魔法使いの知らないソラ
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第三章 兄弟の真実編
第一話 兄妹・焦りと再会
――――――相良翔が灯火町に訪れて気づけば二ヶ月が経過していた。
この町に慣れた、学校に慣れた、クラスに慣れた、生徒に慣れた、友達に慣れた。
そして‥‥‥魔法使いにも慣れた。
この町に来てからの時間は、彼にとっては怒涛の二ヶ月だった。
転校初日から、人知を超えた魔法と言う力に出会い、それをきっかけに様々な事件に関わった。
その事件に巻き込まれた被害者や、様々な事情で事件を起こしてしまった人まで。
時には力及ばず、失った命もあった。
彼は、そんな日々で様々なことを学んできた。
今もたまに、被害者と加害者の中で魔法使いとして覚醒しつつも、平和な日常を過ごす人と連絡をとったり、会って色んな話しをしている。
そして失った人の墓に行っては後悔の涙を流すときもあった。
そんな日々を過ごして、気づけば二ヶ月が経過した。
冬の寒さが一段と増して、早朝や深夜は氷点下を更に下回る程になっていた。
三年生は就職活動や進学が近づいており、日に日にピリピリとした空気を出していた。
そして一年生も春には終わる相良翔達は、この時期から既に『進路』を考えた授業が始まった。
簡単にいえば、進路相談の時期だ。
一年生から毎年行っているらしく、教師曰く『三年生から考えても遅い』との理由らしい。
「はい、それではこの用紙に第一希望~第三希望までの進路を書いて、後ろの席の人は回収してください」
そして彼、相良翔のクラスもまた、進路に関しての授業を行っていた。
翔は右手に持ったシャーペンを器用にクルクルと回転させながら、白紙の紙になんと書くべきかと頭を抱えて考える。
「‥‥‥」
翔以外の全員、スラスラと用紙に書き込んでいる。
左隣のルチアのほうも見ると、既に第二希望を書き込んでいた。
翔だけが、白紙のままでいた。
「‥‥‥はぁ」
どれだけ考えても答えの出ない翔は、誰にも聞こえないほど小さな声でため息をつく。
周囲の生徒がスラスラと書ける理由を、ため息ついでに考えてみた。
家の事情、子供の頃からの夢、部活動をきっかけにする人もいるだろう。
そういえば、と翔は、武と春人がサッカー部に所属していたと聞いたことを思い出す。
今は冬の大会も終わって一時的に休止しているそうだが、また近いうちに再開されると聞いていた。
そう言う意味でも違いと言うのはあるのだろう。
中学の頃は部活動はやらず、勉強、バイト、家族関係に必死だったために、未来ではなく現在のことで精一杯だった。
そう考えると翔は、周囲のみんなが羨ましかった。
隣の芝生は青く見えるものなのだと、改めて感じる瞬間でもあった。
「それでは一番後ろの席の人は用紙の回収をお願いします」
時間になると、翔やルチアは席を立って縦の列の生徒の用紙を集めた。
全員、第三希望まで全て埋めていた。
先頭の席まで全員が同じように第三希望まで書いてあることに翔は、自分だけ置いていかれていると言う不安を感じる。
「ほんと‥‥‥どうしようかな」
焦りが少しずつ募っていた。
焦りの中、翔は中学生の頃よりも前、孤児院にいた頃のことを思い出した。
まだ‥‥‥全てが崩れ去る前のこと、翔は夢を持っていた。
それは――――――世界を旅することだ。
幼い頃から孤児院で育てられ、外には滅多に出ることはなられなかった。
義妹の一家に引き取られるまでの間、狭い空間で翔は似た境遇を持つ孤児院の友達と、世界一周などを夢見たことがあった。
孤児院の職員の人が持ってきた地球儀や世界地図、ガイドブックなどを一目見たときの衝撃を、翔は今も覚えている。
――――――世界は、こんなにも広いんだ!
