魔法使いの知らないソラ
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第二章 迷い猫の絆編
第一話 迷い猫の噂
――――――相良翔が灯火町に来て、一週間が経過した。
クラスの空気に馴染み、話せる人、話せない人が分かり出してきた時期、翔はいつもの友達と様々な話題に花を咲かせていた。
真冬の寒さも忘れるほどの賑やかさ、その中で話すことは些細でも楽しいものだった。
気づけばみんなが皆のことを名前で呼ぶようになって、仲は確かに深まっていた。
そんな、友達の一人である『桜乃 春人』は、ある話題を持ち出してきた。
「そういえば最近、ちょっとした噂があるんだけどさ」
「噂?」
それを相良翔は聞く。
噂、と言う単語に黒く長い髪を靡かせる少女『ルチア=ダルク』も反応して耳を傾ける。
「――――――『喋る黒猫の噂』って言うのが最近、校内でちょっとした話題になってるんだ」
「喋る猫?」
「喋る猫ですって?」
翔とルチアは同時に反応すると、春人はビクッと驚きながら、少し後ろに下がって答える。
「あ、ああ。 なんでも、どこにでもいる小さな黒猫だけど、それを見た人はその黒猫の声を聞けるらしいってさ」
「どんな声?」
翔の質問に春人は少し上を向き、腕を組んで思い出すと、声の質を女子が出すような|高音にして答える。
「――――――『私の主を守って』。 多分、死んだ猫が怨念となって‥‥‥ってやつだろ?」
「心霊現象か‥‥‥」
「こ、怖いね」
翔と春人がう~んと頷くと、紗智が縮こまって小刻みに全身を震わせる。
その光景を見てルチアが無言で肩を叩いで落ち着かせる。
翔は紗智のことをルチアに任せると、春人と話しを続ける。
「春人は、その猫を見たことはあるか?」
「いやいや、俺は噂を校内で聴いてるだけだ。 まぁあれだ。小さな噂が広がるときに変化して今になったってやつだろう」
「‥‥‥確かに、よくあることだけどな」
そんな会話が、翔達の中であった。
後にこの噂が、相良翔とルチア=ダルクを新たな戦いに巻き込むこととなる――――――。。
***
――――――時を同じくして場所は変わり、灯火町の西側にある5階建ての病院『灯火病院』の5階にある個室。
最新式のフル介護型ベッド。
白く、清潔感漂う病室の奥の窓からは最上階だけに高い場所ならではの景色が見られる。
灯火町全域が見えるほどだ。
その病室のベッドに一人、幼き少女が上半身だけを起き上がらせた状態で窓の外を眺めていた。
マルーン色の肩まで伸びたミディアムヘアーの髪。
汚れとシワのない綺麗な、手首まである長い病人服。
丸く大きめの瞳と、小さく丸みのある顔は、少女を幼く見せる。
そんな少女は、何も置かれていない病室で一人、ソラを見上げていた。
青く澄んだソラはどこまでも広がり、時折見せる雲は複雑な形をしている。
そんな、誰もが見ているソラを彼女は誰よりも長い時間、眺めていた。
一時間、二時間、三時間‥‥‥ずっと、ずっと眺めていた。
何の目的もなく、ただずっと‥‥‥ずっと。
遠い目で、どこまでも‥‥‥どこまでも、遠くを眺めていた。
まるで、自分の新たな居場所を探すかのように。
その瞳は、新たな居場所を求めているのだった。
この、白で染まる小さな籠の中から抜け出したい思いを抱いて――――――。
「‥‥‥ぁ」
そんな少女のいる病室の窓から、“黒く小さな影”が現れる。
その“影”は徐々に姿を現すと、少女は花が咲いたように笑顔になってベッドから降りて窓を開ける。
開いた窓からその“黒い影”は入ると、少女の座っていたベッドに飛び乗って丸くなって寝転がる。
可愛らしいその姿に少女は微笑みながら再びベッドに戻る。
先ほどと同じように上半身だけ起こした姿勢でベッドにつくと、白い毛布にかけられた膝の上に“黒い影”は乗っかり、再び丸くなって寝転がる。
その愛くるしい姿に少女は己の衝動を止められず、“黒い影”を両手で触れる。
