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相棒は妹

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志乃「兄貴が表彰状受け取るとか滑稽」

 カラオケ店ジャック事件は、日曜日の朝刊の地方新聞で取り上げられた。

 犯人グループは逮捕、拳銃は押収し、カラオケ店は一時的に閉鎖するという。高校生が刺又を持って対抗したという情報も載っていて少し恥ずかしかったりした。

 昨日家に帰った後、警察から電話があった。電話の相手は川島さんで、月曜日に授賞式をやるという内容だった。日曜日の今日にやってほしかったのだが、お偉いさんが会議か何かでいないらしい。月曜日は早退する他ないだろうな。

 昨日は家に帰る途中志乃と言い合いになって、この後険悪な感じになるんだろうなーとか勝手に考えてたけど、実際は全く違った。

 家に着いた後、あいつは何食わぬ顔で俺に話しかけてきたのだ。まるで言い合いになった事など頭の中には無いとでもいうように自然体だった。


 「兄貴が表彰状受け取るとか滑稽」

 そんなムカつく言葉から始まった。

 内容は、歌う時に必要な機材の購入や動画編集ソフトの説明だった。とはいえ、俺はまだ課題曲のようなものを出されてないからこれについてはまだ先の話かな。

 俺は、何故あの時志乃がキレたのかがいまだに分からなかった。それを聞こうとしても、志乃は無視するか話題を変えるかして答えを口にしない。それが少しもどかしかったりした。

 やっぱり、俺はまだ志乃の事をちゃんと分かってないんだよな。数年のブランクがあるとはいえ、やっぱダメだ。

 *****

 私、上手くやれてるかな。自分じゃ分からない。

 兄貴が学校を退学した。去年の十一月頃だった。確か、道場を燃やそうとしたんだっけ。

 それを聞いた時、私は悲しかった。何が悲しいかって、兄貴が自分の道を叩き壊した事だ。

 私は妹だ。兄貴の方が生きてる時間は長い。それでも分かる。本気でやってた物に対して絶望を覚えるその感情が。悔しくて悔しくて、必死にしがみついて、それでも振り落される現実の非情さを。

 毎朝五時頃に起きて夜の九時頃に帰ってくる忙しい毎日を送っていた兄貴だけど、退学した後はいつも家にいた。パソコンに向かっているか高校入試の勉強をしているかどっちかだ。その顔に、最近まであった生気は無かった。全てが『どうでもいい』みたいな顔をした、生きた人間の抜け殻同然になっていた。

 そんな兄貴に、私は声を掛けなかった。その姿がムカつく、勉強の邪魔をしたくないっていう理由もあったけど、それだけが全てじゃなかった。

 私はその時、兄貴を楽しませようと、心の底から思ったの。

 このままだと、兄貴は過去のしがらみに囚われたままで先に進めない。未来を創造する事が出来ない。大きな勘違いしながらピアノを続け、ピアノによって自爆した、過去の私のように。

