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聖女

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第二章


第二章

「飲めますけれど、もう」
「では付き合ってくれ」
「お酒ですか」
「美酒と美食だ」
 欠かせないもののうちの二つである。
「それを楽しみに行くぞ。それでどうだ」
「いいと思いますよ」
 師匠の提案に反論なく頷くミショネであった。
「それじゃあそれで」
「よし。話が決まったらもうここに長居は無用だ」
 こう言って早速絵描き用の皮のエプロンを脱ぎ捨てた。
「シャワーを浴びて身奇麗にしてだ」
「わかりました。それじゃあ」
「ミショネ君、君も着替えて来い」
「そんなに畏まったお店なんですか?」
「イタリア男は外ではいつも決める」
 彼の哲学である。
「いつも言っていることだな」
「それでですか」
「イタリア男がダンディズムを忘れるのは国がなくなった時だ」
「戦争に負けた時じゃないんですね」
「戦争!?馬鹿馬鹿しい」
 戦争は一笑に伏した。
「戦争は敗れるものだ」
「それはまあ確かに」
 イタリア軍の弱さは彼等もよくわかっていた。とにかく勝てないのがイタリア軍だが自国民である彼等にまでこのことはよく認識されていたのだ。
「その通りですね」
「戦争で負けても外交がある」
 これまた実にイタリアらしい言葉だった。
「こっちではイギリス人にも負けないのが我がイタリアだ」
「そうですね。じゃあとにかく僕もですね」
「着替えて。最低限髪は洗っておいてだ」
「はい」
「わしも髭を奇麗にした後でシャワーにする」
「じゃあシャワー先に浴びておきますね」
「うん」
 こうして身支度を整える二人だった。それが終わってから二人はアパートを出た。早速夕焼けを背に浴びながら酒場に向かうのであった。
 酒場はごく普通の店だった。ミショネは店の中に入ってまずは拍子抜けした声をあげた。
「ここですか」
「ああ、そうだよ」
 洒落た格好になっているジョバンニが彼に答える。
「ここだよ。いい店だろう」
「いい店はいい店ですけれど」
「そこに何かあるのかい?」
「いえ、お師匠のことですから」
 彼が言うのは自分の師匠の性格についてのことであった。
「どうせまた。変なお店じゃないかって」
「飲むなら飲むだけさ」
 彼はそんな弟子の言葉をこう言って笑い飛ばした。
「それだけさ。そんなことはしないさ」
「しないんですか」
「飲む時は変な店じゃない」
 また言うジョバンニだった。
「あくまで飲むだけさ。それが私の信条さ」
「信条ですか」
「そうだよ。飲むのならそれに専念しないとね」
「成程」
 師匠の言葉に納得した顔で頷くことができた。言われてみれば確かに自分の師匠らしい考えだ。もっと言うならば師匠の言うイタリア男の粋というものだった。
「美酒と美食は両立する」
「はい」
「けれど美女はそのどれとも両立しないものだ」
「そうなんですか」
「美味しいものを食べながら美味しいお酒は飲めるね」
「ええ、それは」
 これにはミショネも頷くことができた。
「そうですね。というかどちらかだけでは寂しいです」
「けれどベッドの中でそれができるかどうか」
 ジョバンニの言葉は少し淫靡なものにもなっていた。
「美女はその一つだけで充分ということさ」
「そういうことですか」
「わかったら今は美酒と美食に専念しよう」
 こう弟子に告げる。
「そこから何かのヒントを得る為にも」
「わかりました。それじゃあ」
「さてと。それではだ」
 話が一段落ついたところでまずはその辺りにある席に座った。男二人で向かい合ってだが今はそんなことはどうでもよかった。
「夕食も兼ねてだから」
「食べる方も頑張るんですね」
「パスタにするか」
 まずはこれであった。
「それを頼んで次は」
「サラダはこれなんかどうですか?」
 ミショネが師匠が開いたメニューを覗いてそこのうちの一つを指差した。
「この何か日本風のサラダ」
「ああ、海草サラダか」
「ええ、それです」
 ミショネは言う。
「それと野菜料理で」
「魚はカルパッチョでね」
「鰻じゃ駄目ですか?」 
 ミショネが今度言うのは鰻料理だった。
「今度はスペイン風で」
「スペイン風か。それもいいか」
「スペインで別にいいですよね」
「構わないさ。日本でもスペインでもな」
 この二国については構わないといった感じのジョバンニだった。
 
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