【IS】何もかも間違ってるかもしれないインフィニット・ストラトス
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闖入劇場
第八八幕 「雛鳥・前編」
前書き
_(」「ε:)_ <ナツバテ・・・
ベルーナ・デッケンのIS訓練は、何も佐藤さんだけが手伝っている訳ではない。実際には佐藤さん以外に、ヤマダ先生もその役割を持たされている。が、今日は運が悪い事に先生は学校にやってきていなかった。オリムラ先生と共に買い物に行ったらしい。これでは訓練が出来ない、とベルーナはため息を吐く。
「・・・・・・いや、そんなことはない・・・かも」
落胆しかけた所で、ふとベルーナは思いつく。別にお目付け役がいなかろうと、自己管理をきちんとすれば歩行訓練の続きくらいは一人で出来る筈だ。幸い、髪飾りとして装着している「モナルカ」も持っている。なら、自分一人でも出来るはずだ。そう思ったベルーナは、前のおぼつかない足取りよりずいぶんマシな足運びで歩き出した。
前まで、特にそれほど調子のよくない時は足元が少しふらついていた。しかし、ISの機動訓練前後から、少しずつベルーナの身体は調子が良くなっていた。それがどのような影響によってもたらされたのかまでは知らないが、ともかくきちんと歩けるのはいいことだ。転ぶ心配もないし、スムーズに体を運べる。そのことが嬉しくて歩き回ったら、あっという間に体力が尽きて結局ミノリに負ぶわれることになったのだが。
『もう、解熱剤で熱が下がったからはしゃいじゃう子供じゃないんだから・・・世話が焼けるなぁ』
『・・・・・・・・・・・・』
『ま、ベル君の面倒見るの嫌いじゃないけどさ。まだ暫くは私が手を引く側だね!』
地元では、ふらついた僕を負ぶうのは大抵コーラだった。コーラは特別大きい体じゃないけど、ごつごつした男性特有の逞しさを感じられる背中だった。対し、佐藤さんの背中は暖かくて小さい。それでもその背中にすっぽりと収まる自分の身体が、少しばかり恨めしくなった。
『・・・いつかでっかくなって、ミノリをおぶってやる』
『ふふっ、ベル君ってば意外と負けず嫌いだね?』
「生身は無理でも、ISなら・・・!」
もともと丈夫とは言いにくい肉体だ。真っ当に成長しようにもベルーナは既に15歳。どこかの漫画の豆粒錬金術師張りの成長をしなければ、とてもではないがミノリに追いつけない。別に肉体を失った弟もいなければ真理の扉も開いていないベルーナとしては、そこまで自分の秘めたる可能性に期待を抱くことは出来なかった。
一刻も早くISに慣れたい。もう、ミノリに追いつくにはISくらいしか方法が無い。未だに武器の類は見ていて少し気分が悪くなるが、もう我慢できる範囲だ。それに―――どうしてか、ISを動かせるようになってから、少し自分の感情がむき出しになってきている気がする。
こう、心のどこかで、ベルーナ・デッケンはこうあるべきだという意識が生まれているのだ。それがいい事かどうかまでは判断できないが、間違った感覚だとは思わなかった。”あの事件”以来、ベルーナは惰性に生き過ぎた。人から逃げ過ぎた。そんな自分が、ミノリと並びたいと訴えているのだから、それは叶えるべきことではないか?