気持ちよさそうに全身をクネクネとさせるその光景に少女は幸せを感じていた。
伝わる生命の温もりを感じながら、丁寧に触っていく。
そして少女は、そんな“黒い影”に自身の持つ欲を言った。
「私‥‥‥早く、この場所から出たいな。学校にも行きたいし、友達も作りたい。 なのに‥‥‥どうしてだろうね? まだ一回も、外に出たことがないの」
気づけば少女の頬は、涙でぐしゃぐしゃになっていた。
自分の世界の狭さ、広げていきたい夢。
夢を邪魔する現実の籠。
籠の中に閉じ込められた小鳥のように、彼女はその小さな世界でしか生きたことがなかった。
その|理由は、彼女の体が生まれつき弱いからである。
幼き頃から病気にかかりがちで、親と医者の勝手な判断によって、物心ついた時からずっとこの病室に閉じ込められてきた。
食事も看護師が持ってきた、味気のない料理ばかり。
唯一、果物だけは味があり、それだけが彼女の救いだった。
それ以外は、ただ永遠にこのベッドの上で時を過ごす。
時計のないこの部屋で過ごす彼女の時間は、永遠そのものだった。
同じソラ、同じ部屋、同じ人、同じご飯、同じ時間、同じ世界‥‥‥。
全てが変わらず、永遠のものだった。
そんな彼女の小さな友達、それがこの小さく黒い影だった。
小さく細身の体、小さな爪がある四本の足。
黒くふわふわとした毛並みに、人間とは違い縦に広がる黄金色の瞳と瞳孔。
愛くるしい顔をしたその黒い影の正体、それは――――――黒猫だった。
それが、少女の大切なたった一匹の友達。
「えへへ‥‥‥“ショコラ”言っても分からないよね」
苦笑いしながら、愛猫の名前『ショコラ』の頭を撫でる。
気持ち良さそうに目を細めながら体をクネクネさせるショコラに、少女は再び微笑みを取り戻す。
この癒しの存在は、永遠と言う籠の中にいる彼女にとって、唯一与えられた幸せの時間だった。
笑顔と幸せをくれる、小さな黒猫。
少女はショコラを撫でながら、それをしみじみと感じていたのだった。
《‥‥‥ミウ》
そして、この黒猫『ショコラ』もまた、この籠の中に閉じ込められた少女のことを誰よりも大切に思っていた。
自分にはただ、笑顔を与えることしかできない。
ただ、それだけしかできない。
それがショコラにとって、大きな辛さだった。
自分の命に変えてでも、この主人の笑顔と幸せを守りたくて、与えたくて‥‥‥。
ただ、それだけの思いだった。
自分以外の誰でもいい。
――――――この、孤独の籠に閉じ込められたご主人様を‥‥‥守ってあげて。
その想いだけが、ソラに木霊していくのだった――――――。
***
<放課後>
学校が終わった翔達は、いつもの道を通って帰る。
綺麗な夕日が広がるソラに、いつものように黄昏る翔。
そんな翔の空気を壊すように騒ぐ武達。
それを見て笑う紗智。
どこか距離を置くように歩くルチア。
そんな関係が、彼らの間には生まれていた。
その関係にも慣れてきている彼らはそれに違和感を持たず、普通に歩いていた。
「おっと、それじゃ俺と春人はここで」
「ああ。 また明日」
春人と武は分かれ道で翔達と別れる。
また明日と言って手を振り、二人は走り去っていく。
「それじゃ私、ここで」
「また明日、紗智」
「うん。 また明日」
「‥‥‥またね、七瀬さん」
「うん。 ルチアちゃん」
紗智も途中で別れ、残りは翔とルチアの二人となった。
紗智の影が消えたところで、翔とルチアは“こちら側の話し”をする。
そう。魔法使いとしての話しを。
「相良君は黒猫の噂を、魔法に関するものって考えてるのかしら?」
「さぁな。 でも、死んだ猫がご主人様のことを願ってこの世界に霊として現れたって言うなら別におかしな点は存在しない気もする。心霊現象なんていうのは昔からよく言われていることだしな」
話題の内容は当然、今日の休み時間の間に春人が話した『喋る黒猫』のことだった。