その時の衝動は、そのまま現在の彼にある放浪癖に影響した。
それから翔や、翔の友人は何度も世界地図を広げては指差した国には何があるのか予想したり調べたりする日々が続いた。
予想‥‥‥いや、妄想と言うべきだろう。
妄想は尽きることなく、いつまでも話し込んだ。
だから翔は孤児院を出るとき、いつかこのメンバーで世界を旅しようと約束した。
‥‥‥だが、義妹の一家で生活することになった翔は、学校、バイト、家族との距離などを両立させるために努力しているうちに、いつしかそんな約束を思い出さない日々が続いた。
今は、夢のために耐えるときだと思っていたからだ。
夢のための資金、家族を養うための資金‥‥‥結局のところ、金だった。
金がなければ何もできないのだと悟り、理解したときから翔は必死だった。
そして‥‥‥“あの時”事件が起こってしまって――――――
「相良君、ちょっといいかしら?」
「‥‥‥あ、ああ」
翔は呆けていると、隣の席にいるルチアが声をかけてきて、返事が遅れる。
我を取り戻した翔は慌てて席を立つと、教室を出ようとするルチアの後を追いかけた。
その表情で、なんとなく事情は察した。
恐らく魔法使いとしての話しなのだろう。
となると屋上になるだろうと考えながら、ルチアについていった――――――。
***
「‥‥‥ここは、生徒会室?」
「ええ。 要件は中で話すわ」
たどり着いたのは予想とは違い、生徒会室だった。
生徒会室は、この学校の一階の一番窓際にあり、あまり目立たない場所にある。
先生から聞いた話しでは、生徒会役員の人数に大きな規定はないそうだ。
選挙に立候補し、投票率が基準値を超えれば生徒会に入れると言うシステムらしい。
とはいえ、小中高一貫ということもあり、生徒会に入れるのは中学に上がってからとなる。
あとは生徒会長が勧誘して生徒会にいれると言う制度もあるらしいが、これが特権と言うものだろう。
まぁ、職権乱用と勘違いされることもあるらしく、この制度に関しては毎年討論とが行われているということらしい。
「さ、入るわよ」
「ああ。 そうだな」
などと考えていると、ルチアは引き戸となっている生徒会室のドアを開けた。
その瞬間、生徒会室の空気が翔の頬を掠める。
懐かしいような和の香りが鼻腔を擽る、
生徒会室のなかは、驚きにも畳がある広い大部屋のようになっていた。
‥‥‥いつか前に翔は、生徒会室は数年前だけ大きくリフォームしたと聞いたことがあるのを思い出した。
その時に校長や生徒会の意見でとある旅館の広い和室をイメージした空間にしたというのを聞いた。
確か広さは20畳‥‥‥一体何を考えているのだろうかと疑問を当初抱いていたが、以外とこの空間も悪くないと思う自分がいた。
「待っていましたよ。 ルチアさん、相良さん」
「井上先輩‥‥‥?」
横長に広がる木製の丸いテーブルの前に正座で待っていた女性。
この学校の生徒会長にして、魔法使い――――――井上静香だ。
どうやら要件は彼女直々の話のようだった。
「どうぞ、座ってください」
「はい」
「失礼します」
静香の言葉に従い、二人は隣同士に座り、静香と向かい合う位置に正座で座った。
二人が座るのを確認した静香の表情の表情が鋭くなり、この部屋一帯の空気がピリピリとする。
その空気に翔とルチアは反射的に背筋を伸ばす。
そしてその空気のまま、静香は話しを始める。
「お二人を呼んだ理由は、お察しの通りです。 この町で新たな事件が発生しました」
そう言うと静香はブレザーの内ポケットの中から三枚の写真を出して翔とルチアのほうに向けて広げるように見せた。
一枚目に写っていたのは、夜に撮影した証の黒い背景、そこに写る黒いロングコートを着た緑色のナチュラルショートの男性と、黄色いロングテールの髪をしたブロンドのカーディガンに黒いロングスカートの女性と、黒いショートヘアーに白いコートと黒いスカートの女性の三人が写っていた。
夜闇のせいで表情までは見えないが、三人とも20~30代であるのはその細くてスラリとした体型と身長である程度読み取れた。
二枚目の写真は少しショッキングなものだった。
衣服はボロボロで傷ついた肌を露出させ、紅い血を流して倒れる数名の体格のいい男性。
そして一枚目の写真に写っていた男性が倒れる男性の頭を踏み、まるで高笑いしている姿が写っていた。
三枚目の写真に写っていたのは、炎に飲まれている三階建ての一軒家の光景だった。
