機動戦士ガンダム0087/ティターンズロア
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第一部 刻の鼓動
第一章 カミーユ・ビダン
第三節 月陰 第五話 (通算第15話)
――ビーッ。ヘンケン・ベッケナー中佐、参りました。
基地司令室のインターフォンが鳴る。
「入りたまえ」
スライドドアが開く。執務室に、ヘンケンが入った。ブレックスは窓際に立ち、外を眺めていた。基地の窓からは〈グラナダ〉の景色が一望できる。
「お呼びと伺いましたが……」
「前に話していた、基地直属の艦隊の件だが……申請が降りた」
身振りでヘンケンに着席を促すが、ヘンケンは落ち着いた口ぶりで吐かれたその言葉に過敏に反応した。坐りかけた腰を浮かして歓喜して立ち上がったのだ。
「本当ですかっ?」
「バウアー大将の後押しだと思っていたんだが、どうやらジョン・コーウェンの差し金らしい」
「ジョン・コーウェン准将といえば、デラーズの乱の不手際の責任をとらされた……」
「彼は今、木星船団の護衛艦隊関係の担当部署にいるそうだ」
「それは……」
派閥の争いを利用した権力闘争は何も今に始まったことではないが、これからしようとしていることの志からするとそれは唾棄すべきことである。しかし……。再度着席を促すと、今度はヘンケンも腰を下ろす。
「アナハイムとの繋がりも深いしな。例の新造戦艦と新たな機動母艦の件を裏で手配すると言ってきている」
「作戦には間に合うのでしょうか?」
「実はな、機動母艦の方は既に完成しているらしい。コーウェンらしい遣り方だよ」
ふふふっと笑いながら、サッシから離れヘンケンを向き直ってみせる。ブレックスらしいあの笑みであった。ヘンケンとブレックスは旧ティアンム派に属する海軍閥の将校であった。元々サラミス級の改装輸送艦であったフジ級《スルガ》の艦長であったヘンケンは、コリニー派の上司と反りがあわないこともあり、艦を逐われ、〈グラナダ〉の陸上任務に回されていた。ブレックスは実力を買われてはいたが、ハイマン派と対立しており、栄転の形でグラナダ総督という立場にさせられたのだ。表向きはブレックスの依願就任という形で、である。既にそれも5年にもなる。通常、人事異動などで、基地中枢の人員は定期的に入替を行うのが慣例だが、それに二人とも名前が挙がらなかった。ティターンズの結成に危機感を覚えていた二人は、統帥本部の旧レビル派の大物であるジョン・バウアー大将と接触し、アナハイム・エレクトロニクスやサイド政府高官などと秘密裏に接触、反地球連邦政府運動組織を結成、民主党月面派の政治支援団体として正式登録をしたところなのである。
政治支援団体であるから、軍人であるブレックスやヘンケンは関わっていないことになっていた。ティターンズを刺激することを避ける意味合いが強かった。アナハイム・エレクトロニクス会長のメラニー・ヒュー・カーバインの名が連なっているだけでもマークされていることは明白だからだ。
月面派を支持する連合宇宙軍にブレックスが自由に動かせる艦隊戦力は一切なかったからでもある。基地司令官といえども、駐留艦隊への指揮権はないからだ。
「土産のつもりですかな……?」
「いや、彼は恐らくこちらに参加するつもりはないだろう」
ヘンケンがブレックスの顔色を窺う。コーウェンを直接知らないヘンケンからすれば、真意は見えにくかった。しかし、ヘンケンにとってはそんなことはどうでもいいことだった。これで、〈グラナダ〉にブレックス直属の機動艦隊が発足するのである。そして、先日、新兵とはいえ、パイロットも補充されてきている。あとは、現行の《ジムⅡ》ではなく、新型のモビルスーツが欲しいところだ。
「もし、彼が本気で我々に参加したいと思っているなら、アナハイムにモビルスーツも作らせているだろうさ」
「モビルスーツは手に入らないのでありますか?」
「いや、手に入ることは入る」
ブレックスの歯切れが悪い。なにか厄介な事情があるらしかった。しかし、ヘンケンにとってはモビルスーツが万が一手に入らなくとも、基地に配備されている《ジムⅡ》が搭載可能であるのだから、それで構わなかった。戦争は兵器の性能差だけで勝敗が決まるのではない。どちらかといえば、数が欲しかった。それに、駐留艦隊のサイド自治政府軍にも協力者はいない訳ではない。
「ならば結構です。受領はいつになりましょうか?」
「二月十日を予定しているが……」
「では、私の艦を一足先に拝ませていただくとしましょう」
「構わんよ。受領後、グラナダに戻ったら昇進だ」
「私は中佐のままでよいのですがね」
立ちながら、苦笑してみせる。それは、ヘンケンなりのリップサービスだった。ブレックスにはそれがよくわかる。用意周到なブレックスの指令書を受け取りながら、いまはモビルスーツのことは深く聞くまいと決めて、部屋を辞した。
「ジオン共和国のモビルスーツか……大胆な手だよ、コーウェン……」
官僚畑のジョン・バウアーではこうは考えないだろう。噂に聞く、ティターンズの新型モビルスーツ開発に対抗してアナハイムが躍起になっていることを利用する筈だからだ。話から考えればジョン・コーウェンはジオン共和国にもパイプを持っているということになる。彼を迎えて、組織内での派閥闘争はしたくなかった。
司令の執務席に腰を下ろし、タバコに火を点けると、照明を落とし、静かに〈グラナダ〉の夜を眺めた。
後書き
第二節終わりです。歴史の振り返りがようやく終わり、きな臭さを漂わせるワンシーンを入れたかったので、ブレックスとヘンケンの一幕を入れました。
ここでコーウェンを絡めたのは、アナハイムとブレックスがどうつながったのか?を描きたかったからです。コーウェンは派閥争いに直接顔を出すことなく、裏から糸を引いている恰好にしたのは、さらに先の布石と思ってください。
コーウェンがブレックスをアナハイムに結び付け、ブレックスがコーウェンを……というくだりがのちのち出てきます(かなり先ですが)。
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