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ソードアート・オンライン 少年と贖罪の剣

作者:星屑
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第一話:贖罪の剣



「釈放だ、出ろ」

重苦しい音を響かせて、目の前の柵の扉が開かれる。黒髪の少年はそれを見ながら、右手を隠すように黒いズボンのポケットに突っ込んだ。

「これからどうするつもりだ?」

檻の中から出た少年に、看守のような服装をした男はそう問いかけた。
男はこの黒鉄宮の監獄エリアに幽閉されていた少年と比較的にコミュニケーションをとってきていた唯一の存在だった。
『幽鬼』と恐れられている少年を、他の人間達が敬遠していた中、彼だけは少年へと声をかけ続けていた。

「…オレがここに幽閉されてから二ヶ月。その間に攻略されたフロアは二層。まずは武装を整えてから、遅れを取り戻すためにレベリングをする」

「そうか。お前は攻略組だったもんな…」

攻略組。この縋るべき神のいない世界において、人間(プレイヤー)たちが唯一縋ることのできるプレイヤーたちのことを指す。
少年が攻略組だと知ったのは、男が少年と打ち解けてすぐのことだった。

「ああ。すぐにでもオレは奴らに追いついて、そして追い抜かなくてはならない。これ以上、犠牲を出さないためにも」

全てに達観したような無機質な赤の瞳は、少年のことを少しでも知っている男から見れば確固たる意志を宿しているように見えた。
そしてそれを見て、男はそれが危ういと思った。

「無茶はするなよ」

だから、その言葉は自然に口から出ていた。その後に返ってくる言葉が分かっていても。

「無茶無謀は押し通してこそ。今更、出し惜しみなんかするつもりはない」

血のように真っ赤な瞳が男を見据える。男は、それだけで体に震えが走るのを感じた。
恐怖ではない。彼に感じるのは、ひたすらな狂気。このゲームを終わらせるという純粋な思いが、狂気へと変貌していたのだ。

「……それでもだ。お前が死んだら、悲しむ人間だっているはずだ」

赤い瞳から目を逸らさず、懸命に男はその言葉を紡ぎ出した。
ふっ、と少年の瞳が男から外れ、そしてどこか遠くへ向けられた。

「…どうだかな」

ポツリと呟かれた言葉に、男は怪訝な顔を浮かべた。だが、それを疑問として口に出す前に、少年は男に背を向けて歩き出してしまった。

「世話になった。この恩は、いつか必ず返す」

剣を納めた鞘を背中に吊った少年に、男はそれ以上声をかけることができなかった。
代わりに、男はその少年の背中を目に焼き付けることにした。かつて希望の象徴と謳われていた、幽鬼の背中を。



† †


監獄エリアから出た少年ーーレンがまず最初に向かった先は大きな石碑の前だった。
システム的に『生命の碑』と名付けられているその巨大な石碑は、この世界で生きている人間全てを記録している。五十音順に並んでいるプレイヤーネームには、所々に斜線が引かれていた。
それは、この世界で死んでいった人のことを指している。
普通のゲームならば、その中で死んだとしても『死に戻り』するだけだが、このソードアート・オンラインは違う。
プレイヤー達に証明できる術はないが、このゲームで死を迎えた人間は、現実の世界でも頭に装着したゲーム機本体に脳を焼き切られて死ぬのだと言う。
故に、ゲーム世界の死=現実世界の死に繋がっている。

「……」

レンは、その中で一人の人間の名を見つけて、石碑に薄れた右手を触れた。浮かび上がる文字列を、目を細めて見る。

『プレイヤーネーム:ネロ
死亡年月:2024年8月
死亡原因:プレイヤーキル』

斜線の引かれたNeroの名に触れて、目を閉じる。次に開かれた彼の瞳は、右目が青白く染まっていた。

「もう、時間がないな…急がなければ…」

自らに起きた異常を認識して、再度強く目を閉じる。再び開かれた瞳は、紅蓮の双眸に戻っていた。

「また来る…」

そう呟いて、レンは生命の碑を後にした。



† †



生命の碑を後にしたレンが訪れたのは、現在の最前線である73層から遥かに下層である48層、その主街区であるリンダースだった。
夕方の少し涼しい風がレンの黒髪を揺らす。赤く染まった街を見て、レンは深く息を吐いた。

「よし、行くか!」

先ほどまでの達観した面持ちから一変して、彼は年相応の少年のような表情を浮かべていた。声も暗く沈んだものではなく、明るく溌剌としたものに。纏う雰囲気すら快活になった。

