ネギまとガンツと俺
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第34話「ネギまと俺~倒錯する想い~」
胸が苦しかった。
タケル殿に『さようなら』といわれてまだ一日。こうして向き合っていて何も感じない筈がない。何も思わずにいられるはずがなかった。
それでもこうして戦えていたのは超殿を殺すかもしれないという恐怖を、未来の事実が示していたからだ。
――そんなはずはない、と。
ずっと思っていた。ずっと考えていた。
けれど、目の前の真実は酷なもので。
彼は刃を突きつけられて諦めるどころか、戦いを始めた。
彼の様子に違和感を覚えだしたのは、思えば学園祭の前日からだった。徐々に遠ざかっていく。徐々に見えなくなっていく。
そして、気付けば大和猛は今や敵。
何があったのか。何をしようとしているのか。震えそうになる自分を必死になって奮い立たせる。
――こうなったら力づくでも聞き出すでござる。
彼の強さは、驚くほどに不思議だった。その圧倒的な速度、力。そして、いつ攻撃したのかもわからぬ不思議な爆撃。
油断は出来ない。だが、今まで感じてきた圧倒的な強さを彼からは何故か感じなかった。
――……先ほど見せた爆発的な殺気も、のどか殿を気絶させるだけに留まったでござるが?
何かが、違う。だが、大事なのはそこではない。
大事なのは今なら取り押さえることも不可能ではないということ。
刹那と示し合わせ、飛び掛らんと武器を構えようとしたときだった。
突如、彼がその口を開いた。
「全く、ネギも馬鹿だな」
声が大きい。
いきなりのことについ首を傾げた。こうやって対峙している時に無駄な話をするような人間ではないことは既に理解できている。
観察するように、注視する。警戒を厳にして、一挙手一投足すら見逃さない。
タケル殿の視線は目の前の二人を捕らえつつも、視界の端では倒れているネギ坊主、抱きかかえるアスナ、それに回復魔法をかけている木乃香殿。そしてそれを心配そうに覗き込む残りの面子を捉えていた。
――また、何かやろうと?
「宮崎さんの心配などしなければ、ああやって気を失うこともなかったというのに」
やれやれとため息を吐いて、まるで本気で呆れているかのように振舞う。
その表情に、違和感。
いつもの無表情に、ただ焦りが溢れていた。そして、それには見覚えが。
――あれは……図書館島での?
そして、それに気付いた瞬間、全てが繋がった。
一旦は戦いを止めようとしたはずなのに、急にまた戦いを始めた、その矛盾。まるで何かに焦るように戦っている、その姿。
それはつまり――。
――図書館島で現れたような化け物が姿を現すということでござるか?
ほとんど直感のように浮かんだ考えだったが、それならば今までの彼の行動の矛盾にも合点がいく。
まるで、全ての疑問に納得がいった気がした……いや、もちろん、根本的な『さようなら』への疑問が解けたわけではないが。それは今の問題とは関係がないのでとりあえず置いておく。
それでも、こうして冷静になった頭で思い起こせばタケル殿が超殿に刀を振り下ろそうとしていた時のことも冷静に分析できる。
あの時はたしかに慌てて止めに入ったものの、よくよく思い出してみれば殺気がなかった。
つまり、『超をタケルが殺す』という先入観のせいで全てが歪んで見えていたということになるのではないだろうか。
自分の思考が繋がり、次々と導き出される答えに没頭する中、彼の言葉は進む。
「ほんとに……馬鹿だ。全くキミたちも呆れているんじゃないか?」
「そんなことないわ!!」
「そうアル!」
アスナとクーが立ち上がる。
「ネギは子供だけど、私達をまもるって必死に頑張って、今だって本屋ちゃんを気にして……そんな優しいこいつに私達が呆れるわけないじゃないですか!!」
「……ほぅ、ネギも全く幸せモノだな。親がいなくてよかったんじゃないか?」
「なんですって?」
前後の脈絡を無視したような、いきなり過ぎて首を傾げたくなるような言動に、ピクリとアスナの頬が引きつった。いや、彼女だけではない。ネギの過去を知るものは全員タケルの今の言葉に、明らかな怒気を含ませている。
――……これは。
拙者も、そして隣の刹那も遂に彼の意図を理解し始めた。ただいつになく饒舌に舌を回す彼への違和感にすぐに気付くべきだった。
