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トワノクウ

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トワノクウ
  第二十八夜 赤い海(二)

 
前書き
 少女と少年 

 
(鴇のこともこんなふうに見送ったな)

 露草は柄にもなく、昔この鳥居の前で見送った少年を思い出した。

 あの時の彼はただ様子見に行っただけだから、大して心配もしなかったが、今回はくうの命が危険にさらされるだろう。
 それでも黙って見送るしかできないことが、前回とは異なる苛立ちを露草の中に生じさせていた。

 こんな中でくう一人を神社の敷地に放り出すなど――と、過去の露草なら、梵天を無言で睨んだだろう。だが、今の露草はそうしない。

 目覚めてから十数日。梵天とくうを()()いて気づいた。

 くうといる時の梵天の面影が、白緑と重なる。

 もちろん、口にすれば梵天からとんでもない不興を買うから、言わないが。

 されど、露草は梵天がどんな胸中でくうに接してきたかを考えなかった。六合鴇時という前例があったから、今度も情が移ったのだろうと解釈した。


 ――〝君は萌黄の一人娘だからね〟――


 まさか梵天から最も遠いと思ってきた機微が彼を動かしているとは、欠片も思わなかったのだ。
 まず梵天が異性に興味を向けると思っていなかったし、すでに他人のものになった相手の娘を世話する度量があるとも思えなかった。


 ――〝お前はそばにいておあげ〟――


(そばにいたってどうにもなんねえことのが多いよ、白緑)

 白緑は露草に梵天の理解者たること、支えたることを望んでいた。露草は現状、到底、白緑の望みに適っていない。

 時には無茶をし、時には梵天から離れ、白緑の遺言を守ろうとした。

 それでもまだ、この身がかの鳥の止まり木になるには足りない。







 潤の手には抜身の刀が握られていた。軍服はあちこちが裂け、血が滲んでいる部分もある。彼も戦ったのだと充分に分かった。

 燃える社の本殿の緋色を背に、眼鏡のグラスと刀身を爛々と輝かせる彼を、美しい、と思ってしまった。


「篠ノ女……来てくれたんだな」
「うん。心配で。会いたくて」

 潤は今にも泣き出しそうに笑った。彼岸ではいつもにこにこしていた中原潤から程遠い、笑い方だった。

「篠ノ女、降伏してくれ」
「――え?」
「お前の中にいる妖は特別なんだ。その妖はあらゆる傷と病を消す効能がある。そいつさえいれば、銀朱様の呪いもきっと解ける。だから、頼む!」

 ――この、人は。
 妖だからと、くうを殺す号令を下しておきながら、同じ口、同じ真剣な表情で、くうに妖としての力をよこせと言った。

(あれだけのことを私にしておきながら、潤君は全然()()()()()

 たとえば薫は、くうを一度殺したことを悔い、慕う黒鳶に叱責されるリスクを承知で天座に乗り込んだ。()()()()()()()をしてくれた。

 だが、潤は違う。
 全ては銀朱のため。
 中原潤は仕える主人のため、あらゆる非道を成す。本人はそれらに全く無自覚のままで。

(何で()()()()|のために来たんだろう。梵天さんに不快な想いをさせて、天敵の坂守神社まで連れてきてもらって。得られたものは、好きな男の子が変わり果ててたって事実だけ)

 くうは震えながらも大きく息を吸い、吐いた。

「一つ聞かせてください。くうを使()()()治療、銀朱さんは承知してるんですか」
「そ、れは」

 潤の目が泳いだ。否、だ。

「大方、妖に治されるなんて姫巫女のプライドが許さない、ってとこじゃないんですか」

 潤は答えない。

(いじわるだって思う。梵天さんみたいに、私も見返りがなくても救える人になりたかった。でも、私にはできない。潤君が許せない)


「助けて、くれないんだな」
「っ、助けたくても、それを拒んでる人に、どう手を差し伸べろって言うんですか!」
「それも――そうか」

 すらり。潤は刀を上段に構えた。戦うつもりなのだ、くうと。

 同じ学校の同級生で、同じクラブの仲間だった。共に歌う仲間だった。初めて恋を知った相手だった。

「なら、力尽くだ。恨むなら妖になった自分を恨んでくれ」

 もう、戻れない。

 羽毛を一枚、叩いて手を広げる。現れた大鎌を握り、くうも構えた。

「自分のことは恨みません。こうなったから助けてあげられた方がいるから。でも、今こうする潤君のことは、恨むかも、です」
「だろうな――いいぜ。本気で来いよ。俺も本気でお前を殺りに行く」

