戦国異伝
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第百六十九話 三方ヶ原の戦いその十一
「あの強さはまさに毘沙門天の力であろうか」
「まさに神懸かりですな」
「しかし武田信玄ならば通じる」
こう見抜いてだった、そして。
家康は浜松城の門を全て開けさせ灯りを明々と点けさせた。その城を見てだった。
徳川の軍勢は次々と戻って来た、皆満身創痍か疲労根培といった有様だった。
酒井は榊原と共に戻って来た、本多正信や石川もいる。その誰もがだった。
具足には刀傷があり矢が突き刺さっている、火縄銃に撃たれた跡がある者も多い。そしてそれだけではなく。
具足で守られていない場所は傷だらけだ、皆やっとの思いで浜松城に戻って来た。
その城の正門の前でだ、酒井は周りの者達に問うた。
「皆無事か」
「はい、何とか」
「生きております」
「首はあります」
「地獄には行っておりませぬ」
「嘘の様じゃ」
徳川四天王筆頭であり十六臣の中でも石川と並ぶ巨頭である酒井ですらこう言う程だった。
「生きておるのが」
「ですな、全く」
「武田、聞いていたより遥かに恐ろしかったですな」
「虎が群れを為し整然として攻めてきた」
「そうしたものでしたな」
「特にあの若武者じゃ」
酒井は何とか己を保ちつつ石川達に言う。
「真田幸村、山県や高坂も恐ろしかったが」
「あの男は何だったのでしょうか」
「我等三河武士を次々と薙ぎ倒していました」
「織田家の前田慶次殿にも匹敵する」
「いや、それ以上かも」
「ただ一人の猛者ではなかった」
酒井はそのこともわかった、実際に幸村を見て。
「鬼の様な軍略じゃった」
「攻め方が兵法に適っていました」
「攻める場所、時がわかっていて」
「しかもこちらの虚を衝く」
「恐ろしい軍略でした」
「あの者、天下一の男やもな」
こうまで言う酒井だった。見ればその顔は夕暮れの中で蒼白になっている。
「何もかもが」
「では天下を」
ここでこう言ったのは榊原だった。
「狙えると」
「いや、あの者は天下人ではない」
「では何でしょうか」
「武士じゃ」
それだというのだ、幸村は。
「非の打ちどころのない武士じゃ」
「それが真田ですか」
「真田幸村ですか」
「そう思う、しかし武田は恐ろしい男を持っている」
このことは確かだというのだ。
「あの男、あの若さであれだけのものとは」
「先が恐ろしいですな」
「まさに天下一の男になりますな」
彼等は武田軍、とりわけ幸村の強さを思い出し背筋が凍りつくのを感じた。しかし彼等は何とかだった。
浜松城に入った、他の者達も何とか帰って来る。
本多忠勝や井伊も帰って来た、家康は自分の前に戻って来た諸将を見て言った。
「皆よく無事だった」
「はい、十六将が全て」
「何とか生き残っております」
「それで兵達はどうなっておる」
「九千かと」
石川が答えてきた。
「戻って来たのは」
「左様か」
「一万二千が出撃しましたが」
石川は無念の声で言う。
「そのうちの三千が」
「死んだか」
「そして多くの者がです」
死んだ者は三千、それに加えてだというのだ。
「傷ついております」
「御主達もじゃな」
見れば十六将達も皆疲れ傷を負っている。家康にしても幾つかの傷がある。無傷な者はいないという有様だ。
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