これが魔法使いの手によるものであれば、すぐに捜査しなければならない。
それがいたずらか、はたまた何かの目的があるかのどちらかなども不安である。
場合によっては前回のような戦いになることもある。
そう思ったルチアは同じ魔法使いである翔にも意見を聞いた。
「そうね。 確かに心霊現象そのものは異常な現象だけれど、それ自体は対して大きな問題ではないわね。 幽霊だったら除霊の人を呼べばいいだけだし‥‥‥」
「ああ。 まぁ魔法使いという考えであっても、気になる点はあるけどな」
「‥‥‥気になる?」
「‥‥‥俺が初めて魔法使いとなって戦った相手も、獣を使ったよな?」
「ええ」
翔は自らの体験を踏まえて、その気になる点というのを話した。
「あの時の狼男が放った獣は、主が召喚して主の指示に忠実なものだった。 だけど、今回の噂は少しおかしい。忠実に従う獣が、『私の主を守って』なんてお願い事をするか?」
「‥‥‥やっぱり、あなたもそこが気になる?」
ルチアも同じ考えだったらしく、翔は深く頷いて自分の意見を再びいう。
「仮に今回の喋る黒猫が魔法使いに関係するものだったとしたらそれは、黒猫が自らの意思で行動をとっている‥‥‥ということになる」
「‥‥‥つまり、|魔法使い(わたしたち)へのメッセージ?」
「その可能性もあるし、別に魔法使いに問わず、誰でもいいから守ってほしい‥‥‥そういう願いなのかもしれない」
いずれにしても、魔法使いである可能性も兼ねて、猫の主を探す必要がある。
今はまだなにも発生していないが、もしものことも考えて早期解決の必要がある。
「ありがとう、相良君。 とても貴重な意見だったわ」
「別にそうでもないさ。 それに、俺はこの件には関わる必要もないみたいだしな」
「ええ、ここからは私達に任せておいて」
私達というのは、『魔法使い対策本部』‥‥‥罪を犯す魔法使いに対して作られた組織である。
ルチアはそこの一員として、日夜働いている。
翔も一度はスカウトされたのだが、様々な事情によって断った。
だが、翔は必要な時があれば手伝うというボランティア、民間協力者という形でいる。
今回は単に主の発見というシンプルなもののため、現段階では必要がないだろうというものだった。
「‥‥‥それで話しは変わるけど、あなたは自分の魔法について何かわかったの?」
「ああ、それなんだけどな」
次の話題は、相良翔の魔法についてだ。
数多の能力を使いこなす異質の力、それが相良翔の魔法だ。
だが、魔法は一人一つの能力となっているため、相良翔の能力はあまりにも異質と言える。
翔は自分の能力に対しての興味があったため、人気のない場所で何度も使ってその能力を解明しようとしていた。
ルチアも魔法使いとして、いくつかの仮説を立てて翔に話していた。
「何度か使ってて分かったんだけど、俺の能力は多分、一つの能力に複数の機能がついたものだと思うんだ」
「でも‥‥‥」
本人の意見だったが、ルチアはそれでも納得のいかないことがあった。
「仮にそうだとしても、能力には何らかの共通点があるはずよ。けれどあなたの能力にはその共通点がないわ。それはどう説明するの?」
「‥‥‥分からない。 流石に共通点は見つけられなかった。 まだまだ、謎だらけってことだな」
「そう‥‥‥。 でも、あなたの出した仮説は確かにそれが一番可能性が高いわね」
一つの能力についた複数の機能。
そう言われれば納得も出来る。
あとは、その能力の共通点を見つければいいだけ。
それを見つければ、今後の彼の魔法に近い存在が出ても理解出来る。
「それじゃ引き続き、その解明はよろしく」
「ああ、了解」
そう言って翔とルチアは別れて各々自宅に向かって歩き出したのだった――――――。
そしてこの日の夜、迷い猫が巻き起こす小さな事件が――――――始まる。
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