機動戦士ガンダム0087/ティターンズロア
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第一部 刻の鼓動
第二章 クワトロ・バジーナ
第一節 旅立 第四話 (通算第24話)
シャアは、レコアが眠るのをみて、サングラスを外した。
(アルテイシアには似ていないのだがな……)
先ほど感じたものはなんだったのだろうか。妹の気配をレコアから感じたのだ。気の強そうな外見とは裏腹な優しさと弱さを併せ持ちながら芯の強さは恐らく自分以上であろう。だが、レコアはそうではなさそうだ。強いて言えば、ララァよりもクスコ・アルに似ている。
そう気づいた時、感傷を振り払う気になった。
レコアから感じるのはジオンの気配なのだと解ったからだ。
「認めるしかない。若さ故の過ちというものは……な」
自虐的な嗤いを浮かべる。まだ、青年と呼ばれる年齢である。大人になり切らない、だが、大人として行動しなければならない年齢にシャアもさしかかっていた。
シャアは正体を知られていたとしても、そうではない事にしておかなければならなかった。シャアの計画が表に出るには、まだ早すぎるのだ。少なくともスウィート・ウォーターのことは誰にも知られてはいけない。だからこそ、キグナン以外のジオン共和国軍ゆかりの者を使っていないのだから。
「……んっ……」
レコアが起きる気配がした。サングラスを掛けて、様子を窺う。眠ったフリをつづけていると、物思いに耽っているようだった。
「大尉……?」
「なんだ?」
眠ったフリはいつまでも続けられるものではない。バレているのだから、なおさらである。バレている……?勘の鋭い女なのだ。
「お飲物でもお持ちしますか?」
「いや、いい。あとどれくらいだ……?」
レコアが機内時計を確認する。到着まではあと三時間ほどだった。
「もう一眠りさせてもらおうか」
シャアはそう告げて、腕を組んだまま眠りに就いた。レコアはじっとサングラスの奥の素顔を探る様に視線を逸らさなかった。
ジオン共和国に復帰したシャアに最新鋭機であるMS-17B《ガルバルディ》が授与されることになっていた。なじみ深い淡い赤に臙脂色のパーソナルカラーに塗装されている。それも一機ではなく、所属中隊全てが同系色に塗装されていた。式典を明日に控え、政庁前広場に並ぶ十二機のモビルスーツたちの姿は、華やかに彩られていた。
「いかがですかな?シャア准将」
声を掛けてきたのは、国防委員長ラルフ・ホイットマンだった。ジオン共和国次期首相の声が高い人物である。
ホイットマンはダルシアら共和派ではなく、ダイクン派と呼ばれる国父ジオン・ダイクンの遺児であるシャアを擁立しようとする一派だ。ダルシアはダイクン派を取り込むためにこそシャアにキャスバルとして政治家への転身を求めたのだった。
「これは国防委員長。これは軍の私兵化になると批難されませんか?」
「ジオンの英雄《赤い彗星》のシャア――ジオン・ダイクンの子、キャスバル・ダイクンをお守りする親衛隊の様なものです。国民に反対する者など居りはしません」
「……政治のことは判りませんが、そういうものですか……」
敢えてそううそぶく。今はまだ、ホイットマンを取り込む時期ではない。純粋なダイクン支持の政治家たちは共和国に復帰していない。彼は共和派から転向したダイクン派なのだ。真の仲間となることはないだろうとシャアは踏んでいた。
「ですから、今は准将として、彼らを率いてさえいただければ良いのです」
まるで、生徒に教える大学教授のようである。言葉は丁寧であっても、ニュータイプであるシャアを利用して自分が政権を担おうとする野心が感じられた。所詮は政治屋である。
「私は軍人です。ジオンのために最後まで戦うことをお約束します」
ホイットマンに敬礼を返す。大仰に頷いたホイットマンはシャアの態度に安心したのだろう。笑顔のまま帰っていった。
「失礼します。ベイ中尉、フォス中尉がいらっしゃいました」
「通してくれ」
キグナンが一礼してドアを開ける。
「アポリー・ベイ中尉、入ります」
「ロベルト・フォス中尉、入ります」
中隊の要である二人の中尉が並ぶ。彼らとは久しぶりの体面であった。
「アポリー中尉、ロベルト中尉、貴官らが中尉とは、共和国軍はよっぽど人材が豊富とみえる」
「シャア准将、昇進おめでとうございます。また、我々をご指名いただいたそうで光栄に思います」
「ニュータイプ部隊以来だな?」
アポリー・ベイ、ロベルト・フォスは、一年戦争の最終戦となったア・バオア・クー戦で、シャアが率いたニュータイプ部隊の生き残りである。シャアが《ジオング》で出撃したため、実質的に隊を取り仕切っていたのはこの二人であった。シャアは、自分が戦隊司令官に就任するにあたって、人事部に問い合わせ、二人が軍に残っていることを知って、自分の配下に望んだのである。
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