機動戦士ガンダム0087/ティターンズロア
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第一部 刻の鼓動
第一章 カミーユ・ビダン
第四節 渓谷 第四話 (通算第19話)
ジリジリと焦燥が募ってくる。どれほどカミーユの操縦の技倆が優れているといっても、所詮は新兵であった。熱くもないコクピットの中でうっすらと汗を掻いていた。
「付け入る隙を作ればいいんだ!」
カミーユは自分を落ち着かせようと、独語する。合図もなく無造作に渓谷へと侵入して行くサラートの《ジムII》を追尾して、慎重に渓谷へと入った。両側に絶壁の様なクレーター山脈がある。渓谷は、クレーター山脈に抉られたルートの一つだ。グラナダ基地自体はグラナダ市にある訳ではない。ランバンが言う様に「モグラの住処」なのだ。その近くにあるクレーター山脈には渓谷が何本かあり、パトロールと称した新兵訓練に利用されていた。フラガが指定したのはその内の中央に走るライズバレル渓谷だった。
カミーユとランバンを自分の直属小隊に入れ、ベテランパイロットを他の小隊に回すように進言したのは実はサラートだった。実戦経験がある自分とフウガの手で新人を鍛え上げようという肚である。つまり、先ほどからの会話は演技であった。新人が反発してやる気を出すかどうか見極めていると言ってもいい。
「ったく、無駄口が多いのが新兵だろうよ」
サラートがくくっと低く嗤う。妙に落ち着きのあるカミーユが愉快なのだ。規定距離を外れることなく、サラートの機体が視認できるポジションに必ずいる。つまり、間接射撃の可能範囲にいるということだ。ミノフスキー粒子が薄いからといって、センサーに頼っていたら、絶対に出来ない芸当だ。空間は空く能力がずば抜けていると言っていい。
「ここまでお上手とはな?新米ってぇても、流石はジュニモビチャンピオンってか?」
機体を陰に滑り込ませながら、前へと進む。ライズバレル渓谷は特にジグザグな亀裂が多く、視界は上にだけ拓けている。基本的には前を見ていれば危険はない。が、カミーユは何か違和感を覚えていた。モビルスーツの手足を器用に動かして、サラートの後方へと回る。若干視界が拓けた場所であり、上方が見渡せた。ミノフスキー粒子の濃度は薄い。レーダーの反応は信頼できる筈だった。
「副長、上方から二機接近するものがあります。識別信号は〈ロメオ〉、〈ライトニング〉と〈レプラコーン〉ですが…」
「あん?なんか言いた気だな?」
「ダミーではないかと…」
「なにぃ?」
サラートが怪訝な声を挙げた。レーダーからの情報ではダミーか実機かの判断はつかない。識別信号や登録情報による判断でしかないからだ。モビルスーツはスラスターの使い方で速度も機動も縦横無尽であるが故に、ダミーと実機の区別はつけにくい。ミノフスキー粒子が散布されている宙域ではなおさらである。が、今は薄いことが徒になっている。
(フラガ隊長はカミーユの能力を量ろうってのか、それならカミーユの判断に任せてみるかよ?)
短い逡巡の後、サラートは決意した。カミーユが自分とフラガの期待通りならば、いずれは自分たちを越して行くのだ。ニュータイプかもしれないと噂されたフラガをも超えていけるならば、あの作戦に参加させることがいい刺激になるかもしれない。ならば……。
「よし、お前の判断にまかせる。ダミーだとしたらどうしたい?」
「え?!」
今度はカミーユが驚く番だった。まさか、自分が意見を問われるとは思わなかったのだ。正直な話、カミーユは戦術や戦略が苦手であり、シミュレーションの授業は負けないことに徹するタイプだった。が、実戦になれば、自然と戦術的に間違いないポジションを確保し、危機的状況をも回避するという強運をみせていた。用意していた訳ではないが、自分の直感を話す気にはなれた。
「フラガ隊長は舞台をライズバレル渓谷に限定されました。ここは特に視界が狭く、前方に注意が行きがちです。ですから、上空のダミーで攪乱、正面からの奇襲で来る気がします。」
「それで?」
「ですから、ダミーを逆手にとって、ダミーの背後から急襲するのはどうでしょう?」
サラートはカミーユの戦術成績を知っている。決して優秀ではない。だが、この状況ではフラガの不意を突く以外、普通に考えてカミーユが勝てる状況ではない。上出来だ。
「ダミーを射出せずに、出せるか?」
サラートは悪戯を考えついた子供の様な人を食った笑みを浮かべて、カミーユに指示を出した。
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