのは本当に嬉しかった。
「なんか、あれだね」
「ん?」
「紙飛行機作れそう」
「頼むから止めてくれよ」
「カブトムシ作ってほしいの?」
「何で折り紙前提で話してんだ……」
そんないつものやり取りをしていると、やはり時が流れるのは早いもので、いつの間にか俺達は家の近くの道を歩いていた。
今の時間帯は夕方。俺は場所的に自然とあの時の事を思い出していた。
「なんか懐かしいな。まだ一ヶ月経ってないぐらいなのに」
思い出すのは、志乃に何年かぶりにマトモに話しかけられた時のこと。そしてカラオケの帰りに志乃に平手打ちを食らい、同時に『目的』を見つけた。……その後ちょっとだけ警察のお世話になったのは、あまり良い記憶ではない。
「まぁ、今はひたすら前向くしかないよな」
俺が志乃に笑い掛けると、志乃も口を開いた。
「あの時私が言ったこと、覚えてる?」
「えっと、俺がお前の引き立て役って話か?」
あれからそれについての話は一回もしておらず、いまだに志乃の目的ははっきりとしていない。だが、きっと壮大で楽しい事なんだろうなとは思う。
そして、改めて志乃に聞いてみる事にした。
「あれはどういう意味なんだ?俺には全く……」
そう言い掛けたところで、俺の視界が一気に曇った。額や鼻の先にかさかさしたものが当たっていて、どこかむず痒さを感じる。
俺がそれを手でどかすように触ると、それは紙だった。いきなりこいつはどこから紙を取り出したんだよ。しかも何枚もあるし。
「兄貴は歌うのが好きなんだよね」
突然志乃がそんな事を俺に聞いてきた。特に何も考えずに、俺はそれに対する回答を志乃に伝える。
「そうだよ。お前が改めて教えてくれたんじゃん」
「そうだね。じゃあそれを見て」
そう言われて改めて手に持っている紙に目をやる。
そして、思わず息を飲んだ。
「志乃、これって……」
「私がしたいのは、兄貴と一緒に一つの動画を作ること」
志乃が俺の問いに答えずに紡ぎだした言葉と紙に書いてある曲の歌詞は、それだけで志乃の目的を見え隠れさせていた。
そして、俺はその見え隠れしている部分を明らかにするべく、確信に近い言葉を呟く。
「つまり、俺は紙に書いてある曲を歌って、お前がその曲の伴奏するのか?」
「音源はピアノとボーカルを抜いて使い回しだけどね。兄貴なら出来るでしょ」
そう追加情報を話す志乃の言葉は少し照れくさそうで、それでいて俺に対してあくまで上から目線を止めなかった。
だが、俺はあまりに唐突な発表とその内容に悪態を吐く事すら忘れてしまった。
その紙には、ある曲の歌詞やメロディーが書かれており、音が出しにくい部分や音程が細かな部分が注意深く記されていた。恐らくネットから取ったのだろうが、メロディーの箇所に志乃の字が書かれているところを見ると、志乃は一通り目を通したらしい。このメロディーに合わせ、曲の練習もしているのだろう。
「お前、いつの間にこんなもの用意したんだ?」
「ネットから曲の内容とか楽譜が書いてあるデータ見つけてコピーした。私と兄貴が使ってる紙一緒のやつだから、私の字が入っちゃってるけど」
「いや、全然構わないんだけど……」
志乃には、感謝してもし尽くせない程に借りを作っている。生意気でウザったい面を持っていながら、こいつは人のために尽くせるだけの思いやりを持っているのだ。いつもと違う展開に、俺はタジタジになってしまった。
「嬉しくないの?」
「う、嬉しいに決まってんだろ!お前がここまでしてくれるなんて……何で今まで黙ってたんだ?」
「兄貴の驚く顔が見たくて」
少し不敵に笑う妹を見るに、どうやら俺は志乃が満足いくぐらいにびっくりした顔を作っていたらしい。全部してやられたな、こりゃ。
だが、今はそれでも良かった。今のやり取りだけで、この世が終わってもいいぐらいスッキリした。本当に嬉しかった。
志乃はピアノで確かな実力を持っている。もしかしたらガヤガヤ動画のジャンルの『弾いたったった』のピアノアレンジでランクイン出来るかもしれない。なにせ、こいつは中学の時、ピアノで全国大会に出てるんだからな。
でも、こいつは俺の『声』を混じらせて動画を投稿する方を選んだ。きっと、その中には退学した俺に歌に対する明確な目的を持たせるという意味も含まれているんだろう。
これを直接本人に聞いてみると、
「兄貴、自分を奢るなんて恥ずかしいよ。私は兄貴の常人よりちょっとだけ発達した歌唱力に目を付けただけなんだから」
と無表情顔で言われた。ホント、ツンツンしてる上にポーカーフェイスだな。まぁ、そこが俺の妹の可愛いところだけどさ。
俺も、そんな妹の優しさに乗っかるとしよう。なんか、助けられてばっかりだな。
けれど、その分のお返しはちゃんと果たすつもりだ。
「よし!志乃、絶対ガヤガヤ動画で一位取ろうな!」
「兄貴、喉壊したら殺すから」
「お、おおう分かってるって。絶対約束な」
そして何より、こいつは有言実行の常識人だ。殺すことにも何の感慨も抱かない。
あれ、これって常識人って言うのかな?
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