機動戦士ガンダム0087/ティターンズロア
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第一部 刻の鼓動
第一章 カミーユ・ビダン
第二節 配属 第二話 (通算第7話)
「えぇ~っと、35Gと35H……士官学校出たばっかりの新米士官じゃエコノミーがせいぜいか……」
「仕方ないだろ?自分らで旅費払わせられないだけでもマシだと思えよ」
ランバンの愚痴っぽさには慣れてはいたが、政府批判と取られかねない内容は控えて欲しいと思っていた。
二人が搭乗する〈ロンバルディアSSH-R46〉は二層式になっており、一等客席と二等客席――いわゆるファーストクラスとビジネスクラスが一階、三等客席――エコノミークラスは地下階となっていた。長距離機であるから、カフェテリアやバーなどもある。エコノミークラスではドリンクバー程度ではあったが。階層は仕切られており、スタッフ以外は出入りできない構造になっている。
手荷物を座席の上に収納し、ランバンは数冊の本を足許に、カミーユはノート端末を開いてネットワークケーブルをアームレスとの差し口に繋いだ。
「ゲームでもやるのか?」
「違うよ。暇つぶしに、レドが送ってきたレポートでもチェックしようかと思ってね」
ランバンにメモリーチップを示して、端末のソケットに差し込もうとする。ソケットから外されたメモリーのアイコンが画面から消えた。
「レドの奴なんだって?」
「それがさ、チップだけ送ってきたんだ」
「ふぅん?ま、後で俺にも読ませてくれよ。とりあえず、飲み物でも貰ってこないか?カミーユも行こうぜ」
「いや、いい。ひとりで行けよ」
面倒くさそうに、誘うなよと言いた気な表情をしてみせる。カミーユは基本的にオタクで変わり者なんだとランバンは思っていた。しかし、カミーユは自分の名前が女っぽいことを嫌っていただけなのだ。公衆の面前でカミーユ、カミーユと平気で連呼するランバンはいい奴ではあったが、名前を連呼するのだけは辞めてもらいたいと思っていた。
「カミーユってのが俺だって、誰にでも判っちゃうじゃないか…」
これはカミーユの自意識過剰である。幼なじみのファに言わせれば、「そんなの皆知ってるわ」ということになる。
――アナタはカミーユ・ビダンなのよ?
ファは笑顔でそう言ってのけるのだろう。
ランバンがいなくなって、落ち着いて考えてみると、カミーユにはレドからのレポートというのが、何か重大な意味があるように思えてならなかった。メッセージがついていないことでランバンは逆に大した内容じゃないと思ったみたいだが、レドは本来そういうタイプではない。几帳面であり、今時には珍しく手紙を嫌がらないタイプだった。そういう意味ではランバンに似ている。
(ワイヤードクライアントは危険だ。)
宇宙世紀にはスタンドアローン型のクライアントノートは絶滅している。ネットワーク技術が発達し、どこでも安価でネットワークに接続できる世界では、スタンドアローン型はマニアックな代物と化していた。だが、カミーユはそういうものの方が安心できた。外界と遮断されている端末は、絶対に誰からも覗かれることがないからだ。だが、スタンドアローンクライアントは、先に官舎に送ってしまっている。手許にあるのはワイヤードクライアントだけだ。
「ほらよ」
「いらないよっ」
戻ってきたランバンが、コーラをカミーユに押し付けて、さっさと席に坐ってしまった。特に喉が渇いている訳ではなかったが、仕方なしにドリンクホルダーに収める。
「要らないって言ったろ?」
「旅は長いからな。その内、喉が渇くさ」
その時貰いにいけばいいじゃないかという声を飲み込んで、ワイヤードを巡回する。ランバンは、鞄から出した本の一冊を手に取った。古めかしい本に少しだけ興味を示すと、ランバンが照れくさそうに説明を始める。
「あぁ、これか?連合宇宙軍に配属になったことを伝えたら親父が送ってきたんだよ」
「オヤジさんが?」
「そ。俺には本を与えときゃ喜ぶと思ってるのさ」
「関心を持ってくれてるだけでもいい親さっ」
カミーユにとってランバンの両親は『いい親』の代名詞だった。連休の度に、会いにきたり、長期休暇にはスペースバスのチケットを送って寄越したりしてくれることは、羨ましいことなのだ。だが、当のランバンは親を煩がっていた。
(所詮、無い物ねだりなんだよな……人間って)
こういう時、何故かファのことを思い出す。恋人とかガールフレンドというよりも、幼なじみとか従妹という感じだった。だが、カミーユにとって母親という存在は希薄だったから、ファは何かとお姉さんぶったことも事実である。
「どうしてるかな……」
「誰が?」
「ファさ。ランバンも知ってるだろ?」
「あぁ、ファ・ユイリイな?付き合ってなかったのか?」
「そういう関係じゃなかったし」
そうかぁ?という疑り深い目を一瞬して、直ぐに本に視線を落とす。カミーユがひとりの世界に入っていったからだ。こうなると周囲の声が届かないことをランバンは知っていた。
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