そう思うからこそ、ベルーナは進むのだ。
・・・ただ、モナルカの髪飾りを装着したベルーナの写真はまだそれほど出回っていなかったためか、学園内のベルとも会にぴったりマークされた所為でなんとなく気分が悪くなってしまったが。
= = =
集中、集中、集中・・・倒す倒されるは考えない。ただ集中、そして予測。一挙手一投足の見逃しは許されないし、倒されるは考えなくとも死なないは考えておく。事前情報のチェックも行うし、人となりや経歴にも目を通す。だが、本気は出さないし切り札も使わない。ただ、目の前の対戦相手から髪の毛一本分でも多く情報を引きずり出し、糧として貪る。そして、相手の喉笛を噛み千切るその瞬間まで相手を欺き、自らは韜晦し続ける。
ラウラ・ボーデヴィッヒは兎を名乗る。だが、狼に育てられた。だからそれは兎の皮を被った狼でも、狼の皮を被った兎でもない。「どちらなのか確信が持てない存在」である、其れを以て善しとする。そうしておけば相手を騙せるのならば、どちらであると確認する必要もない。
その方が好都合ならそうしろ。思い付きでもなんでも使って相手を翻弄し、必ず生きて帰り、本当の本当に負けられない時だけに必要な力を使って生き残り、それをさらに情報的、経験的な武器として流用できないかを頭の片隅で練る。そう、ドイツで教官に教えられた。
だから、その考えをおくびにも出さず、”模範的なドイツ軍人”として相手の攻撃を避けてドルヒ・カノーネで応戦する。素早く引金を2回、光学兵器でありながらチャージインターバルが殆ど存在しないこの銃の使い勝手の良さは驚嘆に値する。佐藤さんとの一戦より更に照準に磨きをかけた成果か、それとも佐藤さんが特別だったのか、二条のビームは狙い通りの場所に着弾した。
「きゃあっ!?うっく・・・・・・まだ、まだ!!」
対戦相手―――偶然出会い、訓練に付き合ってほしいと頼み込んできた伍和祭典という子は、ビームで表面が抉れた打鉄のシールドから伝わった衝撃を辛うじて受け流し、体勢を立て直す。ビームが直撃しても目をつぶらなかった度量は褒めてやりたいが、リカバリが遅い。もたついた一瞬の隙を逃さぬようにワイヤーブレードを射出し、軌道を上手く曲げて打鉄の左腕に巻き付けた。反撃用に展開したハンドガンを封じられたことで更に動きが鈍った祭典の顔が一瞬だけ凍った。
「隙ありだ」
「・・・!しまっ―――」
気付いたその時には、短距離加速で近付いたレーゲンのドルヒ・カノーネが伍和の胴体に突き付けられていた。実際に撃ちはしない。そんなことをせずともシミュレータはきっちり判定を残してくれるものだ。
「BANG!・・・とな」
「・・・参りました」
本気を出すまでもなく、機体性能・実力ともにラウラが負ける要素は無かった。祭典は確かに1年生の中ではそれなりに見どころのある生徒だが、如何せん専用機持ちとは経験も才能も違い過ぎる。現時点では余程ひどい慢心でもしていない限り、どんな策を弄しても地力で勝つだろう。
そのことを全てわかった上で、ラウラは敢えて言わない。実力も才能もないが勝とうとする人間には2種類いる。一つはただがむしゃらに可能性に縋り続ける”だけ”の者。もう一つが、自分の能力と現状を把握したうえで可能性を模索する者。ラウラに見る限り、彼女は後者に近い。そして後者は、クラースの好きなタイプだ。
そう言うタイプは・・・・・・ついついお節介を焼きたくなる。
「一発も・・・当てられませんでした」
「それは当然だ。私は2年以上前からISに乗っているのだぞ?・・・・・・まぁ、その回避能力の上を行くのがあの人だがな」
「佐藤さんですね・・・・・・私、10年経っても佐藤さんには勝てないような気がします」
「やめるんだ伍和。皆内心ではそう思っているんだ・・・あの人は比較対象にしてはいけない」
「で、ですよね!やっぱり佐藤さんは普通と違いますもんね!」
本人が聞いていたら泣くんじゃなかろうかと思える扱いである。咄嗟に呟いた一言だが、ラウラの言う事はあながち嘘ではない。佐藤さんの空中機動テクニックの向上ぶりはいささか常軌を逸している。
何で高々数か月の自主訓練だけであそこまでの上達を見せたのか、千冬やクラースでさえ分からないのだ。才能としか言いようがない。単騎がけの勝負で彼女にまともに銃撃を当てられるのはセシリアとジョウ位のもので、他はシャルと簪がなんとか命中させ得るといったレベルである。
まぁそんな異常才能は一先ず置いておき、ラウラは今日偶然訓練に付き合ってあげただけの祭典を見る。その手はかすかに震える握り拳を作っている。それは現実という壁に打ちのめされた者のそれではなく、まだ闘志燃えるる人間の行為だ、とラウラは思った。彼女は今、弱い自分でも相手に勝つための方程式を必死で組み上げている。そうしなければ自分が勝てないと知っているからだ。そういう子こそ、稀有でもある。何故ならば、人は直ぐに妥協や諦めを選び、弱い自分を鬱屈した精神で正当化しようとする。腐らず折れない心は非凡なのだ。
