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タキタロウ

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第二章


第二章

「見てろよ」
 一人で湖のほとりに腰を下ろして言う。
「この俺の手でな。タキタロウを」
 釣るつもりであった。そうして糸を下ろして暫く経った時であった。
「!?」
 ルアーに反応が来た。これまでにない大きな感触だった。
「来た、あいつだ!」
 拡樹にはわかった。確信していた。間違いなくタキタロウだと思った。それで急いでルアーを引き釣り上げる態勢に入った。
 しかし力は強い。拡樹は立ち上がって踏ん張るがそれでも引き込まれそうになる。それに耐えながら何とか釣り上げようとするが遂には。糸の方が負けてしまったのであった。
 プツン、と大きな音を立てて糸が切れてしまった。糸が切れてしまい踏ん張る先がなくなった拡樹はそのまま後ろに倒れてしまった。どう、と倒れて尻餅をつく。そうしてそこから何とか起き上がりながら湖の方を見る。だが湖はまるでそんな彼の努力を嘲笑うかのようにそれまでと変わらぬ平穏なままであった。
「駄目だったんだな」
「ああ」
 翌日そのことを皆に話す。ふてくされた顔で。
「駄目だったよ。今日また行くさ」
「今日もか」
「ああ、今度はな」
 彼にも考えがあった。それを皆に対して告げる。
「もっと糸を太くしてルアーも強いものにしてな」
「それでやるんだな」
「そうさ。それで今度こそ」
 ふてくされた顔が何時の間にかあの強い顔になっていた。意を決した顔に。自分で言っているうちに乗ってきたようである。
「釣ってやるさ」
「まあ頑張れ」
「今日もな」
「ああ。それじゃあな」
 今度もまた意気込んで湖に向かった。しかし結果は。
「・・・・・・くそっ」
 またしても湖のほとりで尻餅をついてしまった。当然ながら糸は切れてしまっている。タキタロウの力は彼の予想を遥かに越えていたのであった。
「またか。こうなったら」
 彼は諦めなかった。それどころか余計に燃え上がっていた。その気迫を胸に。次の策を考えるのであった。
 大きな罠を湖の中に入れたのは次の日であった。魚を餌で釣って捕らえる罠である。家にあったものを持って来たのだ。これで今度こそ捕らえるつもりだったのだ。
「これでよし」
 その罠を湖の中に入れて会心の笑みを浮かべていた。
「この罠ならあいつだって」
 その日はそれで帰った。次の日にはまた学校でクラスメイト達に話すのであった。罠を仕掛けたことをである。今度こそという自信に満ちた声でだ。
「今日湖に行くさ」
「それで今度こそタキタロウが捕まっているんだな」
「ああ、今度は間違いない」
 胸を張ってさえいた。
「罠になら幾ら何でもな」
「まあ相手は魚だからな」
「頭はこっちの方がいいんだしな」
「だからだよ」
 彼は胸を張って言うのだった。
「絶対に捕まるさ。今度こそ」
「魚拓の用意はしてあるんだよな」
「勿論」
 これにも胸を張って答えてみせた。
「当然だろ、約束なんだからな」
「ああ。しかしよ」
 ここでクラスメイトの一人がポツリと言うのであった。
「何だよ」
「いや、御前二回も馬鹿でかい魚に負けてるんだよな」
「ああ」
 そうなのだ。二回も糸を切られている。それが何よりの証拠であった。
「それってつまりは」
「ああ、そうだよな」
 他のクラスメイトもここで気付いたのだ。そのことに。
「つまりそれってな」
「やっぱりあの湖にいるんじゃないのか?」
「だからいるって言ってるだろ」
 拡樹にとっては何を今更といった感じであった。口を尖らせて皆に対して言った。
「絶対にな。だから魚拓を取ってやるんだよ」
「いや、いるんだったら」
「なあ」
 だが彼等の言いたいのはそこではなかったのだ。ここで拡樹と彼等の間にズレがあった。しかし拡樹はそれには気付かないのか構わなかった。
 
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