狙いは後衛の少女達。
ああやって挑発することで襲い掛からせ、一気に沈めてしまうつもりなのだろう。
――マズイでござるな。
かといってタケル殿を警戒し続ける拙者たちには動くことはできそうにない。普通は口を開くだけで僅かな隙が出来るのが人間というモノのはずなのに、目の前の彼はまるで息を吸うかのように言葉を紡ぎだす。
明らかにこちらを狙っている。
全く隙が見出せずにいるのだ。対して、こちらが口を開き意識をそらせばそれだけで彼は猛然とその隙を狙ってくるだろう。
危機感に身を焦がしながら、だが心のどこかで「やはり」と思ってしまっていた。
――焦っているでござるな。それに。
さっきから視線も視界もぶれてはいないものの、ソワソワしている。滅多にみられないその様子に少し可笑しくなって、不謹慎にもつい笑ってしまいそうになる。
「ああ、親がいないんじゃなくて捨てられたんだったか? ……まぁどっちにしてもそうやって天涯孤独になったからこうやって無条件に信頼してくれるキミ達とも出会えたんだろ?」
「……」
タケル殿の明らかな挑発に、アスナたちの顔が険悪さを増していく。
「ま、あいつが甘ったれなところはさすがに変わらなかっただろうけどなぁ。いや本当にあいつの我侭さといえば――」
言葉は、そこで強制的にシャットダウンされた。
「――アデアット!!」
気付けばアスナが楓と刹那の間を抜けて猛然と襲い掛かっていた。
いや、彼女だけではない。
真後ろにはぴったりとクーがついている。
その瞳はかつてないほどに怒りに彩られていて、長らく友をやっている楓すらも初めて見たような形相だ。
「タケル先輩に……親がいない人間の辛さが分かってたまるもんですか!!」
ネギの過去を見たこともある彼女達だ。タケルの馬鹿にしたような発言を許せるはずもない。加えてアスナに至っては両親がいない。幼い頃から彼女なりに辛い思いをしてきたはずだ。
まるで自分までをも侮辱されたような気になってしまうのはいたしかたないだろう。
「――ま」
刹那の制止する言葉も、怒れるアスナとクーの耳には届かない。届くはずもない。慌てて二人の援護に回ろうとする刹那を、「刹那!」
楓が鋭くそれを止めた。
「……くっ」
その迂闊さに気付き、どうにか彼女は動作を中断した。
――そう、あれは罠。ネギをしとめたときのように、仲間を助けようと動く瞬間を狙ってこちらの戦力を削ぐ作戦。
動いてはいけないという悔しさに眉を震わせながらも、アスナ達の動向を見守るしかない。
「……三人」
タケルの呟きと同時だった。
アスナの背を飛び越え、ほぼタケルの死角から入ったはずのクーのとび蹴りに、タケルはいつの間にやら握っていた別の銃を発射した。
なにやら光る縄のような奇妙なものがクーに飛ぶ。
「ム!?」
慌ててアスナの肩を踏み台にして飛び上がった彼女に、だがそれは回避を許さなかった。
「え!?」
クーの飛び上がった後を追跡して体に絡みつき、そのまま床に3点のアンカーを打ち込んで体を固定。完全にその動きを固定した。
「自分のために怒ってくれるような人がいるネギを、本当に幸せモノだと俺は思っている」
どことなく、優しい声色だった。
「……え?」
一瞬だけ怪訝な表情を見せたアスナだったが、それでも振り上げていたハリセンを容赦なく振り下ろす。だが、まだ彼女ではタケルの相手をするには程遠い。
ハリセンがタケルの頭に直撃する寸前、彼が握り締めていたガンツソードの柄で、的確にアスナの腹部を真っ直ぐに打ち抜いていた。
「……っ」
一瞬、呼吸すら忘れるほどの衝撃を受けたアスナはそのまま地面に崩れ落ち、体を固体されたクーは成すすべなくそれを見つめる。
タケルの足元、アスナは完全に意識を失った。
「アスナ!?」
クーの焦り声に反応したのは他の誰でもなく、タケルその人。
「4人」
無造作に約2Mの距離を潰し、これまた無造作にソードの柄を、動けずにもがくクーの水月へと打ち下ろした。
「……!?っ」
アスナに気をとられた一瞬のことだった。
僅かにでもタケルから意識を離してしまったクーにそれを耐える腹筋は用意されておらず、当然のように気を失いぐったりと動かなくなる。
「……」
「……」
一陣の沈黙が場に流れ、チサメが。