それを見る野次馬達の様子がはっきりと写されていた。
アングル的に見て、恐らく撮影場所は家の真正面だろう。
写真を見た後、静香が話しを続ける。
「この写真は別の学園の魔法使いから、この町一帯の魔法使い対策本部である魔法使いに渡りました。 報告としては、一枚目の写真の男性が今回の事件を起こしている犯人です。 二~三枚目は彼らが発生させている事件の写真です。 全て、この町の外で起こっている事件です。 ですがつい先日、この男性が灯火町に来たと言う情報が私達に入りました」
「‥‥‥」
翔は大体の事情を理解した。
魔法使いは灯火町だけにいるわけではない。
全世界にいて、彼らは独自の情報網をもって全世界の魔法使い達に情報を提供・交換している。
当然、この日本全国に魔法使いがいる。
そしてルチア達のように魔法使い対策本部を作って影で治安を守っていると言うわけとなる。
この写真は灯火町から少し離れた場所にある場所から送られてきたものだ。
その魔法使いが手をつけられなかった相手が今、この町に来た。
「この三名の実力は今までの魔法使いを遥かに上回ります。 それは、この二枚目の写真でわかると思います」
「‥‥‥つまり二枚目の写真で倒れているこの男性達は、魔法使いと言うことですね?」
「そうです」
ルチアの質問に頷く静香の表情は、どこか悔しそうだった。
恐らくそれは、自分と同じ治安を守る魔法使いが何人も倒されているにも関わらず、自分には何もできなかったことに対する悔しさだろう。
「灯火町にいる魔法使い対策本部に所属する魔法使いはこの三名の捜査に入っています。 恐らくこの戦いは想像を超える激しさになることでしょう。 ですが、負けるわけにいきません。 だから相良さんのお力をお借りしたいのです」
「‥‥‥分かりました。俺も手伝います」
翔は答えに迷わなかった。
今回の敵は様々な場所でその力を間違った方向に使っている。
もしかすれば、この町の全ての人が危険に晒されるかもしれない。
今までに出会ってきた、大切な人達。
翔は、それを守りたかった。
だからこそ、決断をしたのだった。
翔の返答に、静香は安堵した様に頬を緩ませると、話しを勧めた。
「ありがとうございます。 では、私達の今後の動きを話します。 今回は一学園一人の魔法使いを倒します。 私たちはこの緑色の髪の男性、彼を見つけ次第、私達の力をもって倒します。 残り二名は別の隊が倒します」
「分かりました」
「でしたら今日~明日が勝負ですね」
「ええ。 そうなりますね」
ルチアの言う通り、今日と明日の夜までに見つけて倒さなければ恐らく事態は深刻になる。
もしかしたら‥‥‥今日が最後の日常になるかもしれない。
「では今日の午後22:00に斑鳩さんのいるあの場所に来てください。 そこで話しがあるはずです」
「「はいッ!」」
覇気のある返事に静香はニコリと微笑んだ。
その笑顔を見るのも、この日が最後にならないことを‥‥‥相良翔は祈るのだった。
***
<PM12:30>
「‥‥‥」
「おい相良、どうかしたのか?」
「え? 何が?」
「いや、なんか心ここにあらずみたいだからさ」
「ルチアちゃんも大丈夫?」
「え、ええ。 大丈夫よ」
お昼休み、春人、紗智、武の三人と共にいつも通りのお昼を食べていた。
購買戦争に勝って入手した焼きそばパンを口にする翔。
だが、食べる速度はあまりにもゆっくりで、まるで食欲なんて感じられないものだった。
ルチアもまた、食パンを少ししか食べておらず、二人の様子の変化に春人と紗智はすぐに気づいた。
だが、翔とルチアはそれを答えることができない。
なぜならそれは、彼らが魔法使いとの関わりがないからだ。
――――――関わり無き者、巻き込むべからず。
これは魔法使いの掟とされている。
魔法使いになった人は必ずこの掟に従って生きていく‥‥‥と言うものなのだが、魔法使いとなった人で一般人にそれを言う人は滅多に居ない。
信じてもらえない、巻き込みたくないと言う気持ちがあるからだとされている。
だから翔とルチアは、この不安を言えずにいた。
‥‥‥すると、この5人組のリーダー的存在の三賀苗 武が勢いよく席から立ち上がって翔とルチアを指差していった。
「ったく、お前ら! 放課後はゲーセンではっちゃけて元気出せよ!!」
「おいおい、今日もゲーセンか?」
「うっせぇ!! この前、“翔”に格ゲーで負けたんだ! 今日はリベンジしてやるぜ!!!」
「全くお前は‥‥‥って、翔?」
