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赤い花白い花

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第三章


第三章

「じゃあこれからもずっと胸に飾っていていい?」
「お花を?」
「そう、この赤いお花と白いお花」
 翔一にその二つのお花を見せながら言う。
「これからも。いいかな」
「いいよ」
 翔一は笑顔のままで久美子の言葉に頷くのだった。
「凄く似合うよ。だから」
「じゃあこれからも飾っておくわ」
「御願い。久美子ちゃんにはそれが一番似合うよ」
「そんなに似合うの」
 こう言われて久美子も嬉しくない筈がなかった。その笑顔で彼に応える。そうして赤い花と白い花を胸に飾り続けた。そしてそれは。
 コンサート会場へ向かう道。そこを数人の女の子達が歩いていた。大学生程と思われる彼女達は少し急ぎながらコンサート会場に向かっていた。
「早く早く」
 その真ん中にいる女の子が皆に声をかけている。
「急がないと。もうすぐはじまるわよ」
「ちょっと。急いでって」
「この格好じゃそんなに早く歩けないわよ」
 見れば女の子達は皆正装だ。靴も当然ヒールだ。それで急げという方が無理だった。だがそれでも真ん中の娘は皆を急がせるのだった。
「それでもよ。急がないと」
「やれやれ、全く」
「急いでっていうけれどまだ時間あるじゃない」
「そうよ。席だって予約してるじゃない」
「それでもよ。急がないと」
 事情を言われてもそれでも彼女は皆に言う。
「だって。翔一君のはじめてのコンサートよ」
「それはわかってるよ」
「一応はね」
 周りの女の子はここで苦笑いになって彼女に応える。
「それでも。何かねえ」
「翔一君と約束してるのね」
「そうよ。皆で行くとね」
 こう皆に答えるのだった。
「皆に聴いてもらいたいのよ。翔一君のピアノ」
「若手の期待の星津山翔一」
 一人が言った。
「確かにね。最近評判だけれど」
「それでも乗り気に過ぎるでしょ」
「幾らその翔一君の彼女でもね」
「それ以上よ」
 皆の言葉にまた反論していた。長いウェーブの髪がここで揺れる。
「だって。小学校の頃からずっと一緒だったから」
「そういえばそうらしいわね」
「あんたが転校してそこに行ってからね。翔一君の学校にね」
「あれがはじまりだったわね」
 彼女はそのことを思い出してまた笑顔になるのだった。
「今思えばね」
「お家が近かったんだったけ」
「それもあるわ」
 友人の一人の言葉に頷く。
「それもね。けれど」
「けれど。何?」
「まだ何かあるの?」
「ええ。もう一つね」
 白い石畳の道だった。そこを歩きながら皆に述べる。
「あるのよ。実はね」
「それは何?」
「何なの久美子」
「内緒」
 しかし彼女、久美子は笑うだけで皆の問いには答えないのだった。
「それはね。内緒よ」
「内緒って」
「悪いけれど言えないわ」
 笑って皆に言う。
「これはね。内緒なのよ」
「内緒って何よ」
「何か余計に気になるわ」
「それでもよ。言えないのよ」
 それでも言おうとはしない久美子だった。
「このことはね」
「何かそれってどうなのよ」
「ここまで来て言わないなんて」
「悪いけれどね。とにかくよ」
 皆に対して告げる。
「コンサートはじまるわよ。早く行きましょう」
「やれやれ。強引なんだから」
「まあピアノ好きだからいいけれどね」
「聴くとそれだけでもう満足できるから」
 久美子の翔一のピアノへの言葉だ。
「本当に凄いんだから。彼のピアノって」
 そう語る久美子の左胸には二つの花があった。赤い花と白い花。今はブローチだが確かに彼女の胸にあり続けている。そこでクリーム色のスーツを、彼女自身を飾っているのだった。あの時翔一と約束した時のまま。二つの花が彼女を飾っているのだった。


赤い花白い花   完


                  2008・9・10
 
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