 くうは、潤は、石畳を蹴り、互いの得物をぶつけ合った。




 真剣を持った人間と戦うなど初めて――というわけでもない。数多の体感型ゲームを遊んだ篠ノ女空には、これしきの修羅場は慣れっこだった。

 潤の剣閃は、鋭く、速い。だが、避けられなくも受け流せなくも、ない。ゲーム脳を全開にしたくうに敵はなかった。

 だが、唯一できないことがある。

 大鎌を揮い、斬りつける。腕を斬る、と確信したとたん、くうの腕から力が抜けた。その間を縫って潤はくうにピストルを発砲した。くうは体を横にずらして躱した。互いに間を空ける。

 そう。篠ノ女空に、中原潤は傷つけられない。
 攻撃が当たる瞬間に、迷ってしまう。傷つけることをためらってしまう。

(でも。だったら、潤君だって。露草さんとやり合った時くらいのが「本気」なら、私なんてとっくにKOしてるはず。潤君も、同じだ。私を傷つけられないんだわ)

 口角が勝手に上がった。おかしくて堪らなかった。
 本気で来いと言った相手も、言われた自分も、ちっとも本気ではない。相手を傷つける覚悟がない。

 何合も競り合い、ぶつかり合う。それでも、くうにも、潤にも、傷一つつかない。無駄に体力を消耗するだけ。滑稽だった。

(いい加減に腕が重い。そろそろ決着をつけないと、腕力が劣るくうの負けは見えてる)

 ぜいぜい、と胸を鳴らして呼吸しながら、決めた。どんな結果になっても次で終わらせよう。

 くうは全ての力を振り絞って潤に斬りかかった。

 潤は、くうの全力を込めた一閃をあっさりと打ち払い、がら空きとなった胴体に斬りかかろうとした。
 胴が二つに断たれる――はずだったものが、寸前で止まった。

 否。止めることを余儀なくされた。

 くうと潤、二人の背後で燃えていた本殿が、さらに内側から破裂するように崩壊したのだ。

 悲鳴や叫びがさらに音量を増した。ただ事ではなかったものが、もっとただ事ではなくなった感じだ。

「結界が……!」

 潤が呻くように空を見上げる。くうも同じくするが何も見えない。

「――銀朱様」

 潤の目からは戦意も、くうの姿すらなくなっていた。

「あ、潤君!」

 潤は一目散に本殿へと駆け出した。くうを置いて、銀朱のためだけに行動した。
 それは潤に斬られるよりも辛い事実だった。
 どれだけくうが潤を好いていようが、潤にとってのくうは銀朱の足元にも及ばない存在だと突きつけられたのだ。恋する乙女として平気ではいられない。

「くう!!」
「白鳳!!」

 はっとふり返る。今の爆発で結界とやらが緩んだのか、天座の三者がくうの下へ駆けつけてくれたところだった。

「無事だな? 死んでねえな?」
「大丈夫です。それより皆さんこそ、神社の敷地に入って大丈夫なんですか?」
「さっき敷地のほうの結界が壊れたからね。今ならどんな雑妖でも入れる」
「――銀朱さん」

 つい呟いた。社の本殿が爆発した時、潤は銀朱の名を口にして去った。この神社の長の銀朱に危機があったのだとしたら、結界が切れたのも肯ける。

「もしかして、さっきの爆発は、皆さんが?」
「いいや。俺達は何もしていない。結界が切れるまでは中にも踏み込んでいなかった」

 梵天が的確にくうの欲しい答えをくれた。

「本殿は三重結界だ。どれだけ低位の妖でも、外側から侵入すれば即座に焼け死ぬ」
「じゃあ、あれは外からの攻撃なんかじゃなくて、内側、から? で、でも誰がですか!? そもそも外から入れないのに中にいるなんて、とっても矛盾論理です!」

 梵天は答えることなく先に進み始めた。
 くうはすっきりしないながらも、梵天の後ろに着いて行った。



 Continue… 
 

 
後書き
 露草も6年でそれなりに成長したという部分をちょこっと出してみました。

 次に友情の対比。薫と潤ではくうへの態度がどう違うか。くうは彼への態度をどう変えるか。
 男女の違いも、相手が好きだという点も考慮して、こういう感じになりました。
 我が家のオリ主は、恋愛の「スキ」だから妥協できない子です。 
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