まるで今になってやっと言葉を思い出したかのように、呟いた。
「……化けもんだな、ありゃあ」
「あ、アニキのパーティーが気付けばもう5人になっちまった」
同じく声を震わせて呟いたのは、オコジョのカモ。
「これで……7人」
しかし、まだ終わらない。タケルの言葉が、呆然と。
場の空気を支配した。
「え?」
固まる彼女達。
どさりと、後ろで見ていた三人―ユエ、パル、チサメ―が一斉に倒れたのはその数秒後だった。
「あと……2人」
残された人物―楓、刹那、木乃香。それに傍観者の超鈴音とカモが、同時にごくりと息を呑んだ。
誤算だった。
表情は変えず、それでも奥歯を噛み締め、目の前の二人と対峙する。
――くそ。
一気にアスナとクーの二人が飛びかかってくるところまでは予想通り。倒れる彼女たちを見た刹那か楓のどちらか、あるいは両方が仲間を守るために動くと、タケルはふんでいたのだ。
致命的な隙を生むはずのその瞬間を、まだ中学生の彼女たちはタケルの企てに気付き、自制した。
作戦が少しチープすぎたのかもしれない。作戦は失敗。
それならせめて少しでも人数を削ろう、と後ろで控えていた三人を気絶させたが、楓か刹那の一人を気絶させることに対して、割に合わない。
ちなみに、気絶させたのが4人ではなく、3人だったのは『あえて』のこと。
――近衛さんを気絶させるわけにもいかないからな。
小さな息を吐き、諦めたように構える。
もしも、大きな傷を負わせてしまった時、やはり頼りになるのは木乃香の回復魔法。元々重傷を負わせるつもりはないが、ガンツ兵器の威力はどれもが群を抜いている。打ち所が悪ければ、Xガンの威力をどれだけ抑えていても、どれほどの傷を負わせることになるかわからない。
木乃香だけは最後まで気を失わせるわけにはいかなかった。
――残された道は一つ。正攻法で裏をかく……しかない、か。
既にスーツの恩恵が切れている今、仕方無しにその危険すぎる結論を固めたタケルがまずは先制しようと、足を一歩踏み出したときだった。
「ちょっと待ったでござる」
楓の声。
「……」
本来のタケルなら、そんな言葉に耳を傾けるはずもない。むしろ好機と一気に踏み込むだろう。
だが、自然と。
タケル自身すら意識せず、気付かないほどに本当に自然と。
条件反射的な行動だったのかもしれない。
足が止まり、耳を傾け、首が傾いていた。
ピタリと止まったタケルの様子に、満足げに頷いた楓は口を開く。
「もう、いいのでは?」
「なに?」
「拙者はもうわかってるでござるよ?」
「……」
「……タケル殿が、超殿を殺すつもりはなかったことを」
その一言に、空気が変わった。
「「!?」」と、カモと刹那が驚きにその顔を染める。後ろの木乃香が「あ、やっぱり」と小さく呟く。
超は一人で頷き、タケルは相変わらずの無表情。
「ど、どういう?」
刹那が困ったように小首をかしげ、タケルと楓の両方に視線を交互に送る。
「よく思い出すでござる」
「?」
「……超殿に刃を振り下ろそうとしていた時、タケル殿から殺気は?」
「……」
刹那が無言で顎に手を置き、じっくりと目を閉じる。
攻める好機かと一瞬だけ考えたタケルだったが、残念ながらそんな隙は見出せない。目を閉じながらもタケルへの警戒心を怠っていないのは流石な彼女達だ。
数瞬の後「あ」と、まるで風船が抜けるような声が彼女から漏れ出ていた。
「なかっ……た?」
「うむ」
「で、では全て私達の勘違いで?」
最後まで言おうとして、だがすぐに「いや、だが」と言葉を挟む。
彼が身の潔白を証明しなかったことは理解できる。雰囲気からして誰もその言葉を信用しようとはしなかっただろうから。
だが、それにしても不可思議な点があった。
「それならばなぜ、武器をとったのですか?」
タケルに、問う。
そう、確かに最初は武器を置く素振りを見せていたのだ。それで済ませておけば今のように争うこともなかったはずだ。
「……」
「タケル先生?」
答えようとしないタケルの代わりに答えたのは楓だった。
「また、化け物が出たのでござろう?」
「!?」
おそらく今日彼女達に見せた初めての驚きの表情に「図星でござるな」と、微笑む楓。 それらを目の端で捉えつつ、刹那が疑惑に心を奪われる。
「……化け物?」
――なんだ、それは?
