NARUTO 桃風伝小話集
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
その18
前書き
忍術アカデミー在校中。
山中花屋店にて。
気が付けば、ナルトはイノの家が営む花屋の常連客になっていた。
「こんにちは」
一つに纏めた赤い髪を首の後ろで尻尾みたいに垂らして、警戒するように店の中を恐る恐る覗き込み、店番していたイノに声を掛けてくる
「いらっしゃい。あら、あんた。また来たの…?」
そっけなく応えてやれば、よく掴めない仮面みたいな作り笑顔をうずまきナルトはイノに見せた。
その本心を隠した笑顔にイノはむかっ腹が立つ。
「頼んで置いた苗は届いてますか?」
里の嫌われ者がいつの間にか家の顧客になって、個人的に敵意を持っていたイノがナルトを観察するようになって、そして気付いた事がある。
とても良く隠しているが、ナルトの笑顔は作り物だ。
だから、イノはナルトが余り好きではない。
「まだよ。今回は時間がかかるってパパが言ったと思うけど?」
イノの指摘に、ナルトは珍しく驚いて、呆然とした表情になった。
「あ、そっか。そういえばそうだ。日にち間違えちゃった。ごめんなさい…」
そして、恥ずかしそうに身を縮めて首をすくめた。
めったに感情を出さず、ただいつもニコニコしているだけのナルトが、年相応に恥じらうような表情をするなんて、とイノは驚いた。
勘違いしていた事を恥ずかしがってるのが凄く良く分かる。
耳まで真っ赤なその照れようから間違いない。
ナルトの大袈裟な照れように、イノの方まで何だか恥ずかしくなって行く。
年の割には落ち着いていて、しっかり者だと思ってたのだが、ナルトもこんな失敗するんだと、イノはナルトの新しい一面に好感を持った。
好きな相手なら完璧でも構わないが、嫌いな相手が完璧で居てもらっては困る。
しかし、好きになってしまうほど良い奴であっても困る。
程々に気に入らない奴で居てもらわねば、都合が悪い。
けれど、今イノの前で浮かべているナルトの表情は、作らない素の表情だ。
それが分かる位には付き合いが長くなった。
そして、そう感じる時のナルトは嫌いではない。
ナルトの素だろうと思う時のナルトからは、イノが嫌いな感じや印象を受けないのだ。
そういう時のナルトは真っ直ぐで、卑怯さだとか、姑息さだとか、妬みや僻みなんかで逆恨みをして関係ない者まで攻撃は絶対にしないと感じる。
忍としては甘すぎるが、人としては嫌いではない。
それにイノ達はまだアカデミー生であって、下忍にもなっていない。
そういう甘いところがあってもいいし、少しも無いのはおかしいとイノは思う。
それにしても、今日のナルトは珍しい。
ばつが悪そうなナルトをまじまじと観察していると、ナルトと一緒に良く店に顔を出すようになったうちはサスケがやって来た。
ナルトがイノの家のお得意様になった事はあまり良い気はしないが、そこはそれ。
あれはこれ。
ついでに増えたサスケとの接触は歓迎している。
ナルトがイノのうちの店に顔を出すときは、高確率でサスケも店に顔を出しているのだ。
「あ!サスケ君~!今日も私に会いに来てくれたの?」
今日も喜びに胸を高鳴らせて、いつものように問いかけると、サスケは無表情に僅かだけ嫌そうな表情を混ぜて否定した。
「いや。そうじゃない」
何度も繰り返しているやり取りだけど、やっぱりいつまで経ってもがっかりするし、少し傷付く。
しかし、ほろ苦さを感じつつも、イノはサスケに会えたと言う事で気にもしていなかった。
「おい、ナルト」
後ろからサスケに声をかけられたナルトは、またまた珍しい表情で顔をひきつらせてびくついた。
ナルトの表情はどこか切羽詰まったような、焦りの物に見える。
それっきり硬直してしまったナルトを、サスケはじっと見つめ、やがて面倒臭そうに溜め息を吐いた。
ナルトと一緒であんまり表情を変えないサスケの表情が、ほんの少し呆れた物になった。
そして、ニヤリと不敵な笑みを浮かべる。
その尖った刃のような表情に、イノは思わず魅入られてしまう。
サスケは、サスケに見とれているイノをあっさり無視し、何故だかさっきよりも真っ赤になって両手を固く握らせているナルトに再び声をかけた。
