戦国異伝
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第百六十九話 三方ヶ原の戦いその十二
「手酷くやられたのう」
「それは」
「全てわしの責じゃ」
ここでだ、家康は苦い声で言った。
「このことは忘れぬ、だからな」
「だからとは」
「絵師を呼べ」
城の中にいるこの者をというのだ。
「よいな、今からな」
「何故でしょうか」
「今のわしの姿を描かせる」
負けて逃げ帰ったその姿をだというのだ。
「そしてそのうえで一生の戒めとする」
「その為にですか」
「そうじゃ、呼ぶのじゃ」
その絵師をだというのだ。
「よいな」
「わかりました、それでは」
「この度のことは生涯の戒めとする」
苦々しい顔で言う言う家康だった。
「死んだ者達のこともな」
「殿・・・・・・」
家臣達は家康を見た、そのうえで言葉を失った。家康はこの敗北で多くのことを学んだのだった。生きているが故に。
勝った武田は進軍を止めまずは休んでいた、首実験は盛況だった。その中で信玄は諸将を集めてこう言うのだった。
「皆の者今日はご苦労だった」
「はい、徳川の軍勢を蹴散らしましたな」
「見事」
「これで徳川は暫く動けぬ」
それだけ痛めつけたことは信玄もわかっていた。
「この度の戦の間はな」
「では、ですな」
「このまま三河に進み」
「そのうえで織田と対する」
「そうされますな」
「そうする、しかしじゃ」
ここでだ、こうも言う信玄だった。
「徳川家康、生きておるな」
「はい、間違いなく」
「偽者が途中多く出ましたな」
「その偽者にも全て逃げられました」
「浜松に逃れたとのことです」
「十六将も」
「やはりな、徳川の主だった者達の首はないわ」
見れば首は多い、しかしだ。
そこに徳川家の主な将帥の首はない、それで信玄も言うのだった。
「あの者もな」
「しかもです」
ここで飯富がこう言ってきた。
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