楓に尋ねようとして、だが思い出した。
あれはまだタケルが教師として赴任してきて間もない頃。
一人で帰る刹那を襲った2足歩行のカメのような化け物がいた。それを退治していたのが目の前の彼、大和猛だ。
「……まさか? だ、だがそんな化け物の気配は」
うろたえる刹那に、再び楓が答える。
「確かに拙者も感じないが、タケル殿は既に察知していた……だから――」
「――だから、私達の説得を諦め、私達から抜け出すことも諦め、こうして順に気絶させてから化け物と戦うつもりだった……とでも?」
2人の推測がかち合い、視線が絡む。そして混ざり合った視線はそのまま、先ほどから沈黙を保つ彼のもとへと注がれた。
「……」
ただ黙り込み、答えないタケルに、2人の視線がより熱く注がれる。いや、2人だけではない。後ろでは三人。正確には2人と一匹。超と木乃香、それにカモも沈黙を保ったままじっと見つめている。
「タケル殿?」
「タケル先生?」
「ふぅ」
ついに諦めたのか、大きく息を吐いて口を開いた。
「ああ、2人の推測の通りだ」
「やはり」
「で……では……本気で!?」
――なんと、無茶な!
そして、なんと合理的なことだろう。
未来ではタケルが超を殺すと知ってしまったあの空気の中、一度刃を取り出した彼の言葉を信じる者はその場にはいなかっただろう。
きっと、それは純粋なネギでも。もっともタケルに心が傾いているだろう楓ですら。
だから、説得ではなく実力行使でそれをやってのけた。実際、既に7人もの人間が彼によって無力化させられてしまっている。
――さすがに、この人は違う。
刹那が軽く薄ら笑んでしまったのは、微かな恐れか、それとも純粋な意味での畏敬の念か。
上空、約百Mの飛行船。
季節にしては涼やかな風が流れ、火照るほどに熱くなりすぎた空気を適温にまで下げてくれる。
戦闘時のソレは気付けば鳴りを潜め、いつの間にか普段の彼等が姿を見せ始めていた。
タケルが星人を感知してすでに4分。
彼と彼等の戦いは、気付けば幕が下りていた。
気付けば戦いが終わっていた目の前の光景に、声を失っていた。
頬が引きつり、ともすれば乾いた笑い声まであげてしまいそうになる。
――なんて、非常識ネ。
お前が言うなと周囲からは言われそうだが、未来に帰れば自分のことは天才と称される程度に落ち着くだろうから、やはりこの場でただ一人、立ち尽くす男に送る感想としては最も適切な気がする。
超鈴音が目の前の黒き男、大和猛に完膚なきまでに敗北したのはまだ数分前でしかない。それが、気付けば死屍累々……いや、誰も死んではいないのだが、気を失って倒れている人間がそこかしこに転がっていた。
彼女が持つカシオペア、いわゆる時間移動を可能とした未来兵器を持っているわけでもない。ネギのような膨大な魔力をもっているでもなく、また楓や刹那のように体術や気に特化した術を持つでもない。
一言で称すならば……そう『気がつけば』と。
いつの間にか、タケルの前に立つ人間が一人減り、二人減り……最終的には戦力としては補助しか出来ない近衛木乃香とオコジョのカモ、それに戦う必要のなくなった刹那と楓が残ったのみ。
確かに、刹那と楓はネギ一行の中でも最高戦力だろうが、それでも目の前の彼ならば見事に倒していた気がする。
タケルという人物に関して、マナや茶々丸が気にしていた理由の一端を見せられた気がしていた。
――まぁ、未だにネギ坊主の言っていたことは理解できなかたガ。
そもそもタケル先生が自分に刃を振り下ろそうとした時の彼の目は優しかった。今でも殺すつもりはなかったのだろうということが自信を持って言える。
まぁ、それを言わなかったのはごたごたにあわせて逃げ出してしまおうという考えがあったからだが……結局、そんな時間も隙も余裕もなかったわけだが。
だが、ネギ坊主が見てきた一週間後の世界では不思議なことに自分は彼に殺されたという。
――この後、何かが起こるのカ?
