機動戦士ガンダム0087/ティターンズロア
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第一部 刻の鼓動
第一章 カミーユ・ビダン
第一節 前兆 第四話
夕食ができたと母親に呼ばれて階下に降りると、父親が帰ってきていた。父は普通のサラリーマンであり、母は専業主婦である。
「大学はどうだ?」
「それなりに順調よ」
母がくすりと笑う。ユィリイもつられてプッと吹き出す。和やかな家庭の団欒。三年前までは、よくカミーユもユィリイの隣の席で食事を取っていた。同い年の家族。大人になっても変わらずそこに居るんだと疑うこともなかったのに……。
「たまには旅行にでもいったらどうだ?」
「あなた、またそれですか? 先週もユィリイに旅行の話してましたよ」
「いいじゃないか。友人のツテで、月へのチケットが手に入れられるんだ。滅多にあることじゃないぞ?」
あぁ、そうか。お父さんはカミーユが気に入っていたから、私とカミーユが恋人同士になって、結婚すればいいって思ってるんだ――そんなことを考えながら、そんな暇はないわよと素気なく断ると、階段を駆け上がった。
「こら、ユィリイ! 階段を走らないの! はしたないでしょ……もぅ……あなたからも叱ってくださいよ……」
「イーフェイ、もうユィリイも大人なんだ。叱った所で言うことを聞くものでもあるまい。その内、子供っぽさも抜けるさ」
両親の会話を背中で聞きながら、自室のドアをちょっとだけ強めに閉める。
――バンッ
きっと母が眉をひそめていることだろう。それを想像するとおかしくて、くすりと笑ってしまう。両親の仲は子供のユィリイからみても、まるで恋人同士の様だった。母方の親戚から聞いた話では、母が父にベタ惚れで、両親の反対を押し切って駆け落ち同然に結婚したらしい。一人娘に家出をされた祖父母は、慌てて結婚を許したのだと言っていた。父も母も華僑の出身だった。しきたりには煩い。だが、父も母も、今はあまりそういう付き合いはしていない雰囲気だった。〈グリーンノア〉はあまり華系の比率が高くないからかも知れない。
伸びを一つして、寝間着に着替える。お風呂は朝に入るのがユィリイの習慣だった。気持ちを切り替えて、机に向かう。
「さて、レポート仕上げちゃわなきゃね」
ユィリイの机にはディスプレイが二つ。一つはワイヤードクライアント。ひとつはスタンドアローン。「スタンドアローンを絶対にワイヤードに繋ぐんじゃないぞ!」とカミーユに言われていたことを思い出す。
「カミーユ……どうしてるかな?」
二台のクライアントのスイッチを入れて起動させる。
さすがにワイヤードの方が起動が早い。これは実質ワイヤードは切断されることはないからだった。ワイヤードはスリープモードになるだけであり、常時電源がオンになっているのと同じなのだ。カミーユが改造してくれた家庭用クライアントは物理キーボードや物理マウスの操作なしにも使えるのが楽だった。
手の動きだけで認識してくれる投影光仮想(ヴァーチャル・レーザー・プロジェクション/VLP)キーボードとVLPマウスは旧世紀に生まれ流行しないままに埋れてしまったが、コロニー内ならばミノフスキー粒子の影響も少なく有線式の機器ならば携帯用として利便性も高い。
「エレズムがスペースノイドに定着すると、その思想を危険視した地球連邦政府に同調するかのように、アースノイドを中心にネガティブキャンペーンが行われるようになりました。この地球世論に乗って地球連邦政府は宇宙殖民地への経済統制を始めます。これが宇宙関税法で、地球製品の競争力を保護するための法律であり、スペースノイドにとっては不当に関税を掛けられて競争力を失うだけの搾取であると抗議行動が頻発することになりました。
スペースノイドのデモ行動は地球連邦政府の態度を硬化させ、宇宙世紀〇〇五一、地球連邦政府は新規コロニー開発計画の凍結を発表。これにより建設中のサイド6を以てコロニー建造ラッシュは終幕を迎えました。このことは、スペースノイドの経済的発展を閉ざしたことにもなり、基本的に都市型構造であるサイドは、人口増加も期待できず、経済は停滞を始めました。そしてそれこそが地球連邦政府の狙いでした。
この状況を危惧した地球連邦議会評議員ジオン・ズム・ダイクンは、このままでは地球圏に再び紛争が起きると予見し、コントリズム――すなわちサイド自治主義を唱えました。のちに、このコントリズムとエレズムが結びつき、ジオニズムと呼ばれる独自の主張へと育っていきます」
ジオニズムはスペースノイドのものだったとしても、コントリズムはアースノイドのジオン・ダイクンが唱えた主義だ。なのに何故、地球の人々はそれをよしとせず、地球至上主義に偏ってしまうのかが、ユィリイには理解できない。旧世紀の歴史をみても自治権拡大運動は必ず起こり、ほぼすべての国が連邦制に移行していた。飛躍的に拡大した宇宙移民に対して、連邦政府の対応が追いつかなかったというだけではない気がしていた。
だが、それが若いが故の潔癖であろうとは思わなかった。所詮、人とは自らの怠惰を隠すためにより怠惰な人を周りに配したがるという習性を持った生物なのだが、若さとはそういった清を良しとし、濁を併せ持たない純粋さなのかもしれない。
「ダイクンの自治権拡大運動は議員ら――特に移民問題評議会議員たちの反発を招き、運動は頓挫しました。しかし、孤立したジオン・ダイクンはサイド3に移住を敢行、サイド3で急速に勢力地盤を築き、翌々年の市議会選において第一党であった共和党を抑え、議長に就任、サイド3で政治革命を開始しました。そして、五年後の宇宙世紀〇〇五八年九月十四日、ジオン共和国独立宣言を行います。
これにより宇宙移民時代は終わり、地球圏は戦乱の時代を迎えます」
ユイリィたち学生にとって戦争といえば――つい七年前にあった、ジオン独立戦争のことだ。連邦領内の教科書では必ず一年戦争と書かれるこの戦争の傷跡は深い。
この〈グリーンノア〉は戦後に再建され、中央広場には一年戦争戦没者慰霊碑が立っている。ヴィックウェリントン社の工場跡地は戦争博物館になっていた。当時、軍事基地があった建設中の〈グリーンノア〉は、ジオン公国軍の襲撃によって民間人、軍人ともにほぼ全滅。一握りの人たちが新造艦ホワイトベースに乗り込み、奇跡の逃走劇をしたというのは、何度も授業で習っている。アムロ・レイを主人公にした映画は何本も上映され、カミーユに連れられて一緒に何度見に行ったか判らないほどだった。
特にカミーユはアムロ・レイとブライト・ノアに憧れ、さして詳しくも興味もないユィリイも名前を覚えてしまった。
後書き
宇宙移民時代までの振り返りが終わりました。
ファの日常と迫りくる不安。どうぞご堪能ください♪
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