「銃撃をした時、目を閉じなかったな。あれは意識的にやったことか?」
だから、この子はきっとクラースの生徒と近いものを持っている。ここで放っておいて腐らせるよりも、アドバイスを与えて伸ばした方がきっと楽しい。そしてここで出来た縁は、恐らく将来に繋がる。楽しいことと損得勘定は両立させた方がいい、とクラースも言っていたことを思い出したラウラは、余計なおせっかいを焼くことにした。
さて、プライドの高い人間ならここで反感を覚えるかもしれない。だが向上心があるなら、この会話から更に情報を引きずり出そうと食いつく。彼女は、食いついた。
「前に見た練習試合なんですけど・・・特に佐藤さんとシャルロットさん。あの二人はいつも相手を見てるんです。意識やハイパーセンサーだけじゃなくて瞳がっていうか・・・相手が凄いスピードで突っ込んで来たり銃弾が顔の近くに来たら、反射的に目をつぶっちゃうじゃないですか」
「ああ、ハイパーセンサー越しで正面以外を見ていても、多くの生徒は反射的に身をすくめたり目をつぶっている」
「だから、あの二人は何が来ても動揺しない、心構えが・・・あるんじゃないかと・・・」
確信があったわけでは無いようで、言葉は尻すぼみになっていった。誰に教わったわけでもなく、独学でそう思ったらしい。だがそれは間違いではない。眼をとじないという行為から導き出した「心構え」というワードはまさに、彼女が銃撃を受けながらもリカバリ行為へと移れた理由だろう。
人は覚悟があれば、攻撃に耐えられる。耐えられれば思考や行動に余裕が生まれ、余裕を別の思考で埋めれば戦いで有利に働く。だからこそ意識外の衝撃には脆くもなるが、覚悟も無しでは動く的と同然である。痛みが怖くてISで試合などやっていられない。
「間違っていないぞ、それは。自信を持っていい。そのような心構えは成長に繋がる」
「ほ、本当ですか!?」
「ただ、お前はまだその覚悟が何の役に立つかを理解していない。だから体勢を立て直す時に隙が生まれたのだ」
「・・・そう、ですね。勉強不足でした」
ハンドガンを封じされて思考が停止したのも、それが原因だ。生まれた余裕をどう使っていいのかを理解できていなかったが故のミスだろう。だが、スタートラインは自力で見つけている。そこが彼女の可能性だろう。沈む彼女の肩を軽くたたき、微笑みかける。
「不足分は今から勉強すればいいさ。何ならもう少し付き合ってもいいぞ?差し迫った用事はないし、時間にも余裕がある。その中で答え合わせをしていけばいい」
「・・・・・・は、はい。その、ヨロシクオネガイシマス・・・」
・・・おや、彼女の顔が少し赤いような。それにちょっとぼうっとしていて、眺めるように私の顔を見ている。これは・・・ふむ。確信はないが、「女相手でも色仕掛けが通じる時がある」と教官が言っていたな。恐らく彼女にもそっちの気はないだろうが、私の笑顔が効くのなら後々で役に立つかもしれない。実際、教官も時々融通を利かせてもらうために笑顔を利用していたし。
などとクラースに毒されたようなことを心の隅に情報を沈めつつ、改めて訓練に戻るよう促す。
「さあ、余裕があるとは言っても時間は定められている。有効に使わないか?」
「そ、そうですね!では改めて―――って、あれ?」
「ん?・・・んん!?」
アリーナのピットに見慣れないISが歩いている。そのISは訓練機と外見が一致しない事から専用機であることは直ぐに分かったが、ラウラはすぐにそのISの名前に思い至った。
「あれは、モナルカではないか。ということはベルーナ!?何故一人でピットをうろついているのだ!」
彼の事をほぼ知らない祭典ではあるが、ラウラの発言から漸くあのISの正体を察する。あれが噂に聞くイタリアの男性操縦者専用ISなのか、と。しかし、祭典は直ぐに不審に思った。なんだかISの歩行がちょっとぎくしゃくしているというか、おぼつかない。ISの訓練では普通ピットから飛んで地表に降りるものだが、そのISはピットのヘリ辺りをふらふらと歩いていて、とてもではないが危なっかしくて見ていられない。
「ま、まずい!あいつは付添いなしでISを動かしてはいけない規則になっているんだぞ!?まだ飛行訓練すら始めていないのに、下手をすれば落ちる!」
「え・・・えええええええええ!?」
「あ、ちょっと足をもつれさせている!?い、いかん!急いでピットの下で待機するぞ!落ちた衝撃で骨でも折れたら事だ!!」
「ちょ、ISの保護ありでもそんな心配するなんてどんだけ身体弱いんですか!?」
そんだけ身体弱いんです。ラウラの顔は真剣そのものであり、即座に瞬時加速を用いて駆けだした辺りに本気加減が伺える。イタリアの候補生はどれだけ軟弱なんだ、と戸惑いながらもラウラを追いかける祭典だった。
後書き
他人を冷や冷やさせるプロ、ベルーナ。
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