イデアの魔王
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第二話:始業式
「うーん、だから腹痛には尻にネギ刺すのがいいって言ってるじゃないっすか……」
(桜花、入学式の最中に寝ないの!ていうか何なのその寝言!?)
小さく囁くような小望の声を耳に受け、俺は眠い目を擦りながらまぶたを開いた。
長い間パイプ椅子に座っていたせいで痛む尻をこすりながら辺り……丁度今入学式の真っ最中であるホール内を見回すと、学生達が十人十色、否この人数であれば千人千色の表情で椅子に腰かけている。
「ん……もう校長の話終わった?」
「校長どころか教育委員会の祝辞も祝電も終わってるからね、今から先輩の挨拶だよ!」
そう言って人差し指で真正面を指し差す小望。 見ればその先ではちょうど男女……おそらくは最上級生であろう二人組が壇上に立ち、こちらへ向けて会釈をしている所であった。
「あーそう、じゃあもう一眠りするから終わったら……」
「桜花?」
「……冗談っす」
鋭い目つきでこちらを睨む小望から視線を逸らすようにして壇上の二人組へと目をやる俺。
まず先に拡声器を手に取った男子生徒の方は……整った顔立ちではあるものの、黒髪黒目に中肉中背と学校においてさほど目立つような人物には見えず、典型的な真面目系優等生と言った様子だ。
『在校生代表・五十嵐清十郎です、第108期の皆様、本日はご入学おめでとうございます』
しかしそう言って五十嵐さんが手放した拡声器を受け取る女子生徒の方はと言えば、女子である事を考慮しても身長は小学生ほど、同年代と比べてかなり背の低い小望よりも更に小さい。 これだけでもかなり目立つが更にその髪の毛と瞳は燃えるように赤く『一体あんた何人なんだ!?』と問わずにはいられないような人物だ。
『在校生代表・相良結衣だよー、新入生諸君、ご入学おめでとう!』
……どうやら奇抜なのは外見だけでなく、内面もらしい。
フランクと言うべきなのか、場の空気を読まないと言うべきなのか判断に苦しむ相良さんの雰囲気ぶち壊しな祝いの言葉に、新入生の6割はははと面白そうに笑い、4割は渋い顔をしている。
俺はどちらかと言えば前者6割に入る人間だ、相良さんがどのような人物であるのか等は当然知るよしもないが、このような人は基本的に嫌いではない。 ちなみに隣の小望はと言えば、声を立てて笑うでも渋い顔をするでもなく、ただひたすらに「おー」と感心するような表情をしている。
――たった一言でも初対面の相手の印象って随分変わるもんなんだなぁ。
その視線の先で、五十嵐さんが少しだけ苦笑しながらも相良さんからマイクを受け取り、目の前のマジックスクリーンに映し出された『在校生代表の言葉』を読み上げ始めた。
『108期の皆さん、そしてその保護者の皆様、このアナムネシス魔導学院の新たな仲間となる皆さんを我々在校生一同は歓迎を持って迎え入れようと思います』
静かに、しかしはっきりと響き渡るその声で五十嵐さんは祝いの言葉を述べ、この一年間の大まかな行事やスケジュール等を説明していく。 何と言うか、本人の真面目さが浮き出るような言葉であったが、それでいて所々に話の本筋を逸らさない程度の小さな冗談等を織り交ぜたそれは決して真面目と言うわけではない俺が聞いていても飽きないものだった。
『最後に……皆さんには、この歴史あるアナムネシス魔導学院で多くを学び、いずれは優秀な魔術師、魔導研究者等、この日本魔国を牽引する人材として活躍していってもらいたいと思います。本日はご入学、本当におめでとうございます』
そこまで言い終わると五十嵐さんは一礼をし、そして新入生達の拍手を浴びながら檀上を降り、傍らでスタンバっていた相良さんへと拡声器を手渡した。 相良さんは拡声器片手に壇上へと上ったが、基本的に大人もしくはそれに準ずる人間を対象に作られたであろう演台は、小学生程度の身長の相良さんの鼻から下までをすっぽりと覆い隠してしまい、学生達はまたもぶっと小さく噴き出してしまった。
