魔法少女リリカルなのは〜神命の魔導師〜
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第六話、月村
「ん……」
空気が変わったのを感じた。慣れたテスタロッサ家の暖かな温もりから、新鮮な気持ちのいい空気へと。
ゆっくりと目を開いて、周囲を見渡す。一面にあるのは緑豊かな風景。そこは所謂、森の中であった。
『転移完了。第97管理外世界・地球に到着です』
「座標は合ってるよな?」
『ええ。設定した通り、ここは地球・日本国にある海鳴市の森の中です。森を出て、少し歩けば目的地の月村邸へと到着するはずです』
よし、と頷いて、さっそく俺は森から出ることにした。
実を言うと、俺はこの世界に家族旅行として何回か訪れている。これから会いに行く人も、その時に知り合った人だ。
月村忍。吸血鬼、夜の一族の女。ただの人間ならざる者だが、まあ関係ない。この世界の人達からしたら、魔法を使える俺たちも十分に人外だからな。
「どうぞ」
「失礼する」
急な訪問にも関わらず、月村忍は俺を屋敷に招き入れてくれた。目の前でギィィ、と音を立てて開かれる門を見やって、俺は内心で溜息をついた。
やはり、この豪華絢爛な雰囲気は慣れない。
やや辟易しながら、メイドであるノエル・エーアリヒカイトに連れられたのは応接間と思しき部屋だった。
「では、私はこれで」
「ありがとう、ノエルさん」
ぺこり、と律儀にお辞儀をしていくノエルさんに礼を言ってから、扉を2度叩く。
『いいわよ』と中から声が聞こえたのを確認して、俺は扉を開けた。
「久し振りね、ラウルくん」
「お久しぶりです、忍さん」
薄暗い部屋の中にいたのは、大学生くらいの年の女性だった。紫色の長い髪に、落ち着いた印象、俺が最後に会った時から二年くらいだろうか、身長は更に伸び、俺よりも結構高い。
「あら、今日はオーヴェルさんはいないのかしら?」
「……そのことも含めて、お話します」
そうだった。俺を残して家族はみな、殺されたのだった。戸籍の偽装を頼む前に、そのことについて説明するべきか。
「……そう、ごめんなさいね。辛い事を思い出させちゃって」
「いえ、もう割り切ってるんで平気です」
忍さんとの再会から一時間が経った。取り敢えず、家族は事故で死んだと説明した。もし殺されたなんて言ったら、忍さんはなにを仕出かすか分からない人だからな。下手をしたら独自ルートで犯人を探し出してしまう可能性だって無くはない。
割り切った、と断言した俺の言葉に少し驚いたようだったが、忍さんが動揺したのは一瞬だけだった。
「そう…それで、今日はなんの用事があって来たの?」
「今、居候させてもらってるこの人達の日本国籍を偽装してほしいんです」
懐から取り出したのは、フェイトとアルフの写真。これの裏に、年齢や誕生日とかの情報を書いてある。これさえあれば、戸籍の偽装はできるとかつて忍さんが言っていたのを記憶している。
「ふぅん…この娘たちがラウル君が居候してる家の人達なのねぇ。あらあら」
「ん?なんですか、その含み笑いは」
なんでもないわよー、と言いながら笑う忍さんを半目に見て、俺は諦めたように溜息をついた。
こういった含み笑いを忍さんがした時は、色々と厄介なことになることを思い出したからだ。
「取り敢えず、頼みます。詳しい事情は言えないんですけど、『人の命が懸かっている』。なるべくなら、明日中がベストです」
「あら、人命救助なんて本当に親子似てるわねぇ。いいわ、昔の好として久しぶりに全力出しましょう。明日中に、戸籍と適当なマンションの部屋を取ればいいのね?」
「いや、部屋は必要ないと思います。恐らく昔取っていたマンションの一室がそのまま残っているはず。そこを使うことにするので」
「ああ、あそこね。了解したわ。じゃあ明日連絡するから、取りに来てちょうだい」
「すみません、恩に着ます」
さて、これで当初の目的は達成できたわけなのだが。ふむ、時間が余ったことだし少しばかりジュエルシードの探索でもしてみるか。運が良ければ、いくつか回収できるかもしれない。
「では、お邪魔しました」
「ええ。また明日」
カタカタとコンソールを叩き始めた忍さんに一言掛けて屋敷から出る。見送ってくれたノエルさんに会釈をして、俺は月村邸を後にした。
「ふむ…流石にそう上手くはいかないか」
月村邸を後にして二時間近く。色々と海鳴市を見て回りながら魔力サーチャーを使用してジュエルシードの反応を探したが、結局一つも見つかることはなかった。