「おい、ナルト」
さっきよりも明確に、からかって面白がっているようなサスケの声に、思わずナルトに対するジェラシーを感じるのもいつもの事だ。
サスケとナルトはいつも一緒にいる。
仲が良いと言うだけでは済まないくらい、いつも一緒にいる。
気がつけば、どちらか一方が単独行動している方が珍しくなってしまったほど、いつも一緒に居るのだ。
噂では、家族の居ないサスケの食事は、弁当も含めてナルトが作っているらしい。
そのせいでしょっちゅうサスケの家にナルトは泊まり込んでもいるらしい。
そしてナルトは男の癖に、家事が主婦並に得意らしい。
ナルトにも家族は居ないから。
そう知った時、イノの胸に湧いた複雑な気持ちなど、ナルトもサスケも知らないだろう。
しかし、二人のその親密さと、ナルトの家事スキルと料理の腕と、それに慣らされてしまったサスケの舌に歯噛みして二の足を踏んでいる里の女子は少なくない。
かくいうイノもその一人。
そして、サスケとナルトと接点を増やしてしまったイノは、皆が気付かない二人の違和感にも気付いてしまっていた。
「お前、また勘違いして間違えたな?このウスラトンカチ」
勝ち誇るようにナルトに笑うサスケは、ナルトにしかそんな顔を見せない。
「べっ、別に間違えて無いもん!他にも用があったんだよ!」
「へえ~?」
ニヤニヤと楽しそうに笑うサスケを、頬を膨らませて赤い目許で睨み付けるナルトも、サスケにしかそんな姿を見せない。
二人共、お互いが一緒に居る時だけ、年相応の表情を覗かせている。
シカマルやチョウジの仲の良さにも似てるが、それよりももっと密度が濃いものを、イノは二人には感じている。
少し前までは、サスケと一応は男のナルトの為に、イノが二人を引き離さねばと責任感に駆られて居たのだけど。
「山中さん!これから花を付ける薬草にもなる花の苗、選んでくれない?僕が育てた事無い花で!」
まるでサスケに喧嘩を売るかのような勢いで注文を受けたイノは、その難しさに内心閉口した。
サスケに対する当て付けなのが見え見えだ。
しかし、付き合いが長くなればなるほど、知りたくもなくとも知ってしまう事と言う物もある。
これでいてナルトは、植物を育てる事にかけてはそこそこの指を持っているのだ。
少々手間のかかる植物も、枯らしてしまったという話を聞いた事がない。
それに、少しでも育てている植物に異変があれば、イノの家の店に相談に来るようになったのだ。
それは火影様からの紹介だったらしく、邪険にし過ぎる訳にもいかない厄介な客だ。
ナルトの植物や花々にかける情熱は、イノも一目置いて、認めている。
そんな相手からの注文だ。
イノにはまるで、ある種、戦いを挑まれたような気すらする。
気を取り直して、ざっと店内を見渡して、ナルトに薦められる花の種類を確認した。
薬草にはならないけれど、これから花を付けるのが何種類か置いてある。
そのうち、花粉に弱い毒を持ち、幻覚作用を起こさせる物が一つ。
「……薬草にはならないけど、毒があるのならあるわよ」
「毒?」
「そう。まだあんたが育てた事がない筈のやつだけど。どうする?」
ナルトの反応を確かめながら問いかければ、考え込むように沈黙した。
そして、再び真剣な表情で問いかけてくる。
「それってどんな毒?何か薬の材料になるかな」
その問かけに、イノはどこか嬉しくなる。
個人的にナルトは好きではないが、ナルトの生真面目な気質は嫌いではないし、努力家な所も、忍耐強く、決して諦めないタフな所は認めている。
いつもニコニコとしているチョウジのように、常に穏やかな所も嫌いじゃない。
けれど、チョウジとは違って、ナルトは常に穏やか過ぎて、逆にイノには胡散臭く思えて、ナルトを警戒してしまう理由にもなるのだけど。
「そこまで強い物じゃないわよ。ほんの少しだけ幻覚作用を起こさせる毒があるってだけ。薬の材料にするには弱すぎるわね」
「……ふうん」
イノの話に更に考え込むナルトに、イノはさり気なく教えてやった。
「忍薬の材料になるような植物は凄くデリケートな物が多いし、いきなりそういうのを育てるよりは、この花で慣れてみるのが良いんじゃない?この子、あんたが育てた事がある子達の中で一番繊細で手間がかかる子だろうしさ」