彼等の言う化け物という存在はよくわからないが、おそらくそういうことなのだろう。もしかしたらその時に自分は死ぬことになるのかもしれない。
――……仕方ないカ。
身じろぎとともに自身の体調を確認する。
あらゆる兵装は既に壊れてしまってはいるが体に傷はない。ただ、無理して魔力を使用したせいか、体が重く、のっそりとした動きそうにない。
これでは世界樹に魔力が充溢する時間までに魔方陣を完成させて計画を実行することは不可能だろう。
そもそも自分は既に敗退した身。今更、元々の計画を発動するのは超自身の矜持が許さない……という風に自分に言い訳をしておく。
ともかく、今から何が起こるのかはわからないが、ある程度の覚悟だけは持っておく。
もしかしたら死ぬかもしれない未来に、諦めたように目を閉じた。
と。
「まだ強制時間跳躍弾を持っているか?」
いつの間にか彼が目の前にまで来ていた。
「……どうしてそんなことを聞くネ?」
超の問いに、彼は当然のように答える。
「キミたちを未来に送る」
「……なるほど」
その一言が、彼の今までの行動の全てを物語っていた。後ろではこの場で意識をもっている4人が「あ」と今更ながらに思い出したかのような顔をしてみせる。
――さすがに、目的は忘れないネ。
どうせほとんど動けない身。無理にでも探されたらそれでバレることなので嘘をつく意味もない。ここは素直に従うしかないだろう。
ポケットをまさぐり、探す。念のために残していた8発の弾丸を差し出し「これで最後ネ」
「少し足りないが……丁度といえば丁度、か」
どことなく不満げに呟いた。
この場にいるのはタケルを除いて11人と1匹。弾の対象は一発で一人のため、4人もしくは3人と一匹を運ぶことが出来ない計算になる。
そして、3人と一匹は超鈴音を除いて今現在意識をもっている数でもあるのだから、必然的に今現在気を失っている人間達に使われてしまうだろう。
超鈴音を当たり前のように残す側に含まないのは、残念ながら当然の配慮といわざるを得ない。
「仕方ないな……悩んでいる時間もない」
クルリと向きを変える。
「近衛さんとカモは未来に送られなくても構わないか?」
――ここは安全とは言いがたくなるが。
申し訳なさそうに言うタケルに、二人が大きく頷いた。
「嫌やわ先輩、ウチがおらんかったら傷ついた人を助けられへんやろ~?」
「何水臭いこと言ってンすか、タケルの旦那! おれっちが真実を見届けなくて誰が最後までこの戦場を見届けるっていうでぇ!!」
2人の大きな言葉に、安心したように頷く。ついで、刹那と楓に。
「君達も……構わないか?」
「にんにん」
「このかお嬢様を守るのは私の役目ですから」
らしい言葉が返ってきた。
「聞くまでもなかったな」
言葉と同時、並んで気を失っている生徒達に次々に弾をあてがっていく。
順にチサメ、のどか、ユエ、パル、ネギ、アスナ、クー……そして。
「キミで最後だ」
「フフ……これで私という危険な芽に意識を配る必要がなくなたネ?」
「……3時間後の世界で、じっくりとお別れ会でもしてくることだ……最後の文句くらいなら聞くが?」
「こっちは完敗した身……言い訳する気も起きないヨ」
穏やかな顔で言う彼女の言葉には、確かに悔しそうな色はあまり見て取れない。
「……」
タケルが無言で弾を当てようとしたとき、超は呟いた。
「……ありがとうネ、先生」
――これで、とりあえず死ぬことはなくなたネ?