相変わらずテンションの高い武に対して、相変わらず冷静にツッコミをいれる春人。
だがその会話の中、武が翔を名前で呼んだことに四人は反応する。
「そろそろ名前で呼んでもいいんじゃねぇかって思ってな。 いつまでも翔だけ苗字ってのは良くねぇだろ?」
「確かにそうだな。それじゃ俺も、今から翔って呼ぶかな」
武の言葉に春人も笑顔で頷く。
確かに、この五人の中で翔だけが名前で呼ばれていない。
翔もまた、皆のことは苗字で呼んでいた。
友達を作った経験がほとんどない翔にとって、他者を呼び捨てにするのは違和感だったのだ。
「てなわけで、翔も俺たちのことは名前で呼んでくれ!」
「え‥‥‥あ、ああ。 それじゃ‥‥‥武」
「おう!」
「‥‥‥春人」
「ああ! 改めてよろしく!」
「紗智‥‥‥」
「う、うん。 よろしく、翔」
「‥‥‥ルチアは今までどおりだな」
「‥‥‥別に気にしてないわ」
ぷいっと拗ねたようにそっぽを向くルチアに、四人はつい可愛らしくて笑ってしまった。
気づけば翔とルチアの中で、不安は消えていた。
そして、決意がはっきりとした。
この三人を守るために、これからも大切な日常が続くために絶対に負けられないということ。
そして二人は、この三人との絆が確かなものだと感じたのだった。
***
<PM16:30>
放課後、翔達は五人でいつもの長い通学路を歩いていた。
途中の曲がり角を曲がり、真っ直ぐ歩くとゲームセンターのある商店街に辿り着く。
「さて、今日こそは翔をボコボコにするぜ!!」
「そこだけ聞くと俺の危機だよな」
気合を全身から溢れ出ている武の姿に翔は冷静なツッコミをすると、三人はまるで漫才を見る客のように笑い、春人が言う。
「武は負けず嫌いだからな‥‥‥それにしても、最初は全くゲームできなかった翔が、今やランキングの上位に入るまで格ゲーを極めるなんて驚いたな」
「才能だよね。 私もびっくりした」
春人に続いて紗智も翔の実力を賞賛する。
ゲームなんてこの町にくるまで全く経験がなかった翔は、当初はコンボなども理解できなかった。
だが二週間ほどすると、その才能を発揮させて高難度のコンボを決め、ランキングに名前が乗るほどに成長した。
この五人組最強の格ゲーマスターが翔になっていた。
「だがしかーし! 俺は負けないぜ!!」
「‥‥‥望むところだ」
武の挑戦状に対して翔は、どこか切なそうな表情で返事をした。
まるで、この日が今生の別れかのように‥‥‥そんな、終わりを見ているかのような笑顔だった。
ルチアの右隣で肩を並べて歩く翔の後ろを歩いていた紗智は、彼の右隣に寄り添った。
それは、あまりにも切ない笑顔を見せた翔が、今にも消えてしまいそうだったからだ。
相良翔はここにいる‥‥‥それを確かめたかったのだ。
「‥‥‥ッ!?」
その時、翔は突然その場で立ち止まる。
左右にいるルチアと紗智は遅れて急ブレーキをかけて止まると、慌てるように翔の方を向く。
「翔、どうかしたの?」
紗智がそう聞くと、翔は無言で通学路の先にいる一人の少女を見つめていた。
茶髪のサイドポニーテールの髪にスクエア型のメガネをした少女。
白いワイシャツの上に青いカーディガンを着て、下は白と黒のストライプ柄の膝下まで丈のあるスカート。
身長は紗智(158cm)より少し低いと言ったところだろう。
その少女はこちらを‥‥‥相良翔を優しい表情で見つめながらこちらに向かって歩いてくる。
「なんで‥‥‥お前が‥‥‥」
「翔‥‥‥あの子は?」
どう見ても歳下、恐らく中学三年生程の年齢だろう。
この町で、翔に後輩で紗智やルチアの知らない後輩はいないはずだった。
まして、翔が動揺するような人なんてこの町にはいない。
とすると彼女は、この町とは別の場所、そして相良翔がいた場所。
そこまで推理したところで、ルチアは感づいた。
翔から聞いたことのある、翔の過去。
その中にいる登場人物で唯一、この場に現れて相良翔を動揺させることのできる少女。
推理出来た時、少女は走り出し、翔の胸に飛びついた。
そして嬉しそうな声で少女は言った。
「久しぶり――――――お兄ちゃん!」
その一言ではっきりした。
彼女は‥‥‥相良翔の守りたい、大切な人。
そして、相良翔がこの灯火町に来る最大のきっかけを与えた少女。
――――――|護河 |奈々
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