目的の場所はすぐに見つかった。大きな水車付きの職人クラス用のプレイヤーホーム。その扉にかかる『OPEN』の掛札を確認して、レンは思い切り扉を開いた。
しかしそれは、どうやらマズかったらしい。開いた途端にガツン! という痛々しい音を聞いて、レンの額に大粒の汗が流れた。

「………」

目尻に涙を溜めて半目で睨んでくるピンク色の髪の少女に、レンはどうしていいか分からず苦笑いを浮かべた。

「わりぃ」
「『わりぃ』じゃないわよ、このバカーー!」

叫びと共に左足のしっかりとした踏み込み、体の捻りを最大限に活かした少女の鉄拳が、レンを襲った。
が、その拳はレンに叩き込まれることなく、犯罪防止コードによる不可視の壁に防がれてしまう。

「わ、悪かったって!まさか扉の前にリズベットがいるとは思わなかったんだ!」

それでも尚、殴るのを止めようとしない少女ーーリズベットを必死に宥めるレン。
他のお客がいなくてよかった、と後にリズベットは安心することになる光景であった。



† †



「……で、今までどこほっつき歩いていたのよ?」

あれからしばらくして、店仕舞いを終えたリズベットとレンは向かい合うように座っていた。
ただし、リズベットは椅子に、レンは床に、だが。

「……ちょっとヤボ用でな。しばらくの間、迷宮区に篭ってたんだ」

「? ふぅん…」

俯き気に答えたレンの、いつもと違う様子に疑問を浮かべたリズベットだったが、たまにはそんな時もあるかと自分を納得させた。

「ところで、頼んでおいたのはできたか?」

「えぇ、もちろん。ちょっと待ってなさい」

椅子からすっと立ち上がって、リズベットは足早に工房の奥に走って行った。

少しの物音がして、リズベットが両手で漆黒の剣を持ってやってきた。

「これがアンタが頼んでいった片手用直剣《エスピアツィオーネ》よ。要望通り重量は軽め。アタシ会心の出来よ」

両刃に、十字柄。黒い刀身に十字架の刻まれている剣をリズベットから受け取って、レンは食い入るようにその刀身を見つめた。

「…綺麗な剣だな」

「でしょ?アタシの最高傑作のうちの一つなんだから、大事にしなさいよ」

「おう、そうさせてもらう」

そう言って、エスピアツィオーネをアイテム欄に仕舞い込むレン。彼は、彼自身の持つスキルによって武器の装備は必要なくなっているのだ。

「サンキューな、リズベット。これで、もっと攻略に集中できそうだ」

顔に嬉しそうな笑みを浮かべてそう言うレンに、リズベットはどこか怪訝そうな表情をした。

「…無茶はするんじゃないわよ」

そんなリズベットの内心の戸惑いに気づかなかったのか、レンはそのまま床から立ち上がった。

「無茶無謀は押し通してこそ。こんな世界なんだ、やれることはやれる時にやっときてぇ」

それはいつも彼が言っていたセリフだった。リズベットがこのプレイヤーホームを諦めずにコツコツとお金を溜めて買えたのも、やっとの思いでここに武具店を開けたのも、彼のこの言葉に後押しされたのが大きかった。
だからこそ、リズベットの記憶の中にはそのセリフを口にする彼の姿が色濃く残っていた。
風に靡く黒髪、強い意志を宿した紅蓮の双眸、自信をその身で体現しているかのような不敵な笑み。そして右手に携えた一振りの剣。まるで伝説の勇者のような、そんな貫禄を纏う彼の姿。

だからか、リズベットは今の彼の姿に疑問を覚えた。
黒髪は変わらず、紅蓮の双眸もそのままに、表情も相変わらず笑みを浮かべている。だが、ナニカが足りない。決定的ななにかが、彼から欠損しているとリズベットは思った。

「じゃあな、リズベット。良い剣をありがとよ」

「っ…あ…」

気づいた時には、レンは既に扉へ手をかけていた。背を向けて手を振る彼の姿に、何故か、リズベットは声をかけることができなかった。



† †



「……ふぅ」

リズベット・ハイネマン武具店を後にして、レンは近くの裏路地で溜息をついた。

「やはり、昔の真似をするのも楽じゃないな…」

先程までの自信満々の表情から一変、レンは自嘲気味な笑みを浮かべた。

「情けない…これじゃ、あいつらに会わす顔もないな」

最後に、小さく息を吐き出して、レンはその場を後にした。




to be continued 
 

 
後書き
どうでしたでしょうか? ちなみに、レン君の剣となった武器である《エスピアツィオーネ》は、イタリア語で《贖罪》という意味を持っています。レン君にはぴったりの剣です!
意見・感想・指摘などドシドシください! 
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