やはり、今回の件は長丁場になりそうだ。ヘルメスに、先手を打たれなければいいが。
「ん、そろそろ昼か…ここらで昼食を摂るとしよう」
現在地は駅前の交差点。駅前だからか、ファミレスとかコンビニは充実しているようだが。ファミレスは一人で、しかもこんな子供が入っていくには少し厳しいものがある。コンビニの場合は、ここから、これから生活するマンションが離れ過ぎていて、そこに着く前に空腹で倒れそうだから却下。
と、そこで俺はいい場所を見つけた。『喫茶‘‘翠屋”』。結構人気のようで、外から中を伺い見れば何人かの従業員が慌ただしく駆け回ったりしている。ハズレではないな、と思い、俺は入ることにした。
「いらっしゃいませ……一名様ですか?」
俺が入ってきたのに、少し目を見開き驚きを現にする若い女性の店員さん。まあ、そうだろう。俺の容姿を見れば年齢は大体分かるだろうし、それにこの世界の俺ぐらいの子供はほとんど特別な理由がない限りこの時間帯は『小学校』なる公共の教育施設に赴いているはずなのだから。
ふむ、小学生くらいの子供が一人で喫茶店にいるというのも変な話か。なら、なにかしらの理由をつけてテイクアウトしてもらうか。
「こんな時間に…学校はどうしたのかしら?」
「ああ、少し前にここら辺に引っ越してきたばかりなんです。駅前に美味しい喫茶店があるって聞いたから、荷解きをがんばってるお母さんに買ってきてあげようと思って…」
少し、芝居がかりすぎたか?
「あら、そうなの。偉いわねぇ、じゃあシュークリームなんてどうかしら?オススメよ」
俺の懸念を余所に、店員さんは予想以上に俺の嘘を信じてくれたらしい。シュークリームがオススメだというから、それを三つ注文しておく。一日くらいなら冷蔵庫に入れておけば持つだろう。
「ありがとうお姉さん」
「いえいえ、気をつけて帰ってね」
見送りまでしてくれる店員さんに手を振って帰路につく。
それにしても、いつも年寄り臭いと言われる口調を年相応に直してみたが、やはり結構恥ずかしいな。よほどのことがない限り、もうこの口調はやめておこう。主に、俺の精神衛生上の都合で。
……あ、このシュークリーム美味しい。
「ふぅ、変わらないな…ここも」
一通り今日の内に済ましておかなければならないことを終えた俺は、久しぶりに訪れた地球での家、マンションの一室をぐるりと見回した。ここにくるのは少なくとも二年ぶりくらいだが、少し埃が積もっていただけで荒らされていたなんてことはなかった。
郷愁にかられる、ことはなかった。いやむしろ、懐かしいと感じることもない。ただ単に、荒らされていないことに安心しているだけ。
ただの記録となった記憶から、感情を引き出すことはできなかった。
「…枯れてるな」
なんとなく、そんな言葉で片付けられることではない気がしたが、そう言わずにはいられなかった。
翌日。カーテンの隙間から朝日が差し込んできて目が覚める。
「ああ…整理してる途中で寝たのか」
見渡すと、足場のないくらいに散らかった部屋。昨日、埃を被っていた必要最低限の家具を整理している途中で睡魔に負けてしまったのを思い出し、頭を掻く。
「…忍さんから連絡くるまでには終わらせるか」
フェイトとアルフが来る日だから、綺麗な状態で迎えねば。
「ウンディーネ、今何時だ?」
『早朝の4時頃です。マスターの年齢から考えて、まだ寝ていたほうがよろしいかと』
「ん…そうしたいが、これじゃ寝心地が悪すぎてな。二度寝できる気分じゃない」
床に散らばった各種家具を半目で睨む。こいつらのせいで、今は体中が痛い。
溜息をついて、重くなった体を無理矢理に起こす。ふらつく体をなんとか支えて、取り敢えず顔を洗おうと洗面所に向かった。
「ふう。こんなものか…?」
片付けを始めてから約二時間。時計の針が6を指したとき、ようやく家中の片付けが終了した。
「さて、朝飯でも作るとするか」
綺麗に片付けた台所に立って、冷蔵庫の中身を確認する。
「しまった…なにも買っていなかった……」
扉を開いてみた冷蔵庫の中身は、昨日翠屋で買ったシュークリームしかなかった。
「はぁ…仕方ない。買ってくるか」
しかし、こんな朝早い時間からスーパーはやっていないな。だとしたら、適当なファストフード店か、コンビニにでも行ってみるか。
「ウンディーネ」
『了解です。認識阻害魔法を発動します』
こんな朝早くに推定七歳児がコンビニとかに入って行くのは少し問題がありそうだ。だから、少しだけど魔法の恩恵に与るとしよう。
認識阻害魔法で身長を170くらいに変えて、俺は家から出た。その際、鍵をかけることを忘れない。