イノの提案にはっとしたように顔を上げたナルトは、嬉しそうにはにかんで頷いた。
「うん!そうだね。ありがとう、山中さん!僕、この子育ててみる!」
「っ、そ!なら、その子お買い上げね。支払いは?いつもと同じで良いの?」
自分に向けられた感謝と、飾らない笑顔がこそばゆくて、素っ気なく帳簿を捲り、ナルトの買い物を書き付けながらイノは問いかけた。
「うん。いつもみたいに月末に支払いにくるね」
「だったら、今その子用の土と肥料も買っていった方が良いかもよ。その子、土も選ぶから」
「そうなの?」
そっと大事な物を抱えるかのように鉢植えを持ち上げ、首を傾げたナルトを視界に入れないようにしながら、イノはつんと言い放つ。
「そうよ!でも、買うかどうかはあんた次第だから別に買わなくたって良いけどね。でも、うちで買った子達を枯らしたりなんかしたら許さないから!それだけはよく覚えときなさいよ!」
「もちろんだよ!」
ぎゅっと植木鉢を抱きしめながら断言するナルトの返答に、イノは満足する。
「その返事なら、土と肥料もお買い上げよね。株分け用の鉢植えはおまけしてあげる」
「え!」
イノが何気なくそう言った途端、ナルトはきらきらと瞳を輝かせた。
そして、ナルトの後ろでつまらなそうに店の中を眺めていたサスケに話しかけ始める。
「ねえ、サスケ。この子、サスケのお家で育てちゃ駄目?」
「はあ?なんでだ」
嫌そうに顔をしかめたサスケだけではなく、イノもナルトにそう言いたかった。
が。
「だって、さっき山中さんが言ってただろ?忍薬の材料になるような植物は、取り扱いが難しいって。サスケも一緒にこの子から馴れて行こうよ。上忍になる資格にある程度の薬学の修了ってあったはずだし。どう?」
思わぬ理由にイノは目を丸くした。
それに、よくよく考えれば、イノにとってナルトの提案は悪くない。
それどころか、非常に、非常~に好都合だ。
逡巡するように考え込むサスケに、チャンス、とばかりにイノは薦め始めた。
「それがいいわ!いい機会だからサスケ君もナルトと一緒にこの子を育ててみたらどう?私も最初はこの子から育てるようにパパに言われたの。この子を上手く育てられれば、どんな子だって上手に世話ができるようになるって言われたし、事実そうなの!手間がかかるといえばかかるけど、意外と強いし、枯れても根が残ってれば持ち直すし、ほかの子に比べたらぜーんぜん簡単だもの!今ならこの基本的な忍薬の手引書も付けちゃうわ!」
イノは思わず中忍以上の客にしか渡さないオマケの小さな冊子をレジ台の上に乗せた。
「へえ?なにこれ?」
その冊子によって、イノが興味を引きたかったのはサスケだったのだが、予想に反して釣れたのはナルトのほうだった。
レジ台の上の冊子を何気なく手に取り、ぱらぱらと目を通し、目の色を変えてサスケに詰め寄り始めた。
「サスケ!サスケ!サスケも一緒にこの子買おう!サスケもこの子買ってくれないと、山中さんこの冊子はつけてくれないよ!僕、これ欲しい!ねえ、サスケ、お願い!」
頬を紅潮させて、サスケにねだり始めたナルトの姿に、イノは思わず頬を引きつらせた。
こんな子供っぽい姿のナルトなど、初めて目にした。
「なんだ、それ」
「これ!薬の調合法が載ってるの!!!!」
そんなナルトの姿に興味を惹かれたらしく、ナルトが差し出した冊子をぱらぱらとめくり、サスケは興味なさそうな声を出した。
「……ふうん」
それはそうだ。
この冊子に載っている物は、代々続くような忍者の家に生まれた子供ならば、小さな頃から親の言いつけで作った事があるような傷薬やシップ薬、解毒薬のようなものばかりなのだから。
もちろん、その家々によって、独自の製法があり、製法の数だけ効力は様々だろうが、大本の基本は大体一緒だ。
イノが取り出したのは、それらの基本部分を書き記した冊子だった。
そもそもこれは、忍の家ではない生まれの中忍に、自然と上忍に必要な知識を持たせる為の里の知恵だ。
理解できるのであれば、誰に渡そうと制限はない。
中忍以上にしか渡さないのは秘密だからではないのだ。