タケルの意図を全て読み取った彼女の頭脳はさすが、というべきか。それに対して、タケルは無表情のまま、言う。
「俺はキミの副担任だからな……礼は要らない」
ぽかんとした超はそのままクスと笑って、時空に呑まれてていった。
こうして、そもそもの一端であった超鈴音はこの時間から消え、超鈴音VS魔法教師軍団の図式では一応、後者が勝利を収めたことになった。
――これで、問題が2つ片付いた。
ホッと息をつく。
正直なところ、スーツがおシャカになった今の状況で、目の前の二人と戦いたくはない。
対峙する必要がなくなったせいなのかもしれない。
「――ほらー、やっぱりやったえ?」
「い、いや……確かにこのか姉さんの言った通りになったけど……恐れいったぜ、全く」
後ろで話す声すらも鮮明に耳に届く……いや、というよりも後ろで話す彼女達の声のボリュームが大きくなっただけのような気もするが。
言葉から察するに近衛さんは最初から俺を信じてくれていたということだろうか。
確かに、最初に囲まれた時も彼女の目からは不信感というよりも不思議そうな色しかなかった気がするが。
「なぜだ?」
――こんなことを聞いている場合ではない。
既に星人が出現して約5分の時が流れている。
さっさと下に行かなければならないことは分かってはいたのだが、それでも聞かずにはいられなかった。
「近衛さんは最初から、俺を疑っている様子が無かったが……なぜだ?」
その言葉に、驚きの表情を見せた楓と刹那。2人もはじかれたように木乃香を見つめる。
「え? ……う~ん」
突如、問われた彼女は恥ずかしそうに、それでいて困ったように頬をかき……そして言い放った。
「先輩、そんなことする人ちゃうって知ってるから……かなー?」
呑気な声が響いた。
誰もが疑いの目を向ける中、ただそんな理由でタケルを信じ続けた。
楓も、刹那も、超もカモも、そしてタケルも。
柔らかな微笑みが彼等を包み込んでいた。
――もしかしたら聞きたかったのかもしれない。
彼女達といたのは僅か数ヶ月。
それでも、そんな短い時間で心の底から微笑むことができたのは何年ぶりのことだっただろう。
「そうか、ありがとう」
彼女達に背を向けて、眼下に広がる大きな大地に目を配る。
――さて、どこにあったか?
スーツが生きていたなら足から着地さえすれば問題のない高さだが、今回はそうもいかない。まさか生身で降りられる距離でもない。
とりあえず降りる方法を探す必要があった。とはいっても既に心当たりがあるので、あとはそれの位置を確かめるだけ。
――見つけた。
タケルが告白阻止のために使っていた特殊な衝撃吸収装置。変なマットらしきモノが大きく広がっていたので見つけるのは簡単だった。
この高さからそこに落ちても無傷という保障はないが、それでも死ぬことはないと断言できる。結構に優秀な装置なのだ。
確認を終えたタケルに、後ろから声が。
「拙者たちも行くでござるよ」
「タケル先生、今回はどのような化け物たちと?」
「……なに?」
既に戦闘態勢に入っている楓と刹那に、タケルの動きがピタリと止まった。
「キミたちも……戦うのか?」
その問いに、彼女達は逆に驚いた顔を見せて言う。
「当たり前ではないですか」
「今から下でタケル殿が暴れるというのに、拙者たちだけ指をくわえて見ていることなどできないでござるよ」
後ろからは「せっちゃん、頑張ってやー」と何とも呑気な声が響く。
「一緒に戦ってくれるということか?」
聞く時間すら惜しい。というのにまたもや自然と口が開いていた。彼女達の実力が信頼できるものであるということは知っている。いつもならば即座に歓迎して、さっさと下に向かっているところだ。
だが、それでもやはり。聞かずにはいられなかった。
――もしかしたら感じたかったのかもしれない
彼女達といたのは僅か数ヶ月。
それでも、これほどまでに充実した人生を感じたのは何年ぶりのことだっただろう。
「にんにん」
「あたりまえです」
「……そうか」
微かに緩んだ表情で呟く。
「ありがとう」
――いや、ただ少しでも。彼女達の優しい言葉を聞きたかっただけなのかもしれない。
彼女達といたのは僅か数ヶ月。
それでも、少しは彼女達にとって心に残っていられるだろうか。少しは覚えていてくれるだろうか。いなくなった自分に、関心を示してくれるだろうか。
気付けば楓に恋をして。ネギや親しくなった生徒たちには安らぎを覚えて。エヴァには世話になっていた。
ミッションの中で生きてきた。
最初こそ慣れることのなかったミッションも、気付けばそのミッションにこそ生きがいを覚えるようになり、そしてまた気付けば生活サイクルの一部と化していた。
そんな俺がこの数ヶ月。
たったの数ヶ月をこの学園で過ごしただけで。
学園こそが、生徒達に会うことこそが生活サイクルの一部となっていた。
だから、彼女達が自分を手伝ってくれるという言葉――
それは自分を気遣ったわけではないのかもしれない。
ただ、学園や友人たちを危険に晒させたくなかっただけなのかもしれない。
それでも。
――嬉しくて、嬉しくて。
こうして本気で表情が緩んだことは、それこそ10年来のことかもしれない。
どこかぎこちなく微笑んでいる自分が、少し可笑しくて。
だから。
ギョーン、と。
奇妙な音が響いていた。
気付けば向けられていた銃口を、刹那と楓が不思議そうに見つめて「「え?」」
どさりと。
楓が
地に伏した。
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