『マスター、もう少し栄養バランスを考えて食事した方がいいのでは?』
「一食くらいなら問題ないだろう? 昼からはキチンとしたものを食べるさ」
サンドウィッチの最後の一切れを口に放り込んで、俺はテレビの電源を落とした。
結局、朝食は近くにあったコンビニのサンドウィッチで済ませ、ペカペカと点滅する携帯電話を開く。
『おはようラウル君』
「おはようございます、忍さん」
『予想通り、起きてたわね…ま、それはともかく。約束のものが手に入ったわ。今からそちらに迎えをやるから、来て頂戴』
「了解しました。ありがとうございます」
それじゃあね~、という声を最後に通話を切る。
いや、流石は忍さん。予想以上の手際の早さだ。
「さて、待たせるのも悪い。早めに出ておくか」
幸い、身支度は既に完了している。あとは戸締りして家を出るだけだった。
「…おぉう」
きちんと戸締りをしてから、マンションの前まで来た俺は、思わずそんな声を漏らしてしまった。
「おはようございますラウル様!お迎えに上がりました」
「あ、ああ。ありがとう、ファリンさん…」
目を丸くする俺を迎えてくれたのは、月村家のメイドであるファリンさんと、その後ろに止めてある黒のリムジン。
たかがガキ一人の迎えに、こんな大仰なものが必要なのだろうか。それとも、月村はこういった車しか保有していないのか?
まあ、なにはともあれ。人通りの少ない朝方でよかった。
「どうぞ」
「お、おぉ」
ファリンさんによって扉が開かれ、内部の全容が明らかになる。
外装は完全に黒塗りだったが、内装は清潔感溢れる白だった。しかし、やはり広い。こんな広い空間にいるのが、取り敢えず隅っこに座った俺と運転席に座るファリンさんの二人とは、とてつもなく虚しく感じる。
「はぁ…」
溜息をついて、益体もない考えを放棄する。
これからフェイトとアルフがこちらに来くれば、本格的なジュエルシードの探索を始めることになる。
今俺が考えるべきは、どう探索を行っていくべきかと、最悪の状況の二つだ。
浮ついた思考は全て捨て去れ。常に最悪を想定し、数多の可能性から成功を掴み取る。
恐ろしい程覚め切った思考に自分でも驚くが、むしろ、これぐらいの方が丁度いい。俺の目的はあくまでジュエルシードの回収。この世界には、観光に来たわけじゃないんだから。
「いらっしゃい、ラウル君」
「お邪魔します、忍さん」
屋敷についた時にはもう七時を回っていた。少し屋敷内が慌ただしいのは、忍さんの妹のすずかが登校するための準備をしているからか。
「そういえば、ラウル君はすずかとあまり話したことがないのよね?」
「そうですね、以前、ここに来た時に一言二言くらいしか話していません」
「んー…じゃあ、今度会った時でもいいから挨拶してあげてちょうだい」
「ええ、是非」
俺の返答にニコリと微笑んで、忍さんがテーブルに置いたのは四つのカード。
「取り敢えず、これが国籍とそれに伴う住民票よ。それは必要なものだから、しっかり持っておきなさい」
「ええ、本当に助かります。この借りは、必ず返します」
「そんな真剣に考えなくてもいいわよ。『人命救助』なのでしょう? なら、サービスよサービス」
「……本当に、ありがとうございます」
そうは言うが、なにかしないと俺の気が収まらない。まあ、今はいいと解釈して、いつか返すとしよう。
「…それじゃあ、少し忙しそうなのでこれで失礼します。あ、見送りは結構ですよ。ここの間取りは完璧に思い出しましたから」
「そう? なら、お言葉に甘えさせてもらうわね」
そう言って、忍さんはコンピュータの画面に目を移した。恐らく、仕事か何かだろう。ここにいては邪魔になる、早々に帰るとしようか。
「…ふぅ。さて、あいつらが来るまでなにをしていようか」
月村家を後にして、俺は通勤通学で賑わう道を公園から遠目に見ていた。多くの人達が忙しそうに先を急ぐ中には、中良さげに手を繋いで歩いている親子の姿もある。その幸せそうな姿に、フェイトとプレシアの姿が重なった。
「…アリシアが目を覚ました後も、プレシアはうまくできるだろうな。あの人は本当に優しいから」
なら、もうそこに俺の居場所はないのだろう。
ジュエルシードを確保し、ヘルメスを管理局に突き出した後は、どうしようか。
「…その時になったら決めればいいか」
軽く溜息をついて、俺は公園から立ち去った。
ーーto be continuedーー
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