 それではダメだ。私は知ってる。人間は、大きなショック一つで人生を命取りにするって事を。

 でも、それを経験した私は、乗り越えた先にあるもう一つの結果を知った。

 それは、人間は挫折を経験する事でちょっとだけ強くなるということ。前を向けば、まだやり直せるってことを。

 別に同じことをやり直すだけじゃない。好きな事に没頭すればいい。自分が楽しいと思える事に時間を使えばいい。それだけでも大きく変わる。

 私はピアノで一度くじけたけど、ピアノが『好き』だから続けてる。『報われる』とかは考えた事無い。だって、ピアノが好きなんだもん。

 兄貴がどうなのかは知らない。ここずっとマトモな会話してないし。でも、長い間続けてた剣道を退学って形で辞めた事は兄貴にとってかなり痛いんじゃないかな。

 だから、私は自然と考えた。兄貴に『楽しい』と思わせようって。兄貴に素の笑顔を作ってもらおうって。

 高校入試が終わって合否が出た次の日、私はお母さんに相談した。やっぱり、自分だけじゃなかなかアイディアが浮かばなかった。

するとお母さんは、

 「志乃が伊月のために考えてくれて、お母さん嬉しいわ!コスプレしちゃう!」

 とか変なテンションにさせちゃったので、次に変態親父に相談してみた。

 「ねえ変態。兄貴って何か好きな事あったりするの?」

 「お父さんを変態と呼ぶのは止めなさい。私は立派なパパだ!」

 「兄貴って、何か好きな事あったりするの?」

 「あ、ハイ。えと、伊月は剣道の他にカラオケとか読書が好きなんじゃないでしょうか?」

 「ありがとう、お父さん」

 「おお、五年ぶりに志乃がお父さんと言ってくれた!お礼に私が勉強を教えよう!さぁ、部屋に行こう」

 「死ね変態。燃やすぞ」

 そういう経緯から、兄貴の趣味について知る事が出来た。

 でも、だからっていきなり兄貴をカラオケに誘うのもなんか変だ。だって、数年間挨拶程度しか交わさなかったのに、いきなりおかしいでしょ。

 私は悩みながら、ガヤガヤ動画っていう動画サイトをなんとなく覗いた。気晴らしにオバキオさんっていうバンブラPの投稿曲聴こうかと思ったの。

 そして、そこに答えがあった。

 ああ、私と兄貴で動画を作ればいいんだ、って。

 私がピアノで兄貴がボーカル。原曲を引っ張ってきて機材を用意すれば、私達だけのオリジナル動画が作れる。それはとても素敵な事だと、私はその時本当に思った。

 だから、私は兄貴をカラオケに誘う事を決意した。

 実際は二月にはそう決意してたんだけど、実際は三月の中旬になっちゃった。まさかあんなに話しかけづらくなってるなんて思わなかったんだもん。

 階段で立ち止まって何か考え事をしてる兄貴が本気で邪魔だったから、命令形で言ってやった。そこからはもう緊張なんて無かった。一度リビングに行って、お母さんに「兄貴のことは任せて」って言ってから、また階段の方に戻って兄貴の腕を掴んだ。その時点で、私の計画は始まっていたね。

 私の目的は、兄貴を心の底から楽しませること。全てを『辞めた』兄貴を元に戻すこと。単純な話、放火未遂を犯す程に人間としての感覚が麻痺してる兄貴を矯正させるって感じかな。

 そのために、兄貴をカラオケに誘って実力を確かめた。兄貴をからかってみた。そしてメンチカツを頼ませた。

 ここでの私の予期してなかった事態は、兄貴が本当にメンチカツを頼んだ事と以上にキレのあるツッコみを返してきたこと。全く喋らなかった間柄なのにあそこまで普通に対応するなんて思わないでしょ。

 弱音を吐いて本音を言わなかった兄貴に平手打ちを食らわせた。そこで改めて分かったのは、兄貴が相当腐ってるってこと。だから本当に悲しくて、ちょっとだけ泣いた。

 でも、綾乃やケンとは普通に話してて、正直嬉しかった。私に対して嫌味な嫌がらせをしたのはムカついたけど。

 風邪を引くなって忠告したのに風邪引いた時は、問答無用で窒息させた。あれはやりすぎだったと反省してる。

 入学式の日、自己紹介で自分が年上だっていう事を言わなかったから私が言った。その理由について全く分かってない兄貴に呆れた。だからカラオケに誘って、私の考えを話した。兄貴が、昔の兄貴に戻ったような気がした。

 そして、カラオケ店ジャック事件。私があそこで怒ったのは、あの男達の言い分に腹が立ったから。兄貴との時間を潰されたから。ろくに経験を積んでいない『ガキ』に子ども扱いされたから。でも、これが兄貴に時間を与える事も出来た。

 その後、私は兄貴の想いを聞いた。それは、兄貴が私に本当に感謝してくれているという事だった。

素直に嬉しかった。兄貴にそこまで感謝されているなんて思ってなかった。ムカつく生意気な妹程度で終わってるものだと思ってた。

 けど、その後の言葉は余計だったかもしれない。


 ――『お前が妹で、俺が兄貴だから。それが、俺がお前の悩みを聞く理由だ。お前が俺の悩みを聞いてくれた時のように』

 普通、その言葉を聞けば優しい兄という風だろう。私も嬉しかった事は認める。

 でも、それは違う。違うの。

 私がやっているのは、兄貴を元の兄貴に戻す計画。兄貴に助けを求めるのはこの場では必要のないこと。それに、私が怒ったのは一部に兄貴を邪魔したのが理由なんだから、素直に言える筈がない。

 それに、私はこの時兄貴に助けられる事に自尊心が傷付けられる感覚を味わってしまった。私は、自分で兄貴より人生経験が長い事を自負していたのだ。そんな自分がすごく恨めしくて殺してやりたかった。

 きっと私の考えは、一言で言えば『我儘』だ。自分のやり方を周りに、特に兄貴に押し付けて満足しているだけの偽善かもしれない。見方を変えれば、私が兄貴を調教してるように見えるかもしれない。

 でも、それでも。

 一度犯罪者になってしまった兄貴を少しでもマトモにする事が出来るなら。

 『楽しさ』を通じて、兄貴が未来のビジョンが描けるようになるなら。

 私はこのやり方を続けたいと思う。

 何年もろくに会話しなかった兄貴をなんとかしようと考える私は、やっぱり兄貴が好きみたいだ。 
 

 
後書き
バンブラPのオバキオさんというのは実在する方で、自分の仕事仲間でもあります。 
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