下忍レベルでは、材料を揃えるのも難しいし、何より、忍としての技術が追いついていず、理解するにも一苦労だろうという観点から、中忍以上と縛られているだけだ。
「意外と使えそうだな。花を買うだけでこれが付いてくるなら悪くない」
だが、思ったよりも興味深そうな言葉がサスケの口から続いて出てきて、イノは驚いた。
そうして、はっとなる。
『うちは』は、サスケを除いてこの里にはもう誰もいない。
サスケにも、ナルトと同じく、こんな基本的な薬の調合を教えてくれるような人間は誰も居ないのだ。
イノやチョウジやシカマルと同じく、木の葉の名家のひとつの『うちは』を背負うサスケなのに。
本当だったら、サスケもイノやイノの幼馴染達と同じく、これらのものは納めていて当然の立場だったはずなのに。
「だろ!?僕、この傷薬調合してみたい!それと、この軟膏も!これ、万能薬になるって書いてある!」
宝物でも見るかのようにきらきらと目を輝かせ、冊子を開いてサスケに詰め寄るナルトを間近で目にし、イノはなんだか二人が不憫になった。
イノも良く知らないが、ナルトは幼い頃からいつも一人だった。
三代目が後見人を務めていると聞いた事がある。
三代目が後見人なのは珍しいが、中忍や上忍を後見人に持つ子は、実は、里の中には決して少なくない。
そして、そういう子は大抵、何かの任務で両親共が殉職してしまった忍の子であるのが殆どだ。
だからナルトも、きっと両親は忍だったのだろう。
三代目が後見人を務めるくらいなのだ。
きっと、それなりに腕が立っていたに違いない。
だからなのか、アカデミーでのナルトの姿からは、必ず忍になるのだという決意と気迫が伝わってくる。
そんなナルトにとって、この冊子は得がたい宝にも等しいのだろう。
なので、思わずぽろりと口にしてしまった。
「別に、あんたにもそれ、付けてあげるわよ。あんたはもうあの子買ってくれる訳だし。サスケ君にあげて、あんたに付けてあげないんじゃ不公平だもんね。だけど、その代わり、大事にすんのよ!それ、本当だったら、中忍LVにならないと手に入らないものなんだからね!」
きっ、と睨み付けながらナルトに言えば、ナルトはびっくりしたようにイノの顔をきょとんと見つめた。
大きくて澄んだ青い瞳が、真っ直ぐにイノを見つめる。
思わず、どきり、と胸が高鳴った。
憧れているサスケとは赴きが大分違うが、こうしてみてみれば、ナルトの造作は案外整っていて悪くない。
どちらかといえば、愛嬌があって、可愛らしいほうだろう。
そんなナルトに見つめられ、思わずイノの頬に血が上りかける。
だが、すぐに触れれば切れるような殺気に似たものを感じ、イノは気を引き締めた。
思わずその殺気の源へと視線を向ける。
そして、視線の先で、すっと静かにイノから視線をそらすサスケの姿に、イノはなぜか冷や汗をかいた。
こうして折に触れ、二人を知る毎に、何か、どことは言えない違和感を、ナルトではなく、サスケにこそ、イノは感じるようになっていた。
もちろん、そんなものはイノの気のせいに違いないのだが!
「本当!?」
ぱあ、と。
まるでひまわりが咲き誇るような明るい表情がナルトの顔に広がっていく。
目の前でそれを見つめながら、イノは、ナルトのこの笑顔は嫌いじゃないと素直に思った。
「アタシは嘘はつかないわよっ!」
イノの混乱になど微塵も気付きもせず、心底嬉しそうに無邪気に問いかけてくるナルトはイノから見ても確かに可愛かった。
そしてナルトは、本当に、純粋に、雛の刷り込みみたいに、ただただ無邪気にサスケに懐いているだけなのをイノは知っている。
ナルトの情緒はどこか幼い。
なのに、ナルトの言動は酷く大人びている。
ナルトはその在り方がどこか歪だった。
そんなナルトが、気になるサスケの周りをうろちょろするのは気に入らないと思っていたのだけど。
「ありがとう!山中さん!」
頬を桃色に染めて、嬉しそうに礼を言うナルトの顔を見ていると。
サスケのナルトに対する執着も。
サスケに懐くナルトの事も。
気の迷いかもしれないが、何だか許せなくもないような気がしなくもないイノだった。
後書き
お久しぶりです。
紆余曲折の果てに。
イノ視点、意外と難しかったorz
ページ上へ戻る