『えーとですね、私からはこのアナムネシスで生活を送る上での注意点をいくつか言わせていただこうかと思います』
そう言って語り始めた相良さんの話は、学校の主立った構造の話から、保健室の利用規約、魔術を使った生徒同士の決闘に対する制約等に始まり、次に学校の七不思議や各教師のあだ名とその由来、終いにはかつての不良生徒達が修学旅行で残した武勇伝等について語り始め、結局その途中で介入してきた教師陣数人によって半強制的に舞台裏へと引きずり込まれた。
『だから私は彼女を壇上に立たせるなんて反対だと言ったんです!』『いや、他にやりたいと言うものがいなくてですね……』『会長!いくら何でも「吉崎先生の生首」の怪談話なんて今する話じゃないですよ!』『は、離せーっ!私にはまだ可愛い後輩にあの伝説の不良、竜造寺先輩の武功を伝え聞かせると言う義務が……』
舞台裏からはしばらくそんな、聞いている側からしてみればさっぱり意味のわからない喧噪が響いていたが……しばらくするとそれも収まり、舞台裏から飛び出して来た教師の一人が進行役の教頭へと何かを耳打ちした。
教頭は何やらはぁとため息をつきながらも、手元のマジックスクリーンへと視線を戻した。
『えー……少し問題があったようなので在校生挨拶はここまでとし、新入生挨拶へと移ろうかと思います』
教頭がそこまで言った時、唐突に小望がくいと俺のそでを引っ張り、俺はそれに小さく「わかってるよ」とだけ返した。 新入生代表の挨拶、と言うのはどこの学校でも入試トップ通過のものがやると決まっているものだ、つまり……。
『……新入生代表・十六夜桜花君、よろしくお願いします』
何だか妙に緊張した声で俺の名前を読み上げる教頭、そして『十六夜桜花』の名前を聞いた途端一斉に俺へと注目する生徒達。
――まぁ、俺の場合入試トップだろうがワーストだろうが関係ないんだろうけどな。
ぐっとガッツポーズをする小望の「がんばってねー」と言う声を背に、俺は席を立った。 途中生徒達が俺を見て何やらヒソヒソと話していたが……こればかりはいくら気にしようとどうしようもない。 俺はなるべく脇目をふらないようにしながら壇上に上ると、マジックスクリーンの文章を読み上げた。
『新入生代表挨拶、2012年04月12日。
桜咲き、春の訪れを感じるこの日、私たちは晴れてこのアナムネシス魔導学院へと入学する事となりました。この歴史と伝統のあるアナムネシスに入学することの喜びを感じ、誇りに思うと同時に、アナムネシスの学生として恥じることのないよう、志を共にする仲間と共に成長していきたいという思いを感じています。そして、これからの学院での日々に大きな夢と希望を抱き、新しい人生の一歩を歩み始めます。
今現在の日本魔国は、イデア魔術の研究、開発等において多数の功績を持ち、魔術先進国として国際的に評価されつつある一方で未だ様々な問題に直面している所でもあります。 私たち学生はアナムネシスと言う恵まれた環境で仲間と共にイデア魔術の礎を知り、魔道に通ずる事でいずれ社会を明るい方向に導けるよう、魔術の可能性を学んでいきます。
以上、これは代表しての言葉であり、そしてこの国において魔導に携わる全ての人々の象徴である日本魔国魔王、十六夜桜花としての言葉でもあります。
最後になりますが、このような新入生オリエンテーションを挙行していただき、本当にありがとうございました。新入生を代表いたしまして心からお礼申し上げます。 新入生代表・十六夜桜花』
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